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1.中山翔太(なかやま・しょうた)
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英太は隠していた牙を剥くかのように、兄の胸ぐらをつかみあげ凄んだ。
「おい、ばかにすんなよ。俺を哀れんでんのか?いい加減にしろよ!」
翔太は吊られたまま、じっと弟を見つめた。
一触即発の瞬間。
「乱闘乱闘。血がたぎるな。期待しちゃうぜー」
「カノン!」モネがすかさずたしなめる。
「モネ、もうやろうぜ。どうせ全部まっさらになるんだし、らち開かねーからさあ」
「待ってよ。お願い、私にやらせて」
食器の割れる音がして、多数のかけらが飛ぶ。
もっともモネには当たらず、身体を突き抜け床へ落ちていったが。
英太は持ち上げた兄を見上げ、唸るような声で言った。
「今さら兄弟ごっこしようなんて何のお情けだよ。お袋も自分だけで子供抱えて生きていけるなんて、甘っちょろい考えで離婚なんてしやがって。俺はとんでもない苦労を背負い込んだんだよ。兄貴はいいよ、親父と親戚の家がいくらでもまかなってくれたからな。女一人で何ができる?男と住むようになったお袋の所を逃げ出して、必死で今の生活を手に入れたんだ。大変だったんだよ、死にそうなくらい。簡単に否定してくれるなよ」
「英太……」
「馬鹿でチンピラな俺にだって、プライドはあるんだよ」
語尾が寂しげに響いて、そっと手を離した。
「やっぱ住む世界がちがいすぎてしまったんだ。兄貴、もう……俺たち会わない方がいいな」
「そんなこと言うなよ」
翔太は床にしゃがんでちらばった料理を、店員と一緒に片づけだした。
でも英太は、そっぽを向いたまま座っているだけだ。
「……カタギのエリートリーマンは、こんな柄の悪い弟なんて縁を切れよ。出世にも関わる、いいことないぜ」
言葉とうらはらな、悲しげな声色で言った。
と、不意に入り口がざわついて、数人の男たちの罵声が飛んだ。
「おい英太。お前俺らのとこで何、勝手やらかしてくれたんだよ」
今度はプロレスラーばりの巨漢が三人現れた。
肩幅がモネの倍はあり、二の腕はふくれあがり人の体とは思えない隆起が刻まれている。全身が筋肉だけでできた化け物のようだ。三人の、だれを相手にしても生きて帰れはしない。
「モネ!やばい、タイムアウト」
「ええ?だってまだ時間」
「三時間ちょうどでぽっくり逝く訳ねーだろ?その前に事件は起こるの!」
「あ、そうか。また甘かった」
弟は男たちに連れ出され、路地へと投げだされた。
すぐに翔太が後を追い店を出る。
「英太!」
「兄貴、大丈夫だから。絶対手を出さないでくれ。これは俺らの世界での事だから」
英太は両肩を拘束され、殴られ放題になる。
顔があっという間に血まみれになり腫れ上がった。
翔太は身を投げだし地面にひれ伏す。
「もうやめてくれ、頼む。英太に……俺の弟に、これ以上手を出さないでくれ」
巨漢の一人が舌なめずりをして答えた。
「弟だあ?お前こいつの兄貴なのかよ。面白い。お前も一緒に干してやるわ」
「やめろ、兄貴。頼むから、もう……帰って」
英太が止めようと叫ぶが、舌は血反吐にまみれ言葉は届かない。
下げた頭を後ろから蹴られ、翔太は顔から地面にのめくった。
「痛っ……」
口の中から鼻へ鉄の匂いがして、怒りの火が燃え上がった。
優雅な身のこなしとは違う、野生の衝動が首をもたげ翔太を突き動かす。
「こ、の野郎ー、俺の弟に手を出すなって言ってんだろーーー!」
「兄、キレタ。兄も乱闘。サイコー」
さすがのモネも慌てて立ち上がる。
「だめだわ、もう発動して止めないと本当に……」
武道でもたしなんでいるのか、翔太の動きは意外にも機敏だった。
男を一人放りなげ、二人目を後ろ手にねじりあげ次々倒していく。
「兄貴、もう十分だ。そこらにして……」
英太の声に振り返り、翔太が視線を外したその時。三人目が勢いよくぶつかってきた。
瞬間、急に下腹部が重くなり、自由が利かなくなった。
声を出すこともできず、地面に倒れ込んだ。
「刺された!モネ、兄、刺された!」
ワイシャツの腹が鮮血に染まり、気づいた客が悲鳴を上げる。男はナイフを放り出して逃げ出した。他の二人も続いて走り去る。
「どうしよう、兄貴!……兄ちゃん!死なないで」
英太が抱き起こすと、うっすらと目を開く。
「すまん、手え出すなって……言われたけど見てらんなくて。このザマだ」
「兄貴、たのむから喋るなよ、今救急車呼ぶから。死ぬなよ!」
スマホを出す英太の手を、血まみれの手が塞ぐ。
「この出血じゃ……間に合わない。それより、俺の……言うこと、聞いてくれ」
「何?何て?にいちゃん……ねえ?わかんないよ、俺!」
「おまえ……俺がいないと何もできない、んだな」
歳を経ても弟は、いざとなると子供のように慌てて泣きじゃくる。別れた頃の面影は、こんな風にふいに姿を現すものなのか。
幼い姿、今の姿の二人が重なり胸の内で溶け合う。
おにいちゃーん。
小さい頃の甲高い英太の声が聞こえた。
翔太は痛みの中、顔をゆがませながらにっこりと微笑んだ。
「お前の努力はわかったから、もう……いい加減こっちの世界に帰ってこい。俺に……免じて」
「ばか!そんなこと今言うなよ。俺は単にぐれてただけ。何にもしてない。周りの奴らに流されてここまで来ただけで。兄ちゃんがこんなことになる理由なんて、何にもないのに、俺……お、れは……」
「……だって俺、お前に兄弟らしいこと……一度だってしてやれなかったしさ」
泣いている弟に見せるべく、努めて笑顔を作る。朦朧とした意識の中で手を振り、モネを探す。
「あ、私?」
翔太が呼んでいるのに気づいて、側に駆け寄った。
「おい、ばかにすんなよ。俺を哀れんでんのか?いい加減にしろよ!」
翔太は吊られたまま、じっと弟を見つめた。
一触即発の瞬間。
「乱闘乱闘。血がたぎるな。期待しちゃうぜー」
「カノン!」モネがすかさずたしなめる。
「モネ、もうやろうぜ。どうせ全部まっさらになるんだし、らち開かねーからさあ」
「待ってよ。お願い、私にやらせて」
食器の割れる音がして、多数のかけらが飛ぶ。
もっともモネには当たらず、身体を突き抜け床へ落ちていったが。
英太は持ち上げた兄を見上げ、唸るような声で言った。
「今さら兄弟ごっこしようなんて何のお情けだよ。お袋も自分だけで子供抱えて生きていけるなんて、甘っちょろい考えで離婚なんてしやがって。俺はとんでもない苦労を背負い込んだんだよ。兄貴はいいよ、親父と親戚の家がいくらでもまかなってくれたからな。女一人で何ができる?男と住むようになったお袋の所を逃げ出して、必死で今の生活を手に入れたんだ。大変だったんだよ、死にそうなくらい。簡単に否定してくれるなよ」
「英太……」
「馬鹿でチンピラな俺にだって、プライドはあるんだよ」
語尾が寂しげに響いて、そっと手を離した。
「やっぱ住む世界がちがいすぎてしまったんだ。兄貴、もう……俺たち会わない方がいいな」
「そんなこと言うなよ」
翔太は床にしゃがんでちらばった料理を、店員と一緒に片づけだした。
でも英太は、そっぽを向いたまま座っているだけだ。
「……カタギのエリートリーマンは、こんな柄の悪い弟なんて縁を切れよ。出世にも関わる、いいことないぜ」
言葉とうらはらな、悲しげな声色で言った。
と、不意に入り口がざわついて、数人の男たちの罵声が飛んだ。
「おい英太。お前俺らのとこで何、勝手やらかしてくれたんだよ」
今度はプロレスラーばりの巨漢が三人現れた。
肩幅がモネの倍はあり、二の腕はふくれあがり人の体とは思えない隆起が刻まれている。全身が筋肉だけでできた化け物のようだ。三人の、だれを相手にしても生きて帰れはしない。
「モネ!やばい、タイムアウト」
「ええ?だってまだ時間」
「三時間ちょうどでぽっくり逝く訳ねーだろ?その前に事件は起こるの!」
「あ、そうか。また甘かった」
弟は男たちに連れ出され、路地へと投げだされた。
すぐに翔太が後を追い店を出る。
「英太!」
「兄貴、大丈夫だから。絶対手を出さないでくれ。これは俺らの世界での事だから」
英太は両肩を拘束され、殴られ放題になる。
顔があっという間に血まみれになり腫れ上がった。
翔太は身を投げだし地面にひれ伏す。
「もうやめてくれ、頼む。英太に……俺の弟に、これ以上手を出さないでくれ」
巨漢の一人が舌なめずりをして答えた。
「弟だあ?お前こいつの兄貴なのかよ。面白い。お前も一緒に干してやるわ」
「やめろ、兄貴。頼むから、もう……帰って」
英太が止めようと叫ぶが、舌は血反吐にまみれ言葉は届かない。
下げた頭を後ろから蹴られ、翔太は顔から地面にのめくった。
「痛っ……」
口の中から鼻へ鉄の匂いがして、怒りの火が燃え上がった。
優雅な身のこなしとは違う、野生の衝動が首をもたげ翔太を突き動かす。
「こ、の野郎ー、俺の弟に手を出すなって言ってんだろーーー!」
「兄、キレタ。兄も乱闘。サイコー」
さすがのモネも慌てて立ち上がる。
「だめだわ、もう発動して止めないと本当に……」
武道でもたしなんでいるのか、翔太の動きは意外にも機敏だった。
男を一人放りなげ、二人目を後ろ手にねじりあげ次々倒していく。
「兄貴、もう十分だ。そこらにして……」
英太の声に振り返り、翔太が視線を外したその時。三人目が勢いよくぶつかってきた。
瞬間、急に下腹部が重くなり、自由が利かなくなった。
声を出すこともできず、地面に倒れ込んだ。
「刺された!モネ、兄、刺された!」
ワイシャツの腹が鮮血に染まり、気づいた客が悲鳴を上げる。男はナイフを放り出して逃げ出した。他の二人も続いて走り去る。
「どうしよう、兄貴!……兄ちゃん!死なないで」
英太が抱き起こすと、うっすらと目を開く。
「すまん、手え出すなって……言われたけど見てらんなくて。このザマだ」
「兄貴、たのむから喋るなよ、今救急車呼ぶから。死ぬなよ!」
スマホを出す英太の手を、血まみれの手が塞ぐ。
「この出血じゃ……間に合わない。それより、俺の……言うこと、聞いてくれ」
「何?何て?にいちゃん……ねえ?わかんないよ、俺!」
「おまえ……俺がいないと何もできない、んだな」
歳を経ても弟は、いざとなると子供のように慌てて泣きじゃくる。別れた頃の面影は、こんな風にふいに姿を現すものなのか。
幼い姿、今の姿の二人が重なり胸の内で溶け合う。
おにいちゃーん。
小さい頃の甲高い英太の声が聞こえた。
翔太は痛みの中、顔をゆがませながらにっこりと微笑んだ。
「お前の努力はわかったから、もう……いい加減こっちの世界に帰ってこい。俺に……免じて」
「ばか!そんなこと今言うなよ。俺は単にぐれてただけ。何にもしてない。周りの奴らに流されてここまで来ただけで。兄ちゃんがこんなことになる理由なんて、何にもないのに、俺……お、れは……」
「……だって俺、お前に兄弟らしいこと……一度だってしてやれなかったしさ」
泣いている弟に見せるべく、努めて笑顔を作る。朦朧とした意識の中で手を振り、モネを探す。
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