鏡の世界に囚われて

鏡上 怜

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4th.硝子の世界

微睡みの純哀歌、或いは叶わぬ望郷の呪詛

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 そういえば、こんな日だった気がする。
 あなたと出会った日も、あなたがいなくなってしまった日も。出会いも別れも唐突で、私はただ呆然としているしかできなくて。どうにか起きたことを咀嚼してから、もしかしたらあなたが戻ってくるかも知れない……なんて淡い期待をして、敢えてを繰り返して。

 そのたびに、どこかが薄汚れていく自分が気持ち悪くなってきて。

 もうね、わかってるんだよ。
 どんなになぞったとしても、私が今しているはただの真似事。
 あの頃、あなたが私の身を案じて足を止めてくれた無為な……不特定多数に見せようとしていた自暴自棄混じりの行為ではなくなってしまったのだから。
 自分の内を曝け出すことを目的としたものではとうになくなっていて。
 あなたに見せる、あなたを呼ぶ、あなたへ捧げる、あなたの為の、あなたを想う、あなたが前提の、不純な感情の爆発。

 あの頃のように、抑えられない感情の渦からくる衝動ではなくて、あなたの気を引くための手段へと変わり果てた打算まみれの激情もどき。ここまで考えて色々しても、あなたが足を止めることはない。
 もしかしたら、見抜かれているの?
 計算――脚色、嘘……その全部を?

 でも、打算じゃいけませんか?
 どんなことをしてでもあなたが欲しいと思うのは、あなたにこっちを向いてほしいと思うことは、たとえその手段に嘘があったとしても、この想いには微塵も嘘なんてないのに。一部分に嘘があるだけで、その全てが「嘘」になってしまうんですか?
 もう、あの頃の全てまでも否定されてしまうんですか?

 問うた夜空に、答えなんてあるはずがなくて。

 もし、あなたが私に気付いているのに見て見ぬふりをしているのなら、早く。
 徐々に黒に蝕まれていくこの執着心が、あなたを呼び込むためなんかじゃない本当の傷を求めだす前に、どうか早く、終わりにさせて。

「そうじゃないと――――」
 震える声。
 鏡に映った私の口元は……
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