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第42話 包まれたままでは……
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夕方。本社の席に戻った私は、部長とイシザキくんに突っ込まれることになった。
「なんだアオイくん。顔色が悪いようだな」
「本当だ。大丈夫? アオイさん」
「あ、はい。大丈夫……です。あははは」
たぶん言われるんだろうなあと思いながら本社に戻ってきたので、想定の範囲内だ。
気分が沈んでしまった理由は二つ……
じゃなかった。今はたぶん、一つだ。
工場棟で怒鳴られたほうの件は、棟を後にしてヘルメットを事務所に返したら、意外とスッキリしていた。
やり取り中に間に入ったことは、後悔していない。
アルバイト二日目の高校生にあんな言い方をするのは、耐えられず潰れてしまうケースも生じてしまうだろう。
敵意を向けられたことだって、別に今に始まった話ではない。
面と向かって言われたのが初めてだっただけだ。
それに、前管理本部長は私に対して、こうも言っていた。
「営業所や工場に行ったときに、敵意をぶつけられることも沢山あるだろうと思う。
でも大事なのは、彼らにとって我々が敵であっても、我々が彼らを敵だとみなしてはいけないということだ。それを忘れないようにね」
前管理本部長はたぶん、私が人事担当者で、いずれ今回のような経験をすることになるだろうと予感して、そう言ってくれたのだと思う。
内定者を守るのは人事担当者として当然だし、その必要があれば、たとえ一層嫌われることになってもやらなければいけない。
そして現場から怒りをぶつけられても、私から現場を毛嫌いすることがあってはならない。
そういうものだと思えばいい。
いつまでも引きずらないほうがいいと、わりと早めに、そう吹っ切れた。
ということで。
一つ、まだしっかりと引きずってしまっていることは、もちろんこれだ。
彼……ダイチくんに隙がなかった――ということ。
これまた、少し前から感じつつあったことではある。
けれどもあそこまでハッキリと見せられてしまうと、衝撃はすごい。
芯の強さは、たぶんずっと前からあったのだと思う。
けれども、あくまでも彼の雰囲気は学生っぽくて、社会からは離れている感じで、未完成で。
「アオイくん」
だからこそ、私がついてあげなきゃという気持ちにもなっていた。
ぶっちゃけると、それも可愛かったというか、うん。
「アオイくん」
だが、どうやら。
彼はもう、私のガードを必要としていない。
「おーい。アオイくん。お留守かね」
「ぇえ!? あ、ハイッ、足元がお留守ですッ」
すぐ近くの席であるはずの部長に呼ばれていたことに気づかず、慌てて返事をした。
「なんで足元なんだ? まあいい。実はさっきな、例の高校生くんが配属されている工場の班長から電話があったんだ」
「えっ?」
驚いた。怒鳴ってきたあの班長か。
何と言っていたのだろう。
「班長は何て?」
「原文ママでいくぞ? 『いい学生を採ってくれてありがとよ』と言っていたな」
「……!」
「あと『人事のねーちゃんに心配しないでくれと言っといてくれ』とも言われた」
「な、なるほど」
部長がまたニヤリと笑っている。
なぜか彼がこの前言っていたセリフが、また脳内で聞こえてきてしまった。
――それとも、案外少し寂しかったりするのかな? フフフフ
私は再生されたその言葉に対し、逆ギレ気味に、
――ハイハイその通りですが、何か?
と、現在の部長を睨みながら、過去の部長に対してテレパシーで答えておいた。
最初の会社訪問の日からずっと彼を見てきたから。
彼が完成されていくことは、もちろん嬉しい。
でも、
――俺のほうなら、大丈夫ですから
あの彼の言葉からは、自分の手を離れていく――そんな寂しさを感じた。
それは間違いなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その日の夜。
タカツカサさんからLINEのメッセージが来た。
テニスコートで会った日に、登録はしていたけど。メッセージが来るのは初めてだった。
不思議に思いながらも、内容を確認した。
すると、そのメッセージには、
『いまアルバイトで働いてると思いますが、ダイチ、ちゃんとやってますか?』
と書かれていた。
私は、『今日見てきたけど、びっくりするくらいちゃんとやってたよ』と返した。
「なんだアオイくん。顔色が悪いようだな」
「本当だ。大丈夫? アオイさん」
「あ、はい。大丈夫……です。あははは」
たぶん言われるんだろうなあと思いながら本社に戻ってきたので、想定の範囲内だ。
気分が沈んでしまった理由は二つ……
じゃなかった。今はたぶん、一つだ。
工場棟で怒鳴られたほうの件は、棟を後にしてヘルメットを事務所に返したら、意外とスッキリしていた。
やり取り中に間に入ったことは、後悔していない。
アルバイト二日目の高校生にあんな言い方をするのは、耐えられず潰れてしまうケースも生じてしまうだろう。
敵意を向けられたことだって、別に今に始まった話ではない。
面と向かって言われたのが初めてだっただけだ。
それに、前管理本部長は私に対して、こうも言っていた。
「営業所や工場に行ったときに、敵意をぶつけられることも沢山あるだろうと思う。
でも大事なのは、彼らにとって我々が敵であっても、我々が彼らを敵だとみなしてはいけないということだ。それを忘れないようにね」
前管理本部長はたぶん、私が人事担当者で、いずれ今回のような経験をすることになるだろうと予感して、そう言ってくれたのだと思う。
内定者を守るのは人事担当者として当然だし、その必要があれば、たとえ一層嫌われることになってもやらなければいけない。
そして現場から怒りをぶつけられても、私から現場を毛嫌いすることがあってはならない。
そういうものだと思えばいい。
いつまでも引きずらないほうがいいと、わりと早めに、そう吹っ切れた。
ということで。
一つ、まだしっかりと引きずってしまっていることは、もちろんこれだ。
彼……ダイチくんに隙がなかった――ということ。
これまた、少し前から感じつつあったことではある。
けれどもあそこまでハッキリと見せられてしまうと、衝撃はすごい。
芯の強さは、たぶんずっと前からあったのだと思う。
けれども、あくまでも彼の雰囲気は学生っぽくて、社会からは離れている感じで、未完成で。
「アオイくん」
だからこそ、私がついてあげなきゃという気持ちにもなっていた。
ぶっちゃけると、それも可愛かったというか、うん。
「アオイくん」
だが、どうやら。
彼はもう、私のガードを必要としていない。
「おーい。アオイくん。お留守かね」
「ぇえ!? あ、ハイッ、足元がお留守ですッ」
すぐ近くの席であるはずの部長に呼ばれていたことに気づかず、慌てて返事をした。
「なんで足元なんだ? まあいい。実はさっきな、例の高校生くんが配属されている工場の班長から電話があったんだ」
「えっ?」
驚いた。怒鳴ってきたあの班長か。
何と言っていたのだろう。
「班長は何て?」
「原文ママでいくぞ? 『いい学生を採ってくれてありがとよ』と言っていたな」
「……!」
「あと『人事のねーちゃんに心配しないでくれと言っといてくれ』とも言われた」
「な、なるほど」
部長がまたニヤリと笑っている。
なぜか彼がこの前言っていたセリフが、また脳内で聞こえてきてしまった。
――それとも、案外少し寂しかったりするのかな? フフフフ
私は再生されたその言葉に対し、逆ギレ気味に、
――ハイハイその通りですが、何か?
と、現在の部長を睨みながら、過去の部長に対してテレパシーで答えておいた。
最初の会社訪問の日からずっと彼を見てきたから。
彼が完成されていくことは、もちろん嬉しい。
でも、
――俺のほうなら、大丈夫ですから
あの彼の言葉からは、自分の手を離れていく――そんな寂しさを感じた。
それは間違いなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その日の夜。
タカツカサさんからLINEのメッセージが来た。
テニスコートで会った日に、登録はしていたけど。メッセージが来るのは初めてだった。
不思議に思いながらも、内容を確認した。
すると、そのメッセージには、
『いまアルバイトで働いてると思いますが、ダイチ、ちゃんとやってますか?』
と書かれていた。
私は、『今日見てきたけど、びっくりするくらいちゃんとやってたよ』と返した。
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