転生したら異世界最強ホストになってました〜お客様の“心”に寄り添う接客、始めます

中岡 始

文字の大きさ
13 / 77

ホストとしての第一歩

しおりを挟む
 喧騒を離れ、レオンはスタッフルームのソファに深く腰を下ろした。  

 ふう、と長く息を吐く。  

 ホストとしての初日の営業が、ようやく終わった。  

 想像以上に疲労が蓄積していることに驚く。  

 客の視線を浴び続け、常に相手の感情を読みながら言葉を選び、場の空気を維持する。  

 社畜時代の営業職でも気を遣う仕事だったが、ホストという職業はそれをさらに繊細にしたものだった。  

 だが、不思議と嫌な疲労感ではなかった。  

「意外といけるかも…?」  

 ぼんやりと天井を見上げながら、レオンは呟いた。  

 最初こそ不安だったが、実際に接客をしてみると、思ったよりもうまく立ち回れていた。  

 特にクラリス・フォン・エルメルの指名を取れたことは、大きな出来事だった。  

 あの貴族令嬢は、今までエルヴィスしか指名していなかった。  

 その流れを、初日の新人が変えてしまったのだ。  

「これは、店の中でもちょっとした波乱になりそうだな…」  

 苦笑しながら、レオンはこめかみを押さえた。  

 すると、スタッフルームの扉が開き、ギルバート店長が入ってきた。  

 赤いスーツを着た彼は、いつもの落ち着いた笑みを浮かべている。  

「お前、やるな。初日で貴族令嬢の指名を取るなんて、大したもんだ」  

「…偶然ですよ」  

 レオンは肩をすくめる。  

「クラリス様が興味を持ってくれただけで、実力とは言えません」  

「謙虚だな。だが、客は気まぐれじゃない。お前の接客が彼女に響いたから、指名を変えたんだ」  

 ギルバートはゆっくりと近づき、レオンの正面に座る。  

「お前、どこかで接客業をやっていたのか?」  

「…まあ、似たようなことは」  

 ブラック企業の営業職として、何年も客の機嫌を伺い、理不尽な要求に対応してきた。  

 だが、それを言っても理解してもらえる気はしない。  

 だから、曖昧に答えた。  

「そうか。だが、お前のやり方は今までのホストとは違う」  

「違う?」  

「ルミナスのホストは、基本的に客を“魅了する”スタイルを取る。エルヴィスのようにな」  

 レオンは、先ほどの光景を思い出す。  

 エルヴィスは、巧みな言葉と仕草で客を引き込み、まるで物語の主人公になったかのような気分にさせていた。  

「だが、お前は“寄り添う”スタイルだ。客の心理を見抜き、細やかに気を配る。相手が望むものを先回りして提供し、安心感を与える」  

「…営業職の名残かもしれませんね」  

 レオンは静かに笑う。  

 客に寄り添い、相手が求めているものを察知し、それを自然に提供する。  

 それは、長年の社畜経験で身についたスキルだった。  

 ギルバートは少し考え込むように頷いた。  

「なるほどな…お前はお前のやり方で、この店に新しい風を吹かせるかもしれない」  

 その言葉が何を意味するのか、レオンはまだ分からなかった。  

 だが、少なくともギルバートは自分を評価してくれているらしい。  

「とりあえず、今日はゆっくり休め。明日からが本番だ」  

「…ありがとうございます」  

 ギルバートが去った後、レオンは再び息を吐いた。  

 だが、休む間もなく、今度は別の人物が現れた。  

「なるほど、確かに興味深い」  

 冷静な声が、部屋の中に響く。  

 振り向くと、そこに立っていたのはエルヴィスだった。  

 相変わらずの端正な顔立ちと、貴族然とした佇まい。  

 だが、その青い瞳は、じっとレオンを見つめていた。  

「君がどこまでやれるのか、見せてもらおう」  

 それは、挑戦状のような言葉だった。  

 今まで、ルミナスの頂点に立っていたのはエルヴィスだった。  

 彼はこの店のナンバーワンホストであり、貴族令嬢クラリスの“お気に入り”だった。  

 それが、たった一晩で変わってしまった。  

 エルヴィスが何を思っているのか、レオンには分からなかった。  

 しかし、少なくともこの男が自分を“認識”したことは間違いない。  

「面白いですね。俺も、ここでどこまでやれるのか試してみたいと思っているところです」  

 レオンは穏やかに微笑んだ。  

 エルヴィスは一瞬だけ目を細め、それ以上何も言わずに去っていった。  

 彼の背中を見送りながら、レオンは改めて思う。  

(社畜時代のスキルが、こんなところで役に立つとはな…)  

 客の心理を読む力。  

 相手の求めるものを察知し、気を配る能力。  

 そして、どんな理不尽な状況でも、柔軟に対応する適応力。  

 ブラック企業で身につけたものが、まさか異世界のホストクラブで活かされるとは思ってもみなかった。  

 だが、ここで生きていくと決めた以上、やるしかない。  

 レオンはスーツの袖を整えながら、静かに息を吐いた。  

 ここが、新しい人生の始まりなのだから。  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

『冒険者をやめて田舎で隠居します 〜気づいたら最強の村になってました〜』

チャチャ
ファンタジー
> 世界には4つの大陸がある。東に魔神族、西に人族、北に獣人とドワーフ、南にエルフと妖精族——種族ごとの国が、それぞれの文化と価値観で生きていた。 その世界で唯一のSSランク冒険者・ジーク。英雄と呼ばれ続けることに疲れた彼は、突如冒険者を引退し、田舎へと姿を消した。 「もう戦いたくない、静かに暮らしたいんだ」 そう願ったはずなのに、彼の周りにはドラゴンやフェンリル、魔神族にエルフ、ドワーフ……あらゆる種族が集まり、最強の村が出来上がっていく!? のんびりしたいだけの元英雄の周囲が、どんどんカオスになっていく異世界ほのぼの(?)ファンタジー。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~

鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。 そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。 母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。 双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた── 前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

処理中です...