視える棺―この世とあの世の狭間で起こる12の奇譚

中岡 始

文字の大きさ
3 / 12

黒い影は二度来る

しおりを挟む
1
幼い頃、夜中に「それ」を見たことがある。

真っ暗な部屋の隅——そこに、黒い影が立っていた。

天井まで届くほどの高さ。人のような形をしているが、顔も手足もない。
ただ、見られている という感覚だけが、鮮明に伝わってきた。

怖くて布団をかぶり、息を殺した。

目を閉じ、震えながら「いなくなれ」と願い続けた。

やがて朝になり、恐る恐る布団をめくる。

もう何もいない。

影の正体はわからないままだったが、子どもだった僕は、それが「二度目に来たとき」に何かが起こる という確信だけは、不思議と持っていた。

そして、時が経ち——

僕は、その記憶を「ただの子どものころの幻想」だと思うようになった。

——少なくとも、あの夜までは。

2
社会人になり、ひとり暮らしを始めて半年が過ぎた頃。

深夜、ふと目が覚めた。

部屋の電気は消えている。窓の外からぼんやりとした街灯の光が漏れている。

静寂の中、違和感があった。

何かがおかしい。

眠い目をこすりながら、薄暗い部屋を見回した——そして、息が止まった。

部屋の隅。

そこに、黒い影が立っていた。

幼い頃に見た「それ」と、同じ。

いや、それどころか、まったく同じ場所に、同じように立っている。

足は震え、冷たい汗が背中を伝う。

心臓が早鐘のように鳴る中、脳裏に昔の記憶がよみがえる。

「影は二度来る」

子どもの頃、なぜかそう確信していた。

なら、二度目の今回は——

何かが起こる。

影は、微動だにしない。

じっと、ただこちらを見つめている。

でも、目なんてないはずなのに。

いや——

よく見ると、影の中に「何か」が揺らめいている。

黒い闇の奥で、何かが蠢いているのがわかる。

それは、じわじわとこちらに近づいてきていた。

3
——動け。

そう叫ぶ自分の意識とは裏腹に、体は金縛りにあったように硬直していた。

影は、ゆっくりと、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

音もなく、滑るような動きで。

そして——

耳元で、かすかな囁き声が聞こえた。

「……おぼえてる?」

瞬間、全身に鳥肌が立った。

声は、まるで僕の記憶の奥底から直接響いてくるようだった。

「おぼえてるよね……?」

今度ははっきりと聞こえた。

確かに、自分に向かって話しかけている。

影の奥で揺れる「何か」が、少しずつ形を成していく。

ぼんやりとした輪郭が浮かび上がる。

それは——

幼い頃の「僕」だった。

同じ顔。

同じ表情。

昔の自分が、黒い影の中からこちらを覗き込んでいる。

そして、その唇が、ゆっくりと動いた。

「ねえ、迎えに来たよ。」

4
——違う。

そんなはずはない。

僕は「僕」だ。

あんなものに引きずり込まれてたまるか。

叫びそうになった瞬間、影の「僕」は、こちらに手を伸ばした。

途端に、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

あの影は、本当に「僕」なのか?

もしかして——

僕のほうが、「影の中の存在」だったんじゃないのか?

過去の「僕」が、本物で——

今、ここにいる僕こそが、間違った場所にいるんじゃないのか?

わからない。

何が真実なのか。

影が、もうすぐそこまで迫る。

僕は、必死に目を閉じた。

「いなくなれ、いなくなれ、いなくなれ——」

幼い頃と同じように、強く念じる。

そして、気が遠くなって——

——目を開けると、朝だった。

影は消えていた。

静かな部屋。

まるで何事もなかったかのように、朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。

ただ、ひとつだけ違うことがあった。

壁に、黒い手形がくっきりと残っていた。

そして、その下には——

黒い文字で、こう書かれていた。

「また来るよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

合宿先での恐怖体験

紫苑
ホラー
本当にあった怖い話です…

怪談実話 その1

紫苑
ホラー
本当にあった話のショートショートです…

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...