【完結】最後の願い

ひなこ

文字の大きさ
5 / 10
3.ジェイの助言

3-1

しおりを挟む
 次の朝。牢では何事もなくそれぞれが目覚めた。
 変わり映えしない、粗末そまつな朝食を取る。鉄格子越しだが、何となく三人が等距離に座り込んでいた。まるで同級生のように。
 もっとも、食欲のないミーナはただ食事のお盆を目の前に置くだけだったが。

「今日はみんな無事だったんだな」
「ずいぶん長いな。お前、何日いる?」と、けげんそうにジェイがたずねた。

「四日……いや、五日めか」
 シアンは指折り数えてみる。

 そういえば、ここに入れられた日にはもっと強烈な緊張感と絶望感があった。すぐにでも呼び出され、命を奪われるのだと思っていた。
 仲間がいて、何日か経ってしまうとだんだん普通になってきている。
 慣れとはこわいものだ。依然いぜんとして自分たちは、死のすぐ側にいると言うのにそれがわからない。

「へえ、もうそんなになるのか!」
「おれもそう思うよ。もっとスピーディーに、執行されるんだと思ってたけどな」
 ジェイは、下を向いて黙っているミーナを見やる。

「おい、お前さん。全然食ってねえの?先に飢え死にしてしまうんじゃん?」
「よせよ、ミーナは……」
 死の病を抱えている。でも、ミーナが言わないのに先に明かすわけにもいかない。
 シアンは口をつぐんだ。
 と、ミーナがスプーンを手にしてスープをすすり始めた。

「よ、それがいいぜ。もしかしたら大逆転!ってこともあるしな」
 ジェイが脳天気に言った。
「温情のことを言ってるのか?そうそうないと思うけどな」 

 ミーナはつらそうだ。持つ手も揺れて、二口やっと飲んだところでスプーンが落ちる。無理に飲んでいるのだとわかる。これ以上、ジェイに余計なことを知られたくないのだろう。
 シアンはミーナの気持ちを考えると、いたたまれなくなった。
 
「シアン、あの女おかしくねえか?」
 ミーナがトイレに行って不在のとき、ジェイはそうささやいた。

「何が?」
「おまえ鈍そうだもんなあ。おれは鼻が利く。あいつ、変な匂いがする」
「わからん。女の子だからそう思うんじゃないのか?」
「はあ?お前バカなん?全然気づいてないんだな」呆れたように言った。
「気づくって?」
「とにかくあいつは変だ。気をつけた方がいい。何するかわかんねえぜ」
 強固な檻にへだてられていて、互いの牢にすら近づけないと言うのに。

「だけど、こんな状態じゃ何もできないだろう?」
 ちょうどミーナが帰ってきた。
「気をつけろよ?お前は信用してるみたいだから、警告しておく。あいつはやばい」
 何事もなかったように、さっとシアンから離れる。

 でも、シアンには意味がわからない。一体、何を根拠にそんなことを言うのだろう。
 ミーナとは二日前にお互いを頼りに、残り時間を過ごそうと約束した。
 病魔と処刑と、重なる死の恐怖にさらされながらけなげに振る舞うミーナ。

 一方、態度も荒く貧相ひんそうな口調のジェイを信じるのは難しい。
 ミーナにも、自分にもひねくれた言葉を投げつけておいて……自分こそを信じろなんてそれは無理だ。

 出会って三日のミーナ、二日のジェイ。
 過ごした時間の長さで言えば、どっちもどっちなのだが。

「ねえ、シアン。何かあったの?」
 向かいの牢の中から、ミーナが見ている。少し怯えた、うるんだ瞳で。
 疑っているとはみじんも思えない。ただ、ひたすらにシアンを案じて見えた。

「いや、何でもない。きみは心配しなくていい」
「ホント?」
「ああ。大丈夫だ」
 ジェイは、自分たちの仲を混乱させようとしているのかもしれない。
 元々イカレてるんだから、気まぐれで意味のない言動をしても不思議ないのだ。

「約束しただろう?おれはきみを、きみはおれを見守るって」
「……そうね」
 ようやく表情が柔らかくゆるんだ。愛らしい、花のような笑みを浮かべる。

「きみは笑った方がいい。おれの前では、そうしていて欲しい」
 シアンは思う。

 ジェイ、お前が言ったことが本当だとしてももう手遅れだ。なぜなら、おれはこの少女と心を結んでしまったから。もうすでに死の淵まで来ているのだ。別に恐れも後悔もない。

「じゃあ、あなたもそうして。わたしの前ではできるだけ笑っていて」
「努力するよ」

 壁ぎわからジェイの視線を感じた。でも、邪魔されたとしても止めるつもりはない。
 これはもう、他の人間は立ち入れないほどの誓いなのだ。

「わたしより先に死なないでね。もし死んでしまうなら……」
「死んでしまうなら?」
「わたしに看取らせて。わたしの腕の中で終わって」
「すてきな最期さいごだ。どうせならそう行きたいものだ」

 ジェイが聞きつけて、くくく、と笑って言った。
「さて、どっちが先にくかねえ?」
 切れかけの電灯が、バチバチと音を立てた。

 異変は夜中に起きた。消灯した牢に、悲鳴が響いた。

「やめろ!うわああ、おれを狙うな!」
 明かり取りの窓から、わずかに差す月の光では何が起きているのかはわからない。
 シアンは飛び起きる。
「ジェイ!どうした?」
「何かいる。化け物かもしれな……うわああ!」
 グルル、と獰猛どうもうな、何かの息づかいが聞こえた。

「まさか、これが処刑?」
 ジェイ自身が話した、処刑場に連れて行かれる以外の方法?
 この真夜中に?

 それは自分とジェイ、どっちを執行するためなのか?
 向かい側の牢にいるミーナは、無事なのだろうか?

「ミーナ!おい、ミーナ!大丈夫か?」声をかけたものの返事はない。
 すっかり寝こんでいるのかもしれない。
 もしこちらの牢に化け物がいるなら、ミーナには危害は及ばない。むしろ起こさない方がいい。今起こっていることを知らない方が。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

真面目な女性教師が眼鏡を掛けて誘惑してきた

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
仲良くしていた女性達が俺にだけ見せてくれた最も可愛い瞬間のほっこり実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

処理中です...