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1.中山翔太(なかやま・しょうた)
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しおりを挟む一度日が落ちてしまえば、何時になろうがどぎついネオンで時刻などわからない。それが週末の新宿となればなおさらだ。
狭い路地へと続く繁華街の一角、数えきれないほどの飲食店が建ち並ぶ。人々は煙る店の軒先を練り歩きながら、夜の賑わいを楽しんでいた。
そんな中を颯爽と歩いていく青年がいた。上物のスーツを着こなし、靴もカバンも海外ブランドで揃えている。装いは気障で嫌みだが、細身の長身には似合っていた。
気分がいいのか一杯引っかけた後なのか、鼻歌交じりに小道を曲がっていく。
「中山さん。中山翔太さんですよね」
「ううん?」
若い女の声がして、辺りを見回す。
フルネームで呼ばれる知りあいなど、この辺にはいない。会社の身分証をぶらさげている訳でもないのに。酒で半分ぼやけた頭を振って考えた。
「ここです、私が呼んだの」
二十歳くらいの女が、白い服を着て佇んでいる。ギリシャ神話に登場する、布をまとったような衣装。露出度は高いのに、盛り場には似合わぬ清らかな匂いをまとっていた。
「あんた、誰?」
近づいてみると、案外かわいい顔だ。
ハーフにも思える茶色がかった髪と大きな瞳。露出する胸元もワンピースから伸びる足も白さが妙になまめかしい。肩までの髪はみずみずしくうねって手招きし、肝心のスリーサイズも悪くはなかった。
急に翔太は取りつくろい、ネクタイを整えると丁寧な口調で訊いた。
「君、名前は?どこに住んでるの?彼氏はいるの?」
心の中で惜しい、とつぶやく。
今日でさえなかったら、先約さえなければここで間違いなく口説きにかかるところだ。なかなか気は強そうな女だが、さほど障害ではない。
「私はモネ。あなたをレスキューしに来ました」
「れすきゅー?」
神話の世界の姿をした小娘がレスキュー。
普通は災害に巻き込まれた市民を、助け出す作業のことだと思うが。
「ここは確かに煙で目もちかちかするけど、あんた何で俺を助けるって?」
新手の客引きか、と酔った頭でまた思う。
「いや別に俺、困ってないし助けてもらうような事もないよ。それよりモネちゃん、君の本名と、連絡先のライン交換してくれないかな?」
モネはむっとして答えた。
「本名って、これが本名です。ラインって一体何ですか?あなたの命はあと三時間で終わるんです。だから助けに来たんです」
「はあ?」
「このままだと最悪の結果になります。早く私と一緒に来て下さい」
さすがに冗談で返せなくなってきた。
たちの悪い占い師でも、いきなりそんな宣告はしない。
「何かの予言?あんた何なんだ。俺の何を知ってそんな適当なことふっかけるんだよ」
「中山翔太、三十二歳独身。一流企業サイン・コーポレーション第一営業部主任。昨年父を亡くし母は消息不明、今は弟が唯一の肉親。その弟と久々にこれから会う」
つらつらと読み上げるように述べるモネに、翔太の目の色が変わる。
「お前どこからそんな。興信所か探偵の回し者か?」
「いえ、私は……天使みたいなもの」
「天使い?」
百歩譲ったとして姿はともかく、ここまでの振る舞いが天使の行動とは思えない。人を引き留めていきなり死の宣告。自分で天使と名乗るその図太さ。
呆れて見返すが、モネはいたって真顔だ。
「弟の英太さんと会ってはいけないんです」
「何でだよ!」
「とにかく時間がないの。私の言うとおりにして」
モネが腕を取った瞬間、背後から誰かの声がした。
「もしかして、兄貴?」
安っぽいアロハシャツに、白のハーフパンツ。金髪に浅黒く焼けた丸顔の男が立っていた。背の高い翔太とは違って肥満気味だが、顔立ちはどこか似ていた。
モネの顔色が変わる。
「……英太か?」
「兄貴、兄貴かよ?まじ久しぶり」
二人は歩み寄り、感慨深げに抱擁した。
「モネ、モネばーか!トロ子、グズ。間に合わねーじゃんか!」
どこから現れたのか、派手な毛色の鳥がモネの周囲を飛び回って罵倒する。モネは悔しそうに唇を咬んだ。
英太が案内したのは、衛生的とは言えない古びた居酒屋だった。
無国籍をテーマにした内装と、絶え間なく立ち上る煙にすすけた壁。煙草臭い店内では、酒も料理も味わう余裕なんてないだろう。客もほとんどおらず、壁にかかったカーテンも手入れなく変色している。
英太は会ってから六本目の煙草に火をつけると、酒をグラスに注いだ。
「いやでも何十年ぶりさ?俺が高校受ける頃に一回会ったよな?」
嬉しそうに兄を見る。
「それでも十年以上前だ。随分変わったなお前」
「勘弁してよ、まだ中坊の頃だぜ?大人にもなりゃ見かけも変わるさ」
大きなテーブルの片側に英太と翔太、さらに隣にモネが座る。
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