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そして、姉はわたくしをまっすぐ見て告げました。
「お別れよ。あなたにも、どうか幸せになってほしい」
やつれたはずの顔立ちが、なぜか凛と美しく映りました。
「ど、どういうこと、なの?」
まだ向こうの世界に、未練があるというのでしょうか?
でも、割ったのは姉なのです。今さら、もう鏡は元に戻りません。
「このお婆さん、うちの遠い親戚なの。大昔、おじいさまのお姉さまに会ったことあるわよね。その血筋の方で、異能の強い方なの」
って、まるでそのことは覚えていませんでしたが。
ただ、おぼろげな記憶に、親戚の人に似ていると思っていたのは間違いではなかったようです。
老婆は言いました。
「この鏡を一度、元に戻す。そうしたらあんたは、そこを通って向こうに行きなさい。そして、こちらから再びこの鏡を割る」
「えっ!!」
わたくしは驚いて、大きな声をあげました。
異能で、鏡を再生すると……言ったのです。そんなことが、できる?
まして、その先にもっと信じがたいことを言われました。
「通るって、そんなこと」
「できるの。この方の力を使って、わたくしはあちらの世界へ行きます。そしてあの方にお会いします」
「だめ!そんなの、絶対だめです!」
わたくしは声を荒げました。そんなこと、いきなり。
しかも、向こうには行けなかったはずなのに。
通り抜ける?あの方に会う??
そして、その後、鏡を割るというのです。
もしうまく向こうに行ってしまわれたら、こちらへは戻れないではないですか?
「本気で言っておられますの?わたくしたち、お父様、お母様をどうするの?みんなおいて、お一人だけ、行ってしまうっていうの?」
さすがに、それは許しがたいことでした。
姉は、家族ごと捨てても向こうに行くと……いえ、本当にそんなことができるのかも、わからないのですが。そんなたわごとを言っているのです。
「堪忍して。わたくしはどうしても、あの方の元へ行きたいのです。一度、鏡を割ってみて、断ち切れるかと思ったけど無理だった」
「そんな」
両親は今夜は遅く、ここで叫んだとしても引き止めに加わってはくれません。そういう時間を狙って、姉が呼んだのかもしれません。
「……本当に、行かれるのですか?」
「ええ。もう決めたの。わたくしはもう迷いません」
「その結果、うまく行くとは限らないのですよ。それでも?」
「ええ」
姉の清々しすぎる表情を見て、わたくしは負けました。
老婆は、割れた鏡の前に立つとかけらを並べて、まじないを唱えました。すると粉々になったはずのかけらたちが、逆再生のように次々、鏡の中へと張り付いていくのです。
あっという間のことにわたくしも、姉も息をつけませんでした。
ですが、見る間に鏡はすべてかけらがつながり、一面となり……再びかつての輝きを取り戻しました。目の前に立つ姉の姿さえ、鮮明に映し出すようによみがえったのです。
そして姉にとっては、同時に向こうに見えるだろう、かの世界も映すようになりました。
「ありがとうございます」
姉は老婆に、丁寧におじぎをして見せました。
と、すぐさまわたくしに向き直り、極上のそして寂しげな、なのに幸せにほころぶような笑みを見せました。
「彩音。お父様とお母様を頼みます。本当に、勝手な姉でごめんなさい」
「……お姉さま」
もはや、恨み言を言えるような状況ですらありませんでした。
姉は身一つですぐさま、向こうの世界へ行こうとしていて、だからこそ今生の別れをわたくしにも告げているのです。
一度は割れて、道を閉ざしたはずの鏡。
憎くてたまらない。
だけど、今こうなってしまうとその、憎い鏡に頼むしかないのです。
どうか、お姉さまを。
無事にあの殿方のもとへ送り届けて。
お姉さまの未来は、あなたにかかっているのだから。
わたくしはずっと前から、あるいは小さい頃から、この日が来るとわかっていた気がいたしました。
向こうの世界を映すこの鏡は、わたくしたち家族から姉を、いつか奪うと。
見るだけしかできないからと、安心していたのは間違いだったようです。
老婆は、この鏡に道を開いてしまいました。
もう姉を止めるものは何もありません。誰もできません。
わたくしが今、言えるのはこれくらいです。
「お姉さま。どうぞ、お健やかに。そして幸せを掴んでください」
「ええ」
たった一度きりの人生。
わたくしの生き方と、お姉さまの生き方はちがいます。無理強いなどできません。
「あなたもね」
そっと、肩を抱くと姉は鏡の前に立ちました。
わたくしは、ふと思いつき姉を呼びました。
「お姉さま、これを」
わたくしがいつも身につけていたペンダント。
それは翡翠色をした、卵の大きさをしたものです。
昔、姉のものだったのにわたくしがしつこくねだって、無理矢理もらったものでした。
「小さい頃にお姉さまから、取ってしまったけれど。これをせめて、一緒に持って行ってください。わたくしの代わりと思って」
お姉さまは、ふっと笑みを浮かべて受け取りました。
「どうか、くれぐれもお健やかに」
「……ありがとう。あなたもね」
「お別れよ。あなたにも、どうか幸せになってほしい」
やつれたはずの顔立ちが、なぜか凛と美しく映りました。
「ど、どういうこと、なの?」
まだ向こうの世界に、未練があるというのでしょうか?
でも、割ったのは姉なのです。今さら、もう鏡は元に戻りません。
「このお婆さん、うちの遠い親戚なの。大昔、おじいさまのお姉さまに会ったことあるわよね。その血筋の方で、異能の強い方なの」
って、まるでそのことは覚えていませんでしたが。
ただ、おぼろげな記憶に、親戚の人に似ていると思っていたのは間違いではなかったようです。
老婆は言いました。
「この鏡を一度、元に戻す。そうしたらあんたは、そこを通って向こうに行きなさい。そして、こちらから再びこの鏡を割る」
「えっ!!」
わたくしは驚いて、大きな声をあげました。
異能で、鏡を再生すると……言ったのです。そんなことが、できる?
まして、その先にもっと信じがたいことを言われました。
「通るって、そんなこと」
「できるの。この方の力を使って、わたくしはあちらの世界へ行きます。そしてあの方にお会いします」
「だめ!そんなの、絶対だめです!」
わたくしは声を荒げました。そんなこと、いきなり。
しかも、向こうには行けなかったはずなのに。
通り抜ける?あの方に会う??
そして、その後、鏡を割るというのです。
もしうまく向こうに行ってしまわれたら、こちらへは戻れないではないですか?
「本気で言っておられますの?わたくしたち、お父様、お母様をどうするの?みんなおいて、お一人だけ、行ってしまうっていうの?」
さすがに、それは許しがたいことでした。
姉は、家族ごと捨てても向こうに行くと……いえ、本当にそんなことができるのかも、わからないのですが。そんなたわごとを言っているのです。
「堪忍して。わたくしはどうしても、あの方の元へ行きたいのです。一度、鏡を割ってみて、断ち切れるかと思ったけど無理だった」
「そんな」
両親は今夜は遅く、ここで叫んだとしても引き止めに加わってはくれません。そういう時間を狙って、姉が呼んだのかもしれません。
「……本当に、行かれるのですか?」
「ええ。もう決めたの。わたくしはもう迷いません」
「その結果、うまく行くとは限らないのですよ。それでも?」
「ええ」
姉の清々しすぎる表情を見て、わたくしは負けました。
老婆は、割れた鏡の前に立つとかけらを並べて、まじないを唱えました。すると粉々になったはずのかけらたちが、逆再生のように次々、鏡の中へと張り付いていくのです。
あっという間のことにわたくしも、姉も息をつけませんでした。
ですが、見る間に鏡はすべてかけらがつながり、一面となり……再びかつての輝きを取り戻しました。目の前に立つ姉の姿さえ、鮮明に映し出すようによみがえったのです。
そして姉にとっては、同時に向こうに見えるだろう、かの世界も映すようになりました。
「ありがとうございます」
姉は老婆に、丁寧におじぎをして見せました。
と、すぐさまわたくしに向き直り、極上のそして寂しげな、なのに幸せにほころぶような笑みを見せました。
「彩音。お父様とお母様を頼みます。本当に、勝手な姉でごめんなさい」
「……お姉さま」
もはや、恨み言を言えるような状況ですらありませんでした。
姉は身一つですぐさま、向こうの世界へ行こうとしていて、だからこそ今生の別れをわたくしにも告げているのです。
一度は割れて、道を閉ざしたはずの鏡。
憎くてたまらない。
だけど、今こうなってしまうとその、憎い鏡に頼むしかないのです。
どうか、お姉さまを。
無事にあの殿方のもとへ送り届けて。
お姉さまの未来は、あなたにかかっているのだから。
わたくしはずっと前から、あるいは小さい頃から、この日が来るとわかっていた気がいたしました。
向こうの世界を映すこの鏡は、わたくしたち家族から姉を、いつか奪うと。
見るだけしかできないからと、安心していたのは間違いだったようです。
老婆は、この鏡に道を開いてしまいました。
もう姉を止めるものは何もありません。誰もできません。
わたくしが今、言えるのはこれくらいです。
「お姉さま。どうぞ、お健やかに。そして幸せを掴んでください」
「ええ」
たった一度きりの人生。
わたくしの生き方と、お姉さまの生き方はちがいます。無理強いなどできません。
「あなたもね」
そっと、肩を抱くと姉は鏡の前に立ちました。
わたくしは、ふと思いつき姉を呼びました。
「お姉さま、これを」
わたくしがいつも身につけていたペンダント。
それは翡翠色をした、卵の大きさをしたものです。
昔、姉のものだったのにわたくしがしつこくねだって、無理矢理もらったものでした。
「小さい頃にお姉さまから、取ってしまったけれど。これをせめて、一緒に持って行ってください。わたくしの代わりと思って」
お姉さまは、ふっと笑みを浮かべて受け取りました。
「どうか、くれぐれもお健やかに」
「……ありがとう。あなたもね」
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