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1.中山翔太(なかやま・しょうた)
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しおりを挟む気がつくと英太は背が縮んでいた。
周りの建物、木、ポストさえすべて高く感じる。なぜか手には機関車のおもちゃ。
「英太、早くしないと置いていくわよ」
赤い派手な服を着た母が呼んでいる。側には四つ上の兄がいる。
「お父さんは?」
「いいの。お父さんとは別。とにかく行くわよ。二人は外で待ってて」
母はこれから起こることはすべてお見通し、みたいに告げた。
家族そろってどこか出かけるのなら、うれしいけど。ちがうのか?
そんな楽しげな空気じゃないのはなぜ?
店のショーウィンドウの前に立ち、我が身を写す。
ぷりっと頬のふくれた、体格のいい子供がそこにいた。
顔を手のひらで触ってみる。
ほんの少し前まで、長い夢を見ていたような。
気のせいだろうか?
今まで何をしていたかは覚えていないが、何かこれから大きな役目がある、そんな気がしている。
そして英太たちは今、家庭裁判所へと入っていく。
ねずみ色の背広を着たさえない大人たちが、兄弟の座る机に来て問いかける。
「じゃあお兄ちゃんはお父さんのところへ、ぼくはママのところへ行くのでいいわね?」
英太はちらと兄を睨んで、背広の大人に目を戻す。
兄は顔にあざができていた。
英太が投げたおもちゃが当たったのだ。出がけにちょっとしたきっかけでケンカをした。身体の大きな兄は、簡単にプロレスの技で自分を組み敷く。いつも勝てないのが悔しくてまた飛びかかっていく。
そんな兄と一緒になんていたくなかった。顔も見たくなかった。
「いいよ!お兄ちゃんなんて……もう二度と」
会いたくない、と言いかけて口ごもる。
一つだけ絶対、忘れちゃいけないこと。それが英太を黙らせた。
ずっと手に抱えていた機関車を投げ捨てる。
「いやだ。絶対にいや!」
「ぼく?」
調停委員はあわてて問い返した。
未成年とは言え、形ばかりの了解を取ることは両親の覚悟を決めるためにも必要だった。年長の兄は聞き分けがよく、大人の言い分を簡単に呑んだ。
後は弟さえうんと言えば、もめにもめたこの件もようやく決着する。一件落着でほっとしようとしていた所だったのに。
英太はあふれる涙を拭きもせず、兄に抱きついた。
「いやだああ、ぼくお兄ちゃんと一緒にいる。ずっと一緒に暮らす。離ればなれになるのはやだあ、ぜったいやだ」
翔太もつられ、一緒に泣き出す。
二分、三分とずっと泣いている。大人たちはばつが悪い。まるで自分たちが兄弟をいじめたように見える。
見かねて声をかけたのは母親だった。
「もう……参ったわね。いつもケンカばっかりしてた癖に、そんなに一緒にいたいの?困ったわ」
もとはと言えば夫の些細な浮気が発端だった。許せることではないが、この子らを引き裂いてまで意地を張るようなことなのか?だんだん自分が恥ずかしく思えてきた。
母は立ち上がり、頭を下げる。
「申し訳ありません。子供たちがこういう風なので、改めて伺わせてもらえませんか?」
委員が今度は、母親に呆れた顔を見せた。
時間から遊離した、モネの作業空間。モネとカノンがモニターでその様子を見守っていた。
「弟くん、ちゃんと言えたわね。よかった」
「こいつら、ガキになったらやたらかわいいじゃねえか」
「そうね。子供は無垢だから」
「ていうかよ、兄の方まじやばかったぜ?もう一息遅れたら、あの世界にも行けずに消滅するとこだったし」
「すいません。私がトロいから」
「いいか?人間にとって時間とは人生であり、命そのもので、たった一度しかねえんだ。今回は間に合ったからいいようなものの、次回は許さねーからな?」
「よく肝に銘じておきます。でもこれで良かったのかな。私いつか、こんな勝手なことばっかやって!って罰せられるんだろなあ」
「またネガティブモードか。残念ながらお前を罰する神はいません。前にも言っただろ?神は地上に住む人間が作り出した、ただの概念だって」
神、運命、幸運・不運、罪、報い。
それらはただ一度きり、時間という制限の中を生きる人間だからこその、欠かせない論理だと。
「俺らは時間を自由移動できるし、そもそも寿命もない。だから神なんて関係ない。ここにはその概念は不要だ。それを任されているからお前はここにいる」
「でも……」
「文句あんのか?お前はファイルの中から選んだ人間の成り行きを、良きものに変えるために出向いていく。それでいいんだ」
「いや、もういいです。それより眠い」
カノンの説教に飽き、欠伸をして見せた。
「少し寝ようかな。カノンは?」
「俺はいいわ。お前すぐ寝るよな」
「うん、寝るとリフレッシュしていい考えが浮かぶし」
「……本当かよ」
答えもなく、モネはソファに倒れ込んで眠っていた。
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