<夢幻の王国> サムライドライブ

蒲生たかし

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第1幕 侍一人、犬一匹

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ゴォオオオオオオオン!

耳をさく轟音が走る。

目の前ではホウキにまたがって宙に舞う魔女と、巨大人型兵器が幾多の閃光と爆発をあげながら闘っていた。
 
その闘いを眺めている群衆も見たことのない容姿の者ばかり、後でパートナーのコウから聞いたところによると、人間であり獣でもある〈獣人〉、銃を持った〈ガンマン〉、物に触らずとも動かすことのできる〈超能力者〉、人間の血を主食とする〈吸血鬼〉、人間だがロボットでもある〈人造人間〉、身の丈が城ほどあろうかと思われる〈巨人〉、伝説などでしか見ることのなかった〈龍〉、他の惑星の生物〈宇宙人〉などなど……。

ロボットのビームライフルから轟音とともに一筋の光が走ったが、魔女の操る魔導機兵が空に跳ねその攻撃をかわす。宙に舞う魔導機兵目掛け再びビームライフルの放つも再びひらりとその攻撃を避けた。魔導機兵が着地するやホウキにまたがった魔女が何かを叫ぶと、魔導機兵の拳がロボットめがけて飛んでいく。
 
巨大人型兵器よりいくつもの自由線を描き発射されるミサイル群、魔導機兵はレーザー光線を発射しそのすべてが爆発させた。攻防は続くも戦いは終焉へと向かっているようだった。
 
ほんの数時間前まで刀の戦の世界にいた〈侍〉の俺は、目の前で起こっていることにただただ唖然としていた。



大和国(やまとのくに)―
大海の中、東西南北に細長くのびる島国。
花鳥風月、四季折々の美しさを持ち、決して大きくはないが豊かな自然を持つ国である。
時は〈侍〉による戦の時代、後に言う「戦国時代」の渦中にあった。
 
この大和国には国を二分する勢力があった。
西の白江(しらえ)、東の東城(とうじょう)。
西の覇者は“西の大蛇(おろち)”の異名を持つ眼光鋭い将・白江秀長(しらえひでなが)を筆頭とする大国「西京国」。
帝を戴く古都をおさめ、黄金輝き煌びやかな「西京城」を居と構える。
一方の東の覇者・巨大な体躯の将・東城成康(とうじょうなりやす)は“東の獅子”の二つ名で東の大国「関東国」を構え、質実剛健な「笹ヶ原城」に居を構える。
 
年号・天合(てんごう)十四年四月
桜の咲くころ
双方周辺諸国をその配下に治め、いざ天下分け目の大合戦へと相成った。
それが世に言う「笹ヶ原の大戦」。
白江の軍ニ十四万と東城の軍一十一万。
数に勝る白江が有利に戦いが進んだ。
だが、東城の配下の忍びの「空牙(くうが)」一族、とりわけ頭領の空牙陽炎(くうがかげろう)の活躍により形成は逆転。
補給路が陽炎の巧みな知略により断絶され、白江が劣勢となる。
結果、一年以上の長きに渡る戦いは白江の軍は敗走により終了。
将の白江秀長は全滅だけは免れ、どうにか西京城と逃げのびる。
 
翌、天合十五年十二月
雪が舞うころ

白江の軍の再編成が成る前に、東城の軍が白江の都西京へと攻め上がり大将白江秀長が首を落とす。
この戦いは後に「西京の決戦」と呼ばれ語り継がれる事となる。
 
こうして東城家による和国の統一が成ったのだ。
 
その最後の戦いにて敵の大将秀長の首を獲ったのが俺、城主成康が第三子、東城氏康だ。
決死の覚悟ということで白装束で乗り込み、部下の忠義で相手の大将の首を獲った。
部下の多大な犠牲のもとに。
 
翌年年号が変更される。
大和国統一で「統和元年」と定められた。
 
国では英雄としてあがめられる

白装束に返り血でできた獅子の顔の様で、ついた字が“赤獅子の将”。
 
自分では偽りの英雄と思っている。
所詮は部下の犠牲のもとに成し遂げられたものと。
共に育った村の勇敢な若者たちもそこに含まれた。 

たが、ひとまずは天下太平の世が成ったと安心していたところに巻き込まれたのが、醜い跡目争いだった。
豪胆で知られ獅子にも勝ると謳われた東城の将・成康だったが、病には勝てなかった。
長年の煙管煙草が祟り肺を患い、吐血をしてから数カ月で世を去った。
関東国が治まっていたのも成康の個人の力に寄るところが多かった、そのため跡を継ぐものはその重責を受けおう必要がある。

国は二派に別れた。

慣例にもとづき長男の成忠(なりただ)が国を治めるべきだと主張する者たち。
三男ではあるが、先の決戦にて敵の大将首を獲った英雄氏康が継ぐべきだと主張する者たち。
話し合いは一向に決着を見いだせなかった。
 
そんな折【招待状】が届く。
矢文にて届いたその文の差出人は【世界の根幹】と名乗る者。
 
統一者への届くそれは魅力的な内容だった。
 
【デュエル】という果たし合いを行い勝利者には報酬として【価値のあるモノ】が与えられる。
金、銀、財宝、特殊金属、土地……。望むモノはなんでも。
「戦いの大きさ」により得られるモノも大きくなる。

ただ、その魅力的な報酬は逆に疑惑も生んだ。
そんなうまい話があるものか、と。
 
そこで成忠派の連中は画策した。
「氏康様が武勇があれば、その戦いでこの国に富をもたらせられる」
その成忠の言葉で俺(氏康)の参戦(追放)が決定された。
賛同者の中に慕っていた二男成高(なりたか)の姿を見たとき悲しみに胸が一杯となった。
 
光があればそこに闇が生まれるのは世の常。
 
こうして俺は、英雄として国に捨てられた
 
招待状には随伴者として身近な動物を帯同を求められた。
俺は子供のころから連れ添った、柴犬のコウを同行させることにした。
「コウ、これより向かう地は過酷な場所やもしれん、すぐに命を落とす罠やもしれぬ。しかし、悪意にまみれ暮らすより幾分かは幸せやもしれん。すまぬが付き合ってくれ」
理解していかはわからぬが、コウはまっすぐとこちらを見ていた。
 
そして国を出た。
「高兄様。自分はもう亡き者としてお思いください」
その手紙を一族より賜った宝刀黒点丸と共に二男成高へと託した。
成高はただ目を潤ませてそれを受けとった。
氏康は兄のその「済まぬ」とすら発せられない口惜しさをただただ感じ入りその場を離れた。
 
出発口として指定されたのは和国でもっとも高い山である不知火山。
山頂は常に雪でおおわれ、白い兜をかぶっているよう見えるその様に「白兜」とも呼ばれる聖山だ。
道中、唯一の同伴者の柴犬のコウを相手に話し続けた。
「俺はね、コウ。刀をふることが大嫌いなんだ、一太刀振り下ろせば何者かの命を奪う、それは決して正しいことではない、戦には大義は無い」
刀の柄に手をかける
「だが、この刀をふる事で味方や我が民が救われたのも事実。なんとも難しい問題だな」

 
山頂に着くと、そには見たこともない白紫に輝く光の輪があった。
「これが【扉(ゲート)】というやつか」
入る前に一息ついた。
 
「もう、この国に帰ることは無いのだろうな」
山下に臨む関東国を見ながらそう憂いた。
「侍一人、犬一匹。俺たちはここからだ。さぁ、行こうか。コウ」

行こうと決めた時に、氏康を呼び止める声が聞こえた。

一人二人ではなく百を超えるもの声。
それは氏康村の住民。皆が家財道具を持って来ていた。

東城家では古来より、藩主の子は幼少期の一時期を小さな村で過ごす習わしがある。
村は名前を「氏康村」と変えた。
漁村であったこの村は活気に満ちており人々は笑顔で暮らしていた。
氏康はそこで民の暮らしを身をもって知り、己の治世に役立つ知識を得た。
氏康は村民に愛され、彼を慕って多くの若者が志願兵として戦いに参加した。
その多くは先の大戦の中で命を落とし、氏康は申し訳無い気持ちで一杯となり、村の墓に手を合わせにも行けてはいなかった。

村長が進み出た。
「氏康様。国を出るというのになぜ我々も連れだってくれなかったのです。我々はあなた様にどこまでもついて参ります。共に歩むと約束してくれたではないですか」
「何を言っているんだ村長。追放されるのは私一人で十分だ。それに先の戦では多くの村の若者たちの命を奪ってしまった」
「何をおっしゃいますか。誰一人として、氏康様と共に戦えた事を名誉とこそ思い、恨む者などおりますまい」
「そもそも、これから俺が行く場所はどんなところかも知れないのだぞ」
「だからこそです。苦労ならば皆で分けさせてくださいまし」
「何を」
「後生でございます。氏康様」
その声に村の皆も声をそろえた。
「そうだ、俺たちもご一緒させてください!」
「絶対について行きます!」
「私たちも氏康様と共にあります!」
氏康は涙をこらえたた立ち尽くした。

しばらくして氏康が答えた。
「分かった。皆が暮らせる国を得てくる。なんでも戦いに勝さえすれば、望む物が手に入るという話しだからな。それまで、皆待っていてくれ」
「お待ちしております」

氏康はゲートへと進んだ。
光に包まれ、新世界へと踏み入れた。
 

目が慣れてくるとすぐに、同行した柴犬・コウの身に起こっている異変に気付く。
 
空中に現れた丸い輪がコウの身を包みこんでいる。
幻想的なその光景にあっけにとられていると、光の輪は集束し少しばかりの光のかけらを弾ませ消えさった。
同時にピンポーンという音と聞き知れぬ不思議な声が聞こえた。
 
「インストールを完了しました」
 
「いんすとぉる?」誰に向けた物でも無い問いに答えたのは意外な人物だった、いや犬だった。
「知識とガイドプログラムを僕にインストールしたんだ」
誰からの声かあたりをキョロキョロしている氏康にコウが言った。
「僕だよ、氏康。僕が言ったんだ」
唖然とする。
「コウ、お前がしゃべっているのか?」
「そう、では順を追って説明するね」
「あ、ああ」理解はしていないがとりあえず相槌をうつ。
 
「まず始めに、僕がコウであることは変わらない、君と十年の時を共にした。柴犬のコウだ」
「本当にお前が話しているのか?」
「ああ、さっきの光で僕には言語プログラムとこの世界の知識、そしてガイドプログラムがインストールされた」
「いんすとぉるというのは?」
「簡単に言うと、しゃべれるようになって、この世界のことを知って、君を助けることができるようになったんだ」
「あの短時間にか」
「そう。それがインストール」
「インストールというのはすごいものだな」
「ちなみに、すでに君にも言語プログラムはインストールされている。【門(ゲート)】をくぐった際に自動でね。これで異世界の人間とも話ができるはず」
「異世界とはなんだ?」
「ようは海外の人と思えばいいよ」
「異人と話しができるのか、通訳も無く」
「そう」
「すごい業だな。これは誰の仕業だ」
「そうだね、じゃあ世界の成り立ちと共に話そうか」
「まず、ここは【中央世界】と呼ばれる」
 

いくつもの「世界」がさまざまな次元に存在していた。
そのすべては【世界の根幹】を中心としていた。
球体を【世界の根幹】として、その球にいくつもの棒が刺さっている図を想像してみて、その棒が各次元・世界だ。
その一つが僕らのいた「大和国」のある世界。
 
お互いの次元は干渉ができなかった、しかしひとつのバグが発生した。
世界と世界が自然発生した【扉(ゲート)】によってつながってしまったんだ。
 
違う世界を知った者たちは他の世界を侵略し始めた。
新しい土地を見つければ支配したいと思うのは人の常。
その規模は拡大の一途をたどった。
人々はそのいつ終わるとも分からない戦いに明け暮れ、いつしかその戦いは【恒久戦争】と呼ばれた。
途方もない時が流れ世界がカオスに覆われたとき【世界の調停者】が現れたんだ。
その【調停者】は各次元の、特に力を持つ代表者たちを同じテーブルにつけ、とうとうこの【恒久戦争】を終わらせた。
 
厳密に言えば終わらせたわけではなく形を変えたんだ。
各世界は代表者を出し1対1での戦いを行い。
負けた方が属国となる。
しかしその支配は一時的な物。
また時が来れば戦いが行われる。
 
永い時を経て、その戦いも形を変えて行ったんだ。
支配というものはなくなり、【価値あるモノ】を賭けた戦いとなった。
参加者もかつては世界統一を成し遂げた者・国に制限されていたんだけど、広く参加させるということで大陸統一だけでも参加させるようになったんだ、そのため僕らは参加できたということ。
 
こらこら、寝ちゃダメだ氏康。
もうちょっとで終わるから。
君は昔から大事な話でも長くなると途中で寝てしまうね。 

戦い方も様々に変化した。
古来1対1の戦いだったものが団体戦という複数対複数の戦い、それも一斉全体バトルから1対1の勝ちぬき戦、勝ち数を競う勝ち星制などね。
 
試合の申し込みは単純、委員会に連絡し申請するだけ、それは僕を通して行われます。
申し込み、待ち受けなど様々な様式があるからこれはおいおい確認していこうか。
 
以上がこの世界の説明だけど、わかったかい。
 
「あ、ああ。何も分からないことが分かった!」
「……そうだね。おいおい世界のことを理解して行けばいい。百聞は一見に如かずだ。闘いが起こっているからさっそくそれを見に行こうか」
 

そこには街並みが広がっていた。レンガやトタン屋根で作られた建物を見たことが無かった氏康はその街並み圧倒された。
 
盛り場ではデュエルを見守るたくさんの人間があふれていた。それは人間だけにとどまっていなかった。街並みは故郷の和国と違うものだが、盛り場の熱気を氏康はすぐに気に言った。

 
★ 魔女 vs. ロボット ★
 
アナウンスが響き渡る

本日の「マッチメイク」は「魔女 vs. ロボット」!
魔女の名はリリィ、またの名を“鈴鳴りの魔女”。
対するはアスガイア統一軍のエースパイロット、“赤い閃光”ことバーニィ・アスライト少佐。
バトルクラスは5、グローブの設定はリリィサイドはレベル3、バーニィサイドにはレベル5が適用されます。
 
「コウ、聞きたいことは山ほどあるが、まじょとはなんだ、ろぼっととはなんだ」
「魔女というのは魔法を使う女性のことで、魔法とは奇怪な術のことだよ」
「忍術を使うくノ一ということか」
「まぁ、そんなところだね。それでロボットっていうのはからくり人形のことさ」
「しかしあれほど大きなものは見たことも聞いたことも無いぞ」
「ある物はある。ということだよ。」
「しかいコウよ。あれほどの巨大なからくり人形とおなご一人では相手にならぬではないか」
「そこは【グローブ】と呼ばれる【次元の天秤】がしっかりと機能するんだ」
「じげんのてんびんとは?」
「戦力比が均等に保たれるように働きかける力、弱者がまとえる防御の衣さ」
「戦力比のきんこう……?」
「つまり相手の文明が高く、高い攻撃力が有していたら自分は大きな盾を持てるということさ」
「よくわからないが…」
「大丈夫、実戦になれば身をもってしることになるから」
 
◆〈魔女〉リリィ
二つ名を“鈴鳴りの魔女”
浮島の世界アナシアからやってきた。
ちょっと多感な17歳。女の子。
眼鏡に三つ網、頭にはこれぞ魔女と言える三角帽をかぶっている。
プルンとしたその唇が本人的にはチャームポイントだということらしい。
服装は黒をベースにしたノースリーブのチョッキ、銀色のレースがところどころにアクセントとして飾られ、ジッパーが中央に走っている。体勢によってはヘソがあらわになるほどの短さだ。
下はそれに合わせた黒のミニスカート。ちゃんと見せパンをはいているらしい。
首には二つ名の由来となった鈴のネックレスをしている。
祖国では魔法の腕は随一だったが、好奇心が旺盛だが怠惰な性格で、国では常にトラブルメーカーとなり、本人には新たな冒険のためと吹き込みこの戦いに送り出された。実態は厄介払いに近い。
 
◆〈パイロット〉バーニィ・アスライト少佐。
アスガイア統一政府の軍が有する機動人型兵器、総称「アトラスウォーカー」。
その機体に搭乗するパイロットがバーニィ・アスライト。階級は少佐。
32歳。男性。独身。
彼の搭乗するのはMW-05「マルス」と呼ばれる機体。その赤い機体を駆り撃墜王となり、ついた名前が“赤い閃光”。
本人はその二つ名を恥ずかしがっているが、周りの連中は面白がってその名前で呼んでくる。
この世界への赴いた理由は、統一軍による会議の結果によるもの。
この戦いに関しての情報があまりに皆無であったため、偵察を兼ね単身ばアスライト少佐にその任が下ったのだ。
軍人らしくまっすぐな性格で、故郷の地球に恋人は無い。

 
開戦の合図の前、パイロットであるバーニィがジャッジマスターへ質問をする。
「審判に尋ねる。こちらは機動兵器『アトラスウォーカー』に搭乗している。相手が生身では勝負も何もあったものではないぞ」
その問いにジャッジマスターではなく魔女リリィが答える。
「ふ、ご心配には及びません。たかだか大きなお人形さん、私の相手ではありません」
「アトラスウォーカーをお人形さんだと!」
 
その叫び声とともにジャッジマスターの試合開始のアナウンスが発せられた。
 
リリィは何かの本を読んでいる。それに向かいバーニィが言う。
「魔導書というやつか。今更対応策を考えているとは浅はかな。さっきまでの威勢はどうした!」
「魔導書? 何を言っているんですか、これは日本という国の『漫画』という物ですよ」
「漫画だと? ああ、子供が読む絵本の事か」
「まぁ、なんと教養の無い。日本の漫画は創造性あふれる素晴らしい創作物です。特にこの『ドラ〇もん』。様々な魔法のアイデアが膨らみますの。流石はF先生です」
「何を言っている、所詮子供の夢物語だろう!」
「まったくこれだから。いいでしょう。男の子の人形遊びに付き合ってあげましょう。さぁいらっしゃい。私の魔導機兵!」
魔女のリリィの呼び声と共に物々しい光があたりをつつみ、ゆっくりとそのシルエットが浮かび上がった。
曲線を帯びたデザイン青い巨大な猫型のロボットが出現した。
「さぁ行くのです! 私の可愛い巨大ネコ型ロボット『ニャロえモン』!」
「ちょっと待てーーーーーーい!!」
「はぁ?」
「ダメだろ! その名前! っていうか、いろいろアウトだろう!」
「何が問題だと」
「その曲線を帯びたデザインはほぼアウトだろうと言っている! 長く戦場にいたから、何か危険な匂いには敏感になるんだ!」
「大丈夫です。こちらには耳がついておりますので。」
「そーいう問題じゃなくて! 青くて曲線を帯びて猫型ロボットって、各方面を敵に回すことになるんじゃないかと言っている!」
「分かっていないようですわね。これは『巨大』ネコ型ロボットです。どこぞに猫型ロボットがあるようですが、こちらはまったくの別物です。さらに言うならばこちらにはキチンと「耳」がついております。 問題になりようがないではないですか? さらに安全策のためにどの角度から見ても黒い目線が入る様に特殊光学魔法も施してあります。まぁこんな違う次元で行われている闘い、小学館プロ〇クションさんも気づきはしないでしょうしね」
「安全策? やっぱ、お前分かっててやっているな! 確信犯というやつか!!」
「ならばこちらも言わせていただきますが、赤い機体だなんて。戦場で目立つカラーリング。敵の標的にでもなりたいのですか? おバカさんなのですか?」
「な、違う、これは美学だ! 男の美学だ!」
「まったくナンセンス極まりありません」
「お前な……、赤い機体を否定するととんでもない事になるんだぞ!」
「とんでもないこととは?」
「それは……、正直ここでは言えないことだ!」
「先ほどから歯切れの悪い、それでも男なのですか?」
「いろいろあるんだ! 大人の事情というものが!」
「全く、お話になりません」
「この小娘が! なまを言う!」
「天才である私をつかまえて小娘ですと!」
 
ヒートアップする二人の口論に審判のジャッジマスターが割って入る。
 
「あのー、開始から結構たっております、 もうそろそろ口喧嘩ではなく本当のバトルを一つお願いいたします」
「そうですわね、聞き分けの悪いおこちゃまにはしつけをしてあげなくては」
「誰がおこちゃまだ! 誰が!」
「問答無用で先手必勝! 必殺! ロケットネコパーーーーーーンチ!」
その必殺技の掛け声と共に『巨大』ネコ型ロボット“ニャロえもん”の腕がロケットの様に弾け飛び、アトラスウォーカーのみぞおち、つまりコックピット付近を強打した!
「ぐぉっ!」
全く警戒していなかったところにクリティカルヒット。
「くっ! グローブを解してこの威力か、間抜けな風貌に油断していたが、あの青と白の機体、侮れない」
「このキュートな外見が理解できないとは、さては、あなた女性にもてないでしょう」
「そんなことは無い! 断じて無い! 間違っても無い!」
「力一杯否定するところが、その事実を肯定しているようなもの」
「うるさい、貴様と語り合う言葉はもはや持たん!」
言うなり照準を合わせトリガーを引く。
魔導機兵に向けビームライフルから閃光が走る。

ニャア!

の鳴き声と共に魔導機兵はひらりと宙に舞いビームを避けた。
「動きの制限される空中に逃げるとは素人め。これで終わらせてもらう!」
宙に舞う『巨大』ネコ型ロボットに向け、バーニィは再びトリガーを引く。
ビームライフルから閃光が走る。
当たるかと思われたその刹那、ネコ型ロボットは……、否、『巨大』ネコ型ロボットは空中でくるり体をひねりビームを避けた。
「な! そんなのありか!」
「基本、ネコですので」
 
観戦している氏康がコウに尋ねる。
「これは、真面目な闘いなのだよな?」
「当人同士が真面目でも、はたから見たら冗談みたいに見えることもある」
「そんなものか?」
「そんなものさ」
 
「ふざけるな! ならば、これならどうだ!」
必中と思われた一撃がかわされつつも、すかさず次の攻撃へと移るバーニィ。
着地する『巨大』ネコ型ロボットに向けロックオンをし、大量のミサイルを発射した。
「絨毯爆撃だ、これなら避けようもあるまい」
撃墜を確信し叫ぶバーニィ。
「灰になれ!」
「そんなものニャロえモンの前ではただの花火です。必殺のネコの目からビーーーーーーーム!」
『巨大』ネコ型ロボットの両の目から一筋のビームが走り、ミサイルは空中で次々と爆破されて行く。
「そ、そんな」
「ふ、もう手はありませんの?」
「くそ、あの青と白の機体は化け物か!? 不本意だが、ここは一旦距離をとって態勢を整える」
バーニィは後退の目くらましのため、球体クラッカーを適当に放った。
その時。

ニャアアアア!

こともあろうに『巨大』ネコ型ロボットはその球体クラッカーに飛びついた。
次の瞬間、大きな爆発に包まれ『巨大』ネコ型ロボットは動かなくなった。
仰向けになり目を回して倒れている。
「ネ、ネコの弱点の『遊び道具型爆弾』を使うだなんて……なんて卑怯な!」
「いや、それはただのクラッカー弾で……」
「もう許しません。カチンと来ました。お遊びはここまでです!」
魔女リリィは呪文を唱え始める。
詠唱が終わるとアトラスウォーカー「マルス」の頭上に魔方陣が現れた。
するとその魔方陣から巨大な緑色をしたドロドロの物体が「マルス」に向かって落ちてきた。
「私の忠実なる僕、魔獣スライム『エリザベスちゃん』! その者の動きを封じるのです!」
すると『エリザベスちゃん』と呼ばれたそのスライムは機動人型兵器『マルス』の動きを完全に封じ込めた。
「くそ、機体の制御がきかない! どうなっている!」
レバーをガチャガチャと振りながら足元のペダルを力一杯何度も踏み込むも全く反応しない。
「さぁ、私の怒りを思い知るのです」
魔女リリィ空から地面に向かい急降下、地面近くでホウキから身を投げ、地面に降り立ち持っていたホウキに詠唱を始める。
すると、ホウキは輝きに包まれ魔導大砲へと姿を変える。
「これはニャロえモンの分!」
その叫び声と共に閃光が走り、『マルス』の頭を吹き飛ばした。
ムーンウォーカーのコックピット内の正面モニターから映像が消えた。
「ええい、たかがメインカメラをやられただけだ!」
そう言い放つも突破口を見いだせず未だレバーをガチャガチャしている。
「もう、終わりにしましょう」
再び詠唱を始め今度は巨大な土人形『ゴーレム』を呼び出した。
「ゴレムス君、もうそのネコ型ロボット壊れちゃったからスクラップにして捨ててしまいなさい」
ゴーレムはその命令に従い、動かなくなった魔導機兵であった元『巨大』ネコ型ロボットを鉄くずの鉄球化させた。
「な、何をする気だ!」
「あら、知らないの? 壊れたおもちゃはこうするのですよ」
魔女リリィは「マルス」を指して最後の命令を下す。
「さぁ、あのお人形さんに向かって投げ捨ててしまいなさい!」

ゴォォオォォォ!

声にならない音を叫び、ゴーレムは元魔導機兵の鉄球を投げ放った。
「まったく、あれ作るのに2カ月もかかったといのに。人のおもちゃを壊すだなんて、デリカシーの無い男」
鉄球は「マルス」にクリーンヒット。
「マルス」は仰向けに倒れこみ、そのまま沈黙した。
「さぁ、次の報酬では日本のどの時代の漫画をもらおうかしら♪」
そう言い残し、そそくさとリリィはその場を後にした。 

ジャッジマスターの魔女リリィの勝利の宣言の元、この闘いは終了した。
 
氏康がコウに言う。
「コウ、正直もう帰りたくなってきた」
「大丈夫、いつもあんな闘いばかりではないから。それに氏康のランクでは当分あの魔女と闘う事はなさそうだよ」
前向きに努めようと氏康はもう一つ質問する。
「あの闘いを教訓とするならば何だ?」
「自分のフィールド(常識)でしか闘えない者はダメ。『臨機応変』それがこの世界の強さってことかな」
 


★ 侍 vs. 狼人 ★
 
先ほどの魔女対ロボットの壮絶? な闘いからほんの数時間後に氏康のマッチメイクが組まれた。相手は〈獣人〉、分類は〈狼人・ワーウルフ〉。
氏康はコウから狼人の説明を受けたが、いまいち理解をできなかった。
結局「見れば分かるよ」と言われた。
 
◆〈侍〉東城氏康
またの名を“赤獅子の将”
島国・大和国からやってきた。
16歳。男性。
字に習い、黄金の鬣のついた赤い獅子の兜をかぶり、赤と黒の鎧をまとう。
獲物は「緋閃村正」。刀に一筋の緋色が走る名刀。
 
◆〈狼人〉オルフェ
二つ名を“銀狼の女王”
極寒の地フェンリルより参戦。
17歳。女性。
一族では珍しい褐色の肌で、美しい銀色の長い髪を持ち、両サイドの髪の一部を丸い翡翠で束ねている。その頭には大きな白い狼の耳が覗いている。
服装は胸元の布と腰周りの毛皮のみで、その毛皮は宝石類が飾られている。
ジャラジャラとした装飾品のたくさんついた毛皮の水着と理解すれば早い。
狼と人の姿になることができ、狼特有の強靭な筋力を持ち、圧倒的なスピードで敵を狩る。
その爪は下手な剣より切れ味が鋭い。

 
対戦する二人がジャッジマスターを横に相対していた。
ジャッジマスターが問う。
「フィールドをありとするか?」
〈狼人〉オルフェは「あり」と答え、氏康も「ああ、ありでいい」と答えた。
バトルランクは2、【グローブ】の設定はオルフェがレベル2、氏康がレベル3と設定され、二人を青みがかった半透明の膜が覆ってから溶けるように消えた。
【グローブ】は文明の到達度によりレベル分けされ、進んだ文明は高い数字となり、相手に防御力の高い【グローブ】が適用される仕組みとなっている。殺伐とした殺し合いを避ける意味合いがある。
「おお、これが【グローブ】というやつか。なんとも奇怪だな」
 
闘いの場は、中心に円形闘技台と言われる石畳のステージが置かれており、その周りを半分ずつ、それぞれの対戦者の故郷の環境と同じ状態のフィールドが広がっている。
フィールドありを選択すると、場外負けという概念が無くなり、フィールドを自由に使って闘うことが可能になる。
双方の意向が違えた場合、コイントスにより、ありなしが決定される。
 
デュエル開始前に氏康が〈狼人〉オルフェに向かい言葉を発した。
「おい、娘」
「?」
「そのような、薄着で! 服はどうした、さっさと着てこぬか」
「服ならもう着てる」
「何を言うか、若い娘がそのように肌を露わにするなど、はしたないぞ!」
「言っていることの意味が分からないぞ」
 
ジャッジマスターがデュエル開始の合図を送った。
 
対戦が開始されているにも関わらず、氏康は腕を組み、顔を赤らめ、あらぬ方向を向いている。
前屈みになり、臨戦態勢となったオルフェだったが、虚を突かれ動けない。
「なにをしてる、さっさとその剣を抜け」
いつまでも戦闘態勢をとらない氏康に焦れてオルフェがそう言った。
「女子(おなご)を斬る刀など持ち合わせておらん!」
オルフェの方を向かずにそう答える。
「わかった」
そう言うとオルフェの姿が消え、氏康の目の前に現れた。一瞬で距離を詰めたのだ。
「なら、死ね」

ドゴォォォオオオオォォォン!

石で石を殴るような鈍い音があたりに響いた。
オルフェの右拳が氏康の頬にクリーンヒットしたのだ。
凄まじい勢いで後ろに数十メートルは吹っ飛ぶ氏康。
あたりに舞った砂煙で全く見えなくなった。
ジャッジマスターがカウントをとるべく、氏康の姿を確認に走る。
「カウントなんてムダ」
すると砂煙の中から人影がゆっくりと現れた。
「てて、いきなり殴るやつがあるか! 【グローブ】というやつがなければ、首を持っていかれていたな」
(あさかったか?)
間髪入れずに氏康に向かい跳ねるオルフェ。
「なら、もう一度なぐるまで」

するとオルフェの視界がグルリと回った。

状況は理解できなかったが、投げられたことは理解し、宙で体勢を整え着地した。
(何がおこった?)
オルフェには理解出来ていない。
「見事なものだ、受け身でもなく体勢を整えちゃんと着地するとは」
オルフェは一定の距離を保ちつつ警戒のまなざしで氏康を見ている。
「【合気】というやつでな、相手の力をそのまま相手に返す闘法だ」
(相手の力を返す? なら対応できないようスピードをあげるだけ)
再びオルフェが跳ねた
「無駄だよ。どう来ようが対応は習得済み。相手が手だれであればあるほど、(定石があるため)たやすいんだ」
再び宙に舞うオルフェ。
何度突進しても投げ返された。
「どうだ、力の差は分かったろう、女子が俺に勝負を挑もうなどと……」
オルフェの異変に気付き、氏康は言葉と途中で切った。
「コロス」
オルフェは鳴き声のような音でそう発し、姿を変えていった。
鼻が前へ伸び、手足は狼のそれに近づき、その先端には鋭い爪が見て取れた。
「なるほど、これが狼人というやつか」
半獣の姿に変わったオルフェは一瞬で氏康の懐に入り込んだ
「な!」
鋭い爪が横殴った。
間一髪避けた氏康だが、甲冑の正面に爪痕が走っているのを見て取った。
(我が国一番の強度を誇る黒鉄鋼の甲冑にキズだと!)
氏康は刀を抜いて中段正面に構えた
「オンナ、キラナイハ?」
どうやら先ほどの発言を茶化されていると氏康も理解した。
「獣相手に素手では厳しいのでな」
「ケモノ、チガウ!」
再びオルフェの姿が消える。

キン!

次の瞬間氏康は刀でオルフェの右爪を受け止めた。
すぐさまオルフェのもう片方の腕が氏康の腹を横殴りになぞった。
「ぐふっ!」
言葉なき声を発し弾け飛ぶ氏康。
腹から血が垂れ落ちる。
腹を押さえ状態を確認する。
(危ない、危ない。【グローブ】があってこの切れ味。真剣の勝負であったら腹を持っていかれていたな)
じりじりと距離を詰めるオルフェ。
「ブジョクハ、ユルサナイ」
「侮辱のつもりはなかったが。それはすまなかった、謝る」
「モウイイ、シネ」
「謝罪の受け入れはなしか」
(一息は付けた)
フーと息を吐き言葉を発する氏康。
「両の爪か、二刀流に等しいな」
さらにと距離を詰めるオルフェ
「二刀流との戦いは、我が師、武来から徹底的に仕込まれておるでな」
言うなり腰を落とし両の手で持った刀を体の後ろで構えた。
オルフェが跳ぶ。
それと同時に氏康もオルフェの方へと跳んだ。
敵の予想外の動きに対応できず、氏康の肩当てをもろに受ける。
一瞬体勢を崩すオルフェ。
「遅い!」
氏康はオルフェの懐に潜り、身をかがめ足払いを決めた。
剣による上中段の攻撃を警戒していたオルフェはその足払いで完全に虚を突かれ、地面に仰向けに倒れた。
間髪入れずに氏康が跳ね。
オルフェに覆いかぶさる形から刀を立てた。
刃先はオルフェの鼻先で止まっている。
「勝負ありだな」
微笑んだ一瞬の気の緩んだ瞬間に、オルフェは氏康にとってまさかの行動に出た。
突きつけられた刀をその口で咥え、左右に激しく振りだしたのだ。
「やめろ! 口の中が斬れるぞ!」

ガルルルルルゥ!

狼のうめき声と共に氏康は横へと投げつけられた。
すぐさま体勢を整えた氏康の前に、完全に狼の姿になったオルフェが口から血を垂らし鋭い眼光で氏康を睨みつけていた。
「凄まじい闘志だな」
肩で大きく息をするオルフェ。
「その負けん気の強さに免じて、こちらもとびきりの技をみせてやろう」
氏康は刀を下段に構えると、刀先を後ろに持っていき、ゆっくりと腰を落とした。
地面を蹴り足音が氏康に迫る。
(あやつもグローブがあるのだ、致命傷にはなるまい)
氏康は刀を闘技台の石畳の地面で走らせた。

火花が生まれ刀が炎に包まれる
「これを緋閃村正“紅蓮(ぐれん)の型”と呼ぶ」

飛びかかるオルフェを炎が一閃した。

次の瞬間オルフェの全身が炎に包まれた。
「マ……ケ……ナイ……」
息も絶え絶えで苦しそうにし、なお立ち向かおうとするオルフェに氏康は手刀を放ち
オルフェの意識を断ち切った。
 
ジャッジマスターにより氏康の勝利が宣言された。
 
炎に包まれ横たわるオルフェの元に、彼女のパートナーのウサギのコネホが走り寄る。
「オルフェーッ!」
「心配無用だ」
氏康は刀を数度振り下ろすとオルフェを焼いていた炎を跡かたもなく消え去った。
「炎を生み、炎を斬る。それが緋色村正だ」
氏康はウサギのコネホの方を向き微笑んだ。
 
オルフェが意識をとり戻した。
姿は人のものに戻っている。
「目が覚めたか」
「貴様!」
飛びかかろうとするオルフェを両手を出して制する。
「デュエルは終わったんだ、敵対することもあるまい」
「そうだよオルフェ」
横から賛同の声があがる。
ウサギのコネホだ。
「コネホ」
「それにこの人は焼かれるオルフェを助けて、その後傷の手当てもしてくれたんだから」
「そうだったのか……、すまなかった、礼を言う」
「礼には及ばん。ノーサイドと言うやつだ」
「ノーサイド?」
「あれ? コウ、違ったかな、さっき言っていた」
「ノーサイドで合っているよ。試合終了。わだかまりも無しってやつさ」
オルフェは一息ついた
「ノーサイドか、そうだな、あれは正々堂々の勝負だった。負けたのは私。怨むのは筋違いだ」
「ところで一つ聞きたいことがある」
「なんだ」
「お主の勝負に掛ける意気込みは尋常では無かった。その思いを聞かせてはくれぬか?」
オルフェはうつむき、静かに語りだした。
「勝利の褒美に望んだもの。それは豊かな土地だった。我が国フェンリルは極寒の地。数居る外敵より最も我々を苦しめるのは『寒さ』と『飢え』だ。一族を率いる私としては皆を豊かな土地へと導く義務がある。長き旅の果てに【招待状】が届いた。勝者には【望むモノ】が与えられると。ならば豊かな土地を得られるはず。だから、私はあの一戦で……、何が何でも勝つ必要があったんだ」
オルフェはコネホに向かい話を続けた。
「負けたものにはほとんどの場合再戦のチャンスは与えられないと聞いた。夢の地はあきらめ、故郷に帰るとするよ。皆にまたあの過酷な旅を続けさせることになるのが辛いが……」
「ならば話は早い」
「?」
「我が土地へ来い」
「な!?」
「俺の希望も新しい土地だった。自然豊かな土地で良き国を新たに築くつもりだったんだ」
「いいのか?」
「言いも悪いも、今のところ俺とコウ、それに200弱の住民だけだ。皆、気の良いもの達だ」
オルフェの瞳から涙がこぼれる。
「恩に、恩に着る……」
 
「その換わりと言っては何だが、一つお願いがあるだが……」
「何だ……?」
若干警戒するオルフェに慌てて氏康が言う。
「そう、難しいことではないんだ……」
「だから何だ?」
「耳を、触らせてくれんか?」
「は?」
「ずーと気になっていたんだ、どんな触り心地かと」
「耳?」
「寝てる間に黙って触るのも無礼だと思ってな」
「……いいぞ」
「うん?」
「いいからサッサと触れ!」
顔を赤らめてオルフェが言う。
「で、では、ゆくぞ……」
氏康はゴクリと唾を飲み、オルフェの頭にある耳を親指と人差し指でゆっくりとつまんでみた。
「おー!」
「どうした氏康!」
「フニフニしていて気持ちがいいぞ! コウ!」
「フニフニかー!」
「フニフニだー!」
氏康は調子に乗ってつまみ続けた。
すると。
「あぁ……、ああ……ん」
「どうしたオルフェ変な声など出して」
そう言いながらもつまみ続ける氏康
「い……」
「い?」
氏康がどうしたと相槌を打つ、まだもみ続ける。
「いい加減にやめろーーーーーーーーーーーーー!」
オルフェの渾身の右ストレートが氏康の右頬にクリーンヒットした。
「前にもこんなことが……」
砂煙を巻き上げながら氏康は遠くに飛んでいった。
顔を真っ赤にしたオルフェとコウとコネホが残された。
 
 
勝者への賞品【価値あるモノ】の授与の連絡を受け、指定された扉(ゲート)の前に氏康とコウは並んでいた。
 
「東城氏康様、お入りください」
アナウンスに従い、氏康とコウはゲートの中に入った。
 
「東城氏康様、ここがご希望の自然豊かな土地でございます。広さは3万平方キロメートル。あなたの故郷の関東国とほぼ同じほどの広さとお思いください。もちろん海もございます。そして動植物の生態系もほぼ同じ状態です」
「それは素晴らしい」氏康はつい口に出していた。
「更なる土地をお求めの際はデュエルにて勝ち取っていただくこととなります。侵略戦争の類は条約にて禁止されておりますので、ご注意ください。あと、お城はおまけで付けておきましたので」
「分かった。ありがとう」
「ちなみに土地の名前はどうなさいますか?」
「赤獅子国だ」
「分かりました。では、赤獅子国の東城氏康様。またのデュエルへのご参加お待ち申し上げます」
 
アナウンスが終わり、静かになった風景から風の声が聞こえた。
「季節は春か」
「そのようだね」
「故郷と同じ風の匂いがするな」
「ああ」

氏康は氏康村に戻り、村の皆を連れて戻った。
皆はとりあえず、城の中で生活する事になった。
新しい生活への不安は誰一人見せず、皆笑顔だった。
その姿を見て氏康は嬉しかった。

氏康はコウと赤獅子城が見られる丘にいた。
「国を追われたわが身ではあるが、新たなる赤獅子の国の下、侍一人、犬一匹、そこに氏康村の仲間も加わった」
「それと27人の狼人もな」
後ろからの声に振り向くとオルフェとその一族の姿があった。
兎のコネホが最後の確認をする。
「いいのかい、オルフェ。東城様の軍門に下れば、もう君はデュエルに『権利者』として参加する事はできなくなる」
「一族を預かる身、くだらんプライドなど無い。世話になるぞ東城様」
「東城様はやめてくれ。氏康でいいよ」
「分かった。氏康」
コネホが手続きを行う
「これよりオルフェは東城氏康の国の住人となり、デュアル闘者の資格を失効します」
「これで私たちも氏康の国の住人だ!」
オルフェが笑って氏康もそれに応えた。 

氏康が空に向け叫ぶ
「コウ、オルフェよ、俺は豊かな国を創る! 様々な人たちが分け隔てなく、笑顔で暮らせるそんな国をだ!」
「私もサポートしてやる。その国作りをな。キャハハハ」


赤獅子国―立国
住民
侍:1人
犬:1匹
人間:178人
狼人:27人
兎:1匹

桜咲く春
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