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第1話 そのオカマ、元『魔女』につき
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「ユーリたんてぇてぇえええええええ!!!!!」
日も沈み、一癖も二癖もある大人しか集まらない東京都新宿区にあるオカマバー【百鬼夜行】の店内に、野太い嬌声が轟いた。
彼の名前は「京極 利夫」(源氏名:リオ)。元国家治安維持特殊警察部隊0課に所属していた叩き上げのオカマであり、過去に『魔女』の名を冠した漢である。
連日連夜の果てしなく終わりの見えない修羅場を何度も潜りぬけ、国への奉仕に疲れて黙って逃げだした彼は夜の街へと姿を隠した。あてもなく流浪し、たどり着いたのがこのオカマバー。本当の自分を曝け出し、趣味である推し事に仲間と没頭する日々を過ごしていた。
今日も酒を浴びるように飲みながら、推しの素晴らしさを噛み締めている。
手にしているのは今度映画化が決定した乙女アニメ「鉱石に転生したら美少女鍛冶師達からモテモテになった件」の特集雑誌。最近になって全国で幅を利かせ始めた大人気作品であり、百鬼夜行内でも客達の間でも話題が持ちきりになるほどの大型メディアだ。
「あんた本当にそのキャラ好きねぇ」
利夫の横に座っているのは同期のスタッフである「御子柴 栄」(源氏名:エイ)。
黒のロングストレートの髪にぷっくりとした唇にグロスを塗り、華奢な体に真紅のドレスを纏った姿はまさに美女。
しかしコロッセオのスタッフに漏れずエイも立派なオカマであり、店の腕相撲では誰よりも強い元グリーンベレーに所属していた生粋の武闘派だ。たった1晩で敵を36人抹殺した伝説の兵士だったが、大きな女性問題があってオカマへとチェンジ。詳しい話は誰も聞いた事がない。
「だァって、こんな儚げで病気持ちなのに発想はアウトローなのよ? こんな奇跡みたいなキャラいる?」
利夫が叫んでいたのはその特集に推しが出ていたからであり、仕事を放りだしてまで買いに行こうとした結果ママに殺されかけた。
「それならカシアンたんでも良くない?」
「あれはちょっと熱血過ぎるのよねぇ」
そんな他愛もない話を仕事終わりに同期とする時間が、利夫にとっては至福の一時だった。
公安に所属していた時はそんな話を出来る人はいないし、あの出会いが無ければこんな素晴らしい推し事に巡り合うことも無かった。
「はいはい、あんた達。今日は何の日か忘れてな~い?」
バーの奥からロックグラスを3つ持って現れたのはこのオカマバーの店長にして新宿内の最高権力者として数えられているママこと、「藤堂 万夫」(源氏名:マオ)。オールバックにした茶髪に漆黒のスーツを着た本人曰く「男装レディ」で、筋骨隆々のボディに鬼の様な戦闘力と悪魔の様な眼光を持つ。コロッセオ内で彼女に逆らえる者はおらず、新宿内で彼女に楯突けば明日からホームレスになると言われている。
元々オカマタレントとしてTVでも有名だったらしいが、とある海外の戦闘民族を取材する収録で部族たちを怒らせた結果、紆余曲折あってマオ以外のスタッフは全員死亡。残ったマオは戦闘民族の全員を返り討ちにしてしまったという。それ以降TV業界から存在を抹消され、このコロッセオを開くきっかけになったと言うが真相は定かではない。
「あら、リオったらもう飲んでるの?」
「は~い頂いちゃってまぁす」
「右に同じく~♪」
「はいはいそりゃあ良かったわね。そろそろ店仕舞いの時間だから準備手伝ってちょうだい」
時計を見ると、時刻は既に24時を過ぎており、いつもの閉店する時間になっていた。
「も~、ママったら人使い荒いんだからぁ」
「元公安の上司に比べたら天使でしょ?」
「頑張ってね、リオ~♪」
「……わかったわよぉ」
渋々と重い腰を上げて、利夫は玄関からバーの外へと出て閉店の準備を始める。
コロッセオのスタッフは全部で16名からなる。接客担当が9名。調理担当が3名。事務担当が2名。用心棒2名。今は利夫、栄、万夫の3人だが、他のスタッフも全員漏れなくオカマである。中には元会計士。元オリンピック選手。元3ツ星レストランシェフ。元詐欺師。元格闘家など偶然にしては出来過ぎている頭のネジが海外出張しに行ったきり戻って来なくなった危険人物もいるが、そんな癖の強すぎるスタッフしかいないせいでコロッセオから客足が遠のく事はほとんどない。
むしろ面白半分や、口コミを見てやってくる県外や郊外の客は増えつつあり、売り上げはうなぎ上りだ。
(まぁ、こんな日常があるのもママのおかげね)
そんな事を想いながら、大きく息を吐き入り口のシャッターを下ろそうとした時だった。利夫の脇腹に突然グサリと何かが刺さる音がした。次の瞬間、肉を貫かれる鈍い感触と灼熱感を伴う嫌な熱が現れ、ふと脇腹を見てみるとそこには信じがたい光景が写った。
恐らく刃渡り20cmくらいの出刃包丁を持った中年ぐらいの女が、その包丁の柄を持って刀身を利夫の脇腹に突き刺していた。焦燥しきった表情で息は荒く、額から顎にかけた大粒の汗をかいている。
(あれ・・・私、刺され、た?)
化粧っ気の無い女の顔を最後に利夫の視界がぐるりと回り、そのまま地面に倒れ伏す。動こうとしても動けない体に命令を出すが、じわりじわりと駆け巡る痛みに声すら出せない。
「きゃああああああああああ!!!」
この声は栄だろうか。いつもの飄々とした軽やかな声ではなく、野獣の遠吠えの様な悲鳴。利夫がさっき放った嬌声よりも明らかに何かを目撃してしまった恐怖の上吊り声だった。
「誰か!!誰かあーーー!!」
「ひ、ひぃ!」
利夫を刺した女は栄の声に怯え、包丁を手放すと一目散に逃げて行った。
「リオ!リオ!しっかりして!!大丈夫!!?」
細い癖に特殊合金加工のロープの様な安定感のある腕に抱かれながら、利夫は耳が遠くなっていくのを感じる。
悲鳴を聞きつけた万夫がデバイスで救急車に連絡を取り、栄が懸命に声を掛ける。しかし次第に瞼が重くなり、何も言えないまま利夫の命の炎が消えて行く。
(あぁ・・・この感じ、懐かしいわぁ)
薄らいでいく意識の中で、利夫は昔を思い出していた。かつて国防長官を狙った過激派グループとの抗争で、仕留めたと思った敵からの不意打ちで後ろから刺された時の事を。あの時を感触と全く同じだ。
そしてそれは、数々の任務で死線を潜ってきた利夫に、死を実感させる物だった。
「・・・・・リオ?」
「・・・どうせ死ぬなら・・・イケメンに、抱かれ、た・・・か・・・」
「私はイケメンじゃないの!?。ねぇリオ!これでも高校の文化祭じゃ女装コンテストで1位取ったのよ!?しっかりして!!」
それを最後に、利夫は目を閉じて動かなくなった。
栄の悲鳴と、万夫のデバイスを握る手に力が籠り、空からは雨が降り始める。
ぽつぽつと降る冷たい雨の中で、かつては国に奉仕した歴戦のオカマが息を引き取った。
日も沈み、一癖も二癖もある大人しか集まらない東京都新宿区にあるオカマバー【百鬼夜行】の店内に、野太い嬌声が轟いた。
彼の名前は「京極 利夫」(源氏名:リオ)。元国家治安維持特殊警察部隊0課に所属していた叩き上げのオカマであり、過去に『魔女』の名を冠した漢である。
連日連夜の果てしなく終わりの見えない修羅場を何度も潜りぬけ、国への奉仕に疲れて黙って逃げだした彼は夜の街へと姿を隠した。あてもなく流浪し、たどり着いたのがこのオカマバー。本当の自分を曝け出し、趣味である推し事に仲間と没頭する日々を過ごしていた。
今日も酒を浴びるように飲みながら、推しの素晴らしさを噛み締めている。
手にしているのは今度映画化が決定した乙女アニメ「鉱石に転生したら美少女鍛冶師達からモテモテになった件」の特集雑誌。最近になって全国で幅を利かせ始めた大人気作品であり、百鬼夜行内でも客達の間でも話題が持ちきりになるほどの大型メディアだ。
「あんた本当にそのキャラ好きねぇ」
利夫の横に座っているのは同期のスタッフである「御子柴 栄」(源氏名:エイ)。
黒のロングストレートの髪にぷっくりとした唇にグロスを塗り、華奢な体に真紅のドレスを纏った姿はまさに美女。
しかしコロッセオのスタッフに漏れずエイも立派なオカマであり、店の腕相撲では誰よりも強い元グリーンベレーに所属していた生粋の武闘派だ。たった1晩で敵を36人抹殺した伝説の兵士だったが、大きな女性問題があってオカマへとチェンジ。詳しい話は誰も聞いた事がない。
「だァって、こんな儚げで病気持ちなのに発想はアウトローなのよ? こんな奇跡みたいなキャラいる?」
利夫が叫んでいたのはその特集に推しが出ていたからであり、仕事を放りだしてまで買いに行こうとした結果ママに殺されかけた。
「それならカシアンたんでも良くない?」
「あれはちょっと熱血過ぎるのよねぇ」
そんな他愛もない話を仕事終わりに同期とする時間が、利夫にとっては至福の一時だった。
公安に所属していた時はそんな話を出来る人はいないし、あの出会いが無ければこんな素晴らしい推し事に巡り合うことも無かった。
「はいはい、あんた達。今日は何の日か忘れてな~い?」
バーの奥からロックグラスを3つ持って現れたのはこのオカマバーの店長にして新宿内の最高権力者として数えられているママこと、「藤堂 万夫」(源氏名:マオ)。オールバックにした茶髪に漆黒のスーツを着た本人曰く「男装レディ」で、筋骨隆々のボディに鬼の様な戦闘力と悪魔の様な眼光を持つ。コロッセオ内で彼女に逆らえる者はおらず、新宿内で彼女に楯突けば明日からホームレスになると言われている。
元々オカマタレントとしてTVでも有名だったらしいが、とある海外の戦闘民族を取材する収録で部族たちを怒らせた結果、紆余曲折あってマオ以外のスタッフは全員死亡。残ったマオは戦闘民族の全員を返り討ちにしてしまったという。それ以降TV業界から存在を抹消され、このコロッセオを開くきっかけになったと言うが真相は定かではない。
「あら、リオったらもう飲んでるの?」
「は~い頂いちゃってまぁす」
「右に同じく~♪」
「はいはいそりゃあ良かったわね。そろそろ店仕舞いの時間だから準備手伝ってちょうだい」
時計を見ると、時刻は既に24時を過ぎており、いつもの閉店する時間になっていた。
「も~、ママったら人使い荒いんだからぁ」
「元公安の上司に比べたら天使でしょ?」
「頑張ってね、リオ~♪」
「……わかったわよぉ」
渋々と重い腰を上げて、利夫は玄関からバーの外へと出て閉店の準備を始める。
コロッセオのスタッフは全部で16名からなる。接客担当が9名。調理担当が3名。事務担当が2名。用心棒2名。今は利夫、栄、万夫の3人だが、他のスタッフも全員漏れなくオカマである。中には元会計士。元オリンピック選手。元3ツ星レストランシェフ。元詐欺師。元格闘家など偶然にしては出来過ぎている頭のネジが海外出張しに行ったきり戻って来なくなった危険人物もいるが、そんな癖の強すぎるスタッフしかいないせいでコロッセオから客足が遠のく事はほとんどない。
むしろ面白半分や、口コミを見てやってくる県外や郊外の客は増えつつあり、売り上げはうなぎ上りだ。
(まぁ、こんな日常があるのもママのおかげね)
そんな事を想いながら、大きく息を吐き入り口のシャッターを下ろそうとした時だった。利夫の脇腹に突然グサリと何かが刺さる音がした。次の瞬間、肉を貫かれる鈍い感触と灼熱感を伴う嫌な熱が現れ、ふと脇腹を見てみるとそこには信じがたい光景が写った。
恐らく刃渡り20cmくらいの出刃包丁を持った中年ぐらいの女が、その包丁の柄を持って刀身を利夫の脇腹に突き刺していた。焦燥しきった表情で息は荒く、額から顎にかけた大粒の汗をかいている。
(あれ・・・私、刺され、た?)
化粧っ気の無い女の顔を最後に利夫の視界がぐるりと回り、そのまま地面に倒れ伏す。動こうとしても動けない体に命令を出すが、じわりじわりと駆け巡る痛みに声すら出せない。
「きゃああああああああああ!!!」
この声は栄だろうか。いつもの飄々とした軽やかな声ではなく、野獣の遠吠えの様な悲鳴。利夫がさっき放った嬌声よりも明らかに何かを目撃してしまった恐怖の上吊り声だった。
「誰か!!誰かあーーー!!」
「ひ、ひぃ!」
利夫を刺した女は栄の声に怯え、包丁を手放すと一目散に逃げて行った。
「リオ!リオ!しっかりして!!大丈夫!!?」
細い癖に特殊合金加工のロープの様な安定感のある腕に抱かれながら、利夫は耳が遠くなっていくのを感じる。
悲鳴を聞きつけた万夫がデバイスで救急車に連絡を取り、栄が懸命に声を掛ける。しかし次第に瞼が重くなり、何も言えないまま利夫の命の炎が消えて行く。
(あぁ・・・この感じ、懐かしいわぁ)
薄らいでいく意識の中で、利夫は昔を思い出していた。かつて国防長官を狙った過激派グループとの抗争で、仕留めたと思った敵からの不意打ちで後ろから刺された時の事を。あの時を感触と全く同じだ。
そしてそれは、数々の任務で死線を潜ってきた利夫に、死を実感させる物だった。
「・・・・・リオ?」
「・・・どうせ死ぬなら・・・イケメンに、抱かれ、た・・・か・・・」
「私はイケメンじゃないの!?。ねぇリオ!これでも高校の文化祭じゃ女装コンテストで1位取ったのよ!?しっかりして!!」
それを最後に、利夫は目を閉じて動かなくなった。
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