転生したら異世界最強ホストになってました〜お客様の“心”に寄り添う接客、始めます

中岡 始

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過去を振り返る、夜

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店内の賑わいが少し落ち着き始めた深夜、レオンはフロアから静かに姿を消した。喧噪の余韻を背に受けながら、彼は階段を上がり、グラン・ルミナスの最上階にあるテラスへと向かう。

扉を開けると、ひんやりとした夜の風が頬を撫でた。

誰もいないテラス。足元のタイルには魔導ランプの柔らかな光が灯り、頭上には満天の星空が広がっていた。都会の光が溢れる王都で、これだけ星が見える夜は珍しい。

レオンは手すりに寄りかかりながら、静かに空を仰いだ。

この場所から見る星は、社畜時代に見上げた夜空とまったく違う。それでも、なぜかあの頃のことが、ふと思い出される。

まだ“佐藤健二”だった頃。  
営業成績に追われ、上司の理不尽な怒号に耐え、終電を逃してビル街を歩いた帰り道。  
駅前の自販機で缶コーヒーを買って、ふと見上げた夜空。

「俺の人生、このままで終わるのか…?」

あのとき抱えた空虚感。あのときの寒さ。あのときの孤独。

そのすべてが、転生したあの日の朝へと繋がっていた。

目を覚ましたとき、鏡に映った“絶世の美貌”。  
異世界という現実離れした世界に、最初は戸惑いしかなかった。  
名前も身分もなく、戦える力もなかった。  
けれど、あったのは社畜として培った“人を見抜く力”と“寄り添う言葉”。

あのとき、どこかで諦めずにいた自分が、確かにいた。

「クラリス様がいらっしゃるだけで、店の雰囲気が変わりますね」  
あの言葉が、最初の一歩だった。

今でも思い出す。  
クラリスが微笑んで、こう言ってくれた。

「あなたは、話を聞いてくれる人ね」

自分という存在に、価値を見出してくれたあの瞬間。  
ホストとしてではなく、一人の人間として、誰かの心に寄り添えた瞬間。

そこからすべてが始まった。

テラスの端に立ち、下を見下ろせば、グラン・ルミナスの看板が遠くからもはっきりと見える。煌めく光は、まるで街そのものを照らす灯台のようだった。

ふいに、昔の自分の声が耳の奥に蘇る。

「俺なんて、どうせ替えのきく歯車だろ……」

だが今は、違う。

誰かの夜を照らせるなら、それは紛れもなく、自分にしかできないことだと知っている。

一人の客を癒やすために、言葉を選び、心を寄せ、笑顔を引き出す。

誰かの肩に手を置いて、  
誰かの涙に黙って寄り添って、  
誰かの「ありがとう」に胸を熱くしてきた。

「……俺は、ずっと、自分の価値なんてないと思ってた」

声に出してみると、胸の奥に何かがすとんと落ち着いた。

「けど……誰かを笑顔にできる。それが、俺の価値だったんだな」

静かな風が吹いた。

遠くの星が、一つ、流れたような気がした。

人生はやり直せるわけじゃない。  
けれど、生まれ変わったことで、ようやく自分を受け入れられた気がする。

グラン・ルミナスは、もう“自分だけの居場所”じゃない。  
ここには仲間がいて、後輩がいて、訪れてくれる客がいて――  
誰かにとっての“救いの夜”になっている。

レオンはポケットから懐中時計を取り出した。  
あの社畜時代に使っていた古い時計。今は動かないが、いつかの時間を刻んだまま、大切に持ち続けている。

「健二、お前さ……生きてたら信じられたか?」

空に向かって呟く。

「俺が、誰かの人生を支えるホストになったって」

懐中時計を閉じ、深く息を吸い込む。

この夜は、過去と未来が交差する夜だった。

そして、レオンにとっての新しい“はじまりの夜”でもあった。
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