【完結】共生

ひなこ

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8.思い出をたどる

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「ママがつけてくれたんです」
 笑顔で琴美を見やる。
「そう、そうなの……」
 婦人は意味を悟って、涙ぐんだ。

「ありさ、琴美ちゃんが来てくれたのよ。娘さんを連れて」
 仏壇に二人で手を合わせる。モノクロームの写真の中、少女が微笑んでいる。

「今度の五月でもう二十年になるのね。夫も亡くなってしまったし、私が生きている間くらいは覚えていてやろうと思って」 
「おばさん、今日来たのは他でもないんです。私が最後に彼女と会った日のことで、何かご存じなことはないですか?」
 琴美の問いに、ありさの母は首を傾げる。

「すみません、こんなこと言うのも申し訳ないんですが。私あの時、彼女と何か大事な、何かを話したと思うんです。なのに思い出せない。事故にってからそれがずっと抜け落ちている」
「もしかしたら、あなたが歌を辞めたことと関係があるの?」
「そうだと思います。でも、今の私には断言できない」

 親友の母との会話で、心の壁が崩れた。琴美の目から、涙が止めどなくあふれ出す。
「思い出せないんです。とても大事なことなのに。私どうすればいいんでしょう?」
「わかったわ。一緒にありさの話をしましょう。時間はあるの?仕事は?」 

 亡き我が子を受け止めるように、琴美の肩を抱く。  
 琴美は鼻をすすりながら被りを振った。

 有紗はありさの遺影いえいをずっと眺めていた。
 実家で見せられた写真とは少し印象が違う。くっきりとした目、意志の強そうな眉。いたずらっぽい笑みを浮かべている。
「どうしたの?」
 ありさの母に問われた。

「いえ。ありささんってこういう人だったんだって」
「どこかに二人で撮ったビデオカメラがあったと思うわ。昔の機械だけどまだ映ると思うの。ちょっと待ってて」
 小型の録画機ろくがきが目の前に置かれ、モニターに風景が映し出された。

 屋外で撮ったものだろうか、初めに耳に入ったのは風の音だった。びゅうびゅうと鳴る音に合わせ、遠くの木々も揺れている。

 突然画面は、紺色の学生服の少女に乗っ取られる。前髪を眉で揃えあどけなく見えるが、それが誰の姿かは明らかだった。緊張気味に少女は口を開いた。

「一番。三崎琴美、十七歳。将来の夢は歌手です。たくさんの人の前で歌って、感動を届けたい。無理だって言われても、やっぱり武道館を目指します。夢は大きく!」
 ガツン、と音がして泣きそうな顔で頭を押さえる。

「痛い、ぶたないでよ」
 景色が大きく回って、持ち手が交代する。まゆのくっきりとした少女がかしこまって口を開く。られ慣れているのか、物怖ものおじしない性格なのか堂々と振る舞っている。

「無理とか言っちゃだめ。はい、二番。吉野ありさ、同じく十七歳。夢はですねえ、白衣の天使です。え、何?悪魔だって?違うって!天使よお、天使ー!」
 視界に割り込んでくる、琴美の手をいなして続ける。写真のイメージより表情豊かで、数倍愛くるしい。

「でね、赤ちゃんからおじいちゃんおばあちゃん、みんなに愛される可愛いナースになりたいです!こら、笑わないの。うるさいですよ、そこの人」
 じゃれるうちにどちらも笑い出し、収拾がつかなくなっている。

「十七歳って、今の私くらいですよね」
 有紗は胸が詰まるのを感じた。
 無垢な瞳が痛いくらいまぶしい。まだ彼女たちは自分のこれからを知らない。それぞれの運命を。

「何だか涙が出てくる」
「有紗ちゃん、あなたが泣いてどうするの。私こんなこと言ってたんだ。武道館なんて。夢は叶わなかったな」
 琴美が言うと、有紗が急ににらむ。

「叶わないとか言っちゃだめ。これからがんばろ!」
「これから? ……そうね。これから、か」
 二人の掛け合いを見て、ありさの母が微笑んだ。
「懐かしいわ。いつもあなたとありさがそうやって話してたから」
「ママも何か思い出した?」
「うん。これを見て、もしかしたらって思ったことが」
「何?」
「私、事故にった時に夢の中で”その身体をちょうだい”て言われた相手が、この人かもしれないって」

「ママ、それは」
 有紗が釘を刺した。ありさの母には刺激が強すぎる話ではないか。
「いいのよ。でもそんなことがあったの?」

「わからないんです。夢だから。けど、私がその人をありさだと思ったから言ったんだと思う。”いいよ、あなたになら喜んであげる。代わりに生きて”って」
 それは、自分の命さえも親友に差し出そうとする……友情というには、もはや強すぎる思い。
 愛?自分の分身?
 二人は一心同体のように生きてきたのだ。とっさの時に、そう言い切れるほどに。

「ありがとう。あなたがそこまで思ってくれてるなんて、感謝よりも申し訳なく思うわ。でも命はその人のもので、誰かにあげられるものじゃない。代わりにならなくていいから、あなたを精一杯生きて見せてあげて。それがありさのためだと思うの」

 ありさの母も、決してただの夢とは受け取らなかった。
 亡き娘、亡き親友の記憶を共有する者どうしが今、ここにいる。

 映像は、ちぎれ雲が浮かぶ青空へ切り替わる。
 ありさが制服を風にはためかせながら、線路沿いの道を歩く。遠くの列車の音に合わせ、ステップを踏んでいるようにも見えた。
「じゃーん。来ました、私たちの憩いの場!」
 木造の特徴ある駅舎がちらっと映る。そこで一時停止。

「この駅はどこかわかりませんか?」
「え、ええと。でもこれ二十年前のビデオだから、どこかしらね」
 映っている風景から、駅の造りを確かめようとする。

「この鉄道って指定文化財だから、形は変えてないはずなんです。改札の辺りを写してるから、この映像持って駅を回ったらわかるかも」
 琴美もネットでいくつかの駅を表示してみるが、これぞ、という場所は見つからない。


 結局カメラごと映像を借りて家に戻った。明日は映像と比べながら駅を探すことになる。
「明日じゅうに見つかるかなあ」と弱気な琴美。

 それでも、親友のことで奔走ほんそうするのはうれしいらしい。
 心はありさが生きていたころの、十七歳の琴美に戻っているのだろう。

「気弱なこと言って。もう後がないじゃない。それにママ、少し思い出したんでしょ。やっぱり動画の威力いりょくはすごいものだね」有紗も寄り添って励ます。

 明日はついに二十年目の約束の日。簡単に駅が見つかるかわからないから、早朝から電車を乗り降りして探すことにした。
「大丈夫かな。見つかるかな」
 有紗は母の背を、優しく撫でた。
「心配ないって。きっと見つかるよ。今日はもう寝よう、ママ」

 母の緊張は感じ取っていた。だからこそ休養を取って、万全の体調で臨まなければ。
  
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