上 下
9 / 12

無口な狼は魔王様と体育祭のリレーはしない

しおりを挟む
「夏休みが終わり、いよいよ体育祭の練習が始まります。体育祭はクラスの絆を深めるため、とても大切な行事の一つです。みなさん、頑張りましょう。」
季節はすっかり秋に変わり、暑い風に混じって冷たい風が時折吹くようになった。
うちの学校では毎年9月に体育祭がある。赤白対抗、というよりはクラス対抗に近い。
特に盛り上がるのは最後にあるクラスの 対抗リレー。代表の選手たちがクラスのために走るのだ。
「今日の体育は体育祭に向けて、リレーの選手を決めるそうです。頑張ってね。」

真っ青な空。自分がちっぽけに感じる。半袖の体操服からでた腕に冷たい風があたり、身ぶるいした。
「それじゃあ、お前ら、リレー選手を決めるため、50メートルのタイムを計るぞ。出席番号順に計るぞー」
俺は後ろの方だ。だからタイムを計るまでの時間は暇だ。
「怜は毎年リレーの選手なんでしょ?」
「まあな。ここ2年間ずっと選手で、中学でも3年間選手だったぞ。」
「すごいなぁ、私運動苦手だからなぁ…」
「じゃあ今度練習するか?」
「ほんと!?やったぁ!」
いくら毎年リレー選手に選ばれていても、そんなに運動が得意なわけでもない。走り方のコツぐらいならこいつに教えられるだろう。
「次、白崎!」
「は、はいっ!」
緊張してんなー、白崎。いつもは怖いもの知らずなんだけど、こういうのは苦手なんだよなぁ…
「レディ…セット!」
白崎は自分なりに頑張っているつもりなんだろう。でもフォームは何とも言い難いし、足の高さも微妙だ。
「はい、白崎さん、11秒。」
「うぅ、我ながら遅い…」
結構嫌な結果だったのだろう。白崎はうなだれて帰ってきた。
「全然ダメ。やだよ、もう…」
「まぁ、リレーの選手なんてメンドくさいだけだし、練習すれば少しは速くなるから、な?」
「うん…」
白崎もやっぱり運動ができないと嫌らしい。みんなそうなんだなぁ…
「次、龍ヶ崎!」
「はい。」
「龍ヶ崎くんだ!ちょー速いよ!」
「絶対今年も選手だよね!」
プレッシャーにはもう慣れた。ただ前だけ。自分なりに頑張る。
「レディ…セット!」
行けっ!

走っている間は頭真っ白で。走り終わってやっと我に返った。
「はい、龍ヶ崎くんは7.5秒。去年より速いわ!」
「ありがとうございます。」
別に嬉しくない。これぐらいしか自慢できる事ないから。だから頑張ってるだけ。父も母も応援してくれてるから。
「どうだった、怜!?」
「7.5。」
「速っ!ちょ、お前何者だよ…」
「やっぱり龍ヶ崎くん速いよねー」
「うちらとは次元が違うー」
褒められることは嬉しいことだ。でもなぜだろう。もうどうでも良いというか。
「お願いっ!なんでそんなに速く走れるのかおしえてっ!」
「わかったって。練習しような?」
白崎は俺のタイムを聞いて負けたくないと思ったのだろう。頑張ろうとすることは良いことだからな。

その日の6時限目。リレー選手決め。アンカーはクラスで一番速かった人。後は挙手。
「アンカーは龍ヶ崎くん、他にやりたい人は~?リレー選手やってみたい人ー」
みんなは俺のこと褒めながらも、自分はやりたくない、と思っているのだろう。もし自分のせいで負けたら。そう思うと誰も手をあげられない。
「あの…」
手をあげたのは白崎だった。
「私きっとクラスのなかで一番遅いです。でも、頑張るから…選手、なっても良いですか?」
白崎は俺が思っている以上に緊張しているだろう。認めてもらえるか心配で。俺がいるからじゃない。自分を変えたいから。自分のせいでクラスが一番になれなかったら。そんなの重々承知だ。自分を変えてみたいから手をあげたんだ。
「みんな、どう?白崎さんのこと…」
「良いと思いますよ?でも、その代わり、頑張ってもらわないとですけど。」
「白崎さん、やってみたら?良い機会だと思うよ!」
「白崎さんはリレー選手やっても良いと思う人ー?」
手をあげたのはクラスの全員…ではなかった。
「ちょっと待って!みんな、よく考えてよ!白崎のせいで一番にならなかったらどうすんの!?白崎はクラスで一番…」
「委員長、体育祭って勝つためにやるものじゃないと思いますけど?」
「そうだよ!負けたって白崎さんのせいじゃないし、勝つためにやってるわけじゃないもん!」
「だったら委員長やれよ!どうせやらないだろうけど!」
「っ!分かったわよ!白崎、やれば!?」
委員長はみんなに反対されたのが悔しかったのか顔を真っ赤にして怒鳴った。
「委員長、みんな、ありがとう!私、頑張るから!絶対、一番になる!怜、一緒に頑張ろうねっ!」
な、俺!?
「ラブラブじゃん!」
「良かったな龍ヶ崎!」
「2人とも頑張って!」
もうクラスに俺や白崎を馬鹿にするやつはいなかった。みんな応援してくれた。女子も男子も俺を認めてくれた。それが嬉しくて。
「龍ヶ崎、泣いてる!?」
「な、泣いてねぇよ!」
「白崎さんが可哀想だろ~」
「だから泣いてねぇって!」
「龍ヶ崎って案外楽しいやつなんだな!」
嬉しい。初めて俺が誰かに認められた瞬間だった。

俺と白崎、世田と神田。後は金田。女子トップの神田と俺の次に速かった世田はクラスの指名、金田は先生からの指名で決まった。
俺と白崎は放課後練習。世田と神田と金田は先生との集中レッスン。後は明後日の全体練習。
「白崎、覚悟しろよ、お前は立候補したんだ。だからそれなりに頑張らねえとな。」
「うん!死にものぐるいで頑張るよ!」

放課後、学校のグラウンドを借りて俺と白崎の特訓が始まった。クラスでの出し物の練習が始まれば
2人での練習は難しくなる。なるべく急いで仕上げないと。1人の距離はトラック半周、100メートルだ。
「まずは白崎、走ってみろ。」
「はいっ!」
「レディ…セット!」
白崎は必死に地を蹴って走る。スタートが緩い。フォームもダメ。足は上げすぎ。

「はぁ、はぁ、怜、どうだった?」
「全然ダメ。そんなんじゃリレーできない。」
「そんなぁ…」
白崎は頑張ったつもりかもしれない。でもまだまだ。
「まずはフォーム。お前は後ろに体が傾いてる。なるべく前のめりに。始めは体勢を低く。それから少しだけ上げるんだ。足はもう少しおろして。上げすぎ。スタートはもっと勢い良く。見とけ。」
「はいっ!」

「はぁ、はぁ、どうだ?分かったか?」
「なんと、なく…」
「なんとなくでいい。もう一回走ってみろ。」
「はいっ!」
て言うか俺こいつと走ることに嫌な気持ちがないな。成長した?
「はぁ、どう?」
「もう少し前のめり。足はいいぞ。スタートもだいぶ良くなった。もう少し勢い良く。」
「はいっ!」
こいつは真面目だな。変わりたいって心から思ってる、っていうか。
「はぁ!はぁ!」
良くなってる。もう少し…
「はぁ、はぁ、どう…あっ…」
「白崎!」

「無理してたなら言ってくれれば良かったのに。」
「ごめん、怜に迷惑、掛けたくなくて。」
「でももう少しだ。明日で完璧にできると思う。全体練習も行けるだろう。明日はバトンを渡す練習な。」
「うん、ほんとに迷惑かけてごめん。」
白崎は相当気にしていたらしく少し涙目になっていた。
「気にすんなって、大丈夫だから。お前の体調が一番だからな。」
「うん、ありがとう。」

次の日。バトンを渡す順番を決める事になった。
「まずは最初よね、世田と金田どっちかが行ったほうがいいと思う。」
「そうだな。じゃあ俺が行く。」
「次は僕がいきます。」
「白崎さんは龍ヶ崎くんの前の方がいいだろうから、次は私。」
「その次が私で、最後が怜だね!」
「うい。」
順番は世田、金田、神田、白崎、俺になった。これで白崎も頑張れるだろう。
「明日は全体練習だから、白崎さん、頑張ってね。」
「はいっ!頑張りまし!」

「今日はバトンを渡す練習な。一応昨日の感覚を思い出すために、ちょっと走ってみろ。」
「はいっ!」
もうこいつは行ける。昨日の感覚を忘れてない。
「はぁ、はぁ、どう?」
「うん、完璧。昨日より良くなってる。じゃあ、バトンを渡す練習。普通に渡してみろ。」
「こう?」
「違う。」
こいつはリレーをした経験が少ないのだろう。
「バトンは右でもらって、左で渡す。だから、右でもらったら左に持ち直してから渡す。渡すときはなるべき下を持ち、上の方を渡す。」
「はい!」

「よし、良くなっなぞ。じゃあやってみよう。」
「はいっ!」
白崎は前よりタイムも速くなった。バトンの渡し方もフォームも全部変わった。すごい。
「怜っ!」
「よし、上手だ小梅!」
「っ!?怜…!」
俺は走った。恥ずかしかったのもある。でもそうじゃなくて、走りたかったんだ。
「頑張ろうな、小梅!!」
俺は白崎、いや、小梅に叫んだ。
しおりを挟む

処理中です...