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最後の妨害と、勝利宣言
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グラン・ルミナスが王都の夜に確かな存在として根付き始めたある晩、静かな異変が起きた。
それは、ほんのわずかな違和感に過ぎなかった。
「……この空間、昨日と匂いが違う」
そう口にしたのは、シオンだった。
いつものように開店準備を進めるフロアで、彼は掃除を終えた後、微かに残る焦げたような匂いに眉をひそめていた。魔導結晶の調整に使われる香料とは違う、どこか金属的で不快な焦げ臭さ。しかも、空調を止めているのに、一定の場所でしか感じられなかった。
アリアスが近づき、声を潜めて訊く。
「シオン、それ……まさか、魔導具?」
「可能性はあります」シオンは簡潔に答えた。
二人は周囲に気取られないように慎重に行動し、異変の出所を調べる。その結果、店内の柱装飾に見せかけた部分に、極めて精密な魔導具の残骸が仕掛けられていたことを突き止めた。
アリアスが表情を硬くする。
「これ……爆破用の“刻時式魔導導火具”です。王都ではもう禁制品のはず」
「ヴォルフガングさんに、すぐ報告を」シオンが頷く。
報告を受けたヴォルフガングは即座に警備結界を展開。客の出入り口を制限し、目立たぬよう裏動線を封鎖する。結界の感応により、侵入者は店内にまだ潜んでいることが判明した。
その侵入者は、すぐに捕らえられた。
フロアの隅で給仕に紛れていた一人の男。彼は表向きには配達業者の下請けとして雇われた形になっていたが、その正体は、かつてノクターンに仕えていた残党の一人だった。
拘束された男は黙して語らず、だが荷物の中からは複数の未使用の魔導具、王都の地図、そして“グラン・ルミナス”に印がつけられた設計図が見つかった。
確実な証拠だった。
騒ぎが大きくならぬよう、ヴォルフガングがすぐに地下の警備室に移送し、王都警備隊への引き渡し手続きを進めた。
一方、店の表では、開店時間直前の緊張が残っていた。
レオンはフロア中央にスタッフ全員を集めた。ホストも裏方も、誰もが無言で顔を上げて彼を見つめていた。
「……みんな、聞いてくれ」
レオンの声は低く、しかし一言一言がはっきりと空気を震わせた。
「たった今、店に魔導具が仕掛けられていたことが判明した。けれど、それは未然に防がれた」
ホストたちの間に、ざわめきが走る。だが誰も取り乱すことはなかった。
「警備の目をすり抜けて入り込んだ奴がいた。それでも、俺たちは誰一人、臆することなく店を守った。……それが何より、誇るべきことだ」
レオンはゆっくりと辺りを見渡す。
「グラン・ルミナスがここまで来られたのは、誰かに守られてきたからじゃない。誰かを守ろうとする気持ちが、この場所を育ててきたんだ」
彼の声が少しだけ震えた。
「もう、俺たちは誰にも潰せない。俺たちは、自分たちの力でここまで来たんだ」
その言葉が空気に浸透したとき、テラス席にいた数人の客が、それとなく拍手を送った。
最初は控えめな音だった。
けれど次第に、それは連鎖していき、あちこちのテーブルで、静かに、しかし確かな拍手が広がっていった。
仲間の努力を讃えるように。
この店が、恐れず歩んでいることに、敬意を送るように。
レオンは何も言わずに、深く頭を下げた。
スタッフたちもそれに倣うように礼を取った。
客たちの中にあった不安が、尊敬へと変わる音だった。
この瞬間、グラン・ルミナスはただの人気店ではなく、「信頼に値する店」へと変わったのだ。
もはや噂や話題だけで来る客ではない。
ここに居たい、そう思う者たちの場所になった。
レオンは、ふたたび顔を上げた。
この光景を、絶対に忘れない。
誰かの夜を照らすということは、こういうことなのだと。
その意味を、今、自分の身体全体で受け止めていた。
それは、ほんのわずかな違和感に過ぎなかった。
「……この空間、昨日と匂いが違う」
そう口にしたのは、シオンだった。
いつものように開店準備を進めるフロアで、彼は掃除を終えた後、微かに残る焦げたような匂いに眉をひそめていた。魔導結晶の調整に使われる香料とは違う、どこか金属的で不快な焦げ臭さ。しかも、空調を止めているのに、一定の場所でしか感じられなかった。
アリアスが近づき、声を潜めて訊く。
「シオン、それ……まさか、魔導具?」
「可能性はあります」シオンは簡潔に答えた。
二人は周囲に気取られないように慎重に行動し、異変の出所を調べる。その結果、店内の柱装飾に見せかけた部分に、極めて精密な魔導具の残骸が仕掛けられていたことを突き止めた。
アリアスが表情を硬くする。
「これ……爆破用の“刻時式魔導導火具”です。王都ではもう禁制品のはず」
「ヴォルフガングさんに、すぐ報告を」シオンが頷く。
報告を受けたヴォルフガングは即座に警備結界を展開。客の出入り口を制限し、目立たぬよう裏動線を封鎖する。結界の感応により、侵入者は店内にまだ潜んでいることが判明した。
その侵入者は、すぐに捕らえられた。
フロアの隅で給仕に紛れていた一人の男。彼は表向きには配達業者の下請けとして雇われた形になっていたが、その正体は、かつてノクターンに仕えていた残党の一人だった。
拘束された男は黙して語らず、だが荷物の中からは複数の未使用の魔導具、王都の地図、そして“グラン・ルミナス”に印がつけられた設計図が見つかった。
確実な証拠だった。
騒ぎが大きくならぬよう、ヴォルフガングがすぐに地下の警備室に移送し、王都警備隊への引き渡し手続きを進めた。
一方、店の表では、開店時間直前の緊張が残っていた。
レオンはフロア中央にスタッフ全員を集めた。ホストも裏方も、誰もが無言で顔を上げて彼を見つめていた。
「……みんな、聞いてくれ」
レオンの声は低く、しかし一言一言がはっきりと空気を震わせた。
「たった今、店に魔導具が仕掛けられていたことが判明した。けれど、それは未然に防がれた」
ホストたちの間に、ざわめきが走る。だが誰も取り乱すことはなかった。
「警備の目をすり抜けて入り込んだ奴がいた。それでも、俺たちは誰一人、臆することなく店を守った。……それが何より、誇るべきことだ」
レオンはゆっくりと辺りを見渡す。
「グラン・ルミナスがここまで来られたのは、誰かに守られてきたからじゃない。誰かを守ろうとする気持ちが、この場所を育ててきたんだ」
彼の声が少しだけ震えた。
「もう、俺たちは誰にも潰せない。俺たちは、自分たちの力でここまで来たんだ」
その言葉が空気に浸透したとき、テラス席にいた数人の客が、それとなく拍手を送った。
最初は控えめな音だった。
けれど次第に、それは連鎖していき、あちこちのテーブルで、静かに、しかし確かな拍手が広がっていった。
仲間の努力を讃えるように。
この店が、恐れず歩んでいることに、敬意を送るように。
レオンは何も言わずに、深く頭を下げた。
スタッフたちもそれに倣うように礼を取った。
客たちの中にあった不安が、尊敬へと変わる音だった。
この瞬間、グラン・ルミナスはただの人気店ではなく、「信頼に値する店」へと変わったのだ。
もはや噂や話題だけで来る客ではない。
ここに居たい、そう思う者たちの場所になった。
レオンは、ふたたび顔を上げた。
この光景を、絶対に忘れない。
誰かの夜を照らすということは、こういうことなのだと。
その意味を、今、自分の身体全体で受け止めていた。
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皆様ありがとうございます😘
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めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
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