BLオカマの異世界『推し事』日記~推しを成り上がらせる魔女の物語~

指圧童子

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第21話 オカマ流尋問術 

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「…んで、どういう訳だ?」
「かわい子チャンのお届け物よ」

 見た目がオンボロな宿屋の中は、中身も悲惨なレベルでお粗末だった。壁は隙間風が吹き、照明は手入れされていない蝋台の灯りのみ。部屋の扉も力技で無理やりこじ開けられる簡素な薄い木材板がベース。歩くたびに床は軋み、窓を閉めても路地裏の嫌な粘り気のある喧騒が聞こえてきて落ち着けそうにない。
 そんな最悪な宿屋の一室を借りている主人、ヒビキはただでさえ不機嫌そうな顔をさらに歪めてシングルベットに腰掛ける。殺したいほど憎い元パーティーメンバーの称賛を聞いて苛立ち、すぐにでも眠ろうと思っていたら別れたはずのオカマが知らない女を担ぎこんでやって来たのだから、イラつきはかなりのものだ。追い返そうとしたが逆に少女を誘拐した人間がやって来た所を見られたら厄介ごとに巻き込まれかねない。ヤケになっていたからこそ、ヒビキは事情を中で説明したがるリオを仕方なく迎え入れた。

「ふざけんなよ。いきなり押しかけて来てなんの真似だよ」
「それはアタシも聞きたいのよね。この子があーたをストーカーしなけりゃ、こんな時間にお邪魔しなかったのにぃ」
「なんだと?」

 ストーキングされているのに気づいていなかったヒビキの顔つきが変わる。ぎしぎし軋む木材の椅子にメギナを縛り付け、マジックを披露するマジシャンの様な振る舞いで隣に立って事情を話し始める。

「まずはヒビキちゃん。改めて言うけどこんな時間にごめんあそばせ?。あーたと別れた後、この子があーたをストーカーしてるのに気づいてここまでやって来たのよ」
「…はぁ?」

 理解できない様子であった。本当はリオの後ろをメギナが付いてきていたのだが、ヒビキが本命だとしてもついでにリオの事も知られた。ヒビキはただでさえ精神的なキャパが限界を迎えかけていて、余計な情報は起爆剤になりかねない。

「なんで…俺が」
「さっきちょっと聞いたら、あーたを調べる様に依頼されてたみたいなの。ところでヒビキちゃん。アーボウってご存じかしら?」
「アーボウって…。そりゃ知ってるよ。冒険者専門の情報屋たちで、魔物やクエストよりも犯罪に関係した冒険者や、個人的な冒険者についての情報収集をする奴らだ」

 隠密特化型の推測は外れていなかった。それならメギナが戦闘向きでないもの頷ける。

「なーーるほどぉ?。この子、メギナちゃんって言うらしいんだけど。そのアーボウらしくてね?。ヒビキちゃん、お知り合い?」
「いいや。アーボウの連中は基本あまり表舞台に出てこない。俺がさっき見せた記事だって、そのアーボウたちが書いてる物だ」

 つまり『アーボウ』とは魔物の調査ではなく、『冒険者個人の調査』に特化した情報屋の通称であるらしい。ヒビキがリオに見せた紅の竜爪の栄光を映した記事も、彼女たちが書いた物。つまり、現代で言う新聞記者みたいな職業だろう。

(まるで探偵と記者を足した様な職業だわ…。精度はどのくらいなのかしら)

 完全にはっきりした事実。メギナは情報屋兼記者であり、何者からか依頼を受けてヒビキを尾行していた。そして戦闘力や追跡能力はあまり優れておらず、非戦闘向きのステータスをしている。ヒビキの知り合いでない以上、敵性冒険者とみて間違いない。

「……おい。誰の差し金だ」
「…っ」

 睨みを利かせたヒビキの視線にメギナの背筋がぴしりと伸びる。情報屋が簡単に口を割ってはいけないのは風潮的に素人でも分かる。メギナからすれば調査対象を調べている時に不確定要素に巻き込まれて、身柄を拘束された状況。
 さらに情報を吐かされたらアーボウとしてのメンツも立たなくなってしまう最悪の展開。

(とはいえ…。情報を吐きださせるだけ精一杯なのよねぇ…。オカマ困っちゃう)

 が、リオの本音。ヒビキも転生者なので、メギナが転生者だった場合殺しをすると即消滅する。推しが消滅するのを間近で見せつけられるのもかなりキツいだろう。前世も推しが本編終了間近になって退場した時は涙を流し続けたものだ。ショックで仕事を休もうとしたらママに自宅まで来られて強制出勤になったが…。

「い…言えない…」
「でしょうねー。でも解放されると思う?」
「わ、私に手を出したらボスが黙ってないわよ!?」

 本当にこんな臭いセリフをリアルで口にする人間がいるのかと、リオは内心ドン引きする。しかも相手は中高生ぐらいのロリ体型の美少女。なおさら引く。

「ヒビキちゃん。アーボウってそんなにヤバい組織なの?」
「まぁ、冒険者の個人情報を洗いざらい調べて売り飛ばす下衆連中だからな。敵に回すとあることない事吹き込まれて、厄介な目に遭うかもな」
「ふぅ~ん。情報を間違った使い方するチンピラ集団って訳ね」
「ち、違うわよ!。私たちは正当な対価を貰って真実をむぐっ!?」
「お黙りなさい」

 吠えるメギナの口から顎を握りこめてリオは無理やり黙らせる。限界まで追い詰められたヒビキを嗅ぎまわるだけでも腸煮えくり返る思いだったが、なおさらメギナの事が嫌いになった。『情報』の恐ろしさは、嫌というほど知っている。情報を扱い、情報に詳しい人間から発信される情報は例え見え透いた嘘であったとしても、何も知らない群衆を惑わす力を持っている。

 政治。政略。陰謀論。宗教。都市伝説。差別。いじめ。

 全ては情報と偏見、思い込みが生み出した産物。情報で人は簡単に操れる。情報を制する者が世界を支配する。リオは情報を操り、情報を生み出し、情報を拡散させる力を暴走させた同期を間近で見た。だから大切さと恐ろしさを痛感している。許せるはずもない。
 情報の価値を理解せず、情報を悪用して他者を傷つける輩は絶対に。

「正当な対価ですって?。だったらどんな対価を貰って、どんな真実を拡散するつもりだったのかしら?」
「んぐっ…!」
「答えなさいメギナちゃん。あーたみたいなただのオカマに捕まるようなお間抜けちゃんから情報を引き出すなんて簡単なのよ?」

 道化じみた軽い口調だが、声色は怒りを滲んでいた。どこが琴線に触れたのか分からないヒビキは悪魔じみた気迫に押される。ヒビキが恐怖を感じているのを肌で感じ取り、少しだけ冷静になる。

「暴力が良い?。それとも拷問?。ゴブリンの巣窟に放り投げて一日放置してみようかしら?」
「お、おい。落ち着けよ…」

 完全にキレてしまった顔見知りに戸惑いながらもヒビキの制止の声がかかる。さっきまで温厚だったオカマからは想像もできないブチ切れ具合に二重人格を疑った。怒りに触れて怯えるメギナだったが、それでも容赦なく詰め寄られて体の震えが強くなる。
 仮面越しの瞳に映るのは狂気にも似た殺意で、投げ飛ばされた時以上の恐怖がぞわぞわと背筋を駆け巡る。

「ちなみに聞くけど、あーたに手を出したらどうなるのか教えてちょうだい?」

 顎が砕かれそうなほどの膂力。そこまで大柄でない平均体形のオカマの怒気に圧され、涙を浮かべるメギナはガタガタと震えながら必死になって答える。
解放されたメギナの返答は、リオの予想通りだった。

「ぼ、ぼぼ、冒険者たちにあんたの情報をバラ撒いてこの街に居られなくしてやるわ…っ!」
「そう。じゃあ最後にあーたで遊ぶ事にするわ」
「え?」

 結局ここでもテンプレだった。なぜ悪党はやり方が違えど追い詰められた時のリアクションがこうも一緒なのか。薄緑色の液体が入った小さな円錐状の小瓶を取り出し、器用にくるくる回しながら見せつける。この世界に馴染んだ人間ならポーションの類かと思って特に警戒しないが、仮面で顔を隠したオカマ口が摘まみ上げる事で不気味な印象を与えた。

「これね。アタシが最近作ったばかりのお薬なんだけど、まだ実験してなくて性能がよく分からないのよ。だから、あーたで試すわね?」
「そ、それなんの薬よ」
「オロスコの原液よ」
「え?」
「何?」
「聞こえなかった?。オロスコの原液よ」

 メギナに続いてヒビキまで目を丸くした。そのキョトンとした顔が可愛くて頬すりしたい衝動を抑え、栓を開けたらメギナの顔が一気に蒼白くなった。感受性が強い子供だからか、額から汗がドバドバと流れ始める。
 ヒビキも中身が何なのかを素人なりに察したらしく、表情を強張らせた。

 オロスコの原液。その正体はホロレルの街で蔓延している違法薬物『オロスコ』の原料であり、粉末状にする為の前工程で作られた液状のオロスコを指す。昼間の商売中に客から聞いた話だと、オロスコは中毒性と依存性が極めて高いのに加えて人格を豹変させてしまう副作用があるらしく、街で使用はもちろん製造まで禁止されている代物だという。
 オロスコは薬物としてこそ危険だが、それを製造するのは複雑な工程を繰り返してから魔法陣や錬金術スキルを使う必要があるので簡単には作れない。オロスコ自体危険な薬物であるが入手困難かつ一攫千金と薬の快楽を兼ね備えた危険薬物なので、かなり高額になりがちだ。
 よって、オロスコは基本的に富裕層が楽しむ娯楽アイテムとして馴染まれているが、大半の市民からは『悪魔の囁き』として忌避されている。リオが持っているのは、その原料。

「これを飲んだら…。どうなると思う?」
「……」

 怒って話が通じなくなったママを真似してメギナを脅してみる。先程までの威勢の良さが消え失せ、言葉すら発しなくなった。

「おい…。本気かよ」
「えぇ。ヒビキちゃんも見たくなぁい?。自分を狙った女が、オロスコの原液を飲んでどんな苦しみに蝕まれるのか」

 メギナの震えは両脚から全身へと進化する。これから起こるであろう拷問への恐れからか、あるいはオロスコの原液を飲まされる事に対する不安からか。

「ちなみに…。どうなるか、分かってるのか?」
「えぇ。知りたい?」
「……まぁ」
「んもぉ。ヒビキちゃんってば欲しがり屋さんなのねぇ、そういうの好きよ」

 ヒビキの不安そうな顔と声。表情豊かで、心が黒く染まってもどこか健気な少年への好感度が爆上がりしていく。嬉しそうにはしゃぎながらテンションが最高潮に達して、スケート選手張りの仰け反りを披露した。

「楽に死ねるわ。ただ…ゆっくり、ゆ~~っくりと瞼が重くなってぇ、死ぬって分かってても抗えない眠気に襲われるのぉ」
「眠気?。痛いとか、苦しいとかは?」
「過剰摂取したらもちろん痛いし苦しいわ。でもオロスコの原液は人の身体に適合する素材が一切入ってないから、一気飲みすれば体の機能が一斉に停止して一瞬で女神様に謁見できるわ。んん~、スパイスィ♪」
「……」
「まぁ、適量ならとても気持良い気分になれるの。だから、みんなは飲むのよ。滋養強壮もあるからもう洗練されたオロスコを使えばどんなお爺ちゃんでも発情期の子猫ちゃんにだぁい変身!」
「へぇ……」
「アタシは試した事ないんだけどね」
「じゃあ、何で知ってんだよ」
「それは内緒♪。麗しい漢女には秘密が付き物なのよ♡」
「はいはい。もうツッコまねーぞ」
「ちなみにオロスコは『ディグラッヒ語』で『天使の誘い』って意味よ。オシャレでしょ?」
「どこの国だよそれ」

 そんな国は知らない。なぜならこれまで話した内容は全てその場しのぎで考えたデタラメだったからだ。目的はメギナの口を割らせ、ヒビキの復讐劇を補助する事。転生者を殺してはならないルールがある以上、何があっても殺人の一線は守る必要がある。もしメギナを殺すのなら、異世界出身の人間であると判明した時しかない。

(『転生者を殺した転生者が即消滅』なのは分かるけどぉ…。『転生者殺しを命令した転生者がどうなるのか』は分からないままよねぇ…)

 思いついたのが、それっぽい嘘でメギナを脅す作戦。見せつけた小瓶も中身は護身用に持っていた睡眠薬であり、不審者や魔物に襲われた時に強烈な芳香の液体をぶちまけて無力化する手段として携帯していた。
 匂いは強烈だが、少量飲んだ程度は死にはしない。強烈な眠気と副作用の睡眠障害が出るくらいで、違法薬物ほどの恐ろしさは全く無い。だがオロスコの説明をされ、怒気迫る脅しをかけてメギナの恐怖心を煽り、真実を喋らせるという作戦。
 普通に聞いていたら嘘だと判明するはずだった。『苦しみに蝕まれる』と言っておきながら、『眠る様に楽に死ねる』なんて既に矛盾している。

「さて、待たせちゃってごめんなさいねメギナちゃん。パパとママにお別れした?」
「…やだ…。待ってよ…」
「待たせてあげたでしょ?。アーボウたるもの、いついかなる時も死ぬ覚悟は決めておかなきゃ。冒険者よりある意味死にやすいお仕事でしょ?」
「……私……まだ15歳なのに……」

 優しく語りかけると、メギナは涙ながらに訴える。

「腐れ外道が15年も生きたら十分でしょ」

 また強引に口を開かせ、中身を突っ込む。最後まで何か言おうとしていたが、一切の躊躇もなくとろりとした液体を口の中に放り込んで飲み込ませた。するとメギナは薬独特の強烈な匂いと苦みに耐えきれず、喉を鳴らして吐き出そうとした。だが拘束された状態では全く抗えず、ついに全て飲み干して椅子の上でのたうち回る。

「ゲホっ!ゴホッ!!オエッ!!」
「あらあら。大丈夫よ。すぐに楽になるわ」

 メギナの背中をさすってあげた。以前見たサイコスリラー映画の犯人も、生け捕りにした刑事に毒を飲ませて背中を擦っていた。手つきは優しくて滑らかな動きだが、感じ取れる声と雰囲気は冷たく無機質で感情が全くこもっていない。メギナの様子とリオの演技に本気で劇薬を飲ませたと信じたらしいヒビキの顔を青ざめている。

「ヒビキちゃん。一応ここに解毒薬あるんだけど。これはあーたにあげるわね」
「…は?。な、なんでだよ」

 渡したのも当然、解毒薬なんて大層な物じゃない。睡眠薬を中和する作用を持った果汁を混ぜただけの美味しいジュース。

「この外道娘の残りの命はあーたの手に委ねられるわ。生かすも殺すもヒビキちゃん次第。どう?」
「俺に、何をやらせたいんだよ…?」
「選択よ。賢いヒビキちゃんなら分かってると思うけど、誰に依頼されたと思う?」
「……知るかよ。俺がもうこの街で生きてたって、誰も興味持たないだろ?」
「いるじゃない、連中が」
「連中?」
「あーたを追放した『紅の竜爪』よ」

 オロスコの原液と解毒薬の話は嘘だが、この推測は本心だった。
 ヒビキはAランクパーティーを追放された無能の烙印を押されて悪い意味で有名人になっている。ヒビキの話ではリーダーのグレインは非常にプライドが高く、取り巻きにスケベしまくって悦に浸るタイプらしい。そんな男なら、自分の看板に泥を塗ったヒビキが反旗を翻さない様に監視するか、始末する為のチャンスを伺っているかのどちらか。
 腕利きの転生者、ケイヤや他のメンバーの情報はまだ無いが、紅の竜爪の誰かが監視を依頼しているなら早急に対処しなければならない。

「まさか…。あいつらが!?」
「可能性は一番あるんじゃないかしら?」

 納得したくないが、確かにあいつらなら有り得る。そんな表情だった。やはり年相応の青少年らしい感性豊かなヒビキの反応で、予想は確信へと変わる。

(万が一を考えていたけど、やっぱりヒビキちゃんは日本人で間違いないわね)
「助けて…。助けてよぉ…」

 すっかり忘れていた頃に聞こえてきた弱々しい女の声。どうやらメギナも本当に原液を飲まされたと思っているらしい。プラシーボ効果で本当に死なれたら困るのでさっさと喋ってほしいが、威勢だけは一丁前なアーボウの少女は薬物や拷問に対する訓練は受けていない。
 とどめの脅しをかけようとした時、解毒薬を渡されたヒビキが不快感と嗚咽で顔がぐちゃぐちゃになった少女に詰め寄る。

「おい。助けて欲しいなら言え。誰に雇われた?。グレインのクソ野郎か?。それとも裏切り者のケイヤか!?」

 情緒不安定に食って掛かる推しの気迫は中々見応えがある。まるでヒビキの方が劇薬を飲まされて助かろうと必死に縋っているみたいに…。

「アーボウはボスは知ってる。もう俺は失うもんは何も無いんだ。お前が死んだ後に特攻仕掛けても良いんだぞ」

 この時だけはメギナが少しだけ羨ましく思えた。必死に縋りつく推しに詰め寄られるシチュエーションはリオの『推しにされてみたい行為ランキング』の上位に入る。脅しをかけられても正直興奮する時点で病気だと思うが、主導権を握れているなら眉唾物の興奮が得られるだろう。後先考えずに行動する危うさがまた切なく、愛おしい。

「あと一分くらいかしら」
「ひっくっ、やだよぉ…。ママ~…っ!!」

 大きな声を出せなくなりつつあるメギナの精神状態がブレにブレ始める。隙間風が吹く宿屋で大声を出せば誰かが気づいてくれそうだが、この宿屋は路上生活寸前の堕落者達が集う場所。
 厄介ごとに巻き込まれたくない日陰者ばかりしかおらず、強姦や違法アイテムの売買。裏取引の現場に使われるぐらいの治安の悪さ。少女が叫んでも誰も気にも留めはしない。助けも期待できず、本当に瞼が重くなって抗えない眠気が襲ってきたせいで本気で泣きはじめた。
 大きな声は既に小さく、いくら振り絞っても全然出てこない。このまま放置しても意識を失い、目覚めると嘔吐や腹部の不快感で一日動けなくなるぐらいだが、ついに薄っぺらい鋼の心が挫けた。

「……えみぃ…」
「あーはん?」
「ノエミ……。ですぅ…!!」
「のえみ?。それどっかで聞いた気がす」
「ノエミだと?」

 搾りだされた自白に一番反応を示したのはもちろんヒビキ。つられて思い出す。アーボウの書いた記事に載っていた紅の竜爪のメンバーの一人で、端の方でキャピキャピしていた青い服装の女だ。

「……てっきりグレインかと思ってたけど」
「ケイヤでも無かった」
「パーティーの頭脳派だったりする?」
「いや。ノエミは騒がしい陽キャで、揉め事についちゃ穏健派なはずだ。発言力はあるけど引っ張るタイプじゃない。俺を一番狙わなさそうなんだが…」
「とりあえずヒビキちゃん。解毒薬を飲ませてあげて。まだまだ聞きたい事があるわ」
「分かった」

 解毒薬の注ぎ口を強引に押し込み、死にたくない一心でやたら甘い解毒薬を飲み干す。

「~っぷはぁ!」
「良かったわねぇ、死ななくて。眠気は来るけど死なないから安心してちょうだい」
「げっほっ!。げほっ…。話したんだから、解放してよぉ」
「雇われた理由はなんだ?。何を頼まれた?」

 すぐさま再開する質問攻め。紅の竜爪の依頼なのは察していたが、メンバーの中でもヒビキにとって無害そうな人物が依頼をかけていたらしい。グレインに頼まれただけなのか、それともヒビキが覚えていないだけで恨みを買っていたのか。

「……目的は、知らない…。私はただ『ヒビキさんの様子を逐一報告して』って頼まれただけ…だから…」
「…リオ。どう思う?」
「殺したいならアーボウじゃなくて殺し屋みたいな連中を雇うでしょうし、監視が目的ならヒビキちゃんが復讐しないかどうかの様子見ってのが妥当かしらね」

 即座に組み立てた推論にはヒビキも同意見らしく、小さく頷いてくれた。

「いくらもらった?。いっつも馬鹿高い金もらってあくどい商売してるだろ」
「……別に、報酬は良いでしょ」
「リオ。まだ原液あるか?」
「は~い♡」
「言うって!。言えば良いんでしょ!?。何も貰ってないわよ!!」
「嘘つけ。お前らがボランティアする訳ないだろ」
「本当だってば!!。ノエミとは友達だから、ご飯奢る約束で仕事を受けたのよ!」
(……この感じ、嘘はついてなさそうね…)

 薬で尋問された直後にこんな嘘をつくとは思えない。メギナの言う通り肝心なのは依頼主であって報酬はどうでもいい。ヒビキは無一文で追放されて金品類はほとんどない。なら何故ノエミと呼ばれる人物はヒビキの監視を頼んだのか。

「ねぇ、メギナちゃん。あーたはこの仕事を個人的に受けたの?」
「そ、そうよ…?」
「ボスには報告したの?」
「一応は……。でも『誰かを特別扱いすると面倒ごとに巻き込まれるから注意しろ』って言われた…」
「アーボウの受けた仕事は仲間に共有されたりするの?」
「……基本はするけど…ノエミの依頼はボス以外に話してないわ。だって…ノエミが個人的に依頼する内緒の話だからって……。友達の内緒のお願いは……言いたくないし…」
「お友達想いなのね。そういうの嫌いじゃないわ。監視の結果はボスや他の誰かに報告したの?」
「……ううん。私はいつも、監視依頼は周期的にまとめて提出するからまだ報告してない。そもそもボスに報告するようなことでもないし…でもルールっちゃルールだし…」
「おいリオ。さっきからなんの質問をしてんだよ」
「ヒビキちゃん。もしかすると、あーたの監視にグレインもケイヤも関係してない気がするわ」
「はぁ?」

 導き出した答えはこうだ。紅の竜爪はヒビキを無一文で追放した後、干渉せず大手を振ってヒーロー扱いを受けている。しかしメンバーのノエミが何らかの理由で個人的にヒビキの監視を依頼した。メギナはそれを受けて監視をするだけで、報告はまだ誰にもしていない。

「パーティー全体の目的が監視だとしたら、もっと細かいスパンで報告させるでしょう?」
「それは分かるけどな…。ノエミがこいつと知り合いだったから、代表で依頼させたんじゃないのか?」
「だとすると、お股のポジションみたいに気になる点があるわ。どうしてわざわざ監視なの?。グレインは傲慢で、ケイヤは薄情者。他のメンバーはグレインの腰巾着なんでしょう?。だったらわざわざ監視するより、殺しを依頼した方が早いじゃない。監視の方が時間がかかるから、お金だってかかるでしょうし?」

 ノエミが個人的な感情でヒビキを監視しているのなら、目的はまだ不明。殺すだけなら殺し屋に依頼すれば費用は安く済む。ここは剣と魔法のファンタジーワールド。殺し屋なんてそこら辺にいそう。なのにヒビキを殺さずに監視だけを頼んだ目的が分からない。

「確かに、そうだな…」
「あとは報酬ね。紅の竜爪がどんだけ凄いのか知らないけど、Aランクって高い位置にいるんでしょう?。いくら散財癖のあるおバカの集まりだとしても、殺し屋を雇うお金ぐらいはあるんじゃないかしら。秘密にする理由も不明瞭よねぇ。『復讐されるかも知れないから、監視して』とでも言えば済むし、理由を話さなかったのも謎だわ」

 困惑気味であはるが、ヒビキは頭の中を整理しながら推測の続きを清聴している。メギナは目を伏せて黙り込み、友達の秘密を話してしまった後悔を滲み出していた。

「追放されたヒビキちゃんを眺めたい悪趣味根性があるなら話は別だけどね」
「ノエミはそんな子じゃないわよ!」

 いきなりメギナが勢いよく吠えて反論した。その声量と迫力に驚いてヒビキがベットに背中から転げ落ちそうになる。睡眠薬を飲まされる直前よりもはっきりとした怒りと堂々とした意志を含んだ声。親友のノエミを貶された事で怒る姿は、諜報員にあるまじき感情の剥き出し方だった。

「ノエミはねぇ!。誰にでも愛想よくて、誰とでも友達になって、自分からイザコザに首を突っ込んじゃう距離感バグってる危なっかしい子よ!。だけどね、誰よりも敏感で、誰よりも傷つきやすくて、誰よりも仲間想いの女の子なのよ!!。あんたみたいな、こーんな非力な小娘を縛り付けて危ない物飲ませるヘンテコ仮面のオカマ野郎と一緒にすんじゃないわよ!。なんでも知ってる仏様にでもなったつもり!?。ヒビキもヒビキでいつまでたっても捻くれてんじゃないわよ!。この女泣かせ~!!」」

「きゅ、急にどうしたんだよ、こいつ…」

 恐怖はまだ残っている。体は震え、目には涙を浮かべている。それでもメギナは自分の思いを吐き出さないではいられなかったのか、大切な親友を馬鹿にされて許せる訳がない想いはビシビシ伝わって来た。気持ちは尊重するが、今の罵声で一つ判明した事実がある。

「な、なによ。何か言いなさいよ…」
「…ヒビキちゃん。この子もしかして」

 その時だった。言葉を遮りながら、ゴロゴロと転がる何かが足元にコツンとぶつかる。

「あら?」
「なんだ?」

 下を見ると、ずいぶん派手なスプレー型の容器がつま先に当たっていた。ヒビキの私物かとも思ったが、不思議そうなリアクションをしたので本能でそれが良くない物だと察知する。
 水色のペイントに可愛らしいビーズでデコレーションされたスプレーの先端に付いた突起と形状に見覚えがある。そして感じる三人以外の気配。ドアの向こうに気配を殺して潜んでいる何者かの存在に気づいた時には、手遅れだった。

「ヒビキちゃん、お伏せになって!」
「は?」

 
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