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第28話 一緒にやってみたい

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 毎年内定式が終わった後は、内定者たちで食事に行っている。
 会社として正式にそう決めているわけではないけれども、ほとんど強制参加のようなものだ。
 実際、店の予約もしているため、出ませんと言われたら困ってしまう。

 この内定式後の「懇親会」、だいたいどの会社でもある。
 だが世間の学生たちには、実に評判が“悪い”ものらしい。

 緊張してメシがまずそう。
 めんどくさい。
 何を話して良いかわからない。
 早く帰りたい――

 ネットではそんな声が多い。

 ただし、うちの会社の場合はそんなに堅苦しいものではない。
 豪華なホテルで立食形式なんていうこともなく。
 偉い人も出席しないし、先輩社員がわらわら湧いたりもしない。

 本当に単なるお食事会だ。
 内定者たちにも「構えなくて大丈夫」と伝えている。

 大昔は役員や部長クラスの人たちも来て、ガチガチの雰囲気でやっていたらしい。
 しかし私が新卒で入った頃には、すでにその慣習はなくなっていた。
 役員や上級管理職もプレーイングマネージャーとしてバタバタと働く時代になり、スケジュールを合わせることが困難になったためらしい。

 というわけで、今回も社内の人間は人事担当者のみ。
 つまり私だけがお世話役兼会計役として付いていく。
 ほぼ内定者だけの飲み会のようなものだ。

 もちろん内定者はお互いが他人同士だったわけなので、緊張しないわけではないだろう。
 だが重役や先輩社員が多数参加する会社よりは、圧迫感が圧倒的に少ないことは疑いない。



 使っている店は毎年同じ。
 会社のすぐ斜め前のホテルの中にある、フレンチとイタリアンのレストラン。
 私たち六人が入店すると、店員さんがすぐにやって来て、個室になっている六人用のテーブルに案内される。

 店内を優しく照らす橙の光。
 オフィスビル街の無機質な喧騒が嘘のような、温かみと落ち着きのある空気。
 このホテル自体は超高級というわけではないが、とても良い雰囲気の店だ。

 例年、みんなテーブルに着いてもすぐには座らない。
 私は入口でみんなを先にお店の中に入れ、最後尾についていく。
 なので、だいたいみんな立って待っていて、私が着くと上座をすすめてくる。
 ただ、この食事会の主役は内定者であるため、私はその旨を説明し、今回だけはという断りを入れて下座に座るようにしている。

 正直こういうの、めんどくさいんだけど。
 と個人的には思ってしまう。
 好きに座ればいいやん!
 私は割とそう考えてしまうほう。

 けれども、私の立場は人事担当者。
 あまり崩していくと、その先で大変になってしまうのは内定者たちだ。

 さて、今回も……。
 ってダイチくんもう座っとるやん!
 あ、一番入口に近い下座に座っているから、×ではなく△か?

 でも、とりあえずそこはマイシート!
 恥をかかせて悪いけど突っ込むぜ!

「こら」

 アオイヘッドロック!
 右手をダイチくんの首に回し、脇に抱えるように締め上げる。

「ふぐっ……な、何です?」
「先に座っちゃだめだよー?」
「すみません。そうですよね」
「部活でも先輩に先に座らせるでしょー?」
「先輩はいませ……あ、でもいたら先に座ってもらいますね。ごめんなさい」

 ――!?
 これは初耳だ。

「え? 先輩はいなかったの?」
「はい。寂れていた部だったので。後輩はたくさんいますが」
「へー。そうだったんだ」
「あ、あの、アオイさん。そろそろ離してもらえますと。ちょっと胸が当た――」
「ぎゃぁ! ごめん!」

 慌てて腕を外す。
 ハッとなって周囲を確認すると、大卒組が固まっていた。
 が、唯一の女性内定者・コイケさんが先頭を切って軽く吹き出し、笑いながら突っ込んできた。

「ははっ。二人って昔から知り合いだったんですか?」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 私は人事担当者だけど、人事権とか一切ないから、楽にしてていいからね――
 例年、内定者たちの緊張を解くために、そう言っていた。

 だが先ほどの一件のおかげで、今回はそんなことを言う必要もなくなったようだ。
 みんな最初の乾杯や自己紹介から割とのびのびとしていた。

「長兵バイオ大学バイオハザード学部のヤマモトでぇす。趣味は動画配信かなぁ? ずっとカリカリ動画で配信してたんですけどぉ、内定記念に上も下も脱いだら配信中にBANされてぇー。今はヨウツベ動画でぇー」
「落葉大学健康プロデュース学部のコイケです。本当は主婦になるつもりで就職するつもりなかったんですけど、婚約破棄されて――」
「東京本来大学モチベーション行動科学部のカミナリと申します。部活は高木部です。趣味は食べ歩きで――」
「寛大の社会安全学部ジョウノウチ。部活は遊戯部や。よろしく頼むで」

 私の正面に座ったらヤマモトくんから、反時計回りに一人ずつ順番に自己紹介が回っていく。
 最後は私の隣に座っているダイチくんだ。
 さすがに少し恥ずかしそうな感じかな?

「佐藤ダイチ。柴崎高校の三年生です。部活は硬式テニス部で――」

「え!?」
「高校生だったんだ!?」
「すごい! 高校生!?」
「ほぇー。確かにえらい若い思うたけど」

 次々と飛んでくる驚きの声。
 うん。やっぱりそんな反応になるよね。

 そしてダイチくんは戸惑いと照れで何とも言えない表情。
 いいね!
 私はニヤニヤしながら本人と周りの反応を見守……

「硬式テニス部かぁ。なんか華やかそうでいいな~」

 ……るはずだったが。
 そのコイケさんの言葉に、思わず反応してしまった。

「意外と社内にテニスやる人っていないんだよね。私もやってみたいな」
「あら、アオイさんもテニス興味あるんですか~?」

 コイケさんにすぐコメントを拾われてしまった。

「ソフトテニスなら高校までやってたからね」
「あ、わたしもソフトテニス経験者ですよ。同じですね!」

 しまった。
 ダイチくんの硬式テニス部談義が聞けそうな流れだったのに。
 私が話を奪ってしまった形に。

 むむむ。
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