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1.中山翔太(なかやま・しょうた)
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翔太は少し酔いが醒めたらしい。
英太が席を立った隙に、モネに向き直り懇願する。
「頼むから今日のところは帰ってくれよ。兄弟だけの大事な話なんだよ」
「だめです。あなたに明日はありません」
一向に受け入れない。
肩に留まらせている鳥は、ずっと店内を見回してぶつぶつ何かつぶやいている。頭の綿毛が色とりどりに染まり、ハリネズミのように逆立っている。
どこか南方から輸入してきた、新種の鳥のようだが。
「それにその鳥、オウムにしちゃ随分変わってるけど……飲食店でペット同伴は保健所の指導で禁止されてるんだ。常識だろう?」
と、オウムと呼ばれた鳥が文句を言いだした。
「飲食店って柄かよ?こんなばっちいとこで喰うのもやばいわ!絶対俺の方が清潔だってえ」
だが翔太には、鳥の鳴き声にしか聞こえない。
「カノン、頼むから黙ってて」モネは制して話を続ける。
「心配ないわ。私たちはあなたにしか見えないし声も聞こえない。弟さんも気づいてないでしょ?」
煙草を手に英太が戻ってきた。翔太の目線も気にせずどかり、と座る。
「ごめんごめん。ちょっと仕事先から電話でさ」
勢いよく広がった煙をくらって、翔太は咳き込んだ。ヴィトンのハンカチで口を覆う。特徴ある柄を見て、バイトの留学生が目を輝かせた。
「あ、悪いな。兄貴は煙草吸わないの?だったらけむいよな」
翔太は周りを見回す。
店員たちの目線をさっきから感じる。品定めされているみたいな……。
「気にすんなよ。みんな気さくないい奴らばっかだぜ」
「そうかしら?気をつけた方がいいかも。あなた、かなりの金持ちだと思われてるわよ。着てる服、靴、ネクタイ……ここに来るような客じゃないもの」
モネはにっこりと英太に手を振る。
だがやはり気づかれない。モネは翔太にしか見えないのだ。
「あんた本当に何者なんだ?幽霊?」
「言ったじゃない。天使だって」
壁に向かって話している兄を、弟がたしなめる。
「兄貴、さっきから、何ひとりでぶつぶつ言ってんだ?」
「悪い。ちょっと仕事で疲れてるんだ。気にしないでくれ」
モネと鳥を見ないように翔太は背を向ける。
窒息しそうなほど空気の悪い居酒屋で、久々の再会。
弟は風貌が変わっているし、隣には幽霊のような女と珍種の鳥。あげくの果てにあと三時間で死ぬと宣告される。
これは何かの罰ゲームか?
弟と別れたのはもう二十年近く前だ。
両親の離婚で父と母に別々に引き取られ、その後会ったのは翔太が高校の時に一回、今回が二回目。全く違う環境で育ったと言っていい。
父は死ぬまで母の悪口を言い続けた。一緒に行った弟のことも。
だが翔太にはたった一人の母で弟なのだ。離ればなれになった時からずっと気にしてきた。
今も記憶の中で、弟は機関車のおもちゃを抱えた子供のまま止まっている。目の前の金髪の男と、その姿がどうしても結びつけられない。
「兄弟なのに、知らない時間の方が長すぎる。さみしいことね」
先読みしたようにモネが言った。
「お前、何がわかる?俺のことなんて何も知らないだろう」
「わかるわ。あなたがどうやって最期を迎えるかも」
天使と名乗った女の陰に、死神を感じてぞっとする。白い服の下には、首を刈る大鎌が隠されている。想像するだけで気が遠くなった。
「でもそれを止めに来たのよ。間に合ううちに私の話を聞いて」
「モネ、あと二時間。急げったら」
「え、もうそんなに?やばいー!」
モネは時計を見て声をあげる。
本当は弟と会う前に止めようと思っていたのに、時間設定が甘かった。
「時間感覚なさすぎ。ちょートロ子!」
「否定はしないわ。日頃から気にしたことないもの」
「はっ、サイテーだね。ビジネスマンには必須だろ」
「あんたに言われたくない」
翔太は目を白黒させて見ている。鳥が騒ぐばかりでモネの言葉しかわからないが、言い合いのようだ。
モネの予言が正しいなら、余命はあと二時間だが。そんな言葉を信じるのもおかしい。
翔太は頭を振ってみる。
「兄貴?兄貴ったら。何よそ見してんだよ」
英太に怪しがられてしまった。
そもそも今日は弟に大事な話をしにきたのだった。呼吸を整えて弟に向き直る。
「なあ。ところでお前、今何の仕事してるんだ?」
「個人輸入業だよ。なかなか売り上げもいいんだぜ」
カノンが英太に近づいて、ふんふんと鼻を利かせる。
「やばい匂いがするー。脱法ハーブに怪しいキノコ、いろいろやらかしてるぜこいつ」
「こっち戻りなさい。いちいち言わなくていいから」
「ちぇ」
カノンはモネの脇に戻った。
「な、これはゆっくり考えてもらっていいんだが……お前、俺の会社で働かないか?とは言っても、最初は下請けの子会社で見習いからになるが」
「何?」
再会を喜んでいた英太の声が、初めて尖った。
「親父の一周忌も済んで、親戚も俺たちのことをガタガタ言わなくなった。母さんとお前がどれだけ苦労してきたか、連中は認めようとはしないが放っておけばいい。お前なりに今の生活をしてることも、邪魔するつもりはないんだ」
「……どういう意味だよ」
「俺自身、今の生活がいつまで続けられるかわからない。だがお前だって決して頭は悪くない。別の仕事をしてみるのも、いい経験になるんじゃないか」
ガチャーン!!
グラスをテーブルに叩きつけると、酒が周りじゅうに飛び散った。
英太が席を立った隙に、モネに向き直り懇願する。
「頼むから今日のところは帰ってくれよ。兄弟だけの大事な話なんだよ」
「だめです。あなたに明日はありません」
一向に受け入れない。
肩に留まらせている鳥は、ずっと店内を見回してぶつぶつ何かつぶやいている。頭の綿毛が色とりどりに染まり、ハリネズミのように逆立っている。
どこか南方から輸入してきた、新種の鳥のようだが。
「それにその鳥、オウムにしちゃ随分変わってるけど……飲食店でペット同伴は保健所の指導で禁止されてるんだ。常識だろう?」
と、オウムと呼ばれた鳥が文句を言いだした。
「飲食店って柄かよ?こんなばっちいとこで喰うのもやばいわ!絶対俺の方が清潔だってえ」
だが翔太には、鳥の鳴き声にしか聞こえない。
「カノン、頼むから黙ってて」モネは制して話を続ける。
「心配ないわ。私たちはあなたにしか見えないし声も聞こえない。弟さんも気づいてないでしょ?」
煙草を手に英太が戻ってきた。翔太の目線も気にせずどかり、と座る。
「ごめんごめん。ちょっと仕事先から電話でさ」
勢いよく広がった煙をくらって、翔太は咳き込んだ。ヴィトンのハンカチで口を覆う。特徴ある柄を見て、バイトの留学生が目を輝かせた。
「あ、悪いな。兄貴は煙草吸わないの?だったらけむいよな」
翔太は周りを見回す。
店員たちの目線をさっきから感じる。品定めされているみたいな……。
「気にすんなよ。みんな気さくないい奴らばっかだぜ」
「そうかしら?気をつけた方がいいかも。あなた、かなりの金持ちだと思われてるわよ。着てる服、靴、ネクタイ……ここに来るような客じゃないもの」
モネはにっこりと英太に手を振る。
だがやはり気づかれない。モネは翔太にしか見えないのだ。
「あんた本当に何者なんだ?幽霊?」
「言ったじゃない。天使だって」
壁に向かって話している兄を、弟がたしなめる。
「兄貴、さっきから、何ひとりでぶつぶつ言ってんだ?」
「悪い。ちょっと仕事で疲れてるんだ。気にしないでくれ」
モネと鳥を見ないように翔太は背を向ける。
窒息しそうなほど空気の悪い居酒屋で、久々の再会。
弟は風貌が変わっているし、隣には幽霊のような女と珍種の鳥。あげくの果てにあと三時間で死ぬと宣告される。
これは何かの罰ゲームか?
弟と別れたのはもう二十年近く前だ。
両親の離婚で父と母に別々に引き取られ、その後会ったのは翔太が高校の時に一回、今回が二回目。全く違う環境で育ったと言っていい。
父は死ぬまで母の悪口を言い続けた。一緒に行った弟のことも。
だが翔太にはたった一人の母で弟なのだ。離ればなれになった時からずっと気にしてきた。
今も記憶の中で、弟は機関車のおもちゃを抱えた子供のまま止まっている。目の前の金髪の男と、その姿がどうしても結びつけられない。
「兄弟なのに、知らない時間の方が長すぎる。さみしいことね」
先読みしたようにモネが言った。
「お前、何がわかる?俺のことなんて何も知らないだろう」
「わかるわ。あなたがどうやって最期を迎えるかも」
天使と名乗った女の陰に、死神を感じてぞっとする。白い服の下には、首を刈る大鎌が隠されている。想像するだけで気が遠くなった。
「でもそれを止めに来たのよ。間に合ううちに私の話を聞いて」
「モネ、あと二時間。急げったら」
「え、もうそんなに?やばいー!」
モネは時計を見て声をあげる。
本当は弟と会う前に止めようと思っていたのに、時間設定が甘かった。
「時間感覚なさすぎ。ちょートロ子!」
「否定はしないわ。日頃から気にしたことないもの」
「はっ、サイテーだね。ビジネスマンには必須だろ」
「あんたに言われたくない」
翔太は目を白黒させて見ている。鳥が騒ぐばかりでモネの言葉しかわからないが、言い合いのようだ。
モネの予言が正しいなら、余命はあと二時間だが。そんな言葉を信じるのもおかしい。
翔太は頭を振ってみる。
「兄貴?兄貴ったら。何よそ見してんだよ」
英太に怪しがられてしまった。
そもそも今日は弟に大事な話をしにきたのだった。呼吸を整えて弟に向き直る。
「なあ。ところでお前、今何の仕事してるんだ?」
「個人輸入業だよ。なかなか売り上げもいいんだぜ」
カノンが英太に近づいて、ふんふんと鼻を利かせる。
「やばい匂いがするー。脱法ハーブに怪しいキノコ、いろいろやらかしてるぜこいつ」
「こっち戻りなさい。いちいち言わなくていいから」
「ちぇ」
カノンはモネの脇に戻った。
「な、これはゆっくり考えてもらっていいんだが……お前、俺の会社で働かないか?とは言っても、最初は下請けの子会社で見習いからになるが」
「何?」
再会を喜んでいた英太の声が、初めて尖った。
「親父の一周忌も済んで、親戚も俺たちのことをガタガタ言わなくなった。母さんとお前がどれだけ苦労してきたか、連中は認めようとはしないが放っておけばいい。お前なりに今の生活をしてることも、邪魔するつもりはないんだ」
「……どういう意味だよ」
「俺自身、今の生活がいつまで続けられるかわからない。だがお前だって決して頭は悪くない。別の仕事をしてみるのも、いい経験になるんじゃないか」
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グラスをテーブルに叩きつけると、酒が周りじゅうに飛び散った。
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