最強賢者、動いてしまう ~ラストダンジョン直前にある『ほこら』の賢者が勇者を待ちきれず勝手に旅に出た話~

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落

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第4話 事情

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「――ということなんだ」

 同じ場所にとどまっているのは危険という理由で、フィンは南に向かって移動しながらサラの話を聞いていた。
 彼女が塔から逃げてきた『事情』というのは、簡単に言うとこのようなことだった。



 サラは魔族。自称クリスナの民である。

 下界の人間には魔力を全く持たない者や、ほとんど持たない者は多くいる。
 だが魔族の場合は全員持っており、基本的に持たざる者が出現することはない。
 ところが、サラは何歳になっても一人だけ魔法が使えなかった。十六歳になってもその状態が続いていたため、「魔力が発現しなかった」と認定された。

 魔力を持たない者が現れた――これを魔族の王は問題視し、両親は処刑された。
 そしてサラも「異常な血を残してはならない」と殺される寸前だったのだが、逃げ出してきた。



 話を聞き、魔族のことをそこまでよく知らなかったフィンは素直に驚いた。
 それと同時に、自分が知っても仕方のないことだ、とも思った。
 勇者に神器を渡したら、その後は忘れよう。その程度にしか思わなかった。

「よし。事情はわかった。では『頼み』とやらを聞く前に、関係ないことで二つ質問」
「なんだ?」
「まずサラのその恰好、何なんだ?」

 フィンはサラの体を指さし、そう聞いた。

「本当に全然関係ないな……」
「関係なくてもそのピチピチの服は気になる」
「これは囚人服だ。牢から脱出してきたからそのままなんだ」
「寒くないのか?」
「少し寒いが大丈夫だ」

「僕らとは寒さに対する耐性が少し違うということか。じゃあもう一つ。なんで女なのに『俺』なんだ? そういう民族なのか?」
「普通は違う。俺は昔からそうなんだ。意味のないことばかり聞くなっ」

 魔族は男女の一人称が逆である可能性もあると思ったフィンだったが、どうやら違ったようだ。

 褐色肌なのでややわかりづらいが、サラは赤面しているように見える。
 自分の場合でも今さら他の一人称に変えろと言われたら難しい。この魔族の少女は幼少の頃に間違えてしまい、今さら変えられない状態――
 まあそんなところだろうと思い、納得した。

 真っ先に引っかかっていたことが解消されたフィンは、
「わかったわかった」
 と適当にサラをなだめると、話を進めさせることにした。

「では『頼み』とやらを聞かせてもらおうか。いったい何だ?」

 フィンがそう言うと、サラの表情は一気に険しくなった。
 褐色の顔に浮いていた赤みも消える。

「王に、復讐したい。俺だけ殺されるのならともかく、何も悪くない親まで殺したのが許せない」
「なるほど。ということは、人間側に降伏して魔族側の情報を提供したいということだな?」

 これは下界の最寄の町までの護送、そして降伏の仲介役をしてくれと頼まれる流れか、とフィンは思った。

 魔族に降伏者が出ることについては、魔族の内部について一挙に大量の情報が入ることになることを意味する。
 下界の人間側としては非常にありがたい展開だろう。

 だが、フィン個人としては「仲介役は面倒だな」という思いが一番先に来た。
 聴取には立ち会わなければならないだろうし、仲介をする以上はフィン自身も素性を明らかにしなければならない。
「なぜ祠を離れたのか」などと聴取を受けることになるかもしれない。

 もちろんフィンは国や町の命令で祠にいたわけではないので、咎められる筋合いはない。
 単に「勇者を待っているのが嫌なので出てきました」で問題ないと思っているのだが、いちいち突っ込まれることは嫌だった。

 何か理由を付けて町に入る直前でサヨナラすれば大丈夫かな?
 などと思案をめぐらせたが、サラの回答はフィンの予想とは異なっていた。

「いや、そうじゃない」

「そうじゃない? 降伏したいわけではないということか?」
「ああ。確かに王は憎い。けど他のやつに恨みはない。世話になった奴も沢山いる。そいつらを裏切りたくない」
「気持ちはわからないでもないが、じゃあどうするんだ。行き場がないじゃないか」

「暗くなったら隙を見つけて塔に忍び込んで、直接俺が王に復讐する」
「はあ?」
「それには武器があったほうがいい。お前、剣を二本持っているだろう? 一本、俺にくれ。それが『頼み』だ」
「断る。計画が無謀すぎて協力する気にならない」

 フィンもこの地から出たことがないため、世の中の道理で知らないことは山ほどある。
 が、さすがにこの魔族の願望が成就しないであろうことは容易にわかる。
 どれくらい塔の警備が厳重かはフィンの知るところではないが、この少女が一人で突入しても死ぬだけなのは間違いないだろうと思った。

「そんなことはわかってる! その上での頼みだ」
「あいにく、僕はそこまでお人よしじゃない」
「そこを何とか、頼む!」
「断る」
「どうしてもダメなのか」
「どうしてもだ。そんな成功率ゼロの計画は諦めて、人間側に投降しろ」
「……っ」

 サラは唇をかんで少しだけうつむくと、
「わかった。助けてくれて感謝する」
 と言って回れ右をし、フィンの目の前から走って去っていった。

 ――あっ。

 フィンは追いかけようとしたが、サラの姿はすぐに遠ざかっていった。

「って、何でまたバレやすそうな方向に行くんだ……」

 その先は、南へ歩く際に目印にしていた道だった。

「……」

 横風が相変わらず吹いており、降り続いている雪と舞い上げられた雪が、サラの姿を徐々に灰色にしていく。

「まあ、いいか……」

 相手は人間から見れば敵対種族。ずっと祠にいた自分からすれば恨みがあるわけではないが、恩があるわけでもない。
 しかも周りに目撃者がいるわけでもない。そもそもあの魔族と会った事実はなかった、ということにすることもできる。

 フィンは道のほうへ向けていた視線を外し、再び目的地のある南のほうへと体を向けた。

「……」

 先ほどのやりとりを思い出す。

 一人だけ魔力が発現しなかった魔族。
 つまり、魔法が使えない。

「……」

 防具を身に着けていなかった。
 武器もなかった。

「…………」

 急に感じ出す、革鎧の重さ。
 腰と背中の、剣の重さ。

「………………」
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