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4・三峰美保(みつみね・みほ)
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なるほど。美保の容姿は同性には通用しない。
それどころか、彼女たちは美保を本能的に危険な存在とわかっている。姫というあだ名は親しみからではない。揶揄なのだ、きっと。
終了のチャイムが鳴って、生徒たちが外へ流れ出す。モネも窓からふわりと舞い上がり、宇宙飛行士のように遊泳して校庭の隅に着地した。
と同時によく知った羽音が背後から近づき肩に止まった。カノンだ。
「刑事さん、いいネタは得られましたかい?」
下手すぎる物言いにモネは苦笑した。
「どうかな。でもなぜ木原朋美(きはら・ともみ)が私の説得に従えなかったか、少しわかった気がした」
「へ?朋美んとこにも行ってたの?いつさ!」
「ちょっとね。それでだめだとわかったから、クライアントをこっちに変えたの」
「ええー、俺に黙ってか?ショック」
「ごめん。でも、一瞬でわかったからすぐ帰ってきた。朋美は自身の問題で死んだ訳じゃないから。とばっちりをくらったの。美保に取り込まれたのよ」
「へえええ、怖い女なんだな。やっぱり。で、何がわかったんだって?」
そう問われて、モネは一瞬ためらって見せた。
「何もったいつけてんだよ」
「ううん、カノンにはわかるかなって思って。あのね、朋美は美保を哀れんでいたから、放っておけないと思ったの。普通の感覚なら、危険を感じて避ける対象なのよ。でも色んな人の相談に乗って、人をわかるつもりになっていた朋美は自分なら扱えると思った。悪く言えば過信したのね。それで結局、罠にはまってしまった……」
「なめんなよ。俺だってそれくらいわかる。はめられて、殺されたってことだろ?」
「間接的にはね。でも姫だから、決して醜いところは人に晒さない。スマートに欲望を叶えるのが信条なの。やり口は汚すぎるけどね。きっと」
クラスメイトたちの会話からも見当はついた。彼女には近づいてはならない。
まさに毒の花。
「じゃー朋美も身から出たさびってことじゃん。もういいよ、どっちも放置で次に行かねえか?俺やだよ、こんな陰湿な奴ら」
木陰に座り込んでタブレットを起動する。
現在の美保が持つ運命係数が表示され、それをまた打ち込んで図示化する。
「ねえ、さっきファイルで調べた時よりも増えてるの。彼女に巻き込まれる人の数」
「ええ?何でだよ?まさか俺たちのせいで、また活性化しちゃったとか」
「結び目を増やすことで、矯正のチャンスを増やすことは前例からも実証されているじゃない?それを狙って美保に接触したんだけど、逆効果だったかな……」
「まだ何かやる気なのか?俺はもう帰りてえよ」
「やるだけ無駄だと言いそうだけど、あえてやりたいことがあるの」
「まさか……」
モネは自ら奮い立たせるように言った。
「そう。病院の美保のところに戻って、これまでのことを認めさせて説得する」
「無理!」
「わかってる。それが失敗したならもっと昔に段階的にさかのぼるわ。どうせここを去る時点で、美保の中から私たちのことは消えるし。それでもやっておきたい」
「お前も見くびってるんじゃないか?朋美と同じに」
「人である朋美にはできなかったことだから、私はちゃんと向き合わなければならない。でなければ美保は、この先数え切れない人に負の影響を与え続ける」
「そこまで意地張って救おうなんて、お前はどんな神のつもりだ?」
「神様気取りなんかじゃない。いつもカノンだって言ってるじゃない?神はいないって、だからお前の好きにやればって。だから好きにやる。神も手を出さないから」
「私がやる、てか?」
「そう」
「あちゃー、だめだこりゃ」
こうなるともう手がつけられない。カノンは翼で顔を覆い、そっぽを向いた。
この病院の共同ルームでは携帯電話とインターネットの使用が許可されている。平日の夕方は誰もいない。美保はひとり休憩用のテーブルに座り、タブレットを開いた。ほどなくあるページが画面に映し出される。
時間を追って次々とコメントが増えていく。トピックは”県立S高校K事件って”。朋美が行ったとされるネットでの誹謗中傷と自殺について、複数の人物が仮名で語りあっている。
三日ぶりに覗いてみると、一度は過熱した自分の自殺未遂の話も沈静化したように見えた。タイムラインをさかのぼると、見せかけの投稿をするまでもなく同情的な声も多かった。
これで当分無神経な話を振ってくる者はいないだろう。
ならばこれからは友人を亡くし、心ない噂によって傷ついた少女を演じていればいい。新たに話を誘導するようなコメントを、書き足す必要もない。
「すべて計算通り?」
ほくそえんでいたところに邪魔者が入った。振り向くよりも先に、白い影がテーブルの向かいに現れて座った。
「あなたは……」
モネと言った。人助けしたがりの変な女。
どこから入ってきたんだろうか。全く気配に気づかなかった。危険を感じて立ち上がろうとする。
「ふふ、ブックマークにどんなページが入ってるのかしら」
「何が言いたいの?」
モネの手がタブレットに触った途端、画面で新しいウィンドウが開いた。
朋美が人々の中傷を書き連ねた、裏アカウントのページ。
削除されたはずなのに。
美保の美しい瞳が、悪魔を見たかのようにおびえだす。
モネは平然と、次の指示を出す。
「ねえ、今新しい投稿が増えたと思うの。見てみて」
意味がわからずにページダウンしてみると、つい二分ほど前の時刻で書き込みがあった。投稿名は……MM。つまり、みつみね・みほ。
「何これ。私、何も書き込んでないってば。何のいたずら?」
それどころか、彼女たちは美保を本能的に危険な存在とわかっている。姫というあだ名は親しみからではない。揶揄なのだ、きっと。
終了のチャイムが鳴って、生徒たちが外へ流れ出す。モネも窓からふわりと舞い上がり、宇宙飛行士のように遊泳して校庭の隅に着地した。
と同時によく知った羽音が背後から近づき肩に止まった。カノンだ。
「刑事さん、いいネタは得られましたかい?」
下手すぎる物言いにモネは苦笑した。
「どうかな。でもなぜ木原朋美(きはら・ともみ)が私の説得に従えなかったか、少しわかった気がした」
「へ?朋美んとこにも行ってたの?いつさ!」
「ちょっとね。それでだめだとわかったから、クライアントをこっちに変えたの」
「ええー、俺に黙ってか?ショック」
「ごめん。でも、一瞬でわかったからすぐ帰ってきた。朋美は自身の問題で死んだ訳じゃないから。とばっちりをくらったの。美保に取り込まれたのよ」
「へえええ、怖い女なんだな。やっぱり。で、何がわかったんだって?」
そう問われて、モネは一瞬ためらって見せた。
「何もったいつけてんだよ」
「ううん、カノンにはわかるかなって思って。あのね、朋美は美保を哀れんでいたから、放っておけないと思ったの。普通の感覚なら、危険を感じて避ける対象なのよ。でも色んな人の相談に乗って、人をわかるつもりになっていた朋美は自分なら扱えると思った。悪く言えば過信したのね。それで結局、罠にはまってしまった……」
「なめんなよ。俺だってそれくらいわかる。はめられて、殺されたってことだろ?」
「間接的にはね。でも姫だから、決して醜いところは人に晒さない。スマートに欲望を叶えるのが信条なの。やり口は汚すぎるけどね。きっと」
クラスメイトたちの会話からも見当はついた。彼女には近づいてはならない。
まさに毒の花。
「じゃー朋美も身から出たさびってことじゃん。もういいよ、どっちも放置で次に行かねえか?俺やだよ、こんな陰湿な奴ら」
木陰に座り込んでタブレットを起動する。
現在の美保が持つ運命係数が表示され、それをまた打ち込んで図示化する。
「ねえ、さっきファイルで調べた時よりも増えてるの。彼女に巻き込まれる人の数」
「ええ?何でだよ?まさか俺たちのせいで、また活性化しちゃったとか」
「結び目を増やすことで、矯正のチャンスを増やすことは前例からも実証されているじゃない?それを狙って美保に接触したんだけど、逆効果だったかな……」
「まだ何かやる気なのか?俺はもう帰りてえよ」
「やるだけ無駄だと言いそうだけど、あえてやりたいことがあるの」
「まさか……」
モネは自ら奮い立たせるように言った。
「そう。病院の美保のところに戻って、これまでのことを認めさせて説得する」
「無理!」
「わかってる。それが失敗したならもっと昔に段階的にさかのぼるわ。どうせここを去る時点で、美保の中から私たちのことは消えるし。それでもやっておきたい」
「お前も見くびってるんじゃないか?朋美と同じに」
「人である朋美にはできなかったことだから、私はちゃんと向き合わなければならない。でなければ美保は、この先数え切れない人に負の影響を与え続ける」
「そこまで意地張って救おうなんて、お前はどんな神のつもりだ?」
「神様気取りなんかじゃない。いつもカノンだって言ってるじゃない?神はいないって、だからお前の好きにやればって。だから好きにやる。神も手を出さないから」
「私がやる、てか?」
「そう」
「あちゃー、だめだこりゃ」
こうなるともう手がつけられない。カノンは翼で顔を覆い、そっぽを向いた。
この病院の共同ルームでは携帯電話とインターネットの使用が許可されている。平日の夕方は誰もいない。美保はひとり休憩用のテーブルに座り、タブレットを開いた。ほどなくあるページが画面に映し出される。
時間を追って次々とコメントが増えていく。トピックは”県立S高校K事件って”。朋美が行ったとされるネットでの誹謗中傷と自殺について、複数の人物が仮名で語りあっている。
三日ぶりに覗いてみると、一度は過熱した自分の自殺未遂の話も沈静化したように見えた。タイムラインをさかのぼると、見せかけの投稿をするまでもなく同情的な声も多かった。
これで当分無神経な話を振ってくる者はいないだろう。
ならばこれからは友人を亡くし、心ない噂によって傷ついた少女を演じていればいい。新たに話を誘導するようなコメントを、書き足す必要もない。
「すべて計算通り?」
ほくそえんでいたところに邪魔者が入った。振り向くよりも先に、白い影がテーブルの向かいに現れて座った。
「あなたは……」
モネと言った。人助けしたがりの変な女。
どこから入ってきたんだろうか。全く気配に気づかなかった。危険を感じて立ち上がろうとする。
「ふふ、ブックマークにどんなページが入ってるのかしら」
「何が言いたいの?」
モネの手がタブレットに触った途端、画面で新しいウィンドウが開いた。
朋美が人々の中傷を書き連ねた、裏アカウントのページ。
削除されたはずなのに。
美保の美しい瞳が、悪魔を見たかのようにおびえだす。
モネは平然と、次の指示を出す。
「ねえ、今新しい投稿が増えたと思うの。見てみて」
意味がわからずにページダウンしてみると、つい二分ほど前の時刻で書き込みがあった。投稿名は……MM。つまり、みつみね・みほ。
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