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素肌の記憶
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涼希の肩から、薄手のカーディガンが滑り落ちたのは、息を飲むほどの沈黙の中だった。
わずかに濡れた髪が、首筋に貼りついている。空調の緩やかな風が、それをほどくように揺らす。
駒川はゆっくりと涼希に向き直ると、声ではなく、まなざしで問いかけた。
その視線には、確かに熱があったが、それ以上に慎重さと敬意があった。
涼希は、軽く瞬きをしてから、ひとつ頷いた。
その許しに、駒川の手が伸びる。指先はまず、頬を撫でた。
髪を耳にかける仕草の中に、触れたいという衝動と、壊したくないという祈りが織り込まれていた。
唇に指が触れたとき、涼希は目を伏せ、短く呼吸を整える。
それから、静かに言った。
「俺を、ちゃんと見て。仮面じゃなくて、中野涼希として…」
言葉の最後が震えたとき、駒川の唇が重なった。
熱と湿度を含んだその接触に、涼希の身体が、かすかに硬直する。けれどそれは拒絶ではなかった。
むしろ、何かが剥がれ落ちる瞬間の震えだった。
口づけは、浅く、長く、そして深くなる。
ただ唇を重ねるだけではなく、過去を溶かすように、未来を誓うように、何度も、確かめ合うように。
涼希の喉から、小さな吐息が洩れた。
駒川の手は、肩に触れ、鎖骨のあたりを、まるで形を記憶するように優しくなぞっていく。
肌に触れたその温度は、炎ではなかった。むしろ、雪の中で見つけた焚火のようなもの。
柔らかく、消えてしまいそうで、けれど確かにそこに在る。
涼希の瞼が静かに伏せられたとき、頬にひとすじ、涙が滲んだ。
それを拭うことはしなかった。駒川はただ、唇でそっとそこに触れた。
「涼希…」
名前を呼ばれた瞬間、涼希は大きく息を吸い込む。
それは、いま初めてこの名前で愛されることを知った、ひとりの人間としての息吹だった。
指先が、背中を伝い、腰を包み込む。
涼希はその腕の中で、自分の体温がじわりと相手に溶けていくのを感じながら、深く目を閉じた。
唇が、喉元へ。首筋から胸の間へ、感情の軌跡を描くように降りていく。
声は、ほとんど発されなかった。
けれど、触れるたびに微かに揺れる涼希の吐息が、身体の奥にある「生」を伝えていた。
震える肩を包むように、駒川の手が撫で、胸元に頬を寄せる。
ただ抱きしめる、その行為ひとつに、無数の「好き」が含まれていた。
言葉にしない愛が、指の温度で、呼吸のリズムで、伝えられていく。
まつげの奥で、再び光る雫がこぼれ落ちそうになったとき、駒川が囁くように言った。
「もう隠さなくていい。君が誰でも、俺は…今の君が好きだ」
その言葉が胸に落ちた瞬間、涼希の中で最後の仮面が音もなく砕けた。
裸にされたのは、身体ではなかった。心だった。
それは、怖くて、温かくて、涙が出るほど幸福な感情だった。
ふたりの身体が重なるということは、すべてを許し、すべてを受け入れることだった。
その夜、触れ合ったのは皮膚ではなく、人生そのものだった。
夜が静かに更けていく中、涼希はふと、駒川の胸に頬を寄せて言った。
「ありがとう。俺を名前で、抱いてくれて…」
その声は、震えていたが、確かに誇りを含んでいた。
仮面のない夜に、ふたりはようやくたどり着いたのだ。
それがたとえ、世界に認められなくても。
――朝が来ても、この温度を信じていられたら、それだけでいい。
わずかに濡れた髪が、首筋に貼りついている。空調の緩やかな風が、それをほどくように揺らす。
駒川はゆっくりと涼希に向き直ると、声ではなく、まなざしで問いかけた。
その視線には、確かに熱があったが、それ以上に慎重さと敬意があった。
涼希は、軽く瞬きをしてから、ひとつ頷いた。
その許しに、駒川の手が伸びる。指先はまず、頬を撫でた。
髪を耳にかける仕草の中に、触れたいという衝動と、壊したくないという祈りが織り込まれていた。
唇に指が触れたとき、涼希は目を伏せ、短く呼吸を整える。
それから、静かに言った。
「俺を、ちゃんと見て。仮面じゃなくて、中野涼希として…」
言葉の最後が震えたとき、駒川の唇が重なった。
熱と湿度を含んだその接触に、涼希の身体が、かすかに硬直する。けれどそれは拒絶ではなかった。
むしろ、何かが剥がれ落ちる瞬間の震えだった。
口づけは、浅く、長く、そして深くなる。
ただ唇を重ねるだけではなく、過去を溶かすように、未来を誓うように、何度も、確かめ合うように。
涼希の喉から、小さな吐息が洩れた。
駒川の手は、肩に触れ、鎖骨のあたりを、まるで形を記憶するように優しくなぞっていく。
肌に触れたその温度は、炎ではなかった。むしろ、雪の中で見つけた焚火のようなもの。
柔らかく、消えてしまいそうで、けれど確かにそこに在る。
涼希の瞼が静かに伏せられたとき、頬にひとすじ、涙が滲んだ。
それを拭うことはしなかった。駒川はただ、唇でそっとそこに触れた。
「涼希…」
名前を呼ばれた瞬間、涼希は大きく息を吸い込む。
それは、いま初めてこの名前で愛されることを知った、ひとりの人間としての息吹だった。
指先が、背中を伝い、腰を包み込む。
涼希はその腕の中で、自分の体温がじわりと相手に溶けていくのを感じながら、深く目を閉じた。
唇が、喉元へ。首筋から胸の間へ、感情の軌跡を描くように降りていく。
声は、ほとんど発されなかった。
けれど、触れるたびに微かに揺れる涼希の吐息が、身体の奥にある「生」を伝えていた。
震える肩を包むように、駒川の手が撫で、胸元に頬を寄せる。
ただ抱きしめる、その行為ひとつに、無数の「好き」が含まれていた。
言葉にしない愛が、指の温度で、呼吸のリズムで、伝えられていく。
まつげの奥で、再び光る雫がこぼれ落ちそうになったとき、駒川が囁くように言った。
「もう隠さなくていい。君が誰でも、俺は…今の君が好きだ」
その言葉が胸に落ちた瞬間、涼希の中で最後の仮面が音もなく砕けた。
裸にされたのは、身体ではなかった。心だった。
それは、怖くて、温かくて、涙が出るほど幸福な感情だった。
ふたりの身体が重なるということは、すべてを許し、すべてを受け入れることだった。
その夜、触れ合ったのは皮膚ではなく、人生そのものだった。
夜が静かに更けていく中、涼希はふと、駒川の胸に頬を寄せて言った。
「ありがとう。俺を名前で、抱いてくれて…」
その声は、震えていたが、確かに誇りを含んでいた。
仮面のない夜に、ふたりはようやくたどり着いたのだ。
それがたとえ、世界に認められなくても。
――朝が来ても、この温度を信じていられたら、それだけでいい。
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