【完結】天使のスプライン

ひなこ

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1.中山翔太(なかやま・しょうた)

1-4

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「モネちゃん、あんた予言は大当たり、だったよ。……でも、弟だけは守ってくれるか。そう…じゃないと、俺死んでも死にきれない、から」
「モネ、時間。モネ、早く」
「大丈夫、私はあなたと弟、二人をレスキューしにきたのだから。一度ここから隔離します」
「隔離?」
 翔太の声に、英太が不思議そうに見る。

 モネは人差し指で大きく輪を描き、二人のいる場所を切り取るようなしぐさをする。
 瞬間、世界が暗転した。

「な、何?一体?」
 弟が叫んだ。新宿の街並みが視界から消えた。
 
 一見そこは暗室のようでもあり、小学校で馴染んだ理科実験室の小部屋のようにも思えた。
 部屋の一角に大きな机があり、奥の棚には光る冊子がびっしりと並んでいる。わずかな蛍光灯の光でそれらが見える以外には、足元もはっきりしない部屋だった。

「……ここは?あんたたち、誰だよ」
 英太があっけに取られたまま問う。
 隔離された後、弟にもモネとカノンの存在がわかるようになった。

 兄は弟に抱かれながら虫の息だ。腹には弟が巻いたシャツの切れ端が、かろうじて出血を留めている。だがあとわずかでその命は終わる。
「どこでもない場所です。時の流れに存在しない、別の空間」
「そう、モネ時間音痴。時間、ここにはないから!」
「時間がない?」
「乱暴に言うとタイムマシンと近いようで、また別のものです。どんな時間も本の一ページのようにいつでもどの順でも取り出せる」

「俺にはようわからんわ」
「四次元か、それに似た世界ってことか……?」翔太が口を開く。
「人の世界ではそう定義されているところです。私はここで、人の人生経路を管理しているんです。辛い思いをしている人たちの、運命を修正するために」
「管理?」
「このままだと翔太さんは落命してしまうし、今後の英太さんも幸せとは言えない。でも私はタイムマシンのような、局所的に未来を変えるやり方では救わない。あなた方兄弟の運命を、他に悪影響を与えずに修正するにはある時間まで戻して、そこから別の道を歩んでもらうしかないです」

「ちょっと待てよ、時間を戻せるってんなら、刺される数分前に戻るんじゃだめなのか?」
 モネはタブレットを手にすると、データを打ち込んで見せた。数値を代入するとグラフが表示される。それらの交点は三つ。
「スジ屋ってご存じですか?」
 英太は被りを振る。翔太が代わりに応える。
「電車の運行を管理して、事故の時に時間調整する役だろ……」
「そう。正式には輸送計画担当者、と言うようです」
「出典は某鉄道会社・公式サイトな!」カノンがいらない補足をする。

「私の場合、スジ屋と同じでいくつかのポイントを探して提示しています。数時間戻したところでまた同じ問題が起きる。それは無意味なんです」
 ここまで歩んできた中での性格傾向、人間関係はなかなか変わらない。

「私はできるだけ外部への影響が少なくなるようにして、根本的な原因が起きた時刻に帰ることを提案します。計算によるとあなた方の運命を変えうる時間の結び目は三つ。その中でも最大と最小があります」
 電車の運行と乗り換えを線で結び直し、随時すり合わせるスジ屋。彼らのように、運命もまた複数の人間や事柄を考慮して線を引き直すのが……モネの役目。

「何言ってんだかわかんないけど。俺ら、もういいおっさんだよ?子供に戻るなんて、できる訳ないじゃん」
「いえ、結び目に相当する時刻……タイムポイントと呼んでいますが、に放り込めば元の年齢に心身とも戻ります。記憶も」
「はあ?」   
「パラレルワールド、にはならないのか……?」
 翔太が声を絞り出すように言った。

「はい。さっき言ったように、部分的に直そうとすると世界がどんどん分岐してしまいます。そしてまたどこかの世界で同じ苦難にはまる。それは私の本意ではないので、今回の理由になった要因を選ぶ前の時間に戻ってもらい、やり直しをしてもらいます。今のお二人はなかったことになりますが」
「なくなる?俺らが?そんなの嫌だよ!」
「でももっと幸せになれると、思って進んで下さい。それしかありません」

 翔太の顔色が悪い。時間がない。
「最大の時刻はお二人が十歳と六歳の時。親御さんが離婚調停に臨む、家庭裁判所の時点です。そこで将来を左右する大きな決定が下されますが、そこでちゃんと今後を良いものにできるよう、一つだけ記憶を持って行って下さい」

「どちらにしても……人生は一度きり。行った先で幼い自分と鉢合わせする心配は、ない、か」
 翔太がぐったりと頭を垂れた。出血をおして無理に喋ったからだろうか。

「兄ちゃん、……おい、兄ちゃん!」
 英太の叫びと同時に、モネのタブレットも警告音を発し出した。

「モネ、モネトロい。ショータ死んじゃう」
「ああああ、ごめんなさい。英太さん、もうあなたがやるしかありません。お二人が助かるために、この結び目に飛び込んでそこから新しくやり直して」

 英太はその時のことを鮮明に覚えている。
 忘れるはずもない、子供心ながら幸せいっぱいと感じた家庭が、跡形もなく崩れ去った日。兄もずっと一緒なんだと信じていたのに、それが運命の分かれ目だったなんて。
 後から悔やんでも、もう元には戻れなかった。

「どうすればいいんだよ?」
「私に許可を下さい。”この時刻に行って生きる”という意思表明を。そして持って行く記憶を、しっかりと念じて」
「わかった。兄貴も、……兄ちゃんも一緒だよな?」
「ええ、もちろん」
「モネと言ったか?……マジ感謝する。オウムさんもな、ありがとうよ」
 頭をなでられて、カノンがぎょっとした。
「いえ、不慣れで手間取ってすみません。でもがんばって。じゃあ行きますよ」
「ほんじゃ行くぜ!イエーイ!」

 カノンが勢いよく舞い上がる。
 モネは英太に目を閉じさせ、祈りのような言葉を唱えた。
 カノンが兄弟の上を旋回した何回めかに。



 彼らは跡形もなく消えた。 

 
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