1 / 35
ブラック企業の経理マン、異世界へ
「…またか」
ディスプレイの光に照らされたデスクの上で、葛城隆司は静かにため息をついた。
時刻は深夜二時を回っている。ほとんどの社員は帰宅し、オフィスには電気がついているフロアもわずかだった。かすかに響くのは、隣の部署のプリンター音と、彼が叩くキーボードの音だけ。
目の前の画面には、数字がずらりと並んだエクセルのシートが開かれている。何度も見直したが、やはり合わない。
「決算前のこのタイミングで、ズレが出るか…」
右手でマウスを動かしながら、左手でペンを握り、メモに書き込む。売上計上のタイミングの違いか、それともどこかで仕入れの計上が抜けているのか。
ふと、別の可能性が頭をよぎる。
「…水増し請求か?」
数字の動きを見れば、金の流れは手に取るように分かる。経理の仕事を十年以上やってきた経験が、何よりの裏付けだった。微妙にズレた支出項目、変動する仕入れの単価、唐突な広告費の増加。どれも単独では些細なものだが、積み重なれば無視できない。
「経理なんて誰も評価しない仕事だよな」
ぽつりと呟き、肩を回す。経理は社内で最も地味な部署でありながら、会社の根幹を支える重要な役割だ。金の流れを制すれば、人も組織も支配できる。だが、それを理解している人間は少ない。
今、経理を軽視した結果が、これだ。
「まあ、いいさ。数字は嘘をつかない」
このまま調査を進めれば、誰がどう動いたのかも分かるはずだ。来週の決算監査に向けて、不正を洗い出すつもりでいた。
しかし、次の瞬間、異変が起こった。
目の前の画面が急に暗くなった。
「ん?」
画面だけではない。周囲の明かりが急激に遠のき、視界がぼやけていく。手元のペンが落ちたのが分かったが、それを拾う余裕もない。
「…なんだ、これ…」
身体の力が抜け、椅子から崩れ落ちる。その瞬間、意識が途切れた。
◇◇◇
「……」
ぼんやりと目を開けると、薄暗い景色が広がっていた。
硬い地面の感触。生臭い空気。どこかで聞こえる、喧騒と怒声。
「…ん?」
寝起きの頭で周囲を確認する。見慣れたデスクも、会社の天井もない。代わりに、石造りの建物が並び、道端にはボロ布をまとった人々が座り込んでいる。
「え、ここ…どこだ?」
立ち上がろうとしたが、全身が重い。いつものスーツは消え、くたびれた布のシャツとズボンを着ていた。袖をまくると、見慣れない傷跡が腕に残っている。
「…おいおい、どうなってるんだよ」
ポケットを探る。財布もスマホも、会社のIDカードすらない。
「転生…か?」
荒れ果てた街並みを眺めながら、あり得ない現実を受け入れようとする。
確かに、最近は異世界転生ものの小説やアニメが流行っている。だが、実際にこんなことが起こるわけがない。
「いやいや、こういう時は…」
両手を前に出し、意識を集中する。
「ステータスウィンドウ、オープン!」
……何も出てこない。
「…スキル確認!」
沈黙。
「…チート能力、発動!」
当然、何も起こらない。
目の前には、汚れた石畳と、飢えた表情の人々。
「俺、異世界でもただの経理なんだけど…」
困惑しながらも、何よりも先に考えるべきことは決まっていた。
金がないと、生きていけない。
ディスプレイの光に照らされたデスクの上で、葛城隆司は静かにため息をついた。
時刻は深夜二時を回っている。ほとんどの社員は帰宅し、オフィスには電気がついているフロアもわずかだった。かすかに響くのは、隣の部署のプリンター音と、彼が叩くキーボードの音だけ。
目の前の画面には、数字がずらりと並んだエクセルのシートが開かれている。何度も見直したが、やはり合わない。
「決算前のこのタイミングで、ズレが出るか…」
右手でマウスを動かしながら、左手でペンを握り、メモに書き込む。売上計上のタイミングの違いか、それともどこかで仕入れの計上が抜けているのか。
ふと、別の可能性が頭をよぎる。
「…水増し請求か?」
数字の動きを見れば、金の流れは手に取るように分かる。経理の仕事を十年以上やってきた経験が、何よりの裏付けだった。微妙にズレた支出項目、変動する仕入れの単価、唐突な広告費の増加。どれも単独では些細なものだが、積み重なれば無視できない。
「経理なんて誰も評価しない仕事だよな」
ぽつりと呟き、肩を回す。経理は社内で最も地味な部署でありながら、会社の根幹を支える重要な役割だ。金の流れを制すれば、人も組織も支配できる。だが、それを理解している人間は少ない。
今、経理を軽視した結果が、これだ。
「まあ、いいさ。数字は嘘をつかない」
このまま調査を進めれば、誰がどう動いたのかも分かるはずだ。来週の決算監査に向けて、不正を洗い出すつもりでいた。
しかし、次の瞬間、異変が起こった。
目の前の画面が急に暗くなった。
「ん?」
画面だけではない。周囲の明かりが急激に遠のき、視界がぼやけていく。手元のペンが落ちたのが分かったが、それを拾う余裕もない。
「…なんだ、これ…」
身体の力が抜け、椅子から崩れ落ちる。その瞬間、意識が途切れた。
◇◇◇
「……」
ぼんやりと目を開けると、薄暗い景色が広がっていた。
硬い地面の感触。生臭い空気。どこかで聞こえる、喧騒と怒声。
「…ん?」
寝起きの頭で周囲を確認する。見慣れたデスクも、会社の天井もない。代わりに、石造りの建物が並び、道端にはボロ布をまとった人々が座り込んでいる。
「え、ここ…どこだ?」
立ち上がろうとしたが、全身が重い。いつものスーツは消え、くたびれた布のシャツとズボンを着ていた。袖をまくると、見慣れない傷跡が腕に残っている。
「…おいおい、どうなってるんだよ」
ポケットを探る。財布もスマホも、会社のIDカードすらない。
「転生…か?」
荒れ果てた街並みを眺めながら、あり得ない現実を受け入れようとする。
確かに、最近は異世界転生ものの小説やアニメが流行っている。だが、実際にこんなことが起こるわけがない。
「いやいや、こういう時は…」
両手を前に出し、意識を集中する。
「ステータスウィンドウ、オープン!」
……何も出てこない。
「…スキル確認!」
沈黙。
「…チート能力、発動!」
当然、何も起こらない。
目の前には、汚れた石畳と、飢えた表情の人々。
「俺、異世界でもただの経理なんだけど…」
困惑しながらも、何よりも先に考えるべきことは決まっていた。
金がないと、生きていけない。
あなたにおすすめの小説
アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~
eggy
ファンタジー
もと魔狩人《まかりびと》ライナルトは大雪の中、乳飲み子を抱いて村に入った。
村では魔獣や獣に被害を受けることが多く、村人たちが生活と育児に協力する代わりとして、害獣狩りを依頼される。
ライナルトは村人たちの威力の低い攻撃魔法と協力して大剣を振るうことで、害獣狩りに挑む。
しかし年々増加、凶暴化してくる害獣に、低威力の魔法では対処しきれなくなってくる。
まだ赤ん坊の娘イェッタは何処からか降りてくる『知識』に従い、魔法の威力増加、複数合わせた使用法を工夫して、父親を援助しようと考えた。
幼い娘と父親が力を合わせて害獣や強敵に挑む、冒険ファンタジー。
「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。
元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々
於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。
今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが……
(タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)
異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。
そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。
【カクヨムにも投稿してます】
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
追放されたおっさんが「天才付与術師」になる将来を誰も知らない~自分を拾ってくれた美女パーティーを裏方から支えて何気に大活躍~
きょろ
ファンタジー
才能も彼女もなく、気が付けばチェリーのまま30歳を超えたおっさんの「ジョニー」は今日、長年勤めていたパーティーを首になってしまった。
理由は「使えない」という、ありきたりで一方的なもの。
どうしたものか…とジョニーが悩んでいると、偶然「事務」を募集していた若い娘パーティーと出会い、そして拾われることに。
更にジョニーは使えないと言われた己のスキル「マジック」が“覚醒”──。
パワーアップしたジョニーの裏方の力によって、美少女パーティーは最高峰へと昇り詰めて行く!?