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ティノとシオンのホスト研修録
夜はつづく
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営業終了後の店内は、どこか落ち着いた空気に包まれていた。グラン・ルミナスの夜は、相変わらず多くの客でにぎわい、笑い声とグラスの音が交錯していたが、閉店後のこの静けさは、ホストたちにとって心を解きほぐす時間でもあった。
ティノはカウンターに座り、隣のシオンを見やる。
「なあ、なんかこう……終わったなって感じ、するよな」
シオンは黙って、その手元のファイルに目を落としていた。開かれていたのは、今朝届いたばかりの名簿。新人ホスト研修希望者のリストだった。
まだ名前だけの存在。どんな声で話すのか、どんな目をしているのかもわからない、未来の誰かたち。
ティノはグラスを回しながら、ふっと口を開いた。
「なあ、俺たちってさ、最初はどうなるかと思ったけど……結構ちゃんとやれてたよな」
「……結果的には」
シオンの答えはあくまで簡潔だったが、その声音はどこかやわらかい。
ティノはニヤリと笑い、肘で彼の肩を軽くつついた。
「お前、最近笑うようになったよな。目元がちょっと優しくなったっていうか」
「そうでしょうか」
「そうだよ。新人たちにも好かれてたしな。特にエルなんて、お前のこと崇拝してたじゃん」
「……観察力が高いだけです」
シオンはそう言いながら、ファイルを閉じる。そして、もう一度表紙の名前一覧を見つめた。
ティノはその横顔を見ながら、ポケットに手を突っ込んで伸びをした。
「……またか、って思う?」
シオンがわずかに首を傾げた。
「また、教える日々が始まるんだよ。最初のあの混乱を思い出せばさ、正直、ちょっと身構える気もするだろ?」
「……またか」
そう小さく呟いたシオンは、しかし、すぐにぽつりと続けた。
「でも、きっとまた違う“誰か”がいる。その人には、その人の夜がある」
ティノはグラスを置き、シオンの言葉を反芻するように、目を細めた。
「そっか。……楽しみだな」
「え?」
「いや、新しい奴らがどんな顔して、どんな夢を持ってここに来るのか。今度は、どんな風に背中を見せてやろうかなって」
「……あなたらしいですね」
「だろ?」
ふたりの間に、短い沈黙が訪れる。だが、それは気まずさでも気疲れでもなく、夜の余韻に身を任せる穏やかな静寂だった。
やがて、スタッフルームの扉が開き、レオンが顔をのぞかせる。
「ふたりとも、お疲れさま。あとは任せるよ」
軽やかな笑顔を残してレオンが去ると、店内の照明が一段落ちた。
ティノは立ち上がり、名簿をシオンから受け取った。
「じゃあ……次の研修、いつから始める?」
シオンはほんの少し口元をゆるめて答える。
「明日からでいいんじゃないですか。夜は、止まりませんから」
ティノが肩をすくめる。
「了解。じゃあ俺たち、もう“教える人”なんだな」
「……そうですね」
店の外には、すでに次の夜が広がっていた。
いつもと同じ、でも、確実に何かが変わっていく予感があった。
照明を落としたフロアを通り抜け、ふたりは並んで扉を閉める。
静かに、静かに。
だが、確かにその物語は続いていた。
新たな誰かが夢を抱き、戸惑いながらも歩き始めるその日を、彼らは待っている。
夜はつづく。
教えることは、終わりではない。
それは、光を託す者の始まりなのだ。
ティノはカウンターに座り、隣のシオンを見やる。
「なあ、なんかこう……終わったなって感じ、するよな」
シオンは黙って、その手元のファイルに目を落としていた。開かれていたのは、今朝届いたばかりの名簿。新人ホスト研修希望者のリストだった。
まだ名前だけの存在。どんな声で話すのか、どんな目をしているのかもわからない、未来の誰かたち。
ティノはグラスを回しながら、ふっと口を開いた。
「なあ、俺たちってさ、最初はどうなるかと思ったけど……結構ちゃんとやれてたよな」
「……結果的には」
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ティノはニヤリと笑い、肘で彼の肩を軽くつついた。
「お前、最近笑うようになったよな。目元がちょっと優しくなったっていうか」
「そうでしょうか」
「そうだよ。新人たちにも好かれてたしな。特にエルなんて、お前のこと崇拝してたじゃん」
「……観察力が高いだけです」
シオンはそう言いながら、ファイルを閉じる。そして、もう一度表紙の名前一覧を見つめた。
ティノはその横顔を見ながら、ポケットに手を突っ込んで伸びをした。
「……またか、って思う?」
シオンがわずかに首を傾げた。
「また、教える日々が始まるんだよ。最初のあの混乱を思い出せばさ、正直、ちょっと身構える気もするだろ?」
「……またか」
そう小さく呟いたシオンは、しかし、すぐにぽつりと続けた。
「でも、きっとまた違う“誰か”がいる。その人には、その人の夜がある」
ティノはグラスを置き、シオンの言葉を反芻するように、目を細めた。
「そっか。……楽しみだな」
「え?」
「いや、新しい奴らがどんな顔して、どんな夢を持ってここに来るのか。今度は、どんな風に背中を見せてやろうかなって」
「……あなたらしいですね」
「だろ?」
ふたりの間に、短い沈黙が訪れる。だが、それは気まずさでも気疲れでもなく、夜の余韻に身を任せる穏やかな静寂だった。
やがて、スタッフルームの扉が開き、レオンが顔をのぞかせる。
「ふたりとも、お疲れさま。あとは任せるよ」
軽やかな笑顔を残してレオンが去ると、店内の照明が一段落ちた。
ティノは立ち上がり、名簿をシオンから受け取った。
「じゃあ……次の研修、いつから始める?」
シオンはほんの少し口元をゆるめて答える。
「明日からでいいんじゃないですか。夜は、止まりませんから」
ティノが肩をすくめる。
「了解。じゃあ俺たち、もう“教える人”なんだな」
「……そうですね」
店の外には、すでに次の夜が広がっていた。
いつもと同じ、でも、確実に何かが変わっていく予感があった。
照明を落としたフロアを通り抜け、ふたりは並んで扉を閉める。
静かに、静かに。
だが、確かにその物語は続いていた。
新たな誰かが夢を抱き、戸惑いながらも歩き始めるその日を、彼らは待っている。
夜はつづく。
教えることは、終わりではない。
それは、光を託す者の始まりなのだ。
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