冴えない経理オッサン、異世界で帳簿を握れば最強だった~俺はただの経理なんだけどな~

中岡 始

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宿代もない → 商店の帳簿整理で金を稼ぐ

「…まいったな」  

葛城は溜息をついて、石畳の道に腰を下ろした。  

異世界転生したはいいが、所持金はゼロ。頼れる知人もいない。  

まず何よりも、寝る場所を確保しないといけない。だが、通りを歩いて見つけた安宿の看板には「一泊三銅貨」と書かれていた。  

「三銅貨って、現代換算で三百円くらいか…」  

安い。しかし、財布に一円も入っていなければ、三百円だろうが三万円だろうが払えないことに変わりはない。  

「金がないと、生きていけない…」  

当たり前のことだが、改めて実感する。  

モルディが隣で尻尾を揺らしながら言った。  

「オッサン、どうするよ? 野宿か?」  

「…できれば避けたいな」  

治安の悪そうなこのスラム街で、無防備に寝るのは危険すぎる。盗賊に襲われるか、下手をすれば命を奪われる可能性もある。  

「なら、稼ぐしかねえな」  

モルディが当然のように言う。葛城は考えた。  

手持ちの資産がゼロなら、自分にできる仕事を探すしかない。だが、いきなり力仕事や物売りを始めるのは現実的ではない。  

「…仕方ないな」  

そう呟き、葛城は安宿の扉を押した。  

店内は薄暗く、カウンターの向こうに太った男が座っていた。年の頃は四十前後、白いシャツは汗で汚れ、机の上には酒瓶が転がっている。  

「おい、部屋を借りたいんだが」  

「あんた、金はあるのか?」  

「…ない」  

店主の顔が一瞬で険しくなる。  

「じゃあ帰んな」  

「待て。俺、経理が得意なんだが、代わりに働かせてもらえないか」  

「経理? なんだそりゃ?」  

葛城は眉をひそめた。  

「商売してるんだろ? 収支計算くらいはするだろう」  

「そりゃ、売上と仕入れをなんとなく覚えてるくらいだがな」  

店主は腕を組み、面倒くさそうに言った。  

「まあ、商売ってのはな、仕入れて、売って、儲かったらそれでいいんだよ」  

「お前、今月の売上がいくらか分かるか?」  

「…だいたい、これくらいか?」  

店主は指で大雑把な数字を示した。  

「仕入れは?」  

「まあ、いつもと同じくらいだ」  

「利益は?」  

「まあ、なんとなく儲かってる…気がするな」  

「…なるほどな」  

葛城は頭を抱えた。この世界には経理の概念がほぼ存在していないようだ。  

「おい、何がそんなにおかしいんだ」  

「いや、おかしいというか…お前、本当にそれで商売やってるのか?」  

「やってるさ。親父の代からこの店は続いてるんだからな」  

「その親父は帳簿をつけてたのか?」  

「いや、そんな面倒なことするかよ」  

葛城は確信した。  

「ここの連中は、数字をまったく理解していない」  

経理ができれば、簡単に出し抜ける。  

「なあ、ちょっとでいいから、お前の帳簿…いや、売上の記録を見せてくれ」  

「…いいけど、そんなもん役に立つのか?」  

カウンターの奥から、ボロボロの紙束が出てきた。それが宿の売上記録らしい。  

葛城はさっと目を通した。  

「なるほどな」  

たった数分で、問題点が次々と見えてきた。  

「まず、お前、客に食わせてる飯の原価を把握してないだろう」  

「そりゃ、だいたいの目分量でやってるが…」  

「仕入れコストも適当だな。売上のズレもひどい。計算してみたが、お前、ここ半年、実は赤字だぞ」  

「はあ!?」  

店主の顔が引きつる。  

「いやいや、そんなわけ…」  

「実際に計算してみろ。これが一日の売上、これが仕入れ、これが雑費。で、これが利益のはずなんだが…」  

葛城が書いた数字を見て、店主の顔色が変わった。  

「…なんで、こんなに減ってるんだ?」  

「だから言っただろ。無駄な仕入れと、無駄な在庫管理が原因だ」  

葛城は紙をめくりながら続ける。  

「たとえば、昨日仕入れた野菜、もう半分以上が廃棄されてるよな?」  

「まあ、悪くなるからな…」  

「じゃあ、最初からもっと少なく仕入れればいいだろ」  

「でも、客が来るかもしれないし…」  

「確率で考えろ。過去のデータを見れば、どのくらいの頻度で客が来るか分かる」  

葛城は簡単な計算をし、適正な仕入れ量を算出した。  

「明日からこれで仕入れろ。無駄が減るし、利益も増える」  

「…本当に?」  

「試してみろ」  

翌日、葛城の計算通りに仕入れを抑えた結果、宿の食費のコストが三割減少した。  

「お、おい…本当に儲けが増えてるぞ!?」  

宿主が驚きの声を上げた。  

「ほらな」  

葛城は腕を組んで頷いた。  

モルディが隣でくつろぎながら言った。  

「な、言ったろ?」  

「…まあな」  

葛城は遠くの空を見上げた。  

「俺、異世界では最強かもな?」  

モルディが尻尾を振る。  

「お前、ただの経理なんだけどな」  
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