オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

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恋の相手はたったひとりでいい~ヨレヨレ課長とエリート部下、恋人になったあとがいちばんむずかしい

暮らし始めた朝の風景

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窓のカーテン越しに、柔らかな朝の光が部屋を照らしていた。  
季節が少し進み、陽の入り方が変わってきた気がする。  
まだ少しひんやりとした空気の中で、湯気を立てるコーヒーの香りが、目覚めを穏やかにする。

キッチンには、昨夜の洗い物がきれいに片づけられたままの食器棚。  
冷蔵庫の中には、榊の好物が自然と常備されている。  
玄関脇の靴箱には、榊の革靴が並び、壁にはふたり分のコートがかけられていた。

陽翔は手早くシャツのボタンを留め、ネクタイを締める。  
鏡の前でひとつ息を吐き、姿を整えると、奥から足音が近づいてくる。  
榊がカバンを片手に現れた。髪は軽く撫でつけただけで、寝癖が少し残っている。

「お、支度できたんか」

「ええ。課長も、ネクタイ……それ、昨日のままじゃないですか」

「ばれたか。まあええやろ。すぐ外すし」

榊は笑って肩をすくめた。  
その緩さが、今では陽翔にとって当たり前の風景になっていた。  
以前なら気になって仕方がなかったはずの無頓着さも、今ではふっと笑えるようになった。

榊が鍵を手に取り、靴を履きながら小さく呟く。

「……ほな、行こか」

陽翔はその背に続いて、同じように革靴を履き、玄関を出る。  
ドアが閉まる音が、静かに日常のリズムを刻む。

ふたり、並んで歩き出す。  
朝の光を受けて、アスファルトの上にふたつの影が並ぶ。

特別なことは何もない朝。  
けれどその肩の高さが揃うたび、陽翔は胸の奥に小さな確信を覚える。  
この日常は、もう一人だけのものではない。  
ふたりで過ごす朝が、確かに“自分たちの暮らし”になっている。

途中、交差点で信号を待つあいだ、榊が何気なくこちらを見る。  
目が合い、どちらからともなく笑みが浮かぶ。  
誰に見せるでもない、ふたりだけの静かなやりとり。

駅までの道には通勤途中の人々が歩いていた。  
スーツ姿の群れのなかで、ふたりの存在はとりたてて目立つことはない。  
それでも、ふたりの間には確かに温度があった。

たったそれだけのことが、今の陽翔には十分だった。  
肩を並べて歩くということが、こんなにも大切で、こんなにも安心できるものだということを、あらためて実感する。

街路樹の葉が風に揺れていた。  
季節は、確実に変わっていく。  
けれど、この朝の風景だけは、少しの間変わらずにいてほしいと思った。

通勤路に並んで伸びるふたつの影が、ゆっくりと角を曲がっていく。  
その背中には、すでにひとつの“暮らしのかたち”が宿っていた。
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