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黒い影は二度来る
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1
幼い頃、夜中に「それ」を見たことがある。
真っ暗な部屋の隅——そこに、黒い影が立っていた。
天井まで届くほどの高さ。人のような形をしているが、顔も手足もない。
ただ、見られている という感覚だけが、鮮明に伝わってきた。
怖くて布団をかぶり、息を殺した。
目を閉じ、震えながら「いなくなれ」と願い続けた。
やがて朝になり、恐る恐る布団をめくる。
もう何もいない。
影の正体はわからないままだったが、子どもだった僕は、それが「二度目に来たとき」に何かが起こる という確信だけは、不思議と持っていた。
そして、時が経ち——
僕は、その記憶を「ただの子どものころの幻想」だと思うようになった。
——少なくとも、あの夜までは。
2
社会人になり、ひとり暮らしを始めて半年が過ぎた頃。
深夜、ふと目が覚めた。
部屋の電気は消えている。窓の外からぼんやりとした街灯の光が漏れている。
静寂の中、違和感があった。
何かがおかしい。
眠い目をこすりながら、薄暗い部屋を見回した——そして、息が止まった。
部屋の隅。
そこに、黒い影が立っていた。
幼い頃に見た「それ」と、同じ。
いや、それどころか、まったく同じ場所に、同じように立っている。
足は震え、冷たい汗が背中を伝う。
心臓が早鐘のように鳴る中、脳裏に昔の記憶がよみがえる。
「影は二度来る」
子どもの頃、なぜかそう確信していた。
なら、二度目の今回は——
何かが起こる。
影は、微動だにしない。
じっと、ただこちらを見つめている。
でも、目なんてないはずなのに。
いや——
よく見ると、影の中に「何か」が揺らめいている。
黒い闇の奥で、何かが蠢いているのがわかる。
それは、じわじわとこちらに近づいてきていた。
3
——動け。
そう叫ぶ自分の意識とは裏腹に、体は金縛りにあったように硬直していた。
影は、ゆっくりと、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
音もなく、滑るような動きで。
そして——
耳元で、かすかな囁き声が聞こえた。
「……おぼえてる?」
瞬間、全身に鳥肌が立った。
声は、まるで僕の記憶の奥底から直接響いてくるようだった。
「おぼえてるよね……?」
今度ははっきりと聞こえた。
確かに、自分に向かって話しかけている。
影の奥で揺れる「何か」が、少しずつ形を成していく。
ぼんやりとした輪郭が浮かび上がる。
それは——
幼い頃の「僕」だった。
同じ顔。
同じ表情。
昔の自分が、黒い影の中からこちらを覗き込んでいる。
そして、その唇が、ゆっくりと動いた。
「ねえ、迎えに来たよ。」
4
——違う。
そんなはずはない。
僕は「僕」だ。
あんなものに引きずり込まれてたまるか。
叫びそうになった瞬間、影の「僕」は、こちらに手を伸ばした。
途端に、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
あの影は、本当に「僕」なのか?
もしかして——
僕のほうが、「影の中の存在」だったんじゃないのか?
過去の「僕」が、本物で——
今、ここにいる僕こそが、間違った場所にいるんじゃないのか?
わからない。
何が真実なのか。
影が、もうすぐそこまで迫る。
僕は、必死に目を閉じた。
「いなくなれ、いなくなれ、いなくなれ——」
幼い頃と同じように、強く念じる。
そして、気が遠くなって——
——目を開けると、朝だった。
影は消えていた。
静かな部屋。
まるで何事もなかったかのように、朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
ただ、ひとつだけ違うことがあった。
壁に、黒い手形がくっきりと残っていた。
そして、その下には——
黒い文字で、こう書かれていた。
「また来るよ」
幼い頃、夜中に「それ」を見たことがある。
真っ暗な部屋の隅——そこに、黒い影が立っていた。
天井まで届くほどの高さ。人のような形をしているが、顔も手足もない。
ただ、見られている という感覚だけが、鮮明に伝わってきた。
怖くて布団をかぶり、息を殺した。
目を閉じ、震えながら「いなくなれ」と願い続けた。
やがて朝になり、恐る恐る布団をめくる。
もう何もいない。
影の正体はわからないままだったが、子どもだった僕は、それが「二度目に来たとき」に何かが起こる という確信だけは、不思議と持っていた。
そして、時が経ち——
僕は、その記憶を「ただの子どものころの幻想」だと思うようになった。
——少なくとも、あの夜までは。
2
社会人になり、ひとり暮らしを始めて半年が過ぎた頃。
深夜、ふと目が覚めた。
部屋の電気は消えている。窓の外からぼんやりとした街灯の光が漏れている。
静寂の中、違和感があった。
何かがおかしい。
眠い目をこすりながら、薄暗い部屋を見回した——そして、息が止まった。
部屋の隅。
そこに、黒い影が立っていた。
幼い頃に見た「それ」と、同じ。
いや、それどころか、まったく同じ場所に、同じように立っている。
足は震え、冷たい汗が背中を伝う。
心臓が早鐘のように鳴る中、脳裏に昔の記憶がよみがえる。
「影は二度来る」
子どもの頃、なぜかそう確信していた。
なら、二度目の今回は——
何かが起こる。
影は、微動だにしない。
じっと、ただこちらを見つめている。
でも、目なんてないはずなのに。
いや——
よく見ると、影の中に「何か」が揺らめいている。
黒い闇の奥で、何かが蠢いているのがわかる。
それは、じわじわとこちらに近づいてきていた。
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——動け。
そう叫ぶ自分の意識とは裏腹に、体は金縛りにあったように硬直していた。
影は、ゆっくりと、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
音もなく、滑るような動きで。
そして——
耳元で、かすかな囁き声が聞こえた。
「……おぼえてる?」
瞬間、全身に鳥肌が立った。
声は、まるで僕の記憶の奥底から直接響いてくるようだった。
「おぼえてるよね……?」
今度ははっきりと聞こえた。
確かに、自分に向かって話しかけている。
影の奥で揺れる「何か」が、少しずつ形を成していく。
ぼんやりとした輪郭が浮かび上がる。
それは——
幼い頃の「僕」だった。
同じ顔。
同じ表情。
昔の自分が、黒い影の中からこちらを覗き込んでいる。
そして、その唇が、ゆっくりと動いた。
「ねえ、迎えに来たよ。」
4
——違う。
そんなはずはない。
僕は「僕」だ。
あんなものに引きずり込まれてたまるか。
叫びそうになった瞬間、影の「僕」は、こちらに手を伸ばした。
途端に、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
あの影は、本当に「僕」なのか?
もしかして——
僕のほうが、「影の中の存在」だったんじゃないのか?
過去の「僕」が、本物で——
今、ここにいる僕こそが、間違った場所にいるんじゃないのか?
わからない。
何が真実なのか。
影が、もうすぐそこまで迫る。
僕は、必死に目を閉じた。
「いなくなれ、いなくなれ、いなくなれ——」
幼い頃と同じように、強く念じる。
そして、気が遠くなって——
——目を開けると、朝だった。
影は消えていた。
静かな部屋。
まるで何事もなかったかのように、朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
ただ、ひとつだけ違うことがあった。
壁に、黒い手形がくっきりと残っていた。
そして、その下には——
黒い文字で、こう書かれていた。
「また来るよ」
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