21 / 37
4・三峰美保(みつみね・みほ)
4-4
しおりを挟む
文面に目をやる。
”これで当分無神経な話を振ってくる者はいないだろう。ならばこれからは友人を亡くし、心ない噂によって傷ついた少女を演じていればいい。新たに話を誘導するようなコメント……”
口にすら出していないことがなぜ、文章になって誰にでも見られる場所に載っているのか。気味が悪い。誰かに心を読まれ、垂れ流されているような……。
「あんたなの?」
「それはどうかしら?」
モネはわざととぼけて見せる。
「ねえ美保さん。口に出さなければ誰にも胸の内なんてわからない、って舐めたこと思ってると痛い目に遭うんじゃない。ほら、また次の投稿文が増えている」
画面のフォームに目をやる。まるで自動書記しているかのように、新しい文章が増えていっている。
”せっかく上手く行っていたのに何の邪魔なの。私は関係ないって散々言ったじゃない。手首も切って見せた。警察だって朋美の犯行だと確定した。みんな朋美のやったことだって、納得したはず……”
別に開いていたSNSの方でも、この投稿に気づいたユーザーが騒ぎ出している。
まずい、このままだと公開暴露になりかねない。
でもどうして?この女、どんなトリックを使ってこんなこと……。
「だから、悪いこと考えたらだめだって。全部文章になって載るわよ」
「やめて!もうやめて」
タブレットの電源を荒々しく切る。これで更新は止まるはずだ。
「残念ね。投稿すべてで、IPアドレスを特別に表示させたわ。全国から見えるの。プロバイダにここの病院の名前が入ってることも。今までの中傷が、誰の家から投稿されていたかも」
美保はモネをにらんだ。
明らかに、常人ではないことをする危険な人物。
そう認知した表情。
「ばかじゃない?中傷の内容はすべて削除されたわ。今はもう見ることはできない」
警察が捜査のためとログは持っていったけれど、それも朋美の家から書いたものだ。パスワードを控えたノートを盗み見て、自分が書いたと言う証拠はもう一つもない。
「本当にそう思う?自信があるなら、もう一度電源入れて確かめてみれば。過去の記事が削除されているかどうか」
試されるようにボタンを押し、画面を開いた。
しかしそれも罠だった。
最新記事に、再び美保の思考が垂れ流しになりとめどない暴露が再開した。美保が心でつぶやいた文章が、早打ちのようにどんどん現れては改行する。
美保は悲鳴を上げた。
「やめてよ、謝るから。もう止めて」
「……何を謝るの?」
「言うから。でも先にこの垂れ流しを止めて。じゃないと私この先……」
「生きていけない?朋美さんは死んだのに、あなたは生きてる」
「だから、とにかく止めて!」
画面に走り続ける文字が、ぴたりと停止した。
「認めるのね。あなたのしたこと、しようとしてること」
「その前に今増えた投稿文もすべて消して。じゃないと喋らない」
「そんな権利あなたにはない。質問に答えなさい」
ふんわりと微笑む天使に似合わぬ、厳しい口調だった。
「最悪、ファイル凍結でもいいんだけどな」
カノンがこっそりと愚痴る。
「お願いだから黙ってて」
「はいはい、一体何の執念なんだか」
このクライアントは、どの結び目も悪化する方向にしか存在しない。
一つでも改善できるものに変えられたら。説得ができるかどうかが重要だった。
モネは再度向き直る。
見た目は楚々とした美少女、その内面は周到に人を操ろうと企む魔女に。
「ああん?結局取り調べすんのかあ。事務机と首のゆるんだ電灯、カツ丼も頼まなきゃな!」
カノンは冗談の割に楽しげだった。
「朋美さんが自殺した。その現場にあなたはいたのよね?」
「止めようとしたもの。だけど間に合わなかった」
「なぜ彼女は、非常階段なんてところにいたの。それもあなたの住んでるマンションよね?あなたも一緒だった」
「あの子が、朋美が、うちのマンションから飛び降りて死ぬって。だから出て行って止めようとしたのよ」
質問を変えることにした。
「みんなに裏アカと呼ばれていたさっきのページ。なぜあそこに、クラスメイトの中傷を書いたりしたの?」
思考の垂れ流しで白状したことだ。
投稿主は美保だったのだろう、最初からずっと。
「だってどの子もみんな猫かぶって良い子の振りして、うざかったんだもん。朋美はお人好しだから、そんな奴らの相談をみんな聞いてあげたりして馬鹿みたい。あの子も良い子を演じる自分に酔ってただけだったけど」
「あなたも猫かぶってるのは同じじゃないの?」
美保はむっとした。
「投稿者アドレスをずっと調べて見てたんだけど。これ、一度も朋美さんは書いてないでしょ。あなただけが書いてたのに、どうやって朋美さんに責任をなすりつけたの」
美保は不敵な笑みを浮かべて見せた。
「色々調べたんならわかるでしょ。噂を立てて人を呼び込んだのよ。朋美しか知らなさそうなことをあれこれ書き散らして」
「一番の親友だったんじゃないの?親友をどうして陥れるようなことしたの?」
ふん、と鼻をならして美保はにらんだ。
「親友って何?一番近い友人だったけど、信じてはいなかった。朋美は信じてたから、他の子の相談を私にさらに相談するようなことしてたけどね」
「それをここに書き続けたのよね。裏切りって言うのよ。それ」
念のため説いてみせた。
あるいはこの少女、根本的な情動に問題があるのだろうか。
「……知ってる。私は朋美のように人に優しくなんてできないし、ばかばかしいんだもの。あんな風に人を信じて、明るくいられたら幸せだろうな。でも私はそうじゃない。意地悪と言われても、そういう思いはない。天真爛漫さに対して、少しずつ悪意が積もっていったのがそれ。って言ったらわかってもらえる?」
初めて本心を開くような話をした。少しは向き合う気になったのか。
はあ、とため息をついて美保はまた話し出す。
”これで当分無神経な話を振ってくる者はいないだろう。ならばこれからは友人を亡くし、心ない噂によって傷ついた少女を演じていればいい。新たに話を誘導するようなコメント……”
口にすら出していないことがなぜ、文章になって誰にでも見られる場所に載っているのか。気味が悪い。誰かに心を読まれ、垂れ流されているような……。
「あんたなの?」
「それはどうかしら?」
モネはわざととぼけて見せる。
「ねえ美保さん。口に出さなければ誰にも胸の内なんてわからない、って舐めたこと思ってると痛い目に遭うんじゃない。ほら、また次の投稿文が増えている」
画面のフォームに目をやる。まるで自動書記しているかのように、新しい文章が増えていっている。
”せっかく上手く行っていたのに何の邪魔なの。私は関係ないって散々言ったじゃない。手首も切って見せた。警察だって朋美の犯行だと確定した。みんな朋美のやったことだって、納得したはず……”
別に開いていたSNSの方でも、この投稿に気づいたユーザーが騒ぎ出している。
まずい、このままだと公開暴露になりかねない。
でもどうして?この女、どんなトリックを使ってこんなこと……。
「だから、悪いこと考えたらだめだって。全部文章になって載るわよ」
「やめて!もうやめて」
タブレットの電源を荒々しく切る。これで更新は止まるはずだ。
「残念ね。投稿すべてで、IPアドレスを特別に表示させたわ。全国から見えるの。プロバイダにここの病院の名前が入ってることも。今までの中傷が、誰の家から投稿されていたかも」
美保はモネをにらんだ。
明らかに、常人ではないことをする危険な人物。
そう認知した表情。
「ばかじゃない?中傷の内容はすべて削除されたわ。今はもう見ることはできない」
警察が捜査のためとログは持っていったけれど、それも朋美の家から書いたものだ。パスワードを控えたノートを盗み見て、自分が書いたと言う証拠はもう一つもない。
「本当にそう思う?自信があるなら、もう一度電源入れて確かめてみれば。過去の記事が削除されているかどうか」
試されるようにボタンを押し、画面を開いた。
しかしそれも罠だった。
最新記事に、再び美保の思考が垂れ流しになりとめどない暴露が再開した。美保が心でつぶやいた文章が、早打ちのようにどんどん現れては改行する。
美保は悲鳴を上げた。
「やめてよ、謝るから。もう止めて」
「……何を謝るの?」
「言うから。でも先にこの垂れ流しを止めて。じゃないと私この先……」
「生きていけない?朋美さんは死んだのに、あなたは生きてる」
「だから、とにかく止めて!」
画面に走り続ける文字が、ぴたりと停止した。
「認めるのね。あなたのしたこと、しようとしてること」
「その前に今増えた投稿文もすべて消して。じゃないと喋らない」
「そんな権利あなたにはない。質問に答えなさい」
ふんわりと微笑む天使に似合わぬ、厳しい口調だった。
「最悪、ファイル凍結でもいいんだけどな」
カノンがこっそりと愚痴る。
「お願いだから黙ってて」
「はいはい、一体何の執念なんだか」
このクライアントは、どの結び目も悪化する方向にしか存在しない。
一つでも改善できるものに変えられたら。説得ができるかどうかが重要だった。
モネは再度向き直る。
見た目は楚々とした美少女、その内面は周到に人を操ろうと企む魔女に。
「ああん?結局取り調べすんのかあ。事務机と首のゆるんだ電灯、カツ丼も頼まなきゃな!」
カノンは冗談の割に楽しげだった。
「朋美さんが自殺した。その現場にあなたはいたのよね?」
「止めようとしたもの。だけど間に合わなかった」
「なぜ彼女は、非常階段なんてところにいたの。それもあなたの住んでるマンションよね?あなたも一緒だった」
「あの子が、朋美が、うちのマンションから飛び降りて死ぬって。だから出て行って止めようとしたのよ」
質問を変えることにした。
「みんなに裏アカと呼ばれていたさっきのページ。なぜあそこに、クラスメイトの中傷を書いたりしたの?」
思考の垂れ流しで白状したことだ。
投稿主は美保だったのだろう、最初からずっと。
「だってどの子もみんな猫かぶって良い子の振りして、うざかったんだもん。朋美はお人好しだから、そんな奴らの相談をみんな聞いてあげたりして馬鹿みたい。あの子も良い子を演じる自分に酔ってただけだったけど」
「あなたも猫かぶってるのは同じじゃないの?」
美保はむっとした。
「投稿者アドレスをずっと調べて見てたんだけど。これ、一度も朋美さんは書いてないでしょ。あなただけが書いてたのに、どうやって朋美さんに責任をなすりつけたの」
美保は不敵な笑みを浮かべて見せた。
「色々調べたんならわかるでしょ。噂を立てて人を呼び込んだのよ。朋美しか知らなさそうなことをあれこれ書き散らして」
「一番の親友だったんじゃないの?親友をどうして陥れるようなことしたの?」
ふん、と鼻をならして美保はにらんだ。
「親友って何?一番近い友人だったけど、信じてはいなかった。朋美は信じてたから、他の子の相談を私にさらに相談するようなことしてたけどね」
「それをここに書き続けたのよね。裏切りって言うのよ。それ」
念のため説いてみせた。
あるいはこの少女、根本的な情動に問題があるのだろうか。
「……知ってる。私は朋美のように人に優しくなんてできないし、ばかばかしいんだもの。あんな風に人を信じて、明るくいられたら幸せだろうな。でも私はそうじゃない。意地悪と言われても、そういう思いはない。天真爛漫さに対して、少しずつ悪意が積もっていったのがそれ。って言ったらわかってもらえる?」
初めて本心を開くような話をした。少しは向き合う気になったのか。
はあ、とため息をついて美保はまた話し出す。
0
あなたにおすすめの小説
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる