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3.ジェイの助言
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次の朝。牢では何事もなくそれぞれが目覚めた。
変わり映えしない、粗末な朝食を取る。鉄格子越しだが、何となく三人が等距離に座り込んでいた。まるで同級生のように。
もっとも、食欲のないミーナはただ食事のお盆を目の前に置くだけだったが。
「今日はみんな無事だったんだな」
「ずいぶん長いな。お前、何日いる?」と、けげんそうにジェイが尋ねた。
「四日……いや、五日めか」
シアンは指折り数えてみる。
そういえば、ここに入れられた日にはもっと強烈な緊張感と絶望感があった。すぐにでも呼び出され、命を奪われるのだと思っていた。
仲間がいて、何日か経ってしまうとだんだん普通になってきている。
慣れとはこわいものだ。依然として自分たちは、死のすぐ側にいると言うのにそれがわからない。
「へえ、もうそんなになるのか!」
「おれもそう思うよ。もっとスピーディーに、執行されるんだと思ってたけどな」
ジェイは、下を向いて黙っているミーナを見やる。
「おい、お前さん。全然食ってねえの?先に飢え死にしてしまうんじゃん?」
「よせよ、ミーナは……」
死の病を抱えている。でも、ミーナが言わないのに先に明かすわけにもいかない。
シアンは口をつぐんだ。
と、ミーナがスプーンを手にしてスープをすすり始めた。
「よ、それがいいぜ。もしかしたら大逆転!ってこともあるしな」
ジェイが脳天気に言った。
「温情のことを言ってるのか?そうそうないと思うけどな」
ミーナはつらそうだ。持つ手も揺れて、二口やっと飲んだところでスプーンが落ちる。無理に飲んでいるのだとわかる。これ以上、ジェイに余計なことを知られたくないのだろう。
シアンはミーナの気持ちを考えると、いたたまれなくなった。
「シアン、あの女おかしくねえか?」
ミーナがトイレに行って不在のとき、ジェイはそうささやいた。
「何が?」
「おまえ鈍そうだもんなあ。おれは鼻が利く。あいつ、変な匂いがする」
「わからん。女の子だからそう思うんじゃないのか?」
「はあ?お前バカなん?全然気づいてないんだな」呆れたように言った。
「気づくって?」
「とにかくあいつは変だ。気をつけた方がいい。何するかわかんねえぜ」
強固な檻に隔てられていて、互いの牢にすら近づけないと言うのに。
「だけど、こんな状態じゃ何もできないだろう?」
ちょうどミーナが帰ってきた。
「気をつけろよ?お前は信用してるみたいだから、警告しておく。あいつはやばい」
何事もなかったように、さっとシアンから離れる。
でも、シアンには意味がわからない。一体、何を根拠にそんなことを言うのだろう。
ミーナとは二日前にお互いを頼りに、残り時間を過ごそうと約束した。
病魔と処刑と、重なる死の恐怖にさらされながらけなげに振る舞うミーナ。
一方、態度も荒く貧相な口調のジェイを信じるのは難しい。
ミーナにも、自分にもひねくれた言葉を投げつけておいて……自分こそを信じろなんてそれは無理だ。
出会って三日のミーナ、二日のジェイ。
過ごした時間の長さで言えば、どっちもどっちなのだが。
「ねえ、シアン。何かあったの?」
向かいの牢の中から、ミーナが見ている。少し怯えた、うるんだ瞳で。
疑っているとはみじんも思えない。ただ、ひたすらにシアンを案じて見えた。
「いや、何でもない。きみは心配しなくていい」
「ホント?」
「ああ。大丈夫だ」
ジェイは、自分たちの仲を混乱させようとしているのかもしれない。
元々イカレてるんだから、気まぐれで意味のない言動をしても不思議ないのだ。
「約束しただろう?おれはきみを、きみはおれを見守るって」
「……そうね」
ようやく表情が柔らかくゆるんだ。愛らしい、花のような笑みを浮かべる。
「きみは笑った方がいい。おれの前では、そうしていて欲しい」
シアンは思う。
ジェイ、お前が言ったことが本当だとしてももう手遅れだ。なぜなら、おれはこの少女と心を結んでしまったから。もうすでに死の淵まで来ているのだ。別に恐れも後悔もない。
「じゃあ、あなたもそうして。わたしの前ではできるだけ笑っていて」
「努力するよ」
壁ぎわからジェイの視線を感じた。でも、邪魔されたとしても止めるつもりはない。
これはもう、他の人間は立ち入れないほどの誓いなのだ。
「わたしより先に死なないでね。もし死んでしまうなら……」
「死んでしまうなら?」
「わたしに看取らせて。わたしの腕の中で終わって」
「すてきな最期だ。どうせならそう行きたいものだ」
ジェイが聞きつけて、くくく、と笑って言った。
「さて、どっちが先に逝くかねえ?」
切れかけの電灯が、バチバチと音を立てた。
異変は夜中に起きた。消灯した牢に、悲鳴が響いた。
「やめろ!うわああ、おれを狙うな!」
明かり取りの窓から、わずかに差す月の光では何が起きているのかはわからない。
シアンは飛び起きる。
「ジェイ!どうした?」
「何かいる。化け物かもしれな……うわああ!」
グルル、と獰猛な、何かの息づかいが聞こえた。
「まさか、これが処刑?」
ジェイ自身が話した、処刑場に連れて行かれる以外の方法?
この真夜中に?
それは自分とジェイ、どっちを執行するためなのか?
向かい側の牢にいるミーナは、無事なのだろうか?
「ミーナ!おい、ミーナ!大丈夫か?」声をかけたものの返事はない。
すっかり寝こんでいるのかもしれない。
もしこちらの牢に化け物がいるなら、ミーナには危害は及ばない。むしろ起こさない方がいい。今起こっていることを知らない方が。
変わり映えしない、粗末な朝食を取る。鉄格子越しだが、何となく三人が等距離に座り込んでいた。まるで同級生のように。
もっとも、食欲のないミーナはただ食事のお盆を目の前に置くだけだったが。
「今日はみんな無事だったんだな」
「ずいぶん長いな。お前、何日いる?」と、けげんそうにジェイが尋ねた。
「四日……いや、五日めか」
シアンは指折り数えてみる。
そういえば、ここに入れられた日にはもっと強烈な緊張感と絶望感があった。すぐにでも呼び出され、命を奪われるのだと思っていた。
仲間がいて、何日か経ってしまうとだんだん普通になってきている。
慣れとはこわいものだ。依然として自分たちは、死のすぐ側にいると言うのにそれがわからない。
「へえ、もうそんなになるのか!」
「おれもそう思うよ。もっとスピーディーに、執行されるんだと思ってたけどな」
ジェイは、下を向いて黙っているミーナを見やる。
「おい、お前さん。全然食ってねえの?先に飢え死にしてしまうんじゃん?」
「よせよ、ミーナは……」
死の病を抱えている。でも、ミーナが言わないのに先に明かすわけにもいかない。
シアンは口をつぐんだ。
と、ミーナがスプーンを手にしてスープをすすり始めた。
「よ、それがいいぜ。もしかしたら大逆転!ってこともあるしな」
ジェイが脳天気に言った。
「温情のことを言ってるのか?そうそうないと思うけどな」
ミーナはつらそうだ。持つ手も揺れて、二口やっと飲んだところでスプーンが落ちる。無理に飲んでいるのだとわかる。これ以上、ジェイに余計なことを知られたくないのだろう。
シアンはミーナの気持ちを考えると、いたたまれなくなった。
「シアン、あの女おかしくねえか?」
ミーナがトイレに行って不在のとき、ジェイはそうささやいた。
「何が?」
「おまえ鈍そうだもんなあ。おれは鼻が利く。あいつ、変な匂いがする」
「わからん。女の子だからそう思うんじゃないのか?」
「はあ?お前バカなん?全然気づいてないんだな」呆れたように言った。
「気づくって?」
「とにかくあいつは変だ。気をつけた方がいい。何するかわかんねえぜ」
強固な檻に隔てられていて、互いの牢にすら近づけないと言うのに。
「だけど、こんな状態じゃ何もできないだろう?」
ちょうどミーナが帰ってきた。
「気をつけろよ?お前は信用してるみたいだから、警告しておく。あいつはやばい」
何事もなかったように、さっとシアンから離れる。
でも、シアンには意味がわからない。一体、何を根拠にそんなことを言うのだろう。
ミーナとは二日前にお互いを頼りに、残り時間を過ごそうと約束した。
病魔と処刑と、重なる死の恐怖にさらされながらけなげに振る舞うミーナ。
一方、態度も荒く貧相な口調のジェイを信じるのは難しい。
ミーナにも、自分にもひねくれた言葉を投げつけておいて……自分こそを信じろなんてそれは無理だ。
出会って三日のミーナ、二日のジェイ。
過ごした時間の長さで言えば、どっちもどっちなのだが。
「ねえ、シアン。何かあったの?」
向かいの牢の中から、ミーナが見ている。少し怯えた、うるんだ瞳で。
疑っているとはみじんも思えない。ただ、ひたすらにシアンを案じて見えた。
「いや、何でもない。きみは心配しなくていい」
「ホント?」
「ああ。大丈夫だ」
ジェイは、自分たちの仲を混乱させようとしているのかもしれない。
元々イカレてるんだから、気まぐれで意味のない言動をしても不思議ないのだ。
「約束しただろう?おれはきみを、きみはおれを見守るって」
「……そうね」
ようやく表情が柔らかくゆるんだ。愛らしい、花のような笑みを浮かべる。
「きみは笑った方がいい。おれの前では、そうしていて欲しい」
シアンは思う。
ジェイ、お前が言ったことが本当だとしてももう手遅れだ。なぜなら、おれはこの少女と心を結んでしまったから。もうすでに死の淵まで来ているのだ。別に恐れも後悔もない。
「じゃあ、あなたもそうして。わたしの前ではできるだけ笑っていて」
「努力するよ」
壁ぎわからジェイの視線を感じた。でも、邪魔されたとしても止めるつもりはない。
これはもう、他の人間は立ち入れないほどの誓いなのだ。
「わたしより先に死なないでね。もし死んでしまうなら……」
「死んでしまうなら?」
「わたしに看取らせて。わたしの腕の中で終わって」
「すてきな最期だ。どうせならそう行きたいものだ」
ジェイが聞きつけて、くくく、と笑って言った。
「さて、どっちが先に逝くかねえ?」
切れかけの電灯が、バチバチと音を立てた。
異変は夜中に起きた。消灯した牢に、悲鳴が響いた。
「やめろ!うわああ、おれを狙うな!」
明かり取りの窓から、わずかに差す月の光では何が起きているのかはわからない。
シアンは飛び起きる。
「ジェイ!どうした?」
「何かいる。化け物かもしれな……うわああ!」
グルル、と獰猛な、何かの息づかいが聞こえた。
「まさか、これが処刑?」
ジェイ自身が話した、処刑場に連れて行かれる以外の方法?
この真夜中に?
それは自分とジェイ、どっちを執行するためなのか?
向かい側の牢にいるミーナは、無事なのだろうか?
「ミーナ!おい、ミーナ!大丈夫か?」声をかけたものの返事はない。
すっかり寝こんでいるのかもしれない。
もしこちらの牢に化け物がいるなら、ミーナには危害は及ばない。むしろ起こさない方がいい。今起こっていることを知らない方が。
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