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第30話 これで……いいんだよな?

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 目を開けると。
 やや古そうな和風ペンダントライトと、木目の板。
 少なくとも、私の部屋ではない天井だった。

 頭、背中、お尻、足。硬いという感覚はない。
 敷布団の上だというのは、すぐにわかった。
 そして体の上を覆っているのは……掛け布団。
 でも、いつも使っているものよりも少しだけ重い。

 ここはどこなのか。
 私は体の向きを変えて確認しようとした。
 だが。

「……!」

 腕を動かしたときに、掛け布団が少しふくらみ。
 それが戻るときに……
 布団の中から微風が起こり、私の鼻孔をくすぐった。

 ――知らない。

 恥ずかしいからそういうことにしたいけれども。
 しっかりと覚えのある匂いがした。
 不快などではない。心地よくて、そして温かい。

 部屋の中の景色を確認する前に、ここがどこなのかわかってしまった。
 ここはたぶん、いや、確実にダイチくんの部屋だ。

 ああ、マズいよ。
 嗅覚で判別ができてしまうって。

 しかも……やってしまった。
 たいして強くもないのに酒をがぶ飲みし、挙句の果てに酔い潰れて。
 彼に運ばれ、彼の部屋で、彼の布団に寝かせてもらってしまうとか。

 ああ……。

 ……。

 とりあえず。
 ダイチくんにお礼を言わなきゃ。

 二日酔いのせいかズキズキと痛む頭を、体とともに必死の思いで回転させる。
 寝たまま横向きになると、部屋の中を見回した。

 あれ? いない。

 しかも何? この部屋。

 六畳間の和室。
 おそらくここの間取りは1Kだと思うので、使えるのはこの部屋だけだと思う。
 なのに、物がない。

 テレビも、パソコンも、コンポもない。
 折り畳めるちゃぶ台が、壁に寄りかかるように置かれているだけ。
 あくまでも見える範囲だけだが、他に何もない。
 不気味なほど生活感がない。

 どうなってるの?

「あ。アオイさん、気づいたんですね。よかった」
「――!?」

 突然、声が頭上方向から。
 慌てて体と首を動かし、頭上方向を確認する。

「わっ、ダイチくん――」

 彼は部屋にいたのだ。
 あぐらをかいて、私の頭の上方向にある壁に寄りかかっていた。

 私は、二日酔いにより数倍の重さに感じる上半身を、起こそうとする。
 ところが、すぐにダイチくんが横に寄って来て、私の両肩を上から押さえた。

「あ、まだ寝ててください」
「ありがとう。すっごく迷惑かけてごめんなさい」
「いえ。俺は全然迷惑じゃないですよ」

 私が再び脱力すると、両肩に触れていた手がフワッと離れた。

「念のために聞くけど。ここ、ダイチくんの部屋ってことでいい?」
「そうです」
「この布団も、ダイチくんのだよね?」
「そ、そうです。少し震えていたようなので。い、嫌だったらすいません」

「嫌じゃないよ。ありが……って、うげっ!」
「?」
「ふ、服が」

 今気づいた。
 ジャケットを着ていたはずなのだが、ない。
 シャツ姿になって、しかも上のほうのボタンが外されている。

「あわわわ」
「あっ、大丈夫です。じ、じっくり見たりはしてませんので。苦しくないように外しただけで――」
「そ、そう。ありがと。あっ、そういうのを疑ったわけじゃないから安心してねっ? た、単に恥ずかしくて慌てただけでっ」

 彼の顔を見たら真っ赤になっているけど。
 多分、私の顔も、赤い。

「ちなみになんだけど」
「は、はい」
「私、気を失ってたと思うんだけど、どうやってここまで?」
「こ、こうです」

 彼は両手の手のひらを上に向け、腕を前に。

 お、お姫様抱っこじゃないか――!

「うわああああ……私終わった……」

 恥ずかしくなって布団を頭までかぶってしまった。
 が、そうするとまた彼の匂いが。
 慌てて頭だけ出し、ミノムシのようになった。

「うう」
「な、なんかすみません」
「いや、ダイチくんは何も悪くないし……」

 顔が熱い。熱くてたまらない。
 もちろん原因は、お酒が残っているからではない。照明に炙られているからでもない。

 あ。照明と言えば。
 天井のペンダントライト、点灯していないのに部屋が明るい。
 ま、まさか。

「今、時間って?」
「朝五時半です」

 朝五時半!?
 だから明るいのか……いや、そんなことよりも。
 布団は私が寝ているこの一組しか敷かれていない。
 彼は布団なしで朝まで過ごしたことになってしまう。

 全力で感謝とお詫びを——。
 そう思い、やはりきちんと起き上がろうとしたが、またダイチくんに押さえられてしまった。

「ダメです。まだ寝ててください」

「で、でもダイチくん。私のせいで布団で寝られなかったんでしょう? 申し訳なさすぎて——」
「俺は平気ですって。それより、今日土曜日ですから休みですよね? 酔いが落ち着くまでここで休んでてください」

「……はぁぃ」
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