幻魔少女物語〜神様の失敗で人間から異界人になった8人の話〜

campanella

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第四章 目覚める才能

第12話 確率

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 私達は松ノ殿が自宅からそのまま移してきたという執務室にいた。洋風の赤を基調した装飾が目立つ。布生地(ファブリックと言うらしい)でできたソファ、びっくりするほど透明なガラスのテーブル。さまざま色の太い束が並んだ棚。焦茶色の木製のデスクと赤い背もたれのついた、ラスボスが座るような椅子。思ったより派手好きらしい。
「これを見ろ」
 私は、彼が大事そうに奥にしまっていた書籍を受け取る。百科事典よりも分厚く、重たい。それにかなり頑丈な装丁だ。危険を感じた私は瞬時に幻魔の力を腕に注ぎ、従来の人間としてのパワーを補う。おかげで骨が折れる前に間に合った。しっかり手に持ち、背表紙や側面を確認する。表紙には任務用データ表(2031年・完全版)、と書かれている。
「これは?」
 隣の由紀ちゃんが、私の腕の中を覗き込みながら言った。
「表紙の字の通りだ。これは去年の12月までに行われた任務に関するデータを全て記録されている。これまで3000万以上の任務が遂行されてきたその全てが、ここにある」
 私は近くにあったソファに腰掛ける。彼女も私の隣に座る。膝の上だと安定しないので、テーブルの上に置く。ズン・・・と静かに重たい音がした。
 表紙を開き、目次を見るだけでも目が疲れた。今までに見たことない、膨大な項目の数だった。どうやらかなり丁寧に作り込まれているようで、第一部は年度別、第二部は任務のジャンルごとにと、部ごとに基準が分かれている。私は第二部の中の、浄化任務のページを探す。指で一つ一つ追っていき、目次が4ページの時に見つけた。156ページから176ページに渡っている。
「いくらなんでも量多すぎるよ・・・」
 私はため息混じりに愚痴をこぼす。するとデスクにもたれかかって口笛を吹いていた神が答える。
「文句は編集部に言ってくれ。私だって使う時いつも苦労してるんだから。100年前はもっと少なかったのに・・・」
「これ、何年くらいのスパンで改訂されるんですか?」
「10年に1度。ちょうど去年だな。情報量が多いから毎年は出来ない。編集部は他にも会報とか色んな書類を作ってるからな。その代わり情報部が全部記録を改訂されるまでの10年間厳重に守って、作成期間の時に編集部に提出する」
「じゃあ次は9年後か~。また多くなってるんだろうな~」
「そうだろうな」
 そんな会話をしつつも、私はきちんと資料を読み進めていた。
 浄化任務の成功率は62%。2番目に高い。62%で2番目は少し意外だった。ちなみに1番は87%のターゲット式の討伐任務だった。両方とも、すぐ下にその理由が添えられている。以下はその説明文の引用です。

 浄化任務 成功率・62%
『この確率は純粋な成功率、つまりただ浄化できたかどうかではなく、浄化対象の生存したまま終えたものを基準とした。やはり手加減が苦手な戦士ほど個人戦績が悪く、この浄化任務ではそれが顕著に表れていた。不成功率である24%の原因のほとんどが、戦士が与えた致命傷によるものである。その他の理由としては、浄化できたが怪魔にすでに命を吸い取られていた、手遅れで完全に自我を奪われてしまった、など』

 討伐任務 成功率・87%
『事前に敵の情報が分かっている任務は成功率90%であった。思慮深い考察を前もってした者程成功率が高い。それにより、準備した者としていない者の差が激しい任務形式である。不成功の理由として、不注意、不準備、怪魔の任務中の覚醒などが挙げられる』

 2つの成功率の差は・・・25。この差は何か。1つ、絶対に違う点がある。攻撃の的だ。もちろんどっちとも倒すべきは怪魔なんだけど、その怪魔の形態が違う。討伐任務では怪魔はそのままの姿で出てくる。その分少しレベルが高いけど、対策法を知っていればそこまでではないだろう。そしてダメージは怪魔そのものが被る。でも。浄化任務は、怪魔が人間の意識を乗っ取り、動かす。つまり怪魔はにいる。ダメージを受けるのは人間だ。言い換えれば、怪魔は自身がダメージを受けないために、人間の体を利用するのだ。ズルい。ズルい・・・。
「自分の体も使わないで・・・」
「まあまあ、だからこそ体があって攻撃できるんじゃん」
「だからって間接的に人の体を傷つけるなんて・・・」
「いや傷つけるのは私達でしょ?w」
「その言葉だけだと由紀ちゃんめっちゃ怖いって・・・・」
「まあ近衛の言うことも一理あるけどな・・・」
 確かに由紀ちゃんの言うことは認めざるを得ない。だって、怪魔は意識を乗っ取るが、傷つけることはしない。そうすればいくら悪いことをしても、循環が強まらないからだ。怪魔は怪魔による被害で更に悪感情を強めようとしているのだから。
「まあ要するに、この資料からもわかるとは思うが、この類の任務は初心者向きではないってことだ。本来はお前の行くようなものじゃない。なのになぜ・・・」
「データだけ見ても、かなり難しそうですよね。運動神経の悪い加奈が完璧にこなせるとは、思えない」
「ねえちょっと」
 後ろの彼女にあえてにらみを利かせて振り返る。その声と顔にツボったのか、彼女は私を見た瞬間クスッと笑った。その顔に私は怒れなくなり(甘い)、私も微笑んだ。
 その様子に松ノ殿も微笑みかけながら天井を見上げて、言った。
「まあ考えられるものとして、一つは対策法だな。前回、佐々木は忍術が使えるから妖術の対抗として抜擢されただろう?多分同じ考え方で呼ばれたと思う。少なくとも、アイツの思うに合わせてお前らが選ばれているな。あとアイツは、新人をよく使う癖があるんだ」
「癖?」
「自分が気に入った新人はよく仕事に出す。自分の人選に間違い無いと言いたげにな。アイツは自分のしたことに絶対的な自信を持っている、そういうやつだ。とはいえ、初心者にこんな任務を任せることはないと思うが・・・」
「・・・ふーん」
 私はなんとなく返事をしながら辞典を閉じ、松ノ殿のデスクの上に置く。
「そうだ、矢代にお前に見せたいものがある。少し着いてこい。近衛も来るか?」
「いいんですか?」
「早かれ遅かれいずれお前にも見せるんだからな。こっちだ。面白いものが見れるぞ」
「面白いもの?」 
 私が首を傾げる横で、由紀ちゃんがなんだろう!とワクワクしている(可愛い)。私はその様子を横目に見ながら、最後まで重圧感のある社長室を出た。
 
 次の日。鳥が朝の始まりを告げる。それをアラームにして、私は布団の上を起き上がる。と同時にだ。
「おはよう」
「わあっ!」 
 目の前にもうジャージに着替えた由紀ちゃんがいる。もう朝練が終わったのだろうか。そういえば由紀ちゃん、いつも5時ぐらいに起きてトレーニング始めてるな。私は少し前までの強化合宿だけで辛かったのに・・・。5時って学生が起きる時間じゃないよ・・・。
「そんな驚く?」
「いや、だって起きた直後に人の顔あったら普通びっくりするよ・・・」
 私は布団を部屋の隅に畳み、彼女と一緒に部屋の外に出る。
「そういえば、春と千代ちゃんは?」
「あの二人、千代ちゃんのおじいさん達が遅くまで帰ってこないから、二人で家にいるんだって」
「あーなるほどね」
「そう言えば春の作る料理食べたことないね」
「え?料理できるの?!」
「うん、お母さんの家がレストランなんだって」
「へー!すご!だから春が泊まってるんだ」
「うん、学校で、今日はハンバーグを作ってもらうんだってワクワクしながら言ってたよw」
「いいなー。私も春のハンバーグ食べてみたいよ」
 そんなこと話し合いながら向かうのは、基地の中でも特に賑わう食堂だった。訪れる人数は四人だけなのにアニメなどに出てくる学生食堂ほどの広さがある。完全に空間の無駄遣いだ。
「何にしようかな」
 ありえないほどにラインアップの多い食券発行機の前でいつものように目を左右に動かす。
「今日は・・・よし!」
 私はカツ丼(並)のボタンを押す。隣で見ていた由紀ちゃんはその意味を判っていたようだ。
「カツ丼・・・『勝つ、丼』?w」
 私はニヤッと笑って応えた。指を銃のようにして彼女を指す。
「その通り」
 食券を取りながら彼女は微笑んだ。そしてロボットに差し出し、目についた席に座る。由紀ちゃんも料理を選んだようで、すぐに私の座った席の向かいに腰を下ろす。ちなみに彼女はフレンチトーストにしたらしい。
「フレンチトーストって、由紀ちゃんのお母さんが得意だったよね?」
「そうそう。お母さん昔フランスに留学してて、その時によく作ってたんだって。ちなみに向こうだと、『パン・ペルデュ』っていうらしいよ」
「へー全然違う!」
「ペルデュって失われたパンっていう意味らしいよ。乾燥したパンを卵や牛乳に浸して生き返らせるという意味合いを込められて、『パン・ペルデュ』って名前がついたんだって」
「なるほどねー」
 さっきまで少し緊張していたが、彼女のおかげで心が軽くなったような気がした。私もフレンチトーストを食べればよかった、とカツ丼を食べながら後悔した。喉元で異変を感じ、私は首を垂らす。
「う・・・っはあ・・・」
「あーあー朝から重いもの食べるからだよ。あとは食べるから」
 残った丼を受け取る由紀ちゃんに、私は笑い混じりに言った。
「今日負けちゃうかも・・・」
「大丈夫、ただの迷信だよ」

「おはようございます」
「おお、おはよう」
 松ノ殿が私たちを出迎えてくれる。彼はもう転送機のモニターを見ながら、目的地を設定している。ちなみに、転送する場所は本来の目的地と離すらしい。怪魔は周囲の幻魔の察知に長けていて、近くにいるとすぐに襲われてしまう。だから、できるだけ離れたところに降り立ち、油断させる。種族によっては、自分の気配を消すこともできるらしく、千代ちゃんはその術を取得できるらしい。流石忍者だ。
「さあ、準備はできたか?」
「はい、大丈夫です。行きましょう」
「私たちはこの部屋で、お前の様子を見ている。苦しくなったら、いつでも言え。無理に完遂させることはない」
「・・・ありがとうございます。行ってきます」
 由紀ちゃんが少し悲しそうな顔で私を見ている。こんな顔は珍しい。
「どうしたの?」
「いや・・・いつもビクビクしてた加奈がこんなしっかりするようになったなあ・・・って」
「お母さんみたいで草。ていうかそんな私臆病だったっけ?」
「臆病だったよー。いつも誰かの後ろにいたじゃん」
 それからしばらく思い出話に花が咲いてしまう。
「そうだったっけ?」
「覚えてない?」
「覚えてないよー」
「えー・・・例えば・・・あ、運動会の時!」
「運動会?」
「そうそう!!かけっこの練習の時、全然走んなかったでしょ?」
「えー!!嘘嘘嘘!!!」
「本当本当本当!!先生にちょっと叱られてたよ、マジで覚えてないの?」
「ちょっと待って・・・?今思い出し中・・・、・・・もうちょいその時のこと教えて」
「えー?えっとねえ・・・あ、でも運動会の前日の帰りに加奈言ってたよ。『明日のかけっこで1番になったら、お母さんがゲームを買ってくれるんだー!』って。そん時の笑顔は、今でもしっかり覚えてるねえ。それで本当に次の日一位取ったんだっけ」
「え、私かけっこ1位取ったっけ。自分運動に自信なさすぎて覚えてない・・・」
「2年生か3年生の時だったかな?確か、Whoウォーが発売された時だから」
 そこまで言われて、私はようやく思い出した。
「あ、ああ!あああーー思い出した!!そうだよ!ウォー買ってもらったんだよ!!」
「1位を取ったことじゃなくて、ウォー買ってもらったことは覚えてるんだ・・・」
 由紀ちゃんのツッコミは今はスルーしておくとして、私はウォーという単語の懐かしさに浸っていた。
「ウォーとか懐かしいなー!流行ってた時の土日はずーっとそればっかやってたもん!!」
「私も弟とレースゲームしかしなかったなあ・・・」
「あ、あの私達もずっとやってたアレでしょ?」
「そうそれ」
「私ウォー版のあれ、好きだった!いまだにクイッチの中に入ってる、ウォー出身のコース見ると懐かしくなる」
「最近出た追加コンテンツにあるコースも、暑いよね」
「そうなんだよ!!最近またハマり始めて、昨日も一人で____」
 と、まるで話がとびっとびになっている中、松ノ殿が少しつまらなさそうに言う。
「いつまで話してるんだ?遅刻するぞ」
 私達ははっとなって彼の方を向いた。彼はもうモニターの前に立って準備を済ませている。
 由紀ちゃんはそんな彼に近づいて、ニヤニヤと笑いかけた。
「なんです?若者の話についていけなくて、拗ねちゃいましたか?」
「由紀ちゃん!」
 私は名前を呼んで咎めたが、神様の方は満更でもなく、と言うか図星だと言わんばかりの表情で応えた。
「違う!はただ遅刻してはいけないと思ったから、会話を止めただけだ!遅刻して首にでもなったらどうする。ほら矢代、早くその台に立て。出発するぞ」
「はーい」
 自分で気づかずに自分のことを俺と言ってることにギャップを感じながら、転送台の上に立つ。
「目的設定完了、着地点安全確認!」
「気をつけてね」
 見下ろしている先にいる親友が私に言う。私はそれに精一杯応える。
「うん!」
「我々もここから見守っている。苦しくなったらいつでも言え。すぐに迎えに行く」
「わかりました。行ってきます!」
「・・・エンジン始動、発進準備完了!!・・・転送!!」
 レバーのガゴン!と押される音が終わる前に、私の体が光に包まれ______。
  
 気がつくと、頭皮が熱くなっていた。閉じていた目を開ける。真っ黒な道路の上で一人ぽつんと立っていた。
「!」
 何度も見る民家、知っている地域の書かれたナンバープレート、立ち並ぶ家々の中に混ざって、灰色の布に包まれた造りかけの物件、建築会社ののぼり旗。ぱっと見は馴染みのある名古屋の街のようだ。しかし。
「あ」
 名前も知らないおじさんの顔写真付きの、選挙用のパネルが塀に立てかけられている。

『練馬区国会議員 大宮裕』

 私は無事練馬区に転送されたようだ。念の為スマホを取り出し、現在地を確認する。三鷹市の隣、東京都練馬区の真ん中に私を指すピンが地図上に刺さっている。うん、大丈夫そうだ。スマホをしまいかけたその時。手の中で大きな震えを感じる。一瞬ヒヤッとしたが、震えの原因はスマホだった。画面を見ると、通話アプリの受信画面になっていた。送信者の名前を見て、私は滑らかに通話のボタンを押す。
『もしもし、上手く行ったか?』
「はい、ちゃんと東京に着きましたよ」
『良かった。じゃあ石園の家を共有するから』
 言うが早いか、メールにマップサイトのリンクが届いた。それを踏むと、マップサイトが自動的に開かれる。私のピンから北に進み、500メールほどの距離の場所に目的地を示す赤いピンが刺される。マンションの名前があったので、すぐにそれを検索し、どういうものか見てみる。見た目的にはなんの変哲もない茶色い外観をしている。しかも周辺にはそれと似たようなマンションが多く建っている。間違えないようにしないと。
『メゾン・トップ・ヒルズ。マンションの名前だ。表札が目立ってるから、すぐに判るはずだ』
「分かりました」
『じゃあ頑張ってこいよ』
「はい」
 電話を切り、住宅街を歩き始める。そういえば、私の服って武道着だよね?今更気づいたけど、これで、人に会ったらめちゃくちゃ恥ずかしいな・・・。私はあえて人の少ない路地を選び、遠回りをしながら、マンションへ向かった。細い道を通り、暗い通りを抜ける。途中どうしてもスーパーマーケットを通らなけらばならないと知った時はかなりドキドキしたが、幸い車は少なかった。あまり目立たないように、素早く横断歩道を渡った。
 そんな風にしていたら、目的地に着くまでに20分もかかっていた。しばらく人気の少ない大通りを歩いていると、石で掘られた横長の表札を見つけた。
 そう言えば、ここまで来る途中、一人ぐらいは人とすれ違ったり見かけたりすると思ったのに、怖いくらい人の気配がしない。たまたま今は人が外に出てないのか?いやでも、まだ午前中だから、散歩中のおじいちゃんおばあちゃんとか子連れの女性ぐらいはいそうなのに。
『メゾン・トップ・ヒルズ』
 ここだ!私はメールだけでもしようと、松ノ殿に「着きました」と打った。スマホをしまおうと考える前に既読がついて、おまけにまた電話が来た。
「なんですか?」
 私は言葉を少しイラだった口調でマイクに声を投げる。彼はさほど私の口調を気にしてはおらず、普通のトーンで応えた。
『遅かったじゃないか』
「だってこの服装目立つじゃないですか、こんなの来て歩いたら恥ずかしいですよ」
『あれ?気づかなかったのか』
「何が?」
『君の周辺だけ空間を捻り、並行世界を構築したんだ。つまり一般人は、矢代がいない世界線に今もいる。もちろん現段階では石園との世界線も違う。後で君の世界線に石園を呼び出し、戦ってもらう算段だ』
 ん、てことは・・・?
「あえて回り道しなくても良かったってこと?」
『ああ』
「!・・・・それ最初に言ってください!!」
 私はスマホを耳元から離し、黒い画面に向かって声を荒げる。液晶に唾が飛ぶが気にせず耳元に戻す。
『いやー判ってるかなって思って』
「今の今まで知りませんでしたよ!」
『ごめんごめん。でも着いたんだからいいだろw』
「着くだけで苦労したんですから!20分もかかったし!!」
『判った判った、悪かったよ。さあ行っておいで。今彼はゲームのプログラミングで油断し切ってるから』
 私はまだ神への不満を引きずりながら、スマホをしまってマンションの中に入っていった。
 なんとなく不安になり自動ドアの真上のセンサーを確認する。認証した合図の緑の小さい光が灯る。
「幽霊とかじゃなくて良かった・・・」
 エレベーターのボタンもちゃんと押せる。安心した。・・・・705室。7階か。
 ふと正面の見ると鏡の中に自分がいる。必然的に今の服装も見ることになるのだが、やっぱり現代の日本で着るにはかなりの違和感があった。全然エレベーターの雰囲気に合ってない。
「・・・もうちょっといい服にしてもらおうかな」
 7階です。と無機質な声が降った後、背後の扉が開いた。
「!」
 そうだ。私は東京にいたんだ。真下は住宅街だが、その奥には。
「わあっ!」
 エレベーターの外の景色が、高い高いビルでいっぱいだった。思わず箱から抜けてテラスの手すりを掴む。
 少し遠くに緑に覆われたエリアがある。調べてみると、少し大きめの公園のようだ。まるで私達の街の大同公園のようだ。
 あの公園は30年前に、私達の街がこれから自然と医療に力を入れるための第一歩として出来た公園で、毎月何らかのイベントが開かれている。 6月には蛍の鑑賞会、10月には紅葉狩りといった具合に。私は昔、由紀ちゃんと一緒に蛍の鑑賞会に行ったことがある。あの公園は蛍の養殖をしていて、シーズンになると幼虫の放流が行われる。その放流の様子を見るのがこの鑑賞会だ。私たちの他にも多くの子供達が訪れていて、案内の人に蛍の生態を教えてもらっていた。そういえばそろそろ、いやもう時期は過ぎたか?帰ったらイベント案内を見てみるか。
「あ、まずい」
 ぼーっと外を見ていた状態から我に帰る。石園さんの部屋を探さなきゃ。
「えーっと、705、705・・・ここだ」
 705号室の石園。絶対この部屋だ。チャイムがある。
「・・・」
 見ず知らずの少女が三十路の過ぎた男性の部屋に入るのは気が引けるが、これは仕事だ。入るしかない。
 ピーンポーン。・・・返事が20秒経ってもない。
「あれ、留守かな?」
 そう思って呟き、もう一度チャイムを鳴らす。しかし、何も反応がない。
「?」
 私はドアに耳をくっつけて聞き耳を立てる。とその瞬間、ドアが私の耳を押し強い力がかかる。後ろに倒れそうになるところを、なんとか踏みとどまる。
「!!!」
 びっくりして顔を上げると、目の前にボッサボサの髪の毛をはやした中年男性が現れた。太ってはおらず、ゲームのコントローラーがプリントされたTシャツを着ていて、いかにもゲームオタクのようだ。
「あの・・・お邪魔しま___」
 そう言い終わらないうちにだった。
 グン!!と自分の腕が引っ付き合う磁石のように強く引っ張られる。その力にいきなりは逆らえず、流されるまま家の中に上がる。靴も脱げないまま、廊下を通り、リビング、そしておそらく彼がゲームをしているであろう和室に入った。敷居を越えた時、男性が私の腕を乱暴に振り解き、私はその場に顔から倒れる。
「っ!」
 ゲーミングPCに向かって歩いて行く大きな背中を見ながら立ち上がる。
 そこで、ようやく私は家の様子を把握することができた。
 おそらく一般的なマンションの広さに、必要最低限の家具が置いてある。部屋の中は暗く、カーテンも閉まっている。和室の中も、パソコンのブルーライト以外の灯りがない。リビングのテーブルには、お酒やエナドリの空き缶が乱雑に転がっていて、それは床も同じだった。
 部屋を見回していると、ゲーミングチェアに座る男が椅子を私に向けた。その話題から、私は確信した。
「・・・249人」
「・・・へ?」
「俺のチートに敗れた人数。これまでに249人、俺は破ってきた」
「・・・すごいですね。私は格ゲーやっていないので、よくわかりませんが、多いとは思います」
「格ゲーを知らない?」
「ええ、オウンビルドはよくやるんですが」
「・・・ならちょうどいい。俺が君に、格ゲーの面白さってもんを教えてあげよう」
「でも、コントローラーが1個しかないですよ」
「・・・おいおい、俺を何者だと思ってるんだい?」
 すると、彼は自分の体で隠したモニターを見せてくれる。
「・・・!」
 その画面には、赤い背景の中に私の名前と顔が登録されている。自分の反対側の青い背景には『マッチング中・・・』の文字がぴょんぴょん跳ねながら並んでいる。
「これは・・・?!」
 その時、それまではっきりとしていた彼の声に低いハモリのようなものが聞こえてくる。まるでだ。
「私は怪魔だよ・・・?お前を倒すためならなんだってする」
「?!」
「お前には格ゲーの素質がある。お前は・・・格闘が得意な幻魔だから」
「!」
「ちょうどいい。久々に楽しめそうだ・・・」
 そして怪魔が操っている男の人差し指を、キーボードのエンターキーの上に乗せる。そして・・・。
「対戦、よろしくお願いします」
 彼がそれを押した瞬間、私の体がゲームでキルされたようなエフェクトに包まれて一瞬にして消えていった。

 GAMESTRAT
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