裏切りの代償

中岡 始

文字の大きさ
25 / 37

静かなる決意

しおりを挟む
奏はリビングの片隅に置かれたデスクに向かって座っていた。広げられた資料の山、ノートパソコンの光、そして手元には何度も書き直されたメモとノート。時計は夜の10時を過ぎているが、彼女の目は鋭く、疲れを感じさせない。

結衣から受け取った経費報告書をめくり、ペンで何度も資料に線を引く。優美がリーダーとして担当しているプロジェクトに関連する経費項目の中には、不自然な数字がいくつも目についた。今井から受け取った技術部門の進捗報告とも矛盾している部分が多い。

「やっぱり……」

奏は小さく息を吐いた。優美が個人的な出費をプロジェクト経費に含めていることは明らかだった。それが尚紀の承認を得ているとなれば、責任の所在は優美だけでは済まされない。

ノートパソコンを操作し、結衣から受け取ったデータを整理しながら、関連する資料を次々とファイルに保存していく。画面に映るグラフやテーブルを見つめながら、彼女は冷静に呟いた。

「ここが崩れれば、全てが繋がる」

***

資料を整理し終えた頃、奏はデスクに並べられたファイルを眺めた。それらは優美の失策と尚紀の肩入れ、そして業績悪化との因果関係を証明するものだった。奏はノートを開き、そこに簡単なフローチャートを描き始めた。

「優美の昇進が尚紀の推挙によるもの」
「プロジェクトの予算乱用と不正経費の流れ」
「取引先のクレーム増加と業績悪化」

ペンが紙を走るたびに、これまで漠然としていた問題が一つのストーリーとして浮かび上がっていく。奏は書き終えたページを見つめ、深く息を吐いた。

「これで取締役会での議題として十分な材料になる」

***

奏はノートパソコンを閉じ、手元に置かれた書類に視線を落とした。ファイルの上には結婚指輪が置かれている。

「尚紀……」

呟きながら、指輪を手に取り、指先で触れる。かつての幸せだった日々を思い出すが、その記憶は今や遠い過去のものだ。尚紀が選んだ道、そして優美との関係――それらが自分の人生を変えてしまったことを、改めて実感する。

「もう、愛情なんて残っていない」

奏は指輪を元の場所に戻すと、椅子に深く座り直した。そして自分に言い聞かせるように呟く。

「これは復讐じゃない。私が築いた会社を守るための正当な行動よ」

***

次に彼女が手に取ったのは、桐生志信の連絡先が書かれた名刺だった。長い間接触していなかったが、取締役としての彼が持つ影響力を活用することは、この計画の鍵となる。

「タイミングが重要ね」

奏は桐生と接触するタイミングを慎重に検討する必要があると感じていた。全ての証拠が揃い、彼が動くべき理由を十分に納得させることができる段階で接触するのが最善だと考えた。

***

夜が更ける中、奏はデスクに戻り、最後の確認を始めた。取締役会での発言内容を簡単にまとめるために、パソコンのキーボードを叩く。画面には箇条書きされた議題が表示されている。

「藤崎優美のプロジェクトに関する問題点」
「優美の昇進に関わる不透明な経緯」
「業績悪化の責任追及」
「尚紀の経営責任」

それらを一つずつチェックしながら、必要な資料をフォルダに整理していく。その作業を進める中で、奏の表情は次第に冷静さを増していった。

「感情で動く時期は過ぎた。冷静に動かなければ、勝てない」

奏は最後にファイルを閉じ、デスクの上を整理した。そして部屋の灯りを消し、立ち上がる。暗闇の中、彼女の背筋は真っ直ぐに伸びていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中ーー完結!!】 私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 二十年の裏切りの果て、その事実だけを抱え、離縁状を置いて家を出た。 そこで待っていたのは、凍てつく絶望――。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と縋られても、 死の淵を彷徨った私には、裏切ったあなたを許す力など残っていない。 「でも、子供たちの心だけは、 必ず取り戻す」 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔い、歪な愛でもいいと手を伸ばした彼女が辿り着いた先。 それは、「歪で、完全な幸福」か、それとも――。 これは、"石"に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...