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第三章 修行の日々
第13話 それぞれの修行【由紀編・下】
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「1997、1998、1999、2000!」
次の日の朝。誰もいない学校の剣道場で、私は素振りをしていた。
今日は日曜日でお休みだけど、柔道場や弓道場といった運動部の部室は、いつでも練習できるように解放されており、許可もいらないのだ。もうすぐ地区大会がやってくるし、せっかく使えるんだからここで練習しようと、思い立って2時間。
「ほんとこの教室使われないなー」
床に竹刀を置き、水筒のキャップを開けながら言った。この2時間、私の他に誰も入ろうとした人はいなかった。一週間前、同じことをしにここに来た時もこんな風に静かだった。
中に入った水をごくっと飲み込んだ時、妙な違和感が舌に広がった。なんか普通の水とは違う味がする。
「水じゃない。これは・・・・。スポーツドリンクか!」
学校指定のスリーウェイを覗いてみると、青い字の軽口補水液のペットボトルがあと2本入っていた。きっと運動するから、母さんが気を利かせてこの飲み物にしたのだろう。
でもね。私はこういう飲み物、好きじゃないの。なんだろう、水じゃないスッキリしない味が嫌だ。
「何度も言ったよねえ、これ苦手だってさあ。何でこれにしたんだよ、全く」
愚痴を漏らしても、変わらないものは仕方ない。のどに詰まりそうなのを堪えて、液体を胃に運ぶ。
「ううっ、やっぱ不味いわ」
私は、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと分けることに徹底する性分だ。嫌なものはきちんと嫌と言わなければ、気が済まないのだ。それが誰かの不快に繋がると判っていても。悪い癖だ。
・・・いや、それは矛盾か?私はどっちかって言うと、あまり感情を表に出さないほうだから。加奈みたいに起伏は激しくないと、自分は思っている。だから、さっきの言葉はやはり矛盾だ。
「私は、どうしてこう深く考えてしまうのだろう。いつも答えのないことばかりで」
考えても時間の無駄だ。練習再開っと。かがんで竹刀を取ると、再び2000回の素振りを行った。
休憩で冷えていた体がまた熱くなる。もし普通の人だったら、半分も行かないうちに倒れてしまうだろう。あまりにも熱が出過ぎて。今体温いくつだと思う?もう42度超えてるよ、ほんとに。
普通の読者の皆さんは、この体温だと病気の重症だの言われるでしょ。というか辛いよね、このくらいになると。でも今私全然平気なんスわ。うん、マジで。何ともない、大丈夫。
はい、頭の良い皆さんならお判りですね。そう、これも幻魔としての特性です。『炎熱体』というものらしく、その名の通り炎の様に体が熱くなる現象だそう。こうすることで、魔剣士の魔の要素が十分に引き出されると説明を受けた。剣士の要素は言わなくてもいいね。
壁にかかったまん丸の時計が正午を指した。約束の時間だ、残りはあっちでやろう。
この学校の竹刀は入部した時に一人ずつ貰え、永遠に自分のものになる。だから家で保管だ。今日も竹刀用の大きな袋に入れて持ち帰る。
経口補水液を盛大に飲み、キャップを閉める。スリーウェイに詰める。最後に服を部員用ロッカーにしまって、電気を消した。これで帰るための処理は済んだのである。やっぱりちょっと面倒だな、と思った。本当はこういうの先生がやって欲しいけど、使ったからにはきちんと片付けなければいけない。それが礼儀であると判ってる。判ってるけど・・・。
「もう少し楽にならないかなあ」
面倒なものは面倒だ。こうして少しでも仕事が少なくなりそうな方法を考えながら、私は今日も基地へ向かった。
曲がりくねった管で、入口の前に来る。だいぶ酔わなくなったけど、少し気が遠くなりそうだった。辺りが暗いから余計に眠っちゃいそう。本当にやったら迷惑だけどw。
「ふん!」
ようやく自分でこの固い扉を開けれるようになった。これも修行の一環で、その日はドアの開閉ができるようになるまで家に帰れなかった。別に叱られなかったけど。
中に入ると、床に座って宿題をする子がいた。春だ。
「やあ」
声をかけると、すぐに私に気付いて挨拶をしてくれた。
「ん、ああ。おはよう」
「おはようって、もうお昼だよ」
「え、じゃ、なんて言ったらいいのさ」
「うーん、『こんにちは』?いや、友達同士はそう言わないか。確かに、なんつったらいいんだろ?」
「ま、いいんじゃない?そん時の気分でさ」
そうだねと答えながら、スリーウェイを肩から下ろす。竹刀は横にして床に寝かせる。
「加奈は?今日一緒に遊ぶ予定だけど・・・」
「訓練室だよ。毎日厳しいみたい。今日も朝5時からやってる」
「随分早いねえ。じゃあ、千代ちゃんは?」
「今日はいない。明日来る」
「そっか」
しばらくの間沈黙が流れた。その間も、春はずっと問題集に目を向けている。なんとなく、これ以上邪魔しちゃいけないと思い、荷物を持って私の部屋に向かった。
右目から映し出される景色の中で、水の音がする。川を緩やかに流れる音だ。いつも個室を出てすぐ目に入るのは、上手く似せて作った小さな滝である。神様なのにこの程度なのかと思うほど、クオリティは低い。威力も少ない。
もう少し木々などを植えて映えるようにしても良いと思うけど・・・。まあ、このままでもいいや。文句はなし。
「よし。始めるか」
クローゼットに真っ直ぐ向かい、袴を取り出す。帯を腰に巻いた瞬間には、それまでののんびりとした心持は消え去っていた。ただ今の人生に向き合う事だけを考えていた。服を変えるだけで、こんなにも気持ちも変わるだろうか。不思議に思っていた、その時。
「やっほー」
前から声がした。加奈だ!
「加奈!ねえ見てよ。この服、どお?似合う?」
私は腕を大きく開いて一回転し、加奈に全身を見せた。すると彼女は笑った。
「いいねえ。カッコいい!すっごく似合う!」
「ほんとー!?嬉しー。加奈に見て欲しかったんだー」
ふふと笑いあうと、とても気持ちが良くなり何らかの快感に心が包まれた。
「私行ってくるから、待ってて。そしたら遊ぼう!」
「うん、石けりしよう!」
後でね、と言ってお互いすれ違う。安定していたはずの心は、興奮と幸福に満たされ、少し揺れ動いていた。
訓練室のドアをたたき、失礼しますと断ってから入る。松ノ殿が出迎えてくれた。
「待ってたぞ、近衛」
「今日もよろしくお願いします」
礼儀正しく一礼をしてから、武舞台に上がる。今日は素振りから始める。さっきと同じように、ひたすら同じ太刀筋を繰り返し練習する。でも一つだけ違うのは。
「ダメだ!ふらついている!」
「呼吸を整えろ!」
「もっと強くなるんじゃないのか!」
その場に監督がいることである。松ノ殿が開発した剣術指導ロボットの熱血な教えに、私は心を鼓舞される。
私が今降っているのは竹刀でも木刀でもない。あの丸太を切り倒した真剣だ。鋼本来の重さが腕を引き、体力を奪う。腕中にしびれが走り、マメができ、失神しそうになっても振り続ける。それが強者として生まれた者の定めだ、という1ミリも判らない理論をロボットから聞いた。確かに私は最初から、普通の幻魔とは一つ上のランクにいたことは十分承知していたし、だからと言って油断していいと言う訳でもない。でも流石にそれは間違っているのではないか。誰にだって限界がある。それを差し置いて、強者だからという理由で辛い思いをするのか。その意図と理由が、私は掴めていなかった。
「よし、2000回振れたな。それじゃあ本番いこうか」
今日は受け身と技、抜刀の基本フォームの練習をする。決して楽なものではない。なかには体中から血が出てくるものもある。実際初めの方は良く出血していた。一日中動けなかったこともある。今も無理しない程度におさめているつもりだ。
「じゃ、始めるぞ。鯉口を切ってみろ」
普通の刀は、鞘と接触しないように鎺というものが鯉口で刀身を固定しているらしい。左手で鞘を握り、その親指で鍔を柄の方向へパチン、と押し出す。
「あ」
帯の中の鞘がふらついて揺れた。すぐに叱責の声が飛ぶ。
「こらっ、そこはしっかり固定しろと言っただろう!」
「ごめんなさいっ」
「・・・いい。次に進め」
刀身を抜く準備が出来たら、柄を右手で握る。私が使っているのは日本の種類で言うと、『打刀』と分類される。長さ60センチほどで従戦と呼ばれる歩き方をするに丁度よいとのことだ。この打刀は刃を上にして納めているため、手首を返して鍔に近い場所を下から掌で包むように握るのが基本である。こうしてすぐに攻撃を仕掛けられると言う訳だ。
「うーん、上手いな。次、抜いてみな」
右手を体の前に伸ばして抜刀。柄頭を敵に向けることで上手に出来る。より早く抜けば不意もつける。ちなみに今は固い素材でできた、人形が相手だ。切っ先を少し残して鞘を後ろに引く。そして全部出たら。
「横に振れ!」
ブアン!右に刀を一閃。それでも人形は壊れない。少し亀裂が入っただけ。追撃だ!
「縦!」
ヒュン!!素早く左手を鞘から柄へ移動させ、しっかりと握る。切先を頭頂部からみぞおちまで力強く斬る。模型は一瞬にして粉砕して、床一面に欠片が散らばった。
「そこから納刀まで通せ」
ひゅっ。右斜め後ろに向かって刀を振り下ろし、血を振り落とす(動作をする)。最後まで油断せず確実に納刀。小さくパチン、と鳴らして一連の動作は終了だ。最後に武人としての礼をして、講師に歩み寄った。
「最初以外の所作はとてもいい。完璧だ。呑み込みが速いな」
「すごい緊張しました」
「そうだろうな。水を飲んで来い。またすぐ始めるぞ」
言われた通り水を飲み、また修行を始めた。
今度は炎の中で暑さに耐える練習。普通の人からしたら、地獄でしかない。その恐怖の炎熱地獄に、私は迷いなく身を投じる。助走をつけて一気に猛火へ突進。
「ぐっ、いつも通り熱いな」
パチっと音がして、袴が燃え始めた。そろそろ抜けなきゃ。体中ただれちゃう。
でも。ゴオオオオと燃え盛る壁に足がすくむ。
「やあっ」
意を決し、スライディングしながら渦を抜け出した。昨日よりも傷ついていなかった。
本当に変わらない一日だ。刃を振り、走り、動く。振って、走って、動いて、少し休む。そしてまた振る。
そうしている間に実技試験の実施を聞いた。今までの総復習として、存分にやらせてもらおう。
前とは比べ物にならない程私は強くなった。技も12個習得し、もうどんな敵が来ても負ける気がしなかった。
そして、試験の三日前の昼頃。体ごと円を描く技・『火巻切』の練習中。
「うあああああ」
ものすごい速さで的に近づいた時、ぱちっ、と刀身の中で音がした。驚いてみてみると、鍔の方から炎熱が鋭い鋼を包み込み、色も紅くなった。この間までは、炎は出ていても鋼自体は変わっていなかった。一度強く踏み込み、大きく叫んだ。
「大!!火巻切!!!」
切るよりも先に、熱のせいで的は焼け消えた。心も体も、今までで一番熱かった瞬間だった。これで大丈夫、絶対に試験に合格できる。力強く確信した。
そしてテスト本番。もはや勝負ではなく、私の無双斬りで終了した。時間も短すぎて、ここに書くこともないくらいだ。小さい弧を描くように何回も刀を振る、『炎弧双舞』。難しい文字が入っているが、言いたいことは分かる。・・・気がする。
実施時間は驚きの30秒。4人の中で最速だった。
後片付けをする松ノ殿を置いて退室すると、3人の仲間が息を張り詰めて待っていた。そうか、外に声が漏れないようにしてるのか、と思いながらにっこり笑って言った。
「終わったよ。勝った」
「「「!!!!」」」
皆一斉に笑顔になり、そのあと嬉しさのあまり力一杯お互いを抱きしめたり、何回もハイタッチをしたり、勝利の舞を踊ったりで騒がしかった。これで同じ日に全員合格が叶ったのである。
その日の夜は松ノ殿が構築した私達のための異次元の町で、外食をし、ゲーセンで遊びつくし、コーラやジンジャエールと言った炭酸類を飲みに飲んだ。カラオケで歌い、夜更かしをし、次の日起きたのは昼の12時だった。
広大な野原へ通ずる広い庭の真ん中に立ち、私は自分の手を見た。一面に傷やマメがついていた。それでも、自分の努力の結晶だと思うと、とても誇らしかった。
「おはよー」
後ろで声がした。皆だ。
「うん、おはよう」
まだ眠い目をこする仲間たちに、一杯の笑顔を向けた。
次の日の朝。誰もいない学校の剣道場で、私は素振りをしていた。
今日は日曜日でお休みだけど、柔道場や弓道場といった運動部の部室は、いつでも練習できるように解放されており、許可もいらないのだ。もうすぐ地区大会がやってくるし、せっかく使えるんだからここで練習しようと、思い立って2時間。
「ほんとこの教室使われないなー」
床に竹刀を置き、水筒のキャップを開けながら言った。この2時間、私の他に誰も入ろうとした人はいなかった。一週間前、同じことをしにここに来た時もこんな風に静かだった。
中に入った水をごくっと飲み込んだ時、妙な違和感が舌に広がった。なんか普通の水とは違う味がする。
「水じゃない。これは・・・・。スポーツドリンクか!」
学校指定のスリーウェイを覗いてみると、青い字の軽口補水液のペットボトルがあと2本入っていた。きっと運動するから、母さんが気を利かせてこの飲み物にしたのだろう。
でもね。私はこういう飲み物、好きじゃないの。なんだろう、水じゃないスッキリしない味が嫌だ。
「何度も言ったよねえ、これ苦手だってさあ。何でこれにしたんだよ、全く」
愚痴を漏らしても、変わらないものは仕方ない。のどに詰まりそうなのを堪えて、液体を胃に運ぶ。
「ううっ、やっぱ不味いわ」
私は、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと分けることに徹底する性分だ。嫌なものはきちんと嫌と言わなければ、気が済まないのだ。それが誰かの不快に繋がると判っていても。悪い癖だ。
・・・いや、それは矛盾か?私はどっちかって言うと、あまり感情を表に出さないほうだから。加奈みたいに起伏は激しくないと、自分は思っている。だから、さっきの言葉はやはり矛盾だ。
「私は、どうしてこう深く考えてしまうのだろう。いつも答えのないことばかりで」
考えても時間の無駄だ。練習再開っと。かがんで竹刀を取ると、再び2000回の素振りを行った。
休憩で冷えていた体がまた熱くなる。もし普通の人だったら、半分も行かないうちに倒れてしまうだろう。あまりにも熱が出過ぎて。今体温いくつだと思う?もう42度超えてるよ、ほんとに。
普通の読者の皆さんは、この体温だと病気の重症だの言われるでしょ。というか辛いよね、このくらいになると。でも今私全然平気なんスわ。うん、マジで。何ともない、大丈夫。
はい、頭の良い皆さんならお判りですね。そう、これも幻魔としての特性です。『炎熱体』というものらしく、その名の通り炎の様に体が熱くなる現象だそう。こうすることで、魔剣士の魔の要素が十分に引き出されると説明を受けた。剣士の要素は言わなくてもいいね。
壁にかかったまん丸の時計が正午を指した。約束の時間だ、残りはあっちでやろう。
この学校の竹刀は入部した時に一人ずつ貰え、永遠に自分のものになる。だから家で保管だ。今日も竹刀用の大きな袋に入れて持ち帰る。
経口補水液を盛大に飲み、キャップを閉める。スリーウェイに詰める。最後に服を部員用ロッカーにしまって、電気を消した。これで帰るための処理は済んだのである。やっぱりちょっと面倒だな、と思った。本当はこういうの先生がやって欲しいけど、使ったからにはきちんと片付けなければいけない。それが礼儀であると判ってる。判ってるけど・・・。
「もう少し楽にならないかなあ」
面倒なものは面倒だ。こうして少しでも仕事が少なくなりそうな方法を考えながら、私は今日も基地へ向かった。
曲がりくねった管で、入口の前に来る。だいぶ酔わなくなったけど、少し気が遠くなりそうだった。辺りが暗いから余計に眠っちゃいそう。本当にやったら迷惑だけどw。
「ふん!」
ようやく自分でこの固い扉を開けれるようになった。これも修行の一環で、その日はドアの開閉ができるようになるまで家に帰れなかった。別に叱られなかったけど。
中に入ると、床に座って宿題をする子がいた。春だ。
「やあ」
声をかけると、すぐに私に気付いて挨拶をしてくれた。
「ん、ああ。おはよう」
「おはようって、もうお昼だよ」
「え、じゃ、なんて言ったらいいのさ」
「うーん、『こんにちは』?いや、友達同士はそう言わないか。確かに、なんつったらいいんだろ?」
「ま、いいんじゃない?そん時の気分でさ」
そうだねと答えながら、スリーウェイを肩から下ろす。竹刀は横にして床に寝かせる。
「加奈は?今日一緒に遊ぶ予定だけど・・・」
「訓練室だよ。毎日厳しいみたい。今日も朝5時からやってる」
「随分早いねえ。じゃあ、千代ちゃんは?」
「今日はいない。明日来る」
「そっか」
しばらくの間沈黙が流れた。その間も、春はずっと問題集に目を向けている。なんとなく、これ以上邪魔しちゃいけないと思い、荷物を持って私の部屋に向かった。
右目から映し出される景色の中で、水の音がする。川を緩やかに流れる音だ。いつも個室を出てすぐ目に入るのは、上手く似せて作った小さな滝である。神様なのにこの程度なのかと思うほど、クオリティは低い。威力も少ない。
もう少し木々などを植えて映えるようにしても良いと思うけど・・・。まあ、このままでもいいや。文句はなし。
「よし。始めるか」
クローゼットに真っ直ぐ向かい、袴を取り出す。帯を腰に巻いた瞬間には、それまでののんびりとした心持は消え去っていた。ただ今の人生に向き合う事だけを考えていた。服を変えるだけで、こんなにも気持ちも変わるだろうか。不思議に思っていた、その時。
「やっほー」
前から声がした。加奈だ!
「加奈!ねえ見てよ。この服、どお?似合う?」
私は腕を大きく開いて一回転し、加奈に全身を見せた。すると彼女は笑った。
「いいねえ。カッコいい!すっごく似合う!」
「ほんとー!?嬉しー。加奈に見て欲しかったんだー」
ふふと笑いあうと、とても気持ちが良くなり何らかの快感に心が包まれた。
「私行ってくるから、待ってて。そしたら遊ぼう!」
「うん、石けりしよう!」
後でね、と言ってお互いすれ違う。安定していたはずの心は、興奮と幸福に満たされ、少し揺れ動いていた。
訓練室のドアをたたき、失礼しますと断ってから入る。松ノ殿が出迎えてくれた。
「待ってたぞ、近衛」
「今日もよろしくお願いします」
礼儀正しく一礼をしてから、武舞台に上がる。今日は素振りから始める。さっきと同じように、ひたすら同じ太刀筋を繰り返し練習する。でも一つだけ違うのは。
「ダメだ!ふらついている!」
「呼吸を整えろ!」
「もっと強くなるんじゃないのか!」
その場に監督がいることである。松ノ殿が開発した剣術指導ロボットの熱血な教えに、私は心を鼓舞される。
私が今降っているのは竹刀でも木刀でもない。あの丸太を切り倒した真剣だ。鋼本来の重さが腕を引き、体力を奪う。腕中にしびれが走り、マメができ、失神しそうになっても振り続ける。それが強者として生まれた者の定めだ、という1ミリも判らない理論をロボットから聞いた。確かに私は最初から、普通の幻魔とは一つ上のランクにいたことは十分承知していたし、だからと言って油断していいと言う訳でもない。でも流石にそれは間違っているのではないか。誰にだって限界がある。それを差し置いて、強者だからという理由で辛い思いをするのか。その意図と理由が、私は掴めていなかった。
「よし、2000回振れたな。それじゃあ本番いこうか」
今日は受け身と技、抜刀の基本フォームの練習をする。決して楽なものではない。なかには体中から血が出てくるものもある。実際初めの方は良く出血していた。一日中動けなかったこともある。今も無理しない程度におさめているつもりだ。
「じゃ、始めるぞ。鯉口を切ってみろ」
普通の刀は、鞘と接触しないように鎺というものが鯉口で刀身を固定しているらしい。左手で鞘を握り、その親指で鍔を柄の方向へパチン、と押し出す。
「あ」
帯の中の鞘がふらついて揺れた。すぐに叱責の声が飛ぶ。
「こらっ、そこはしっかり固定しろと言っただろう!」
「ごめんなさいっ」
「・・・いい。次に進め」
刀身を抜く準備が出来たら、柄を右手で握る。私が使っているのは日本の種類で言うと、『打刀』と分類される。長さ60センチほどで従戦と呼ばれる歩き方をするに丁度よいとのことだ。この打刀は刃を上にして納めているため、手首を返して鍔に近い場所を下から掌で包むように握るのが基本である。こうしてすぐに攻撃を仕掛けられると言う訳だ。
「うーん、上手いな。次、抜いてみな」
右手を体の前に伸ばして抜刀。柄頭を敵に向けることで上手に出来る。より早く抜けば不意もつける。ちなみに今は固い素材でできた、人形が相手だ。切っ先を少し残して鞘を後ろに引く。そして全部出たら。
「横に振れ!」
ブアン!右に刀を一閃。それでも人形は壊れない。少し亀裂が入っただけ。追撃だ!
「縦!」
ヒュン!!素早く左手を鞘から柄へ移動させ、しっかりと握る。切先を頭頂部からみぞおちまで力強く斬る。模型は一瞬にして粉砕して、床一面に欠片が散らばった。
「そこから納刀まで通せ」
ひゅっ。右斜め後ろに向かって刀を振り下ろし、血を振り落とす(動作をする)。最後まで油断せず確実に納刀。小さくパチン、と鳴らして一連の動作は終了だ。最後に武人としての礼をして、講師に歩み寄った。
「最初以外の所作はとてもいい。完璧だ。呑み込みが速いな」
「すごい緊張しました」
「そうだろうな。水を飲んで来い。またすぐ始めるぞ」
言われた通り水を飲み、また修行を始めた。
今度は炎の中で暑さに耐える練習。普通の人からしたら、地獄でしかない。その恐怖の炎熱地獄に、私は迷いなく身を投じる。助走をつけて一気に猛火へ突進。
「ぐっ、いつも通り熱いな」
パチっと音がして、袴が燃え始めた。そろそろ抜けなきゃ。体中ただれちゃう。
でも。ゴオオオオと燃え盛る壁に足がすくむ。
「やあっ」
意を決し、スライディングしながら渦を抜け出した。昨日よりも傷ついていなかった。
本当に変わらない一日だ。刃を振り、走り、動く。振って、走って、動いて、少し休む。そしてまた振る。
そうしている間に実技試験の実施を聞いた。今までの総復習として、存分にやらせてもらおう。
前とは比べ物にならない程私は強くなった。技も12個習得し、もうどんな敵が来ても負ける気がしなかった。
そして、試験の三日前の昼頃。体ごと円を描く技・『火巻切』の練習中。
「うあああああ」
ものすごい速さで的に近づいた時、ぱちっ、と刀身の中で音がした。驚いてみてみると、鍔の方から炎熱が鋭い鋼を包み込み、色も紅くなった。この間までは、炎は出ていても鋼自体は変わっていなかった。一度強く踏み込み、大きく叫んだ。
「大!!火巻切!!!」
切るよりも先に、熱のせいで的は焼け消えた。心も体も、今までで一番熱かった瞬間だった。これで大丈夫、絶対に試験に合格できる。力強く確信した。
そしてテスト本番。もはや勝負ではなく、私の無双斬りで終了した。時間も短すぎて、ここに書くこともないくらいだ。小さい弧を描くように何回も刀を振る、『炎弧双舞』。難しい文字が入っているが、言いたいことは分かる。・・・気がする。
実施時間は驚きの30秒。4人の中で最速だった。
後片付けをする松ノ殿を置いて退室すると、3人の仲間が息を張り詰めて待っていた。そうか、外に声が漏れないようにしてるのか、と思いながらにっこり笑って言った。
「終わったよ。勝った」
「「「!!!!」」」
皆一斉に笑顔になり、そのあと嬉しさのあまり力一杯お互いを抱きしめたり、何回もハイタッチをしたり、勝利の舞を踊ったりで騒がしかった。これで同じ日に全員合格が叶ったのである。
その日の夜は松ノ殿が構築した私達のための異次元の町で、外食をし、ゲーセンで遊びつくし、コーラやジンジャエールと言った炭酸類を飲みに飲んだ。カラオケで歌い、夜更かしをし、次の日起きたのは昼の12時だった。
広大な野原へ通ずる広い庭の真ん中に立ち、私は自分の手を見た。一面に傷やマメがついていた。それでも、自分の努力の結晶だと思うと、とても誇らしかった。
「おはよー」
後ろで声がした。皆だ。
「うん、おはよう」
まだ眠い目をこする仲間たちに、一杯の笑顔を向けた。
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描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
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