冴えない経理オッサン、異世界で帳簿を握れば最強だった~俺はただの経理なんだけどな~

中岡 始

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喋る猫・モルディとの出会い

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どこかで鐘の音が鳴った。  

遠くから聞こえるざわめきと、土埃の混じった空気。異様な臭いが鼻をつき、葛城は顔をしかめた。  

「まいったな…」  

異世界転生を自覚したものの、次にどうすればいいのか分からない。チート能力もスキルもない以上、下手に動けば路上生活まっしぐらだ。それ以前に、腹が減っている。転生前に食べたのは昼のコンビニ弁当。もう十二時間以上は何も口にしていない。  

「このままだと、本当に詰むな」  

とりあえず周囲を見回し、何か手がかりを探そうとした。行き交う人々は、みな疲れた顔をしている。粗末な服を着た労働者らしき男、ぼろぼろの布を被った子ども、酒瓶を抱えて寝転がる老人。活気のある市場や華やかな街並みを期待していたが、現実はそう甘くなかった。  

これが、異世界のリアルなのか…  

ふと、視界の端で何かが動いた。  

足元に黒い影がすべり込んでくる。  

「オッサン、大丈夫か?」  

低く落ち着いた声だった。  

「……え?」  

聞き間違いかと思い、視線を下げる。そこには、黒い毛並みの猫がいた。  

「お前、なかなかひどい顔してるな」  

「……猫が喋った!?」  

反射的に一歩後ずさる。しかし、黒猫はまるで人間のように肩をすくめ…いや、そんな仕草をするわけがないのに、確かにそう見えた。  

「お前の方が異常だろ。普通、異世界に飛ばされて冷静でいられるか?」  

「いや、待て待て…」  

葛城は頭を抱えた。  

「俺はただの経理なんだが、異世界転生したと思ったら、次は喋る猫か?」  

「まあ、そういうことになるな」  

「おかしいだろ…」  

そう言いながらも、驚きはすぐに収まった。転生そのものを受け入れた時点で、多少の常識外れには慣れてしまったのかもしれない。  

黒猫はしっぽを揺らしながら、石畳の上に座り込んだ。  

「名前はモルディ。お前のことは…そうだな、しばらくは様子見ってところか」  

「様子見?」  

「オッサン、今の状況が分かってるか? ここはガルディア王国の王都だ。ただし、貧民街の端っこだけどな」  

「ガルディア王国…」  

聞いたこともない国名だった。  

「で、なんだ? 俺のことを知ってるのか?」  

「さあな。ただ、いきなりスラム街に放り出されるとは、運がいいのか悪いのか…」  

「最悪だよ」  

葛城は肩を落とした。  

「で、異世界について教えてくれるのか?」  

「そう焦るな。基本的なことだけでいいならな」  

モルディは軽くあくびをしながら、話を続けた。  

「この国は封建制で、貴族が政治を牛耳ってる。庶民は搾取されるばかりで、商人も自由に商売できるわけじゃない。税金は重いし、まともな法整備もされちゃいない」  

「なるほど、典型的な中世か…」  

「まあな。ただ、一応貨幣経済は発展してる。金貨、銀貨、銅貨が流通してるが、税率が不安定でな。貴族の気分次第で商売人の儲けが吹き飛ぶこともある」  

葛城は腕を組んだ。  

「経済のシステムはあるが、管理が適当ってことか」  

「そんなところだな」  

「…どういうことだ?」  

モルディは目を細め、にやりと笑ったように見えた。  

「まあ、すぐにわかるさ」  

その言葉には、何かを隠しているような含みがあった。しかし、今は深く考える余裕がない。  

「まずは金を稼がないと」  

葛城はそう呟き、立ち上がった。何よりも先に、生活の基盤を作らなければならない。  
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