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第18話 その少年、ササキヒビキ
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「この世界にも、オカマなんているんだな」
「えぇ。驚いた?」
「あぁ。仮面着けたオカマなんて初めて見た」
「色オカマでしょ?」
「色男みたいに言うなよ。変なヤツだな」
虚ろな目のまま、少年は呆れたように呟く。この世界で仮面を着けているのは別に珍しくない。マスク・仮面・甲冑・バンダナ・フェイスベール。隠す物は色々ある。リオは純粋に、顔にタトゥーが彫られているので隠す必要があった。転生する際に彫られたタトゥーは魔女の証であり、オルドガルドでは顔にタトゥーを彫る行為は魔女である事を意味している。体目当てで悩み事を聞いて良い奴アピールした後にベットインしたがる面倒な彼氏みたいに体を向け、自己紹介を済ませて本題を切り出した。
「それで?。可愛いヒビキちゃんはこんな所で何を眺めてたの?。腐敗した政治?」
「眺める物がおかしいだろ。…別に、何も眺めてないよ。ただボーっとしてただけ」
「にしちゃぁ、随分死にそうな顔してるケド?」
「そうかもなぁ。だって、実際死にそうだし」
「え?」
「……本当に俺の事、知らないのか?」
ヒビキの意味深な言葉に、思わず首を傾げる。その様子に溜息をつくと、ヒビキはポケットに入れていた紙切れを手渡して読むように無言で催促した。どうやらオルドガルドで流通している冒険者専門の新聞紙らしい。見出しに速報と大きく書かれた記事には【『紅の竜爪』、A級モンスター:グレイバルコルを討伐!】と書かれている。
すぐ隣には狼型の魔物の生首を掲げて写真に堂々と映る6人の冒険者が写っており、一見すると英雄譚のようにも見える。意外な情報ツールにリオが感心していると、ヒビキはおもむろに語りだした。
「そこに写ってるの、俺のギルドメンバーなんだ」
「あら、すごいじゃない」
真ん中でグレイバルコルの生首を掲げる綺麗な光沢の鎧で身を包んだ金髪のリーダーらしき男が写っている。強敵を討伐した勝利の笑みを浮かべ、両サイドに取り巻きであろう女二人に抱き着かれて侍らせ、堂々と記念撮影をしている。
素直に褒めたつもりだった。しかしヒビキは嫌な所を突かれたのか怒りに似た炎を瞳に宿らせて天井を見上げる。そしてすぐに気づいた。写真の中にヒビキが写っていない。よく見ると他の6人はいるのに、何故かヒビキだけがいない。
「……有給休暇中だったの?」
「ンな訳あるかよ。追放されたんだよ、ついほー」
渇いた笑いと、真っすぐな怒りが写真に向けられる。虚無と無気力に覆われた目には悪い意味での生気が宿り、純粋な憎悪を物語る。
「俺が長い間一人で調査して、やっと見つけた大物だったんだ。それで住処を割り出したら、グレインの野郎にいきなりクビを言い渡されて満場一致で追放だよ」
「あらぁ~~。この真ん中の胡散臭い金髪野郎?」
「あーーそうだよ。このいけ好かねぇペテン野郎さ」
ヒビキは記事を貫かんばりの勢いで写真の真ん中に映った金髪の戦士を突きまくる。どうやら相当嫌いらしい。確かに写真を見る限り、いかにもなチャラ男という感じで全くリオのタイプではない。
「レティナも、ジュレッタも、ノエミも、アドゥリも…。ケイヤまで俺を裏切りやがった…っ!」
ヒビキは写真を握りつぶし、怒りの形相を浮かべながら歯ぎしりをする。目には涙すら浮かんでいた。きっと裏切られた事よりも、仲間だと思っていた人達から一方的に切り捨てられた事が悔しくて悲しかったのだろう。一度声を掛け、名乗り合った推せそうな男子を見過ごすなど、リオには出来ない。
「ヒビキちゃん…。アタシと貴方は出会ったばかりだけど、今からご飯でも一緒にどうかしら?」
「…えぇ?」
「出会って3秒で合体するよりも、出会って3分で同じ釜の飯を食べて絆を深める方がずっといいと思うのよね」
「何言ってんだお前」
「まぁ、それは冗談として。アタシが言いたいのはね、ご飯食べながらお話聞かせてってこと」
「悪いけど金はすっからかんだ。無一文で追放されたからな…」
「絶望に打ちひしがれる可愛いボーイからお金を取る訳ないでしょ。寂しい夜にはダッチワイフとオカマが一番よ」
明らかに呆れた顔をされる。しかし同時に腹の音が鳴る。どれだけ悲しくても、辛くても、腹は空いてしまう。リオが可憐なターンを披露しながら酒場へ足を向けると、金が無いのは本当なのか意外とあっさり後ろを付いて来た。細身の体はただでさえ痩せ、頬には窪みがある。なんとかしたいと心から思ったからには、リオにヒビキを見捨てる選択肢は存在しない。
そしてこの出会いが、リオとヒビキの運命を大きく変えることになる。
◇
ギルドの酒場はなんとも非現実的な空間だった。木製の丸テーブルと椅子がいくつも並び、奥にはカウンター席が並んでいる。壁には酒瓶が並べられ、店内の隅々まで金装飾で彩られる照明の光が届いていた。
酒場にいる冒険者達は皆、思い思いに食事をしたり酒を飲んだりして時間を潰している。女冒険者を口説くギザな男もいれば、パーティー仲間の愚痴を堂々と吐く人間もいる。ウェイトレス達は忙しく動き回り、厨房からは料理人たちの猛々しい声が飛び交う。
まるで生前の『コロッセオ』を思い出す。十人十色なオカマ達がバーの中で狂騒しまくり、客と共に酒を飲む。料理を食べて腹の底から笑い、最後はみんな笑顔になる。そんな素敵な職場を懐かしみながらメニュー表を眺めていると、ヒビキは深いため息を吐いた。
総じて賑やかな雰囲気ではあるのだが、その酒場に似つかわしくない負のオーラを放つ少年はある意味異質だと肌身で感じる。
「ヒビキちゃん。食べたい物あったら遠慮せずに言ってちょうだい♪」
「…適当に頼んでくれよ。俺、この世界の文字読めないからさ」
仮面の下で驚きを隠せなかった。『文字が読めない』。それは純粋な日本人なら当たり前なのだが、リオにとっては違った。最初から読めていたのだ。何故か、勝手に。まるで昔からこの世界の言葉を勉強していたぐらい自然に読めて、メニュー表の文字だって読めている。自分のおかしい所に気づいたリオはあくまで平静を装いつつ、ヒビキに同情を示す。
「…文字って、分かりにくい?」
「当たり前だろ。俺は転生してまぁまぁ経つけど勉強は苦手だし、新聞だって読めないんだぜ?」
この世界に転生した時点で文字を読み、言語を理解していた。それは転生者全員に適用される特典では無かった。思い返せば最初から変だった。『魔女の系譜』を手にした時、中身を普通に読めていた。生前、絶対に見たことがない文字列だったのに、だ。
(魔女としての特典かしら?。だとしたら、日本からの転生者は全員『この世界の文字を読めない』…?)
理由はどうあれ、リオは人知れず武器を得ていた。この世界の言語と文字を読める。これだけで転生者だと疑われる確率が大幅に落ちる。
「だったらそうねぇ~~…。デビルシープの角スープとかどうかしら?」
「…んじゃ、それで」
「あとは~、ギガントブルのステーキは?」
「高いだろソレ」
「かわい子チャンには貢ぐタイプなのよ、アタシ」
注文を済ませると、向かい合うテーブルに再び沈黙が流れる。出会ってまだ時間もあまりに経っていないし、ちゃんとした紹介も済んでいないから当然ではある。場を和ませるためにふざけた名乗りをあげようとしたらヒビキの方から口を開いた。
「なぁ、ウゴック」
「リオで良いわよ、ヒビキちゃん」
「あんたって、この世界に詳しいのか?」
「あら、どうして?」
「俺なんかに構うぐらいには暇そうだからさ。俺のこと、知らないみたいだし」
「んねぇ?。変なこと聞くけど、あーたってそんなに有名人なの?」
質問に対し、ヒビキは鼻で笑って答えた。
「悪い意味でなぁ。『紅の竜爪』で雑用ばっかやらされて、一大クエスト直前で追放された奴なんて嫌でも有名になるだろ」
「アタシ普段森に住んでるからねぇ~。あんまりパーティーとか詳しくないのよ」
「ははは。なら、ある意味知らなくて当然か」
自虐の中にあるのは、自分への後悔と虚無感。パーティーから追放されるというのは、リオが思っているより辛い現実が待ち受けている。ヒビキは料理が運ばれてくるまでの間、これまでの境遇を話した。
彼の生前の名前は『佐々木 響』と言い、都内に住む普通の男子高校生だったらしい。厳しい祖母に育てられ、ヘタレな精神を叩き直すために剣道部に入部させられたヒビキは部活の遠征で乗っていた大型バスが事故に遭い、部活仲間もろとも事故死。異世界転生して冒険者になったと言う。転生者になる普通の流れだが、ここで興味の惹かれる話が出た。
「笑える話でさ、『紅の竜爪』のメンバーに俺と同じ部活だった奴がいるんだ」
「えぇ!?。ほんとに?」
「あぁ、こいつだよ」
指したのはさっきの新聞紙に載っていた写真の右端に移る剣士の少年。ヒビキと同い年らしいが、やけに大人びた凛々しい顔をしている。
色艶のある黒髪に白のメッシュが入り、長いまつ毛とアメジストカラーの瞳は物静かなイメージと目立たない獰猛さを放っている。佇まいも剣士らしく背筋を伸ばして堂々としていて、装備は紫加工を施された軽装だが腰には立派な剣を携えている。
「『今月 景弥』(いまづき けいや)って言ってさ。俺と同じクラスで先輩より強い部活の主将だったんだ。めちゃくちゃ強くて、一緒に転生したんだ」
「仲良しだったの?」
「まさか。俺とは天と地ぐらい差があるエリートさ。一匹狼気取りの癖に女子にはモテモテで、おまけに成績も優秀。イケメンで文武両道で……。俺なんかじゃ一生勝てる相手じゃないよ」
遠い目をした表情から、諦めが読み取れた。自分との間には越えられない壁でもあるかのように。負の感情表現が多すぎるヒビキの頬に伝うのは、大粒の涙。
「でもさ、仲間だって……信じて、たのにさぁ…っ!」
「どこで裏切られたの?」
「最初からだよっ!!。女神様が一緒に俺を転生させたあの瞬間から、アイツはぁ…っ!」
(アネちゃんね…)
黙って話を聞くことしかできない。ヒビキが途切れ途切れに話したこれまでも物語は、絵に描いた悲惨さだった。
ヒビキとケイヤは同じタイミングで死亡し、同じ場所に転生した。言語は分からなかったが、最初のリオの思考と同じく図書館を経由して情報を収集し、ホロレルの街の宿屋で住み込みで働きながら冒険者になった。ケイヤは『聖騎士』として、ヒビキは『ヒーラー』としての特典を与えられて二人でクエストを順調にこなしていたある日、そろそろパーティーに参加した方がいい考えていた。冒険者ギルドで仲介人を挟んで待っていると、とある人物に話しかけられたという。
それが裏切りの舞台となったAランクパーティー『紅の竜爪』の現リーダー。グレイン・ロックフォード。グレインは転生者であるケイヤとヒビキが有能な力を持つ人間であると見抜きスカウトし、戦力の補充を成功させた。しかし剣士として圧倒的な実力を誇るケイヤと比べ、剣の腕前が人並みであるヒビキは段々と冷遇されていき、ついには雑用係にまで降格。
グレインの取り巻きであるレディナとジュレッタまでもケイヤに色目を使い始め、心身ともにズタボロになりながら危険な偵察任務まで押し付けられた。潮時になるとあっさりパーティーを追放する会議が開かれるのだが、それだけならまだ良かった。友人のケイヤもいるし、別に縁が切れる訳じゃない。実力不足を嘆いてせめてケイヤが庇ってくれるだろうと思っていたが、現実は非常だった。
「……ケイヤは俺を追放する会議で、真っ先に手を挙げやがったんだ」
理解できなかった。ケイヤはこちら側の人間だったはず。だが真っ先に、一番最初に手を挙げヒビキの追放に賛成した。ぴしり、と何かが割れるような音がした。そこから先はあまり覚えていない。数日間あてもなく彷徨い、ギルドに顔を出せば「追放された無能」として嘲笑の対象になる生き地獄。飯もろくに食べられず、パーティーで借りていた宿屋も追い出された。
ケイヤに劣っている自覚はあったが、こんな目に遭う理由がわからない。ただケイヤと共に異世界生活をエンジョイしたかっただけなのに、ケイヤはヒビキを切り捨てたの。渇いた笑いが虚しく響く中、ヒビキは悲劇の主人公となって本心を暴露する。
「………なぁ、リオ。あんたも……………俺を、笑うかよ」
涙を覆い隠していた掌の隙間から見えるのは、隠せない殺意と底無しの憎悪が入り混じった壊れた瞳。額から目元にかけての血管がビキビキと浮き上がり、眉間に深いしわが刻まれる。あくまで自虐を通したいのか、口元だけは半笑いのままだった。目元を覆う影には怒りと悲しみが滲みだし、何度も搔きむしったであろう首筋の傷跡がなんとも痛々しい。
(ストレスによる自傷に、自律神経の失調による不眠…。心的外傷による鬱傾向…。マズイわね、自傷他害の恐れがあるわ)
リオは冷静に診断を下す。ヒビキの心身は想像以上にボロボロだったが、なんとか精神の均衡を保とうとしているのだろう。笑っているのは、まだギリギリのところで正気を保っている証拠。だが、それも長くは持たない。
「いいえ。アタシは、あなたと一緒に笑いたいわ」
「えぇ。驚いた?」
「あぁ。仮面着けたオカマなんて初めて見た」
「色オカマでしょ?」
「色男みたいに言うなよ。変なヤツだな」
虚ろな目のまま、少年は呆れたように呟く。この世界で仮面を着けているのは別に珍しくない。マスク・仮面・甲冑・バンダナ・フェイスベール。隠す物は色々ある。リオは純粋に、顔にタトゥーが彫られているので隠す必要があった。転生する際に彫られたタトゥーは魔女の証であり、オルドガルドでは顔にタトゥーを彫る行為は魔女である事を意味している。体目当てで悩み事を聞いて良い奴アピールした後にベットインしたがる面倒な彼氏みたいに体を向け、自己紹介を済ませて本題を切り出した。
「それで?。可愛いヒビキちゃんはこんな所で何を眺めてたの?。腐敗した政治?」
「眺める物がおかしいだろ。…別に、何も眺めてないよ。ただボーっとしてただけ」
「にしちゃぁ、随分死にそうな顔してるケド?」
「そうかもなぁ。だって、実際死にそうだし」
「え?」
「……本当に俺の事、知らないのか?」
ヒビキの意味深な言葉に、思わず首を傾げる。その様子に溜息をつくと、ヒビキはポケットに入れていた紙切れを手渡して読むように無言で催促した。どうやらオルドガルドで流通している冒険者専門の新聞紙らしい。見出しに速報と大きく書かれた記事には【『紅の竜爪』、A級モンスター:グレイバルコルを討伐!】と書かれている。
すぐ隣には狼型の魔物の生首を掲げて写真に堂々と映る6人の冒険者が写っており、一見すると英雄譚のようにも見える。意外な情報ツールにリオが感心していると、ヒビキはおもむろに語りだした。
「そこに写ってるの、俺のギルドメンバーなんだ」
「あら、すごいじゃない」
真ん中でグレイバルコルの生首を掲げる綺麗な光沢の鎧で身を包んだ金髪のリーダーらしき男が写っている。強敵を討伐した勝利の笑みを浮かべ、両サイドに取り巻きであろう女二人に抱き着かれて侍らせ、堂々と記念撮影をしている。
素直に褒めたつもりだった。しかしヒビキは嫌な所を突かれたのか怒りに似た炎を瞳に宿らせて天井を見上げる。そしてすぐに気づいた。写真の中にヒビキが写っていない。よく見ると他の6人はいるのに、何故かヒビキだけがいない。
「……有給休暇中だったの?」
「ンな訳あるかよ。追放されたんだよ、ついほー」
渇いた笑いと、真っすぐな怒りが写真に向けられる。虚無と無気力に覆われた目には悪い意味での生気が宿り、純粋な憎悪を物語る。
「俺が長い間一人で調査して、やっと見つけた大物だったんだ。それで住処を割り出したら、グレインの野郎にいきなりクビを言い渡されて満場一致で追放だよ」
「あらぁ~~。この真ん中の胡散臭い金髪野郎?」
「あーーそうだよ。このいけ好かねぇペテン野郎さ」
ヒビキは記事を貫かんばりの勢いで写真の真ん中に映った金髪の戦士を突きまくる。どうやら相当嫌いらしい。確かに写真を見る限り、いかにもなチャラ男という感じで全くリオのタイプではない。
「レティナも、ジュレッタも、ノエミも、アドゥリも…。ケイヤまで俺を裏切りやがった…っ!」
ヒビキは写真を握りつぶし、怒りの形相を浮かべながら歯ぎしりをする。目には涙すら浮かんでいた。きっと裏切られた事よりも、仲間だと思っていた人達から一方的に切り捨てられた事が悔しくて悲しかったのだろう。一度声を掛け、名乗り合った推せそうな男子を見過ごすなど、リオには出来ない。
「ヒビキちゃん…。アタシと貴方は出会ったばかりだけど、今からご飯でも一緒にどうかしら?」
「…えぇ?」
「出会って3秒で合体するよりも、出会って3分で同じ釜の飯を食べて絆を深める方がずっといいと思うのよね」
「何言ってんだお前」
「まぁ、それは冗談として。アタシが言いたいのはね、ご飯食べながらお話聞かせてってこと」
「悪いけど金はすっからかんだ。無一文で追放されたからな…」
「絶望に打ちひしがれる可愛いボーイからお金を取る訳ないでしょ。寂しい夜にはダッチワイフとオカマが一番よ」
明らかに呆れた顔をされる。しかし同時に腹の音が鳴る。どれだけ悲しくても、辛くても、腹は空いてしまう。リオが可憐なターンを披露しながら酒場へ足を向けると、金が無いのは本当なのか意外とあっさり後ろを付いて来た。細身の体はただでさえ痩せ、頬には窪みがある。なんとかしたいと心から思ったからには、リオにヒビキを見捨てる選択肢は存在しない。
そしてこの出会いが、リオとヒビキの運命を大きく変えることになる。
◇
ギルドの酒場はなんとも非現実的な空間だった。木製の丸テーブルと椅子がいくつも並び、奥にはカウンター席が並んでいる。壁には酒瓶が並べられ、店内の隅々まで金装飾で彩られる照明の光が届いていた。
酒場にいる冒険者達は皆、思い思いに食事をしたり酒を飲んだりして時間を潰している。女冒険者を口説くギザな男もいれば、パーティー仲間の愚痴を堂々と吐く人間もいる。ウェイトレス達は忙しく動き回り、厨房からは料理人たちの猛々しい声が飛び交う。
まるで生前の『コロッセオ』を思い出す。十人十色なオカマ達がバーの中で狂騒しまくり、客と共に酒を飲む。料理を食べて腹の底から笑い、最後はみんな笑顔になる。そんな素敵な職場を懐かしみながらメニュー表を眺めていると、ヒビキは深いため息を吐いた。
総じて賑やかな雰囲気ではあるのだが、その酒場に似つかわしくない負のオーラを放つ少年はある意味異質だと肌身で感じる。
「ヒビキちゃん。食べたい物あったら遠慮せずに言ってちょうだい♪」
「…適当に頼んでくれよ。俺、この世界の文字読めないからさ」
仮面の下で驚きを隠せなかった。『文字が読めない』。それは純粋な日本人なら当たり前なのだが、リオにとっては違った。最初から読めていたのだ。何故か、勝手に。まるで昔からこの世界の言葉を勉強していたぐらい自然に読めて、メニュー表の文字だって読めている。自分のおかしい所に気づいたリオはあくまで平静を装いつつ、ヒビキに同情を示す。
「…文字って、分かりにくい?」
「当たり前だろ。俺は転生してまぁまぁ経つけど勉強は苦手だし、新聞だって読めないんだぜ?」
この世界に転生した時点で文字を読み、言語を理解していた。それは転生者全員に適用される特典では無かった。思い返せば最初から変だった。『魔女の系譜』を手にした時、中身を普通に読めていた。生前、絶対に見たことがない文字列だったのに、だ。
(魔女としての特典かしら?。だとしたら、日本からの転生者は全員『この世界の文字を読めない』…?)
理由はどうあれ、リオは人知れず武器を得ていた。この世界の言語と文字を読める。これだけで転生者だと疑われる確率が大幅に落ちる。
「だったらそうねぇ~~…。デビルシープの角スープとかどうかしら?」
「…んじゃ、それで」
「あとは~、ギガントブルのステーキは?」
「高いだろソレ」
「かわい子チャンには貢ぐタイプなのよ、アタシ」
注文を済ませると、向かい合うテーブルに再び沈黙が流れる。出会ってまだ時間もあまりに経っていないし、ちゃんとした紹介も済んでいないから当然ではある。場を和ませるためにふざけた名乗りをあげようとしたらヒビキの方から口を開いた。
「なぁ、ウゴック」
「リオで良いわよ、ヒビキちゃん」
「あんたって、この世界に詳しいのか?」
「あら、どうして?」
「俺なんかに構うぐらいには暇そうだからさ。俺のこと、知らないみたいだし」
「んねぇ?。変なこと聞くけど、あーたってそんなに有名人なの?」
質問に対し、ヒビキは鼻で笑って答えた。
「悪い意味でなぁ。『紅の竜爪』で雑用ばっかやらされて、一大クエスト直前で追放された奴なんて嫌でも有名になるだろ」
「アタシ普段森に住んでるからねぇ~。あんまりパーティーとか詳しくないのよ」
「ははは。なら、ある意味知らなくて当然か」
自虐の中にあるのは、自分への後悔と虚無感。パーティーから追放されるというのは、リオが思っているより辛い現実が待ち受けている。ヒビキは料理が運ばれてくるまでの間、これまでの境遇を話した。
彼の生前の名前は『佐々木 響』と言い、都内に住む普通の男子高校生だったらしい。厳しい祖母に育てられ、ヘタレな精神を叩き直すために剣道部に入部させられたヒビキは部活の遠征で乗っていた大型バスが事故に遭い、部活仲間もろとも事故死。異世界転生して冒険者になったと言う。転生者になる普通の流れだが、ここで興味の惹かれる話が出た。
「笑える話でさ、『紅の竜爪』のメンバーに俺と同じ部活だった奴がいるんだ」
「えぇ!?。ほんとに?」
「あぁ、こいつだよ」
指したのはさっきの新聞紙に載っていた写真の右端に移る剣士の少年。ヒビキと同い年らしいが、やけに大人びた凛々しい顔をしている。
色艶のある黒髪に白のメッシュが入り、長いまつ毛とアメジストカラーの瞳は物静かなイメージと目立たない獰猛さを放っている。佇まいも剣士らしく背筋を伸ばして堂々としていて、装備は紫加工を施された軽装だが腰には立派な剣を携えている。
「『今月 景弥』(いまづき けいや)って言ってさ。俺と同じクラスで先輩より強い部活の主将だったんだ。めちゃくちゃ強くて、一緒に転生したんだ」
「仲良しだったの?」
「まさか。俺とは天と地ぐらい差があるエリートさ。一匹狼気取りの癖に女子にはモテモテで、おまけに成績も優秀。イケメンで文武両道で……。俺なんかじゃ一生勝てる相手じゃないよ」
遠い目をした表情から、諦めが読み取れた。自分との間には越えられない壁でもあるかのように。負の感情表現が多すぎるヒビキの頬に伝うのは、大粒の涙。
「でもさ、仲間だって……信じて、たのにさぁ…っ!」
「どこで裏切られたの?」
「最初からだよっ!!。女神様が一緒に俺を転生させたあの瞬間から、アイツはぁ…っ!」
(アネちゃんね…)
黙って話を聞くことしかできない。ヒビキが途切れ途切れに話したこれまでも物語は、絵に描いた悲惨さだった。
ヒビキとケイヤは同じタイミングで死亡し、同じ場所に転生した。言語は分からなかったが、最初のリオの思考と同じく図書館を経由して情報を収集し、ホロレルの街の宿屋で住み込みで働きながら冒険者になった。ケイヤは『聖騎士』として、ヒビキは『ヒーラー』としての特典を与えられて二人でクエストを順調にこなしていたある日、そろそろパーティーに参加した方がいい考えていた。冒険者ギルドで仲介人を挟んで待っていると、とある人物に話しかけられたという。
それが裏切りの舞台となったAランクパーティー『紅の竜爪』の現リーダー。グレイン・ロックフォード。グレインは転生者であるケイヤとヒビキが有能な力を持つ人間であると見抜きスカウトし、戦力の補充を成功させた。しかし剣士として圧倒的な実力を誇るケイヤと比べ、剣の腕前が人並みであるヒビキは段々と冷遇されていき、ついには雑用係にまで降格。
グレインの取り巻きであるレディナとジュレッタまでもケイヤに色目を使い始め、心身ともにズタボロになりながら危険な偵察任務まで押し付けられた。潮時になるとあっさりパーティーを追放する会議が開かれるのだが、それだけならまだ良かった。友人のケイヤもいるし、別に縁が切れる訳じゃない。実力不足を嘆いてせめてケイヤが庇ってくれるだろうと思っていたが、現実は非常だった。
「……ケイヤは俺を追放する会議で、真っ先に手を挙げやがったんだ」
理解できなかった。ケイヤはこちら側の人間だったはず。だが真っ先に、一番最初に手を挙げヒビキの追放に賛成した。ぴしり、と何かが割れるような音がした。そこから先はあまり覚えていない。数日間あてもなく彷徨い、ギルドに顔を出せば「追放された無能」として嘲笑の対象になる生き地獄。飯もろくに食べられず、パーティーで借りていた宿屋も追い出された。
ケイヤに劣っている自覚はあったが、こんな目に遭う理由がわからない。ただケイヤと共に異世界生活をエンジョイしたかっただけなのに、ケイヤはヒビキを切り捨てたの。渇いた笑いが虚しく響く中、ヒビキは悲劇の主人公となって本心を暴露する。
「………なぁ、リオ。あんたも……………俺を、笑うかよ」
涙を覆い隠していた掌の隙間から見えるのは、隠せない殺意と底無しの憎悪が入り混じった壊れた瞳。額から目元にかけての血管がビキビキと浮き上がり、眉間に深いしわが刻まれる。あくまで自虐を通したいのか、口元だけは半笑いのままだった。目元を覆う影には怒りと悲しみが滲みだし、何度も搔きむしったであろう首筋の傷跡がなんとも痛々しい。
(ストレスによる自傷に、自律神経の失調による不眠…。心的外傷による鬱傾向…。マズイわね、自傷他害の恐れがあるわ)
リオは冷静に診断を下す。ヒビキの心身は想像以上にボロボロだったが、なんとか精神の均衡を保とうとしているのだろう。笑っているのは、まだギリギリのところで正気を保っている証拠。だが、それも長くは持たない。
「いいえ。アタシは、あなたと一緒に笑いたいわ」
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