冴えない経理オッサン、異世界で帳簿を握れば最強だった~俺はただの経理なんだけどな~

中岡 始

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貴族令嬢・セシリアが相談に来る

スラム街の外れにある小さな安宿。その一角で、最近妙な噂が広まっていた。  

「あの安宿が、冴えないオッサンの助言で儲かるようになったらしい」  
「どうやら数字を操る術を知っているらしいぞ」  
「なんでも、店の無駄をなくして、利益を増やす方法を教えたとか」  

最初は些細な話だった。だが、宿の主人が実際に儲けを増やし、周囲の商人に「アイツに相談してみろ」と吹聴し始めると、状況は変わった。  

「実際、あのオッサンに相談したら、仕入れのコツを教えてもらえた」  
「売値を少し調整するだけで、思った以上に儲かったぞ」  

いつの間にか、葛城のいる安宿には、商売をする者たちがぽつぽつと訪れるようになっていた。  

そしてある日、スラム街には似つかわしくない、立派な馬車が宿の前で止まった。  

  

◇◇◇  

  

宿の扉が開くと、そこには青いドレスをまとった金髪の女性が立っていた。  

場違いな光景に、宿の主人も、周囲にいた商人たちも驚き、ざわついた。  

「貴族だぞ…なんでこんな場所に?」  
「何かの間違いじゃないのか?」  

女性は迷うことなく、宿の奥へと歩いてきた。葛城が帳簿を確認しているテーブルの前で足を止めると、静かに口を開いた。  

「あなたが、経理に詳しいという方ですか?」  

葛城は顔を上げる。美しく整った顔立ちだが、その表情にはどこか焦りが滲んでいた。  

「そうだが…あんた、貴族だよな? こんな場所に何の用だ?」  

「お願いがあります。どうか、私の家を助けてください」  

宿の中が、さらにざわついた。  

「貴族が、オッサンに助けを求めてる?」  
「冗談だろ?」  

だが、彼女の目は真剣だった。  

  

◇◇◇  

  

セシリア・グランディール。王都でも名の知れた貴族の家系の娘だった。  

しかし今、その家は没落の危機に瀕しているという。  

「父は『貴族は金のことなど気にしなくていい』と言っています。でも、実際には借金が増えるばかりで…」  

セシリアは悔しそうに唇を噛んだ。  

「使用人も減り、屋敷の管理すらままならなくなってきています。それでも父は浪費をやめようとしません。このままでは…」  

「破産する、ってわけか」  

葛城は腕を組みながら言った。  

「貴族でも破産するんだな」  

「ええ…貴族だからといって、金が湧いて出てくるわけではありません。むしろ、維持するために莫大な金がかかるのに、父はそれを理解していません」  

貴族の財産は無限ではない。家を維持するには、領地の収益や貿易などで資金を回す必要がある。しかし、その管理がずさんであれば、いずれは資金が底を突く。  

「なるほどな」  

葛城は納得したが、だからといってすぐに手を貸すわけにはいかない。  

「悪いが、俺はただの経理屋だ。貴族の家計まで面倒を見る義理はない」  

「そんな…」  

「それに、俺にできることがあるのかも分からない。まずは、帳簿を見せてくれ」  

セシリアは迷うことなく、持参した帳簿を取り出した。厚めの革表紙の立派なもので、いかにも貴族らしい。だが、中を開いた瞬間、葛城は絶句した。  

「…これはひどいな」  

帳簿と呼ぶにはあまりに乱雑な数字の羅列。  

売上や支出の記録が統一されておらず、金の流れがまるで分からない。収支の合計も適当で、支出の半分以上が「贅沢品購入費」となっている。  

「お前の家、今のペースだと半年で完全破産するぞ」  

「…え?」  

セシリアの顔が青ざめた。  

「そんなはず…父は大丈夫だと言っていました」  

「数字は嘘をつかない。貴族だろうが商人だろうが、帳簿がこれなら終わる」  

葛城は淡々と言い放った。  

「…どうすれば…」  

セシリアの声が震えた。  

葛城は帳簿を見つめながら、ふと考えた。  

この世界には、まともな財務管理をできる人間がいないのか?  

「なるほどな…」  

経理ができるだけで、貴族ですら救えるのか。  

そして、貴族の財務を握れば、影から権力を動かすことすらできる。  

「金の流れを制すれば、人も組織も動かせる」  

葛城は、確信した。  
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