鏡の世界に囚われて

鏡上 怜

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4th.硝子の世界

少女露傷癖、或いは湧き起こる闇への最後の抵抗

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 あっ、おはよう。楽しそうだね。楽しかった? どうだった? 敢えては訊きたくないから話さなくてもいいけど。え、そう? ふーん。まぁ、そうしないとあなたがそんなことをした意味がなくなるもんね。

 ん、だってそういうことじゃないの?
 ごめんね、私は勝手にそうだと思っていたの。

 どうしたの、そんな顔して? あ、そうか。私がもっと慌てると思ってたんだね。決して察しがよくないけどさ、そういうのは何となくわかるよ? 私だってあなたほどじゃないけどそういうものを持っているから。
 そうか、そういうことがあったんだね。
 あなたからは、本当にそういう話ばっかり聞くよね。
 ねぇ、それって楽しいの?
 気持ちがいいの?
 自己承認欲求だっけ、そういうの満たされた?

 なんて、口を開いてみれば言ってしまいそうなことは山ほどあるけれど。
 たぶんそれを言ってしまうとあなたはひどく傷付いてしまいそうだから、言わないよ? 私はいつものように、あなたが望んでることを見通して、予想して、これならあなたが満足してくれそうだな――っていう反応を返してあげるの。
 あなたといるのはとても楽しいし、私が楽しませてもらっている以上はあなたにも楽しんでほしいもの。

「うわぁ、危ないんじゃないの?」
「あんまり無理はしないでね?」
「まったく、もう……」

 そればかり返して、いつからだろう。もうそれが本心なのか演技なのかよくわからなくなって。
 たまにね、訪れる。
 衝動のままに口を開いて、すべてを壊してしまいたいような欲求が。

 あなたが自分を傷つけて、その傷を曝け出して。
 たぶんそのたびに私もどこかで傷をつけられて。
 その傷を、こうして曝け出すのが楽しくなって。
 だけど、私の心はあなたよりも先に死んだから。
 この傷にも、もうすっかり痛みを感じないから。
 壊死した感情は装う手間すら惜しみ始めたから。
 だからあなたの露傷にはもう何も感じないけど。

 でも、信じてほしい不安はある。
 ……私、いつまであなたを好きでいられるかな。
 これは嘘偽りのない、ただ本当に、私の本心からの言葉だから。だから、どうか。どうか、まだこの気持ちまでは否定しないで。
 黒く塗り潰さないで。

 心の奥底から湧き上がる黒に、私は今日も抗い続ける。 
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