1 / 10
第1話
しおりを挟む
弾かれた剣が宙を舞い、少し離れた地面に突き刺さった。
バランスを崩して尻を着く騎士の眼前に、もう一人の騎士の剣が突き付けられる。
闘技場が静まり返った。
試合を観ていた王都民や騎士団員、王室関係者たちが、驚愕で固まった。
勝者を告げる宰相の声が響く。
一転、場内は大歓声に包まれた。
この御前試合の結果をもって勇者に選ばれ、魔王討伐に出発するであろうと誰もが思っていた騎士・アステア。
彼が敗れた瞬間であった。
専用の控え室で、アステアは兜を脱ぎ、そのまま天を仰いだ。
他の参加騎士との間には相当な力量差があるはずだった。
御前試合は、アステアを勇者と認めて送り出すための形式的な儀式。騎士団の中ではそう思われていたはずだ。
負ける要素は何一つないはずだった。
もちろん対戦相手だった騎士・レグルスは、決勝戦に出るくらいなので弱いわけではない。
それでも彼は数多の凡庸な騎士の一人でしかないはずだった。今までもこれといった実績があるわけでもない。
実際、剣を合わせてみても、自分のほうが剣技が上であるとすぐにわかった。
千回戦えば九百九十九回は勝てる。それくらいの差はあると思った。
なのに、負けた。
千回の中の一回を引かれて負けたとしか思えなかった。
「勝利者レグルスが国王陛下より勇者の称号を賜った」
控え室に来た関係者より、残酷な事実が告げられる。
アステアはすべてを失うことになった。
もはや自分は何者でもなく、これからも一生、何者にもなることはない。
幼少の頃から天才と呼ばれ、騎士の資格も最年少で取得した。
今でも剣技は騎士団随一との呼び声が高く、魔法技術も専業の魔術師顔負けと評された。
筆頭騎士として数多の儀式や式典に参加し、この国の騎士の顔として、実績を積み上げてきた。
それを。自分のすべてを。
有象無象の無名騎士が、ただの一戦で奪っていく?
自分の過去の栄誉を奪い、現在の栄誉を奪い。
そして未来の魔王討伐の栄誉、救国の栄誉まで奪う?
そんなことがあってよいのだろうか?
いや、あってはならないはずだ。
しかし過去は、試合結果は、変えられない。
今から覆すことはできない。
ならば、どうする?
「……」
アステアは一つの結論に達した。
――勇者となったレグルスを、社会的に消す。
それしかない。
未来であれば変えられる。
出発前に彼が勇者にふさわしくない人物であるとなれば、自分が勇者に選び直されるだろう。
彼を失脚させよう。
そのためにはどんな手段も辞さない。
アステアはそう決意した。
(続く)
バランスを崩して尻を着く騎士の眼前に、もう一人の騎士の剣が突き付けられる。
闘技場が静まり返った。
試合を観ていた王都民や騎士団員、王室関係者たちが、驚愕で固まった。
勝者を告げる宰相の声が響く。
一転、場内は大歓声に包まれた。
この御前試合の結果をもって勇者に選ばれ、魔王討伐に出発するであろうと誰もが思っていた騎士・アステア。
彼が敗れた瞬間であった。
専用の控え室で、アステアは兜を脱ぎ、そのまま天を仰いだ。
他の参加騎士との間には相当な力量差があるはずだった。
御前試合は、アステアを勇者と認めて送り出すための形式的な儀式。騎士団の中ではそう思われていたはずだ。
負ける要素は何一つないはずだった。
もちろん対戦相手だった騎士・レグルスは、決勝戦に出るくらいなので弱いわけではない。
それでも彼は数多の凡庸な騎士の一人でしかないはずだった。今までもこれといった実績があるわけでもない。
実際、剣を合わせてみても、自分のほうが剣技が上であるとすぐにわかった。
千回戦えば九百九十九回は勝てる。それくらいの差はあると思った。
なのに、負けた。
千回の中の一回を引かれて負けたとしか思えなかった。
「勝利者レグルスが国王陛下より勇者の称号を賜った」
控え室に来た関係者より、残酷な事実が告げられる。
アステアはすべてを失うことになった。
もはや自分は何者でもなく、これからも一生、何者にもなることはない。
幼少の頃から天才と呼ばれ、騎士の資格も最年少で取得した。
今でも剣技は騎士団随一との呼び声が高く、魔法技術も専業の魔術師顔負けと評された。
筆頭騎士として数多の儀式や式典に参加し、この国の騎士の顔として、実績を積み上げてきた。
それを。自分のすべてを。
有象無象の無名騎士が、ただの一戦で奪っていく?
自分の過去の栄誉を奪い、現在の栄誉を奪い。
そして未来の魔王討伐の栄誉、救国の栄誉まで奪う?
そんなことがあってよいのだろうか?
いや、あってはならないはずだ。
しかし過去は、試合結果は、変えられない。
今から覆すことはできない。
ならば、どうする?
「……」
アステアは一つの結論に達した。
――勇者となったレグルスを、社会的に消す。
それしかない。
未来であれば変えられる。
出発前に彼が勇者にふさわしくない人物であるとなれば、自分が勇者に選び直されるだろう。
彼を失脚させよう。
そのためにはどんな手段も辞さない。
アステアはそう決意した。
(続く)
10
あなたにおすすめの小説
絶対に追放されたいオレと絶対に追放したくない男の攻防
藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
世は、追放ブームである。
追放の波がついに我がパーティーにもやって来た。
きっと追放されるのはオレだろう。
ついにパーティーのリーダーであるゼルドに呼び出された。
仲が良かったわけじゃないが、悪くないパーティーだった。残念だ……。
って、アレ?
なんか雲行きが怪しいんですけど……?
短編BLラブコメ。
婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした
水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。
婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。
しかし、それは新たな人生の始まりだった。
前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。
そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。
共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。
だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。
彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。
一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。
これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される
水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。
絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。
長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。
「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」
有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。
追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます
大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。
オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。
地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる