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第41話 でもその気持ちは、うれしかった
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大学生の総合職採用四名は、内定者研修のレポート提出が終われば特段やることはない。
あとは四月の入社式でお会いましょう、という感じだ。
高校生のダイチくんは製造職採用なので、彼らとは違う。
春休み――三月下旬はアルバイトとして製造ラインで働いてもらうことになる。
もちろん任意ということにはなっているけれども、今まで嫌ですと言ってきた人はいなかった。
あまりこういうのは良くないのかもしれないけど、半ば強制だ。
もうダイチくん本人にはその話をしており、「ぜひ」という答えをもらっている。
進路指導の先生にも了承も得ている。
学校にはアルバイト禁止の校則があるらしいが、就職希望者のインターンなどは例外的に認められているとか。
もちろん工場にも話はしてある。受け入れ態勢は万全だ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
私は今日、午後から本社を離れ外出していた。
外は寒かった。
先週はとても暖かい……というよりも暑いくらいの日があり、半袖シャツの人も見かけるほどだったが、今日は逆に冬物コートの人も見かける。
三寒四温という言葉は、暖かい日と寒い日を繰り返す様子を表したもの。
もともと冬に使われる言葉だったらしいけれども、現代では春先――そう、まさにちょうど、今の時期に使われることが多い。
……と、昨日の夜のニュース番組で耳にした。
これから向かう先は、工場。
ダイチくんのアルバイト勤務が昨日から始まっており、その様子を見るためだ。
この三月の製造職採用の高校生のアルバイト、私は今までその現場を一度も見たことがない。
私の前任者がそうだったので、そのまま引き継いだ私もそうしていた。
しかし今日は、総合職採用の寛西大学ジョウノウチくん用の借り上げ社宅を下見するために、外出の準備をしていたところ――。
「フフフ。アオイくん、ついでに工場の様子を見てきたらどうだ?」
「え、いいんですか? 部長」
「ほう。『いいんですか?』と来たか。『面倒なので結構です』と言われるかと思ったんだが。
アオイくんはそんなに工場が好きだったのか。メーカー勤務の鑑だな」
「……」
こんなやり取りがあり、今に至っている。
工場に着いた私は、まずは事務所に行き、副工場長や席で仕事をしている社員たちに挨拶をした。
そしてヘルメットを貸してもらい、工場棟へと向かった。
棟に入れば、独特の匂いと、無機質な音。
そして本社の人間に対する視線。その冷ややかさは何度来ても変わらない。
いや、変わらないどころか。
二年前に製造職の給与体系が改訂され、毎年自動的に上がる『年齢給』の比重が下げられて以来、その視線の鋭利さは増すばかりだ。
まあ、それでも頑張って笑顔で会釈して進むわけだけれどもね。
ええと、彼が入っているところは……こっちだ。
私は渡された工場内部の図を見ながら、進む。
すると。
「貴様! 仕事をなめとんのか!」
ものすごく大きな声が聞こえてきた。
途中に大きな機械があるせいで、その声がしたところを直接見ることはできない。
けれども、私が今行こうとしている方向から聞こえてきたのは間違いない。
私は不吉な予感がして、歩く速度を速めた。
その予感は、当たってしまった。
「申し訳ありません」
持ち場と思われるところで立ち上がっており、頭を下げて謝罪しているのはダイチくんだった。
その謝っている先は、白い色が混じっている無精ひげを生やした、五十代の班長。
「あまりひどいようなら帰ってもらうぞ!」
彼は感情的になっているのか、追撃するようになおも怒鳴っている。
こ、これは。
やりすぎだ。とめないと。
「すみません。ちょっと待ってください」
班長が私のほうへ向いた。
ダイチくんも私の姿を確認し、「アオイさん」とつぶやいた。
「お疲れ様です。総務部のアオイです。
何があったのか存じませんが、まだ社員になってない学生にそんな扱いをしたら潰れ――」
「うるさい! 本社の人間は黙ってろ! ここは現場だ!」
「……!」
私にも、雷が落ちた。
……。
去年この会社を去った前管理本部長の、送別会での言葉が脳裏によみがえった。
私がお酌をするために近づいて、そのまま引き留められて二人で会話をしたときのことだった。
「結局、本社管理本部の人間は、支店や工場の人間たちの戦友になることはできないんだよね。
私は創業メンバーの一人で、もう三十年以上この会社にいることになるけど……ずっと管理部門だったからね。
支店や工場に行ったときに敵意を向けられることが、きつかった」
そのとき彼は確か、笑いながら言ってはいた。
けれども、どこか寂しそうだった。
私は前管理本部長のように社歴も長くないし、若い。
きついどころか、猛烈に凹んだ。
こんなことを製造現場の人に言われるのは、ショックだ。
やっぱり私、敵なんだ――と。
でも、ここはしっかり言うべきことを言わないといけないと思った。
そうしないと、せっかくの人材を潰してしまう。
「確かにここの人間ではないのかもしれませんが、私は人事担当者です。内定者が潰されそうなら守る義務が――」
「お前いつもこの時期には来てなかっただろ! 仕事の邪魔だ! 帰れ!」
「な……」
ダメだ。
まったく戦えそうな気がしない。
くそぅ。こうなったら。
――持ち前の開き直りで。
パワーがありすぎるから自分でもうまくコントロールできないので、不安だけれども。
この場で第二形態に変身して班長を倒し、彼を救済――
「あの、アオイさん」
「うぇっ?」
意を決する直前に、ダイチくんの声。
急に来たので変な声を出してしまった。
少し慌てて彼のほうを向く。
……彼は私にも頭を下げてきた。
「ありがとうございます。でも、俺のほうなら、大丈夫ですから」
「……」
相変わらずの、素朴で素直な声。
しかし、そこには以前よりも力強さがあるような気がした。
「班長、申し訳ありません。次から気を付けます。ご指摘ありがとうございました」
彼はそう言い、班長にまた頭を下げた。
……。
私は、その場で動けなかった。
班長がやや強い口調で私に何か言っていたが、頭には入らなかった。
止まっていた製造ラインが、また動き出した。
あとは四月の入社式でお会いましょう、という感じだ。
高校生のダイチくんは製造職採用なので、彼らとは違う。
春休み――三月下旬はアルバイトとして製造ラインで働いてもらうことになる。
もちろん任意ということにはなっているけれども、今まで嫌ですと言ってきた人はいなかった。
あまりこういうのは良くないのかもしれないけど、半ば強制だ。
もうダイチくん本人にはその話をしており、「ぜひ」という答えをもらっている。
進路指導の先生にも了承も得ている。
学校にはアルバイト禁止の校則があるらしいが、就職希望者のインターンなどは例外的に認められているとか。
もちろん工場にも話はしてある。受け入れ態勢は万全だ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
私は今日、午後から本社を離れ外出していた。
外は寒かった。
先週はとても暖かい……というよりも暑いくらいの日があり、半袖シャツの人も見かけるほどだったが、今日は逆に冬物コートの人も見かける。
三寒四温という言葉は、暖かい日と寒い日を繰り返す様子を表したもの。
もともと冬に使われる言葉だったらしいけれども、現代では春先――そう、まさにちょうど、今の時期に使われることが多い。
……と、昨日の夜のニュース番組で耳にした。
これから向かう先は、工場。
ダイチくんのアルバイト勤務が昨日から始まっており、その様子を見るためだ。
この三月の製造職採用の高校生のアルバイト、私は今までその現場を一度も見たことがない。
私の前任者がそうだったので、そのまま引き継いだ私もそうしていた。
しかし今日は、総合職採用の寛西大学ジョウノウチくん用の借り上げ社宅を下見するために、外出の準備をしていたところ――。
「フフフ。アオイくん、ついでに工場の様子を見てきたらどうだ?」
「え、いいんですか? 部長」
「ほう。『いいんですか?』と来たか。『面倒なので結構です』と言われるかと思ったんだが。
アオイくんはそんなに工場が好きだったのか。メーカー勤務の鑑だな」
「……」
こんなやり取りがあり、今に至っている。
工場に着いた私は、まずは事務所に行き、副工場長や席で仕事をしている社員たちに挨拶をした。
そしてヘルメットを貸してもらい、工場棟へと向かった。
棟に入れば、独特の匂いと、無機質な音。
そして本社の人間に対する視線。その冷ややかさは何度来ても変わらない。
いや、変わらないどころか。
二年前に製造職の給与体系が改訂され、毎年自動的に上がる『年齢給』の比重が下げられて以来、その視線の鋭利さは増すばかりだ。
まあ、それでも頑張って笑顔で会釈して進むわけだけれどもね。
ええと、彼が入っているところは……こっちだ。
私は渡された工場内部の図を見ながら、進む。
すると。
「貴様! 仕事をなめとんのか!」
ものすごく大きな声が聞こえてきた。
途中に大きな機械があるせいで、その声がしたところを直接見ることはできない。
けれども、私が今行こうとしている方向から聞こえてきたのは間違いない。
私は不吉な予感がして、歩く速度を速めた。
その予感は、当たってしまった。
「申し訳ありません」
持ち場と思われるところで立ち上がっており、頭を下げて謝罪しているのはダイチくんだった。
その謝っている先は、白い色が混じっている無精ひげを生やした、五十代の班長。
「あまりひどいようなら帰ってもらうぞ!」
彼は感情的になっているのか、追撃するようになおも怒鳴っている。
こ、これは。
やりすぎだ。とめないと。
「すみません。ちょっと待ってください」
班長が私のほうへ向いた。
ダイチくんも私の姿を確認し、「アオイさん」とつぶやいた。
「お疲れ様です。総務部のアオイです。
何があったのか存じませんが、まだ社員になってない学生にそんな扱いをしたら潰れ――」
「うるさい! 本社の人間は黙ってろ! ここは現場だ!」
「……!」
私にも、雷が落ちた。
……。
去年この会社を去った前管理本部長の、送別会での言葉が脳裏によみがえった。
私がお酌をするために近づいて、そのまま引き留められて二人で会話をしたときのことだった。
「結局、本社管理本部の人間は、支店や工場の人間たちの戦友になることはできないんだよね。
私は創業メンバーの一人で、もう三十年以上この会社にいることになるけど……ずっと管理部門だったからね。
支店や工場に行ったときに敵意を向けられることが、きつかった」
そのとき彼は確か、笑いながら言ってはいた。
けれども、どこか寂しそうだった。
私は前管理本部長のように社歴も長くないし、若い。
きついどころか、猛烈に凹んだ。
こんなことを製造現場の人に言われるのは、ショックだ。
やっぱり私、敵なんだ――と。
でも、ここはしっかり言うべきことを言わないといけないと思った。
そうしないと、せっかくの人材を潰してしまう。
「確かにここの人間ではないのかもしれませんが、私は人事担当者です。内定者が潰されそうなら守る義務が――」
「お前いつもこの時期には来てなかっただろ! 仕事の邪魔だ! 帰れ!」
「な……」
ダメだ。
まったく戦えそうな気がしない。
くそぅ。こうなったら。
――持ち前の開き直りで。
パワーがありすぎるから自分でもうまくコントロールできないので、不安だけれども。
この場で第二形態に変身して班長を倒し、彼を救済――
「あの、アオイさん」
「うぇっ?」
意を決する直前に、ダイチくんの声。
急に来たので変な声を出してしまった。
少し慌てて彼のほうを向く。
……彼は私にも頭を下げてきた。
「ありがとうございます。でも、俺のほうなら、大丈夫ですから」
「……」
相変わらずの、素朴で素直な声。
しかし、そこには以前よりも力強さがあるような気がした。
「班長、申し訳ありません。次から気を付けます。ご指摘ありがとうございました」
彼はそう言い、班長にまた頭を下げた。
……。
私は、その場で動けなかった。
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止まっていた製造ラインが、また動き出した。
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