【完結】天使のスプライン

ひなこ

文字の大きさ
5 / 37
1.中山翔太(なかやま・しょうた)

1-4

しおりを挟む
「モネちゃん、あんた予言は大当たり、だったよ。……でも、弟だけは守ってくれるか。そう…じゃないと、俺死んでも死にきれない、から」
「モネ、時間。モネ、早く」
「大丈夫、私はあなたと弟、二人をレスキューしにきたのだから。一度ここから隔離します」
「隔離?」
 翔太の声に、英太が不思議そうに見る。

 モネは人差し指で大きく輪を描き、二人のいる場所を切り取るようなしぐさをする。
 瞬間、世界が暗転した。

「な、何?一体?」
 弟が叫んだ。新宿の街並みが視界から消えた。
 
 一見そこは暗室のようでもあり、小学校で馴染んだ理科実験室の小部屋のようにも思えた。
 部屋の一角に大きな机があり、奥の棚には光る冊子がびっしりと並んでいる。わずかな蛍光灯の光でそれらが見える以外には、足元もはっきりしない部屋だった。

「……ここは?あんたたち、誰だよ」
 英太があっけに取られたまま問う。
 隔離された後、弟にもモネとカノンの存在がわかるようになった。

 兄は弟に抱かれながら虫の息だ。腹には弟が巻いたシャツの切れ端が、かろうじて出血を留めている。だがあとわずかでその命は終わる。
「どこでもない場所です。時の流れに存在しない、別の空間」
「そう、モネ時間音痴。時間、ここにはないから!」
「時間がない?」
「乱暴に言うとタイムマシンと近いようで、また別のものです。どんな時間も本の一ページのようにいつでもどの順でも取り出せる」

「俺にはようわからんわ」
「四次元か、それに似た世界ってことか……?」翔太が口を開く。
「人の世界ではそう定義されているところです。私はここで、人の人生経路を管理しているんです。辛い思いをしている人たちの、運命を修正するために」
「管理?」
「このままだと翔太さんは落命してしまうし、今後の英太さんも幸せとは言えない。でも私はタイムマシンのような、局所的に未来を変えるやり方では救わない。あなた方兄弟の運命を、他に悪影響を与えずに修正するにはある時間まで戻して、そこから別の道を歩んでもらうしかないです」

「ちょっと待てよ、時間を戻せるってんなら、刺される数分前に戻るんじゃだめなのか?」
 モネはタブレットを手にすると、データを打ち込んで見せた。数値を代入するとグラフが表示される。それらの交点は三つ。
「スジ屋ってご存じですか?」
 英太は被りを振る。翔太が代わりに応える。
「電車の運行を管理して、事故の時に時間調整する役だろ……」
「そう。正式には輸送計画担当者、と言うようです」
「出典は某鉄道会社・公式サイトな!」カノンがいらない補足をする。

「私の場合、スジ屋と同じでいくつかのポイントを探して提示しています。数時間戻したところでまた同じ問題が起きる。それは無意味なんです」
 ここまで歩んできた中での性格傾向、人間関係はなかなか変わらない。

「私はできるだけ外部への影響が少なくなるようにして、根本的な原因が起きた時刻に帰ることを提案します。計算によるとあなた方の運命を変えうる時間の結び目は三つ。その中でも最大と最小があります」
 電車の運行と乗り換えを線で結び直し、随時すり合わせるスジ屋。彼らのように、運命もまた複数の人間や事柄を考慮して線を引き直すのが……モネの役目。

「何言ってんだかわかんないけど。俺ら、もういいおっさんだよ?子供に戻るなんて、できる訳ないじゃん」
「いえ、結び目に相当する時刻……タイムポイントと呼んでいますが、に放り込めば元の年齢に心身とも戻ります。記憶も」
「はあ?」   
「パラレルワールド、にはならないのか……?」
 翔太が声を絞り出すように言った。

「はい。さっき言ったように、部分的に直そうとすると世界がどんどん分岐してしまいます。そしてまたどこかの世界で同じ苦難にはまる。それは私の本意ではないので、今回の理由になった要因を選ぶ前の時間に戻ってもらい、やり直しをしてもらいます。今のお二人はなかったことになりますが」
「なくなる?俺らが?そんなの嫌だよ!」
「でももっと幸せになれると、思って進んで下さい。それしかありません」

 翔太の顔色が悪い。時間がない。
「最大の時刻はお二人が十歳と六歳の時。親御さんが離婚調停に臨む、家庭裁判所の時点です。そこで将来を左右する大きな決定が下されますが、そこでちゃんと今後を良いものにできるよう、一つだけ記憶を持って行って下さい」

「どちらにしても……人生は一度きり。行った先で幼い自分と鉢合わせする心配は、ない、か」
 翔太がぐったりと頭を垂れた。出血をおして無理に喋ったからだろうか。

「兄ちゃん、……おい、兄ちゃん!」
 英太の叫びと同時に、モネのタブレットも警告音を発し出した。

「モネ、モネトロい。ショータ死んじゃう」
「ああああ、ごめんなさい。英太さん、もうあなたがやるしかありません。お二人が助かるために、この結び目に飛び込んでそこから新しくやり直して」

 英太はその時のことを鮮明に覚えている。
 忘れるはずもない、子供心ながら幸せいっぱいと感じた家庭が、跡形もなく崩れ去った日。兄もずっと一緒なんだと信じていたのに、それが運命の分かれ目だったなんて。
 後から悔やんでも、もう元には戻れなかった。

「どうすればいいんだよ?」
「私に許可を下さい。”この時刻に行って生きる”という意思表明を。そして持って行く記憶を、しっかりと念じて」
「わかった。兄貴も、……兄ちゃんも一緒だよな?」
「ええ、もちろん」
「モネと言ったか?……マジ感謝する。オウムさんもな、ありがとうよ」
 頭をなでられて、カノンがぎょっとした。
「いえ、不慣れで手間取ってすみません。でもがんばって。じゃあ行きますよ」
「ほんじゃ行くぜ!イエーイ!」

 カノンが勢いよく舞い上がる。
 モネは英太に目を閉じさせ、祈りのような言葉を唱えた。
 カノンが兄弟の上を旋回した何回めかに。



 彼らは跡形もなく消えた。 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...