3 / 37
1.中山翔太(なかやま・しょうた)
1-2
しおりを挟む
翔太は少し酔いが醒めたらしい。
英太が席を立った隙に、モネに向き直り懇願する。
「頼むから今日のところは帰ってくれよ。兄弟だけの大事な話なんだよ」
「だめです。あなたに明日はありません」
一向に受け入れない。
肩に留まらせている鳥は、ずっと店内を見回してぶつぶつ何かつぶやいている。頭の綿毛が色とりどりに染まり、ハリネズミのように逆立っている。
どこか南方から輸入してきた、新種の鳥のようだが。
「それにその鳥、オウムにしちゃ随分変わってるけど……飲食店でペット同伴は保健所の指導で禁止されてるんだ。常識だろう?」
と、オウムと呼ばれた鳥が文句を言いだした。
「飲食店って柄かよ?こんなばっちいとこで喰うのもやばいわ!絶対俺の方が清潔だってえ」
だが翔太には、鳥の鳴き声にしか聞こえない。
「カノン、頼むから黙ってて」モネは制して話を続ける。
「心配ないわ。私たちはあなたにしか見えないし声も聞こえない。弟さんも気づいてないでしょ?」
煙草を手に英太が戻ってきた。翔太の目線も気にせずどかり、と座る。
「ごめんごめん。ちょっと仕事先から電話でさ」
勢いよく広がった煙をくらって、翔太は咳き込んだ。ヴィトンのハンカチで口を覆う。特徴ある柄を見て、バイトの留学生が目を輝かせた。
「あ、悪いな。兄貴は煙草吸わないの?だったらけむいよな」
翔太は周りを見回す。
店員たちの目線をさっきから感じる。品定めされているみたいな……。
「気にすんなよ。みんな気さくないい奴らばっかだぜ」
「そうかしら?気をつけた方がいいかも。あなた、かなりの金持ちだと思われてるわよ。着てる服、靴、ネクタイ……ここに来るような客じゃないもの」
モネはにっこりと英太に手を振る。
だがやはり気づかれない。モネは翔太にしか見えないのだ。
「あんた本当に何者なんだ?幽霊?」
「言ったじゃない。天使だって」
壁に向かって話している兄を、弟がたしなめる。
「兄貴、さっきから、何ひとりでぶつぶつ言ってんだ?」
「悪い。ちょっと仕事で疲れてるんだ。気にしないでくれ」
モネと鳥を見ないように翔太は背を向ける。
窒息しそうなほど空気の悪い居酒屋で、久々の再会。
弟は風貌が変わっているし、隣には幽霊のような女と珍種の鳥。あげくの果てにあと三時間で死ぬと宣告される。
これは何かの罰ゲームか?
弟と別れたのはもう二十年近く前だ。
両親の離婚で父と母に別々に引き取られ、その後会ったのは翔太が高校の時に一回、今回が二回目。全く違う環境で育ったと言っていい。
父は死ぬまで母の悪口を言い続けた。一緒に行った弟のことも。
だが翔太にはたった一人の母で弟なのだ。離ればなれになった時からずっと気にしてきた。
今も記憶の中で、弟は機関車のおもちゃを抱えた子供のまま止まっている。目の前の金髪の男と、その姿がどうしても結びつけられない。
「兄弟なのに、知らない時間の方が長すぎる。さみしいことね」
先読みしたようにモネが言った。
「お前、何がわかる?俺のことなんて何も知らないだろう」
「わかるわ。あなたがどうやって最期を迎えるかも」
天使と名乗った女の陰に、死神を感じてぞっとする。白い服の下には、首を刈る大鎌が隠されている。想像するだけで気が遠くなった。
「でもそれを止めに来たのよ。間に合ううちに私の話を聞いて」
「モネ、あと二時間。急げったら」
「え、もうそんなに?やばいー!」
モネは時計を見て声をあげる。
本当は弟と会う前に止めようと思っていたのに、時間設定が甘かった。
「時間感覚なさすぎ。ちょートロ子!」
「否定はしないわ。日頃から気にしたことないもの」
「はっ、サイテーだね。ビジネスマンには必須だろ」
「あんたに言われたくない」
翔太は目を白黒させて見ている。鳥が騒ぐばかりでモネの言葉しかわからないが、言い合いのようだ。
モネの予言が正しいなら、余命はあと二時間だが。そんな言葉を信じるのもおかしい。
翔太は頭を振ってみる。
「兄貴?兄貴ったら。何よそ見してんだよ」
英太に怪しがられてしまった。
そもそも今日は弟に大事な話をしにきたのだった。呼吸を整えて弟に向き直る。
「なあ。ところでお前、今何の仕事してるんだ?」
「個人輸入業だよ。なかなか売り上げもいいんだぜ」
カノンが英太に近づいて、ふんふんと鼻を利かせる。
「やばい匂いがするー。脱法ハーブに怪しいキノコ、いろいろやらかしてるぜこいつ」
「こっち戻りなさい。いちいち言わなくていいから」
「ちぇ」
カノンはモネの脇に戻った。
「な、これはゆっくり考えてもらっていいんだが……お前、俺の会社で働かないか?とは言っても、最初は下請けの子会社で見習いからになるが」
「何?」
再会を喜んでいた英太の声が、初めて尖った。
「親父の一周忌も済んで、親戚も俺たちのことをガタガタ言わなくなった。母さんとお前がどれだけ苦労してきたか、連中は認めようとはしないが放っておけばいい。お前なりに今の生活をしてることも、邪魔するつもりはないんだ」
「……どういう意味だよ」
「俺自身、今の生活がいつまで続けられるかわからない。だがお前だって決して頭は悪くない。別の仕事をしてみるのも、いい経験になるんじゃないか」
ガチャーン!!
グラスをテーブルに叩きつけると、酒が周りじゅうに飛び散った。
英太が席を立った隙に、モネに向き直り懇願する。
「頼むから今日のところは帰ってくれよ。兄弟だけの大事な話なんだよ」
「だめです。あなたに明日はありません」
一向に受け入れない。
肩に留まらせている鳥は、ずっと店内を見回してぶつぶつ何かつぶやいている。頭の綿毛が色とりどりに染まり、ハリネズミのように逆立っている。
どこか南方から輸入してきた、新種の鳥のようだが。
「それにその鳥、オウムにしちゃ随分変わってるけど……飲食店でペット同伴は保健所の指導で禁止されてるんだ。常識だろう?」
と、オウムと呼ばれた鳥が文句を言いだした。
「飲食店って柄かよ?こんなばっちいとこで喰うのもやばいわ!絶対俺の方が清潔だってえ」
だが翔太には、鳥の鳴き声にしか聞こえない。
「カノン、頼むから黙ってて」モネは制して話を続ける。
「心配ないわ。私たちはあなたにしか見えないし声も聞こえない。弟さんも気づいてないでしょ?」
煙草を手に英太が戻ってきた。翔太の目線も気にせずどかり、と座る。
「ごめんごめん。ちょっと仕事先から電話でさ」
勢いよく広がった煙をくらって、翔太は咳き込んだ。ヴィトンのハンカチで口を覆う。特徴ある柄を見て、バイトの留学生が目を輝かせた。
「あ、悪いな。兄貴は煙草吸わないの?だったらけむいよな」
翔太は周りを見回す。
店員たちの目線をさっきから感じる。品定めされているみたいな……。
「気にすんなよ。みんな気さくないい奴らばっかだぜ」
「そうかしら?気をつけた方がいいかも。あなた、かなりの金持ちだと思われてるわよ。着てる服、靴、ネクタイ……ここに来るような客じゃないもの」
モネはにっこりと英太に手を振る。
だがやはり気づかれない。モネは翔太にしか見えないのだ。
「あんた本当に何者なんだ?幽霊?」
「言ったじゃない。天使だって」
壁に向かって話している兄を、弟がたしなめる。
「兄貴、さっきから、何ひとりでぶつぶつ言ってんだ?」
「悪い。ちょっと仕事で疲れてるんだ。気にしないでくれ」
モネと鳥を見ないように翔太は背を向ける。
窒息しそうなほど空気の悪い居酒屋で、久々の再会。
弟は風貌が変わっているし、隣には幽霊のような女と珍種の鳥。あげくの果てにあと三時間で死ぬと宣告される。
これは何かの罰ゲームか?
弟と別れたのはもう二十年近く前だ。
両親の離婚で父と母に別々に引き取られ、その後会ったのは翔太が高校の時に一回、今回が二回目。全く違う環境で育ったと言っていい。
父は死ぬまで母の悪口を言い続けた。一緒に行った弟のことも。
だが翔太にはたった一人の母で弟なのだ。離ればなれになった時からずっと気にしてきた。
今も記憶の中で、弟は機関車のおもちゃを抱えた子供のまま止まっている。目の前の金髪の男と、その姿がどうしても結びつけられない。
「兄弟なのに、知らない時間の方が長すぎる。さみしいことね」
先読みしたようにモネが言った。
「お前、何がわかる?俺のことなんて何も知らないだろう」
「わかるわ。あなたがどうやって最期を迎えるかも」
天使と名乗った女の陰に、死神を感じてぞっとする。白い服の下には、首を刈る大鎌が隠されている。想像するだけで気が遠くなった。
「でもそれを止めに来たのよ。間に合ううちに私の話を聞いて」
「モネ、あと二時間。急げったら」
「え、もうそんなに?やばいー!」
モネは時計を見て声をあげる。
本当は弟と会う前に止めようと思っていたのに、時間設定が甘かった。
「時間感覚なさすぎ。ちょートロ子!」
「否定はしないわ。日頃から気にしたことないもの」
「はっ、サイテーだね。ビジネスマンには必須だろ」
「あんたに言われたくない」
翔太は目を白黒させて見ている。鳥が騒ぐばかりでモネの言葉しかわからないが、言い合いのようだ。
モネの予言が正しいなら、余命はあと二時間だが。そんな言葉を信じるのもおかしい。
翔太は頭を振ってみる。
「兄貴?兄貴ったら。何よそ見してんだよ」
英太に怪しがられてしまった。
そもそも今日は弟に大事な話をしにきたのだった。呼吸を整えて弟に向き直る。
「なあ。ところでお前、今何の仕事してるんだ?」
「個人輸入業だよ。なかなか売り上げもいいんだぜ」
カノンが英太に近づいて、ふんふんと鼻を利かせる。
「やばい匂いがするー。脱法ハーブに怪しいキノコ、いろいろやらかしてるぜこいつ」
「こっち戻りなさい。いちいち言わなくていいから」
「ちぇ」
カノンはモネの脇に戻った。
「な、これはゆっくり考えてもらっていいんだが……お前、俺の会社で働かないか?とは言っても、最初は下請けの子会社で見習いからになるが」
「何?」
再会を喜んでいた英太の声が、初めて尖った。
「親父の一周忌も済んで、親戚も俺たちのことをガタガタ言わなくなった。母さんとお前がどれだけ苦労してきたか、連中は認めようとはしないが放っておけばいい。お前なりに今の生活をしてることも、邪魔するつもりはないんだ」
「……どういう意味だよ」
「俺自身、今の生活がいつまで続けられるかわからない。だがお前だって決して頭は悪くない。別の仕事をしてみるのも、いい経験になるんじゃないか」
ガチャーン!!
グラスをテーブルに叩きつけると、酒が周りじゅうに飛び散った。
0
あなたにおすすめの小説
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる