冴えない経理オッサン、異世界で帳簿を握れば最強だった~俺はただの経理なんだけどな~

中岡 始

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貴族たちの動向/マクシミリアンの策略

ヴィクトールの敗北は、王都の商業に大きな変化をもたらした。  

長年にわたって築かれてきた商業ギルドの構造が崩れ、葛城商会を中心とする新たな流通網が形成されつつあった。  

「葛城商会と契約すれば、取引がスムーズになる」  
「財務管理を依頼すれば、無駄が減り、利益が増える」  

そんな噂が広がり、多くの商人たちが葛城商会へと流れ込んでいた。  

しかし、影響を受けていたのは商人だけではなかった。  

「最近、葛城商会を利用する貴族が増えているらしい」  
「帳簿を整理するだけで、財政が安定するのなら、我々も依頼すべきでは?」  
「だが、このままでは貴族社会の財務も彼に支配されるのではないか?」  

貴族たちの間でも、葛城の存在が議論の的となっていた。  

財務の透明化は、一部の貴族にとっては有益なことだったが、裏金を動かしたり、贅沢な生活を続けたりしている者にとっては脅威でしかない。  

「財務を管理されれば、我々の資産状況が筒抜けになってしまう」  
「この男に権限を与えすぎるのは危険だ」  

そんな不安の声が高まる一方で、「財務管理を依頼しないほうが時代遅れだ」という意見も増えていた。  

貴族社会の勢力図が、静かに変わり始めていた。  

  

◇◇◇  

  

「王国の財務顧問にならないか?」  

その提案があったのは、王城の一室だった。  

葛城の前に座るのは、王国の宰相マクシミリアン。政治の実権を握る男だった。  

「貴族社会にまで影響を与えるほどの財務管理能力、見事なものだ」  

マクシミリアンは優雅に微笑みながら、ワイングラスを傾けた。  

「君の力を、王国のために使ってみる気はないか?」  

表向きは、王国の財務を立て直すための誘いだった。  

だが、葛城にはその意図がすぐにわかった。  

(管理できないなら取り込む…か)  

葛城商会を潰すことができない以上、国の制度に組み込んでしまえば制御できる。  

あるいは、国の中枢に引き込んでしまえば、財務の流れを完全に掌握される危険もある。  

「突然の申し出ですね」  

葛城は慎重に言葉を選んだ。  

「それだけ君の力を評価しているということだよ」  

マクシミリアンの笑顔は変わらない。  

しかし、その目の奥には冷たい計算が透けて見えた。  

「君が王国の財務顧問になれば、さらに多くの貴族たちが財務管理を依頼するだろう。そして、王国の財政状況もより安定する」  

「なるほど。それは素晴らしい話ですね」  

「そうだろう?」  

葛城は微笑みを返した。  

「ですが、私のような一商人が、王国の財務を担うなど、責任が重すぎるのでは?」  

マクシミリアンの表情が一瞬だけ変わる。  

「君ほどの者が、それを気にするとは意外だな」  

「慎重なだけです」  

葛城はゆっくりと言った。  

「とはいえ、この話にまったく興味がないわけではありません」  

「…ほう?」  

「少し、考える時間をいただけますか?」  

マクシミリアンはワインを飲み干し、グラスをテーブルに置いた。  

「もちろんだ。ただし、あまり時間をかけすぎないほうがいい」  

葛城はその言葉の意味を理解していた。  

(つまり、俺の答え次第では、別の手を打つということか)  

  

◇◇◇  

  

王城を出た帰り道、モルディが葛城の肩に飛び乗った。  

「オッサン、これ完全に罠だろ?」  

「だろうな」  

「どうする?」  

葛城は王都の景色を見下ろしながら、静かに答えた。  

「乗らない手はない」  

モルディが尻尾を揺らした。  

「ほう?」  

「向こうが俺の動きを読んでいるなら、逆に利用するまでだ」  

葛城は薄く笑った。  

「この国の経済を動かすのに、財務管理だけでは限界がある。次に考えるべきは…通貨の流れだ」  

モルディが目を丸くした。  

「オッサン、それもう王国の金融を支配する気だろ?」  

「俺はただの経理なんだけどな」  

葛城は軽く肩をすくめ、夜の王都を見つめた。  

経済戦争は、まだ終わらない。  
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