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見つけてしまった真実
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その朝、尚紀は慌ただしく家を出ていった。玄関でスーツの袖を整えながら、いつも通りの微笑みを浮かべて。
「じゃあ行ってくる。今日も遅くなるから、あまり待たなくていいよ」
「わかった。気をつけてね」
奏は微笑んで彼を送り出したが、どこか物足りない気持ちが胸の中に残った。玄関のドアが閉まる音を聞いて、キッチンに戻ろうとした時、リビングの机の上に何かを見つけた。
「これ……」
机の上には尚紀のスマートフォンが置かれていた。普段は肌身離さず持ち歩いているはずのものが、今朝に限ってその場に置き忘れられている。
「忘れるなんて珍しいな」
軽く微笑んで、奏はそれを手に取った。彼のスマートフォンを操作しようなどとは思っていなかった。ただ、彼にメッセージが来ているのなら確認して、職場に連絡するべきかもしれないと考えたのだ。
その時、スマートフォンが振動し、画面に新しい通知が表示された。
「藤崎優美:昨夜はありがとう。また会えるのを楽しみにしている」
その瞬間、奏の手が止まった。通知の短い文字列が、彼女の目に刺さるように飛び込んでくる。脳が意味を理解するよりも先に、胸の奥で奇妙な痛みが広がった。
「誰……?」
呟きながら画面をじっと見つめた。通知に映るその名前――「藤崎優美」。先日もちらりと見た名前だった。続くメッセージの内容はどう考えても仕事のやり取りではない。そこには、親密さと甘さが滲んでいた。
奏は思わずスマートフォンを握りしめた。画面に触れればメッセージの続きを確認できるはずだったが、彼女の指は一歩も動かなかった。
「こんなこと、するべきじゃない……」
そう自分に言い聞かせながら、彼女は震える手でスマートフォンを机に戻した。だが、一度目にしてしまった文字の列は、頭の中から消えることがなかった。
***
その日、奏は家事を進めながらも、頭の中は混乱し続けた。掃除機をかけていても、皿を洗っていても、「藤崎優美」という名前が心に居座り続けていた。
「昨夜はありがとう。また会えるのを楽しみにしている……」
思い出すたびに、胸が締め付けられるようだった。その言葉が意味するものを、理解したくなかった。尚紀がそんなことをするはずがない。彼が家に帰ってきて見せる疲れた笑顔、冗談を言い合うあの穏やかな時間。それらが全て嘘だったとは、どうしても思えなかった。
「きっと何かの間違いよ」
そう自分に言い聞かせたが、その言葉には力がなかった。疑念の影はどんどん濃くなっていった。
***
午後、クローゼットを整理していた奏は、もう一つの「証拠」に出会うことになる。
尚紀のジャケットのポケットに手を入れた時、紙が指先に触れた。取り出してみると、それはレストランの領収書だった。
「○○レストラン……?」
その名前に見覚えはなかった。尚紀が取引先との会食で使う場所は大体決まっている。その中には入っていない名前だ。それだけでも十分に奇妙だったが、領収書に記された金額が目を引いた。
「こんな高い……」
思わず息を呑む。これまでの彼の仕事で、ここまで高額な会食をしたことなど聞いたことがなかった。しかも、日付は昨日。あのメッセージの「昨夜」という言葉と、まるで繋がるようだった。
さらにクローゼットを探ると、奥に小さな箱を見つけた。見覚えのない白い箱には、金色のブランド名が印字されている。開けてみると、中には香水が入っていた。それは明らかに女性向けのもので、彼女が愛用している香りとは全く違っていた。
「これ……」
自分のためではないことは一目で分かった。胸の奥に広がる疑念が、ついに確信に変わった瞬間だった。
***
夜、尚紀が帰宅した時、奏はいつも通り笑顔で迎えた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
尚紀は疲れた様子を見せながらも、彼なりに微笑みを返してくれた。その姿はいつも通りの夫だった。だが、奏の心の中では、すでに何かが大きく変わっていた。
彼が笑うたびに、「藤崎優美」という名前が頭をよぎる。彼が一言発するたびに、机の上で振動したスマートフォンの画面が目に浮かぶ。
「これまでの夫婦関係は嘘だったの?」
心の中でその問いが何度も繰り返された。だが、表情にそれを出すことはなかった。彼の裏切りを突き止めるために、まずは冷静にならなければならない。そんな静かな怒りが、彼女の胸の奥で芽生え始めていた。
「じゃあ行ってくる。今日も遅くなるから、あまり待たなくていいよ」
「わかった。気をつけてね」
奏は微笑んで彼を送り出したが、どこか物足りない気持ちが胸の中に残った。玄関のドアが閉まる音を聞いて、キッチンに戻ろうとした時、リビングの机の上に何かを見つけた。
「これ……」
机の上には尚紀のスマートフォンが置かれていた。普段は肌身離さず持ち歩いているはずのものが、今朝に限ってその場に置き忘れられている。
「忘れるなんて珍しいな」
軽く微笑んで、奏はそれを手に取った。彼のスマートフォンを操作しようなどとは思っていなかった。ただ、彼にメッセージが来ているのなら確認して、職場に連絡するべきかもしれないと考えたのだ。
その時、スマートフォンが振動し、画面に新しい通知が表示された。
「藤崎優美:昨夜はありがとう。また会えるのを楽しみにしている」
その瞬間、奏の手が止まった。通知の短い文字列が、彼女の目に刺さるように飛び込んでくる。脳が意味を理解するよりも先に、胸の奥で奇妙な痛みが広がった。
「誰……?」
呟きながら画面をじっと見つめた。通知に映るその名前――「藤崎優美」。先日もちらりと見た名前だった。続くメッセージの内容はどう考えても仕事のやり取りではない。そこには、親密さと甘さが滲んでいた。
奏は思わずスマートフォンを握りしめた。画面に触れればメッセージの続きを確認できるはずだったが、彼女の指は一歩も動かなかった。
「こんなこと、するべきじゃない……」
そう自分に言い聞かせながら、彼女は震える手でスマートフォンを机に戻した。だが、一度目にしてしまった文字の列は、頭の中から消えることがなかった。
***
その日、奏は家事を進めながらも、頭の中は混乱し続けた。掃除機をかけていても、皿を洗っていても、「藤崎優美」という名前が心に居座り続けていた。
「昨夜はありがとう。また会えるのを楽しみにしている……」
思い出すたびに、胸が締め付けられるようだった。その言葉が意味するものを、理解したくなかった。尚紀がそんなことをするはずがない。彼が家に帰ってきて見せる疲れた笑顔、冗談を言い合うあの穏やかな時間。それらが全て嘘だったとは、どうしても思えなかった。
「きっと何かの間違いよ」
そう自分に言い聞かせたが、その言葉には力がなかった。疑念の影はどんどん濃くなっていった。
***
午後、クローゼットを整理していた奏は、もう一つの「証拠」に出会うことになる。
尚紀のジャケットのポケットに手を入れた時、紙が指先に触れた。取り出してみると、それはレストランの領収書だった。
「○○レストラン……?」
その名前に見覚えはなかった。尚紀が取引先との会食で使う場所は大体決まっている。その中には入っていない名前だ。それだけでも十分に奇妙だったが、領収書に記された金額が目を引いた。
「こんな高い……」
思わず息を呑む。これまでの彼の仕事で、ここまで高額な会食をしたことなど聞いたことがなかった。しかも、日付は昨日。あのメッセージの「昨夜」という言葉と、まるで繋がるようだった。
さらにクローゼットを探ると、奥に小さな箱を見つけた。見覚えのない白い箱には、金色のブランド名が印字されている。開けてみると、中には香水が入っていた。それは明らかに女性向けのもので、彼女が愛用している香りとは全く違っていた。
「これ……」
自分のためではないことは一目で分かった。胸の奥に広がる疑念が、ついに確信に変わった瞬間だった。
***
夜、尚紀が帰宅した時、奏はいつも通り笑顔で迎えた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
尚紀は疲れた様子を見せながらも、彼なりに微笑みを返してくれた。その姿はいつも通りの夫だった。だが、奏の心の中では、すでに何かが大きく変わっていた。
彼が笑うたびに、「藤崎優美」という名前が頭をよぎる。彼が一言発するたびに、机の上で振動したスマートフォンの画面が目に浮かぶ。
「これまでの夫婦関係は嘘だったの?」
心の中でその問いが何度も繰り返された。だが、表情にそれを出すことはなかった。彼の裏切りを突き止めるために、まずは冷静にならなければならない。そんな静かな怒りが、彼女の胸の奥で芽生え始めていた。
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