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第27話 一つだけ褒められた

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 いよいよ内定式。

 午前に実施する会社のほうが多いと聞いているが、うちの会社は午後だ。
 場所は本社の中央にある会議室。
 普段は二つに分かれている部屋を、中央のスライドウォールを外して大部屋にしている。

「ではこのあと内定式をおこないますが――」

 式で司会……というよりも進行役をつとめるのは、私だ。
 昔から人事担当者がやる仕事ということになっている。
 私は一番前に置かれた演台の少し横に立ち、中央に座っている内定者たちに向かってアナウンスを始めた。 

 まだ時間前で呼んでいないので、会場には社長や役員は入ってきていない。
 会場前方には私と、役員席の横に座っている部長がいるのみ。
 役員は立派な革の椅子だが、部長は簡素なパイプ椅子で一応の差をつけている。

 会場中央には、既に内定者五名がサイドテーブル付きパイプ椅子に着席済み。
 さすがに緊張しているのか、空気が張りつめている感じはある。
 内定者は男四名女一名の内訳。もちろんそのうち一名はダイチくんだ。
 私から見て、一番左側に座っている。

 五人並べてみると。
 具体的には顔や首の肌のキメの細かさの違いなのだろうか?
 だいぶダイチくんはあどけなく、子供っぽく見える。
 やっぱり高校生なんだなあと。

 と、それはおいといて。

「始まる前に段取りを話しておきますね」

 社長や役員の前でドタバタがあるとまずい。
 始まる前に段取りを説明する必要がある。

「最初に総務部長から話がありまして、その次に社長から講話があります。その後に内定証書の授与がありますので、名前が呼ばれたら前に出てきてもらいます。
 出てくるときはここで一度止まって左右にお辞儀を――」

 私は、証書を受け取って席に戻るまでの手順を細かく説明していった。

 採用内定通知はもうすでに会社から出していて、それに対する内定受諾書も貰っている。
 なのでここで渡す内定証書はあくまでも形式的なものだが、その代わりペラペラの紙切れではなく、賞状風のしっかりしたものを用意している。

 説明が終わると、予行練習を一度してもらう。

「そうそう。そんな感じ」

 大卒組四人の動きはスムーズだ。
 お辞儀の仕方なども慣れているようで、しっかりしている。
 最後にダイチくんだが……。

「おお!」
「え?」
「出来てるじゃなーい!」
「いてっ……あ、はい」

 背中を叩いたら部屋中にバチーンという音が響いてしまった。



 さて、段取りは問題ないはず。
 もう一度会場を見て、違和感がないか確認する。

 生花もきちんと今日届けてもらったものを飾っている。
 社長講話や役員講話の際の水も、準備オーケー。
 役員の椅子も数ピッタリ。
 内定者も……。

 ……あ!!

 内定者五人。
 大卒組四人は椅子のサイドテーブルにメモ帳かノートが載っている。
 しかしダイチくんだけ何も出ていない。
 コンニャロメ。筆記用具を控室に置いてきたな?

 ってこれは私が言わなかったのも悪いのかもしれない。
 今たまたま手元に、年末年始に会社が顧客に配っているミニカレンダー付きメモ帳が一冊ある。
 それを貸そう。
 私は彼の席に近づいていく。

「ダイチくんメモ帳持って来てないでしょ? ハイ、これ使……あ、ちょっと待って!」

 さっき一番上のページだけ使っていた。
 メモだと殴り書きにするから、字が酷い。
 はい破く破く。
 ビリビリビリ。クシャクシャ。

「ハイどうぞ!」
「……? ありがとうございます」

 しかし危ない。
 社長や役員の講話で一人だけメモを取っていなかったら、さすがに目立ってしまうだろう。
 気付いてよかった。

 ……。

 他にも何かあるのでは?
 不安になった私は次々と確認していく。

「ダイチくん。トイレはちゃんと行った? まだなら今のうちに行っといれ」
「行きましたよ。来るときに済ませてました」
「また行かなくて大丈夫? 前立腺肥大で尿が近かったりしないの?」
「い、いや、そんなことはないんで」
「そうだ、携帯の電源ちゃんと切った?」
「あ、はい。切ってますよ」
「アメ舐めたりガム噛んだりしてない?」
「大丈夫です」
「ティッシュとハンカチは?」
「あります」

「おいアオイくん、きみは母親か……」
「うぇっ!?」
「……!?」

 その部長の突っ込みに、私とダイチくんは同時にビクンとなった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 内定式は順調に進んだ。

 社長と役員の講話の内容は、就職活動を終えたことに対するねぎらいや、入社後への期待、激励だけでない。
 普段の朝礼で話している訓示や、株主向けの決算説明会などで話している事業の話なども、延々と語られる。

 おそらく、学生にとっては退屈な内容だろう。
 毎年聞いていて、そう思っていた。

 ダイチくんはヤバいのでは?
 その危惧があり、寝落ちしたらすぐ吹き矢でスナイピングするつもりだったけど……。
 今日は多少コックリコックリする程度で済んでいたようだ。偉い。

 内定証書の授与も無事に全員終わり、最後は写真撮影で終了。
 式が終わった後は別の会議室に五人を集め、今後の……入社までの流れについて説明。
 今年の内定者から始める『内定者研修』実施の件も、全員の合意を得た。

 さて、それが終われば。
 内定者は移動をして、『懇親会』がある。
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