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1章 出会ったときには、もう。

9・春一番

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 うちの学校の屋上は、鍵が壊れている。
 けっこう前から壊れているらしいけど、誰もそれを先生とかに報告はしていない。だって、別に遊ぶ場所を減らす意味なんて、全然ないし。

 教室を出ても向かう所なんてなかったから、わたしの足は自然と屋上に向いていた。

「――――」
 屋上に出た途端に感じたのは、吹き抜けてくる強い風。
 春が目の前まで来ていることを主張するような、ちょっとだけ暖かい風。屋上に出る重い扉を開けるとき、いつも思い出してしまう。侑治から初めて気持ちを伝えられたときのこと。
 この扉も、一緒に開けたんだよね。
 屋上出れるの、なんてびっくりしてるわたしの横で得意げに笑って、「内緒だよ?」なんて言って扉を開けて。そして、そこで告白されたんだっけ。何だろう、ほんのちょっと前のことのはずなのに、侑治とになれてまだ半年も経ってないのに、ずっと昔のことみたいに思える。

「ひとりだと、重いよ……」

 あれ、おかしいな。
 卒業式じゃ全然涙なんて出なかったのに。
 滲む視界をどうにか拭って、後ろ手で扉を閉める。

「あれ、珍しいね。確か……三好みよしさん」
「えっと、清瀬きよせくん」

 見えたのは、わたしが抜け出してきた教室なんてものが小さいものにしか感じられない、広い景色。たった独りで見つめるには広すぎて、寂しすぎる景色。
 それと、同級生の清瀬あい。

 女子みたいな名前と言われて、あまりに浮き過ぎてクラスどころか、学校から浮いてしまっている同級生。

「三好さんさ、1人?」
「うん」
「卒業式終わりって、みんなで話すもんじゃないの?」
「わざと言ってる?」
「ん?」
「何でもない」

 彼が浮いてしまっているのは、きっとこういうところのせいだ。
 それに、お母さんとデキてる――とかも言われている。わたしも、お母さんみたいな女の人と腕を組んで歩いている清瀬くんを見かけて気持ち悪いと思ったのを覚えてる。

 ………………

「もう行くわ」
「あ、そう?」
「だって、わたし1人じゃないし」
「あ、そう」

 興味なさげに、また景色を見つめ始める清瀬くん。
 わたしは、彼とは違う。
 だって、わたしは言われてるから。

先生と生徒いまのままじゃ、駄目だったんだよ。だから、距離置こう』

 侑治が学校を辞める前に、わたしだけにこっそり言ってくれたこと。
 それってさ、もう今なら会えるってことだよね? だって、わたしのこと好きだって、この場所で言ってくれたもんね? だからほしいって言ってくれたんだよね? 距離置こう、って、終わりじゃないんだよね?

 わたしは、独りぼっちじゃないんだよね?

 もう、卒業式には出た。
 たぶん早退扱いにはならないだろう。
 なったって、知らないし。
 もう、関係ないんだから。

 わたしは、鉄の扉を開けて、また校舎に入る。
 春を目前に迎えた、いわゆる陽光は、扉が閉まるのと同時に遮られた。

 わかりきっていても、進むまでは認めたくなかった。
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