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 外伝1 センドリックの日常

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赤獅子国
ある飲み屋でセンドリックとサイードが飲んでいる。
「ほんとかよ師匠」
「ああ、きれいな女ってのはただキレイってほめてもダメだ」
「でもよ、ありがとうって言うぜ、大概は」
「それだよ。相手は言われ慣れてんだ、その返しも正しい意味は『あらまたこのセリフね、ありがとう』だ」
「そうなのか」
「そうだ。いいかセンディー、キレイな女ってのはな、内面をほめてもらいたがっている」
「なるほど」

当然この会話はサイードの息子のアーディルが盗聴している。
自分の名のついた工房に寝泊まりをさせてもらって、夜な夜な、自称弟子となったセンドリックとバカ親の会話を聞いている。
「全く、この人たちは毎晩毎晩よくもこんなくだらないことで盛り上がれる」
思春期を未だ迎えていないアーディルだが、父親であるサイードがダメ人間な事は十二分に認識をしている。
「センドリックさんも、これで祖国ではトップエージョントだったとは、その国もしれていますね」

「だがな、外見のほめ方も違う角度で使えば効果的だ」

「ふー、まだ続くのか」
アーディルはため息をついた。

「例えば、手の手入れを十分にしている女には、手を伸ばした時や何かを取ってもらったその際に、唐突に、さも今気づいた様に『キレイな手をしているね』と部位をほめるんだよ」
「なるほど、それはききそうだ。さすが師匠だ」

「早く帰って寝れ。バカオヤジ」
アーディルは言ってもまだ幼少年。夜はしっかりと眠りたいのだ。
だが結局、その日も朝方までこのバカ話は続いたのだ。


センドリック・サウザンド
元アストリア共和国のエージェントで現在は赤獅子国の住民だ。

センドリックの仕事は建築指示とインフラの整備だ。
彼はエージェントになる前は建築家志望だった。これは父親の影響だ。
最近では外敵に備えて、城下町の周りに城壁を築いている。
赤獅子国のあるこの星には、他に大陸も島もないため、敵は宇宙からか他の次元からやってくる。
この城壁はどちらかというと、その敵との戦いの余波が街に及ばないようにする目的が強い。
氏康やオルフェたちが本気で戦えば、街など造作なく破壊される。

センドリックの仕事以外の日課は、戦闘訓練だ。
まだ新興国である赤獅子国はこれまで大小さまざまな外敵と戦ってきた。
動物たちを狙う密猟者から最近では妖怪の大群が一挙に襲ってきた。
この国では戦闘力が必要とされる。

センドリックはオーラと呼ばれる生命エネルギーを扱う事が出来る。
オーラは生命体には有効だが、無機質な物には何ら影響を与えられない。
人相手であれば絶大なダメージを与えられるが、薄い木の板すら割る事も出来ない。
だが、センドリックは数カ月の修行で新しいスタイルを獲得した。
彼はそれを「ガイア」と呼んでいる。
それは、大地のエネルギーを自分の生命エネルギーを合わせ練る事で、無機質な物体へも影響を与える事が出来るのだ。
大地のエネルギーとは大気を流れる風や陽の光などの熱エネルギーなどだ。

センドリックは自分ほどの大きな岩から5mほど離れたところに立っている。
彼は念弾を放つとき、手て銃の形を作り、その人差し指から念を発していた。
だが、ガイアのスタイルでは人差し指と中指を絡めて銃頭の形とする。
この「ひねり」により大気のエネルギーを取り込み威力を増すのだ。
そして念弾を発し、その大きな岩の塊を破壊することに成功した。粉みじんに。
「これで実戦にも投入可能だな」
無機物への影響が可能になれば戦闘の幅も広がる。
また、手の平に熱を集めて、鉄板を貫通させる念弾を放つ事も可能だが、こちらは時間がかかるため実戦向きではない。


実はセンドリックには気になる女性がいる。
それは空牙陽炎。大和国から来たくノ一だ。

妹の恋愛にはうるさく口をはさむ癖に自分の気持ちにはまっすぐだ。
実際は、ミリアの方も彼女でも作ってくれたら自分への干渉が少なくなってくれるだろうと思っていた。

先日の妖怪大襲撃の際に初めて戦っている所を見たが、その美しさに心を奪われた。
決して派手ではないが、確実に敵をほふっていく様、氏康を気遣いさりげなくフォローし続ける献身性。
戦いの最中、一瞬顔にかかる布を取って汗を拭いた素顔を見たがとてもキレイな顔だった。
センドリックはその姿に心を奪われた。
だが、彼女は滅私の精神で常に氏康か国のために働いているため、滅多に会う事が出来ず、やっとあえて話しかけてもそっけない態度しか見せてもらえなかった。
これまでエージェントとして生きてきて、そこそこにモテていたセンドリックには、この反応は新鮮で、ますます好きになってしまった。
そして、数々の女性を落としてきたというサイードに弟子入りしていたのだ。

「でもよ師匠。何を話しても乗って来てくれないんだ」
「なら簡単だ。相手の得意分野で、上回ってやるんだ。そしてこう言うんだ、『君も中々やるんだな』とな」
「なぜだい」
「得意分野って言うのは、その人間の自尊心、存在価値を支えている部分でもある、そこに自分より上の存在が現れれば、いやでも注目せざるをえない」
「なるほど、さすが師匠だ」

数日後、センドリックはやっと陽炎を見つける事が出来た。基本どこにいるのか分からないから探すのに苦労する。
「陽炎さん、決闘をしてほしい」
「しません」
そして陽炎は任務に戻った。

「師匠~! 決闘も受けてもらえないんすよ~」
「なら、その女が受けざるをえない状況を作るしかない」
「どんな?」
「それは自分で考えろ」

それからまた数日、日々の仕事でミスをするほど、この問題に向き合った。
そして、いい案を思いついた。
氏康を頼ろう!
最低の考えである、だが効果的ではある。

「氏康、赤翼武道大会は成功だったよな」
「ああ、アレは効果的だったな。おかげで隊員も増えたしな」
「で、俺たちの武道大会もすべきだと俺は思う」
「前にも言ったが、デュエルのグルーブみたいなものが無い限りそれは危険だ。オルフェのパンチで死人が出るぞ」
「ああ、設備が整ってからってのは分かる。だがその前にデモンストレーションをやるべきだ」
「なぜだ」
「デモンストレーションをやる事で、これから始めるにあたっての問題点が見つかるかもしれない、つまり予行練習ってやつだ」
「なるほど、それはやる意味はありそうだ」
乗って来た! センドリックは心の中でYES! と叫んだ。
「当然言い出し手の俺が参加者の一人だ、そして相手は」
「オルフェが良いだろう! やりたいって言ってたし!」
「却下!」
「なんで?」
「オルフェ嬢は手加減とか下手そうだ。俺が死にかねない」
実際隠れて戦闘トレーニングに付き合ってもらったことが過去にあった。そのトレーニング試合中、センドリックは本当に死を覚悟した。
「では誰で」
「陽炎さんが良いと思っている」
「陽炎? なぜ?」
「陽炎さんは日々日ごろから国のために働いてくれている。だが、住民はそのことを知らない。オルフェ嬢は動きが派手だから皆知っているが、陽炎さんはその働きに対して、国民が知らなすぎる」
「確かにセンの言う通りだな。陽炎は頑張り屋さんだけど、アピールは皆無だからな」
もう落ちたも同然だ。センドリックはフィニッシュに向かった。
「俺は負けでいいんだ。国民に陽炎さんの実力と日々の仕事ぶりを知ってもらうって事でやろう! なあ氏康!」
「それはいい考えだ!」
勝った! センドリックは心の中でガッツポーズをしていた。


「やりません、そんな事は。国の監視で忙しいんです。それでは、氏康様」
そう言って陽炎は日々の任務に戻っていた。
部屋には氏康とセンドリックが残された。

君にもきっとバラ色の人生が待っているかもしれない。GOGOセンドリック! 負けるなセンドリック!
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