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第31話 上手く説明できてるかな
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内定式での醜態後。
酒を飲むときはグラスワイン二杯まで、というマイルールを作った。
さすがに酔い潰れて運ばれるというのはマズい。
もう二度とあのような事件を起こしてはならない。
ダイチくんには、翌日夜に改めて部屋にお礼に行って以来、会っていない。
特に会いに行くべき理由が作れないため、またしばらく偶然の遭遇に期待するしかないか?
そう思っていたところに――。
「アオイさん。次の日曜日、テニスやりませんか?」
「ふあぁ!?」
仕事から帰ったある日。
そんな電話を彼からもらい、あまりの意外さにおかしな声を出してしまった。
「市営コート、たまたま空いてて予約できたんで。内定式の日の懇親会のときに、やりたいって言ってませんでしたっけ」
「言った……けど、覚えてくれてたんだ!?」
思わぬサプライズ。
まさかあの発言を覚えていてくれて、しかも本気にしてくれていたとは。
普通の人なら、ああいう社交辞令くさい発言は流してしまう。
ダイチくんのことだ。これは流して、あれは拾って、という取捨選択がまだできないのだろうか?
でも……。
うれしい!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ダイチくんが予約してくれた市営コートは、アパート近くの停留所からバスに乗って二十分ほど。
全部で四面の、砂入り人工芝のコート――『オムニコート』だ。
このオムニコート、滑りやすいけれども足には優しい。
もうあまり運動することがなくなって体がなまっている私にはありがたい。
コンクリートをゴムで被覆した『ハードコート』の場合、滑らないため足への負担が大きい。
プレーの次の日には、下半身が激しい筋肉痛に襲われることになってしまう。
中学生の頃にソフトテニスをやっていて、少しだけハードコートでのプレー経験もあったので、よく覚えている。
ずいぶん前に見た市のパンフレットでは、行ける範囲にある他の市営コートはすべてハードコートと記載されていた記憶がある。
もしかして。私の体に配慮してくれたのだろうか?
使うのは、入口から一番遠い端にある四番コート。
まだ他の三面は誰もいなかった。
私たちは予約が朝九時からだけれども、他の三面はもっと遅い時間から予約が入っているのかもしれない。
「はい、アオイさん。ラケットはこれ使ってください」
ダイチくんがベンチの前で、私にラケットを差し出してきた。
彼は青いポロシャツに黒いハーフパンツという姿だ。
対する私の恰好は、白のポロシャツに黒のメッシュロングパンツ。
私は普段髪を縛っていないが、さすがにテニスのときは邪魔になるだろうということで、ポニーテールにしている。
差し出されたラケットを受け取ると、ずっしりとした感じ。
やっぱりソフトテニスのラケットよりも、重くて大きい。
「ありがとう。でもダイチくんの部屋、見たとき何もなかったけど……。いつもテニスの道具とかは部屋の外に置いてあるの?」
酔い潰れてお世話になったときの、ダイチくんの部屋の記憶。
確か、物が何もなかった。
不思議に思って私がそう質問すると、彼は少し私から顔を逸らし、頭を掻いた。
「あの時は……アオイさんが寝ている間に、部屋のものを押し入れに全部入れたんです」
……。
「あはっ。そうなんだ。ごめんね」
「あ、いえいえ」
慌てて部屋を掃除して片付ける姿を想像したら、なんだかかわいくて笑ってしまった。
本当は迷惑をかけた身で笑ってはいけないんだろうけど。
さて。
私は硬式テニスをやるのは初めて。
まずはラケットの握り方や打ち方を教えてもらわないといけない。
ウォーミングアップをやったら、いよいよ彼の指導がスタートだ。
「じゃあ、ラケットの握り方からいきます。フォアハンドはソフトテニスと同じ握り方で打ってください」
「え、ソフトテニスと同じでいいの?」
「はい。大丈夫ですよ」
ソフトテニスの握り方は、ハエタタキの握り方に近い。
ハエタタキ握りから人差し指と親指を少しゆるませるだけで、ソフトテニスの握りになる。
「私、てっきりこう握るのかと思ってた!」
私はそう言って、ソフトテニスの握りから、ラケットを約九十度回転させた。
今度は包丁を握るような面の角度の握りだ。
「それはイースタングリップと言って、初心者が最初に教わる握りです」
「私、初心者だよ?」
「……そうなんですが。イースタングリップの握りだと面が上を向きやすいんで、ソフトテニス経験者はホームランだらけになります」
「なるほど」
「トップのプロ選手も、みんなソフトテニスとほとんど変わらない握り方……ウエスタングリップでフォアを打ってますよ。錦織選手やジョコビッチもそうです」
「へー! 知らなかった」
続いてはバックハンドの打ち方の説明だ。
「バックハンドは両手で打ちましょう。そのほうが簡単です」
「両手ね? 右手のほうってやっぱりフォアの握りからは握り替えるの?」
「握り替える人が多いと思いますが、ソフトテニス経験者は握り替えに慣れてないはずなので、最初はあまり意識しないほうがいいです」
「そうなんだ?」
「はい。あくまで左手で振る感じでいいと思いますよ。右手の形は慣れれば自然とやりやすいように変わっていきますので」
「こんな感じ?」
右手は力を抜いて、左手のフォアのようなつもりで素振りしてみた。
「そんな感じです。プロでも、ウィリアムズ姉妹のお姉さんのほうとか、錦織選手のコーチのマイケル・チャンとかは、そこまで右手を握り替えてません。ずっとそのままでも大丈夫だと思います」
「へええ!」
一通り説明を受けると、
「じゃあ早速二人でボールを打ってみましょう」
と言われた。
いよいよ二人でラリーだ。
でも。
やっぱりテニスのことになると、ダイチくんは結構しゃべる感じだ。
顔も、よーく見ると、気のせいかいつもより楽しそうに見えるような?
うふふ。
なんかいいなぁ。
見ているだけでこっちも楽しくなる。
市営コートの予約は競争率がとんでもなく高いらしい。
今日二人でテニスができるというのは、とても幸運なのだろう。
いやー、ツイてるね。
「あれ? 俺の顔に何かついてます?」
「うん。すごくツイてるんだよたぶん。ぐふふ」
「え?」
「あっ!? あ、ごめん! 大丈夫! 何でもない!」
「??」
酒を飲むときはグラスワイン二杯まで、というマイルールを作った。
さすがに酔い潰れて運ばれるというのはマズい。
もう二度とあのような事件を起こしてはならない。
ダイチくんには、翌日夜に改めて部屋にお礼に行って以来、会っていない。
特に会いに行くべき理由が作れないため、またしばらく偶然の遭遇に期待するしかないか?
そう思っていたところに――。
「アオイさん。次の日曜日、テニスやりませんか?」
「ふあぁ!?」
仕事から帰ったある日。
そんな電話を彼からもらい、あまりの意外さにおかしな声を出してしまった。
「市営コート、たまたま空いてて予約できたんで。内定式の日の懇親会のときに、やりたいって言ってませんでしたっけ」
「言った……けど、覚えてくれてたんだ!?」
思わぬサプライズ。
まさかあの発言を覚えていてくれて、しかも本気にしてくれていたとは。
普通の人なら、ああいう社交辞令くさい発言は流してしまう。
ダイチくんのことだ。これは流して、あれは拾って、という取捨選択がまだできないのだろうか?
でも……。
うれしい!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ダイチくんが予約してくれた市営コートは、アパート近くの停留所からバスに乗って二十分ほど。
全部で四面の、砂入り人工芝のコート――『オムニコート』だ。
このオムニコート、滑りやすいけれども足には優しい。
もうあまり運動することがなくなって体がなまっている私にはありがたい。
コンクリートをゴムで被覆した『ハードコート』の場合、滑らないため足への負担が大きい。
プレーの次の日には、下半身が激しい筋肉痛に襲われることになってしまう。
中学生の頃にソフトテニスをやっていて、少しだけハードコートでのプレー経験もあったので、よく覚えている。
ずいぶん前に見た市のパンフレットでは、行ける範囲にある他の市営コートはすべてハードコートと記載されていた記憶がある。
もしかして。私の体に配慮してくれたのだろうか?
使うのは、入口から一番遠い端にある四番コート。
まだ他の三面は誰もいなかった。
私たちは予約が朝九時からだけれども、他の三面はもっと遅い時間から予約が入っているのかもしれない。
「はい、アオイさん。ラケットはこれ使ってください」
ダイチくんがベンチの前で、私にラケットを差し出してきた。
彼は青いポロシャツに黒いハーフパンツという姿だ。
対する私の恰好は、白のポロシャツに黒のメッシュロングパンツ。
私は普段髪を縛っていないが、さすがにテニスのときは邪魔になるだろうということで、ポニーテールにしている。
差し出されたラケットを受け取ると、ずっしりとした感じ。
やっぱりソフトテニスのラケットよりも、重くて大きい。
「ありがとう。でもダイチくんの部屋、見たとき何もなかったけど……。いつもテニスの道具とかは部屋の外に置いてあるの?」
酔い潰れてお世話になったときの、ダイチくんの部屋の記憶。
確か、物が何もなかった。
不思議に思って私がそう質問すると、彼は少し私から顔を逸らし、頭を掻いた。
「あの時は……アオイさんが寝ている間に、部屋のものを押し入れに全部入れたんです」
……。
「あはっ。そうなんだ。ごめんね」
「あ、いえいえ」
慌てて部屋を掃除して片付ける姿を想像したら、なんだかかわいくて笑ってしまった。
本当は迷惑をかけた身で笑ってはいけないんだろうけど。
さて。
私は硬式テニスをやるのは初めて。
まずはラケットの握り方や打ち方を教えてもらわないといけない。
ウォーミングアップをやったら、いよいよ彼の指導がスタートだ。
「じゃあ、ラケットの握り方からいきます。フォアハンドはソフトテニスと同じ握り方で打ってください」
「え、ソフトテニスと同じでいいの?」
「はい。大丈夫ですよ」
ソフトテニスの握り方は、ハエタタキの握り方に近い。
ハエタタキ握りから人差し指と親指を少しゆるませるだけで、ソフトテニスの握りになる。
「私、てっきりこう握るのかと思ってた!」
私はそう言って、ソフトテニスの握りから、ラケットを約九十度回転させた。
今度は包丁を握るような面の角度の握りだ。
「それはイースタングリップと言って、初心者が最初に教わる握りです」
「私、初心者だよ?」
「……そうなんですが。イースタングリップの握りだと面が上を向きやすいんで、ソフトテニス経験者はホームランだらけになります」
「なるほど」
「トップのプロ選手も、みんなソフトテニスとほとんど変わらない握り方……ウエスタングリップでフォアを打ってますよ。錦織選手やジョコビッチもそうです」
「へー! 知らなかった」
続いてはバックハンドの打ち方の説明だ。
「バックハンドは両手で打ちましょう。そのほうが簡単です」
「両手ね? 右手のほうってやっぱりフォアの握りからは握り替えるの?」
「握り替える人が多いと思いますが、ソフトテニス経験者は握り替えに慣れてないはずなので、最初はあまり意識しないほうがいいです」
「そうなんだ?」
「はい。あくまで左手で振る感じでいいと思いますよ。右手の形は慣れれば自然とやりやすいように変わっていきますので」
「こんな感じ?」
右手は力を抜いて、左手のフォアのようなつもりで素振りしてみた。
「そんな感じです。プロでも、ウィリアムズ姉妹のお姉さんのほうとか、錦織選手のコーチのマイケル・チャンとかは、そこまで右手を握り替えてません。ずっとそのままでも大丈夫だと思います」
「へええ!」
一通り説明を受けると、
「じゃあ早速二人でボールを打ってみましょう」
と言われた。
いよいよ二人でラリーだ。
でも。
やっぱりテニスのことになると、ダイチくんは結構しゃべる感じだ。
顔も、よーく見ると、気のせいかいつもより楽しそうに見えるような?
うふふ。
なんかいいなぁ。
見ているだけでこっちも楽しくなる。
市営コートの予約は競争率がとんでもなく高いらしい。
今日二人でテニスができるというのは、とても幸運なのだろう。
いやー、ツイてるね。
「あれ? 俺の顔に何かついてます?」
「うん。すごくツイてるんだよたぶん。ぐふふ」
「え?」
「あっ!? あ、ごめん! 大丈夫! 何でもない!」
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