地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始

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手が届かない背中

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プレゼン会場に流れる空気は、予想以上に張り詰めていた。

大手ヘルスケア企業の幹部数名が、テーブル越しにこちらを見ている。  
視線に緊張を感じながらも、梅田は胸を張った。  
今日のために、資料を詰め、話の流れを練り、何度もシミュレーションを重ねてきた。

いや、正直に言えば、ここまで整った下準備ができたのは自分の力だけじゃない。  
天王寺が、あの無表情のまま、完璧な数字と事例を積み上げてくれたからだった。

マイクの前に立ち、スライドを映す。

「本日はお時間いただきありがとうございます。  
弊社が提案する地域密着型健康支援プロジェクトの概要について、ご説明させていただきます」

声を張り、はっきりと話す。  
要点を押さえながら、時に笑いも交えて流れを作る。

スクリーンに映る資料は、図も表も、余計な飾りがない。  
だが、だからこそ要点がクリアに伝わる。  
それは、天王寺の設計によるものだった。

梅田は、自分でも驚くほどスムーズに話を進めていった。  
会場にいる重役たちが、何度か頷くのが見える。

(よし、悪くない)

一通りの説明を終え、質疑応答に入る。

幹部の一人が手を挙げた。

「非常にわかりやすい資料でした。  
このデータ分析も含めて、誰が作られたんですか?」

梅田は、わずかに笑った。

「チームで作りました。  
僕一人ではとてもここまでまとめきれなかったので」

謙遜ではなく、本音だった。

そう答えながら、隣に目をやる。

天王寺は、淡々と座ったままだった。  
ノートにメモを取る手を止め、顔を上げるでもない。

そして、ごく小さな声で呟いた。

「ありがとうございます」

それだけだった。

顔を上げず、誰に向かうでもなく、  
ただ自分の胸の奥で完結するように、静かに。

梅田は、その姿を見て、胸の奥に微かな痛みを覚えた。

(……ちゃんと、俺だけはあいつのこと、見てるつもりやったのに)

このプロジェクトが始まってから、ずっと思っていた。  
天王寺は無口で、無表情で、誰にも興味を持たれないかもしれない。  
けど、自分だけは、彼の努力や誠実さをちゃんと見ているつもりだった。

それなのに。  
彼はまるで、それすら期待していないみたいに、淡々と自分の役目をこなす。

「ありがとうございます」と呟いたその声に、  
誰かに認めてもらえた喜びもなければ、達成感もなかった。

ただ、義務のように、礼を述べるだけ。

それが、無性に寂しかった。

会場を出た後、上司たちからは「いいプレゼンだった」と褒められた。  
肩を叩かれ、笑顔で声をかけられる。

梅田も笑って応えながら、その輪の中に天王寺がいないことに気づく。

ふと振り返ると、彼は少し離れた廊下の隅に立っていた。  
誰にも呼び止められず、誰にも囲まれず、  
ただ静かに、スマホで次の予定を確認している。

光の少ない場所で、シャツの袖を指先で押さえるようにして。  
背中が、ひどく小さく見えた。

手を伸ばせば届きそうな距離。  
なのに、どうしてか、その背中は、  
とても遠いもののように思えた。

梅田はポケットの中で拳を握った。

あの背中に触れるには、きっと普通のやり方ではだめだ。  
もっと、深く、もっと丁寧に、近づいていかなければならない。

だが、今はまだ、その術を持っていない自分に、  
どうしようもなく、歯がゆさを覚えた。

ゆっくりと息を吐き、もう一度歩き出す。

天王寺の背中は、相変わらず、こちらを振り向く気配を見せなかった。
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