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新たなる旅立ち
助けたもの
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ミドリは知らないベッドの上で目が覚めた。
真っすぐに天井を見上げてもやはり知っている場所ではない。
周囲を確認するために起き上がろうとベッドに手をついて体を起こそうとすると、右肩に激痛が走り再びベッドに仰向けに倒れこんだ。
「…………いッ!!!」
そしてその痛みでミドリは思い出す。洞窟で巨大な化け物を相手に戦い傷を負い、体力と精神をすり減らした挙句倒れてしまったことを。化け物の脳天に結晶の柱を突き刺したところでミドリの記憶は途絶えている。
「そうだ、ってことは、助かったのか…………」
右肩を左手でさすると負傷した部位には分厚い包帯が施されていた。ここがどこかは分からないが、誰かが手当てをしてくれたらしい。
とにかく安全な場所であることはたしかそうなので少しだけ安心して洞窟での出来事を振り返った。この世界に来てから初めて妖魔という存在を知ったが、あれは、ビッグロープと名乗ったそれはそんな存在とはかけ離れたものだと感じる。ビッグロープ自身が妖魔やジンルイを超越した存在だと言っていたが、本当にその通りだとミドリは感じていた。
それと同時にミドリは咄嗟のこととはいえ、どうして自分があのような存在と戦うことができたのか不思議でならなかった。剣を持ったことも使ったこともないにもかかわらずビッグロープの拳を幾度となく受けきることに成功した。
ミドリは改めて自分の手のひらに震えを感じる。
するとミドリのベッドの右手側にあるドアが開けられた。
ドアのノックはされなかったが、それはきっとミドリがまだ起きていないと思っているからだろう。
扉の向こう側に立っていたのはルナとアンリだった。
「ミドリ!目が覚めたの!」
目が合うとミドリの寝ているベッドに真っ先に飛び込んできたのはルナだった。寝ていると言っても半分身体を起こしている状態なのでミドリが目を覚ましていることはすぐにわかる。
アンリもミドリが目を覚ました様子を見て安堵している。
「ちょうど、ついさっき目が覚めたんだ。みんなも無事でよかった」
「それはこっちのセリフだよ、ミドリ。中々目を覚まさないから心配したよ。僕たちはほとんど何も怪我していない。全部ミドリが戦ってくれたからだ。僕は、何もできなかった」
アンリは動けなかった自分を悔いているようだった。
「ここはどこなんだ?それに、あの後どうなったのか教えてくれないか」
ミドリは純粋な疑問を口にした。
「ここは教会の中よ。地下の方だから、まだミドリは来たことが無い場所だから分からないのも無理はないわ。あの後は…………」
ルナはそこまで言うとアンリの顔を見て口ごもった。
「ルナ、ミドリが目を覚ましたってターニャに伝えてきてくれないか」
「…分かった」
ルナはアンリの指示に従ってベッドのある部屋から出て言った。
二人の様子から明らかに何か言いづらいことがあることはミドリにも容易に察することができたが、それが何かわからず、部屋にアンリとミドリ残された状態で空気は重く張りつめていた。
「アンリ、やっぱり俺が気を失っている間に何かあったのか?」
二人だけの空間になるとミドリは恐る恐る聞いた。
アンリは俯いている。
「アンリ……」
「分かってる。説明するさ。だけど僕にも何が起きているのか、何だったのか未だにさっぱり理解できていないんだ。頭の整理が使いないんだ」
アンリは思い出して恐ろしくなったのか俯いたまま身震いした。
ミドリはアンリが話すのを急かさずに待った。
そしてアンリは少ししてミドリが気絶してからの出来事を語った。
「……まさか、まだ死んでいなかったなんて。死をも克服した存在、か」
「本当に僕は目の前で繰り広げられる光景が信じられなかった。妖魔には僕の知らない種類、種族もいるっていうのは分かっていた。僕はこの村からそう遠くへと行ったことが無いから…。だけどあいつはそんなもんじゃなかった。本物の化け物だ。……正直怖かった、震えて何もできなかったよ」
「それは俺も同じだ、アンリ。あんな化け物見たこともない。妖魔すら初めて見るんだぞ。怖くて当然だ」
ミドリはアンリに同情するように言った。が、アンリは卑屈な笑いを浮かべた。
「怖くて当然、?違うだろ、ミドリ、君は戦ったよ。勇敢に、一人で戦った。そしてあの化け物と対等に渡り合った。最初に僕やルナを庇うために受けた肩の傷だって普通なら立っていられないほどの傷と出血量だって見てくれた医者が言っていたよ。ましてや剣を持って化け物の拳を数十発も受けるなんて出来るはずがないんだ。だけどそれをやってのけた」
アンリは自身の拳を握りしめてさらに続けた。
「それにあの化け物が言っていた。ミドリは観測者だって、そう言っていた。僕にもルナにも何のことかさっぱり分からなかった。ミドリ、本当に何も知らないのか?…………君は一体何者なんだ」
消え入るような声でアンリは言った。
きっとアンリもミドリを疑うようなことはしたくないのだろう。だがそれでも聞かずにはいられなかった。得体のしれないものに対する恐怖というのはそう簡単に拭えるものではない。
だがミドリ自身もその答えは知らない。しかしそれと同時に「観測者」という言葉に聞き覚えがあった。
「俺は、自分が何者なのか本当に分からない。自分が知りたいんだ、それを。どうして自分に化け物と対等に戦う力があったのかも分からない、無我夢中だったんだ。だけど、一つだけ、観測者って言葉は聞き覚えがある気がする。どこで聞いたかは分からないけれど、つい最近、この世界に来る前に、記憶をなくす前に聞いた気がするんだ」
ミドリは何も分からない故に弁明のしようが無かったが、とにかく今は分からないという他になかった。
「……分からない、か。熱くなって悪かったよ。僕はミドリを疑ってはいるわけじゃないんだ。そもそも、こんな状況で何をどう疑っているのかもさっぱり自分でも分かってない。気を悪くしないでくれ」
アンリは火が消えたかのように勢いが弱まった。
「気にしなくていい。いきなり現れた俺のことを怪しいと思うのは当然のことだ。自分でも自分を疑いたくなる」
ミドリはアンリの気持ちを察した。
突然現れた異世界からの人間と行動を共にした途端、見たこともない化け物に襲われれば何かつながりを疑いたくなるのは自然である。
「煩わしい質問はミドリが完全によくなってからにするよ。だけど最後に一つだけ、」
アンリは気持ちを切り替えたのか先ほどとは打って変わっていつも通りの様子で笑って言ってから、もう一度真剣な顔になった。
「ミドリはどうして、危険な化け物相手に立ち向かうことができるんだ」
どうして立ち向かうことができるのか、ミドリはアンリの質問を聞くと一度目を瞑って真剣に考えた。
あの時、化け物に向かっていくとき何を考えていたのかを。
「正直、あそこで化け物に向かっていったことが正しいことかどうかは分からない。余計に相手を刺激して事態を悪化させたかもしれない。俺は立ち向かうなんて大層な事は考えてなかったよ。ただ、一つだけ。逃げることはダメなんだ。逃げて良いことは一つもないんだ。例えば、どこかまで逃げ切れば反撃の策があるというのならば話は別だけど、あの時はそうじゃなかった。言いたいことは分かるだろ?」
「ただ逃げるだけは、意味が無いってことか?」
「意味が無いとは言わないけれど、まぁそういうことだ。時には逃げることも大切だなんて言葉もあるけれど、それは現実から目を背けていることに他ならない。俺は思うんだ、逃げて楽になりたいだけなんじゃないかって。世の中上手くできてて、逃げたツケは必ず帰ってくるんだよ。今すぐにでは無くてもいつか自分の身に降り注ぐ。それに、逃げた先には何もないんだ。化け物に立ち向かうとか関係なしに、逃げた先には虚無しかない。達成感もなければ何かを得られることもない。逃げたという事実だけが永遠に自分を縛り付けるんだ」
ミドリはそういうと包帯の巻かれた右肩を撫でた。
「でも…………」
アンリは言葉を発しかけたが、ミドリの話にはまだ続きがあった。
「アンリはきっと、『でも、僕たちを助けてくれた』って言いたいんだろ?」
「あ、あぁそうだ。僕たちがいなければミドリは一人でも何とかなったかもしれない。後ろに僕たちがいたから引けずに戦ったんじゃないかって思っている」
「違うな、それは思いあがりだ。俺はそんな立派な人間じゃない。あそこで俺が本当に助けたのは自分自身だ。逃げてしまったという事実を自分に残したくない、後悔したくない、そんな事しか考えてなかった。二人が後ろに居ようと関係なかったんだ。所詮、俺はその程度の人間なんだ。二人が助かったのも俺が助かったのも結果論でしかない。………結局、化け物に立ち向かって、命を懸けてる自分に酔ってただけなのかもしれないな」
ミドリは「まぁ、それで自分がこんな重傷を負ってるんじゃ世話ないな」と自虐気味につけ加えた。
「それでも凄いよ。逃げたって意味ないって分かってたって選べないよ、そんな選択肢…………」
アンリがそういうと再び部屋のドアが開いた。
今度はルナがターニャを連れてきていた。
「ミドリ、大丈夫ですか?」
「一応、生きてるみたいです」
「本当に丈夫な子ですね。包帯を取ってもう一度縫い直して、傷口が膿まないように処置しますからね。……ルナとアンリは外で消更草(しょうこうぐさ)を取ってきてください」
ターニャは二人を用事を言い渡して外に出すとミドリの包帯を丁寧に解いて治療を始めた。
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