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第4章 わたしは誰?
7・エゴイズティックな夕暮れ
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「珍しくね? 何か用事でもあんの?」
江崎くんは軽い調子で話しながら、自分の机に向かって歩き始める。真ん中あたりの、どっちかというと後ろの方の席。「あー、やっぱ入ってたよ、危ない危ない」と小さく呟きながらカサカサと音を立てながら何かを取り出している。
あーあ、たまにはちゃんと整理した方がいいんじゃないかな、机の中。
そう言いながら、窓を閉める。
「んっとね、もうちょっとで塾の時間だからそれまで時間潰してたの」
ふーん、と言いながら、江崎くんがわたしの隣まで歩いてくる。
え、なに? 思ってもみなかったことをされて、つい言葉に詰まる。江崎くんは、そんなわたしのことはお構いなしに更に近付いてきて、じっと顔を覗き込んでくる。
「んー……」
「えっ、な、なに?」
「三好さ、何か最近ぐったりしてるよな」
「あー、うん」
もう否定するのも面倒くさくて、頷いていた。
もちろん、他のみんなの前では頑張っているつもりだ。ゆいちゃんとかちーちゃんとか、みんなの前で暗い顔してたら心配されるし、たぶん不愉快な気持ちにさせてしまう。人の関係なんて、わからない。ちょっとしたことで変わってしまう。ちょっとしないことが知られたら、壊れてしまう。
今が温かければ、壊れた後の日常は凍えてしまいそうなほど寒くなる。
涼しい今だったら、壊れたり変わったりした後はきっと炎みたいに熱い。
どうなったって、生きていくのが難しくなる。
わたしは、それで居場所を変えるしかなくなったんだから。きっと、そうなった人にしかわからないことなんだろうけど。
だから、いつもだったら「疲れてそう」なんて言われたってきっぱり否定してる。
否定しないといけない。
いつも通りを守らないと。
だけど、今はもう関係ない。
放課後だし、ひとりだったし。
喋ってる相手は、江崎くんだけだから。
「たぶんだけど。わたしがいなくなっても、誰も困んないよね」
そう口に出してから躊躇ったけど、たぶん遅い。
「……なに言ってんだ、三好?」
そう問いかけてきた江崎くんの声が、ちょっとだけいつもより低くなる。
怒ってるのと、ほんとによくわかんないというのと、その両方が混ざったような顔と声。ううん、たぶんどちらかというと怒ってる。
「三好さ、時々そういう空気出すよな」
「え?」
「何つーか、何て言ったらいいかわかんねぇけど」
「わかんないなら言わないでよ」
そういう安っぽい気持ちの言葉が、1番傷付くんだよ? 中途半端な言葉で人を騙す男性が山ほどいるって、知ってしまっているから。そういうのをいちいち思い出してしまうから。
そんなことはさすがに言えないし、言いたくないけど。
「でもさ、三好」
「なに」
「困る困らないとかじゃなくて、普通に俺が寂しいよ、三好いなくなったら」
「え」
まぁ、他のやつもそうなんじゃねぇかな――そう言って窓の外に向けられた江崎くんの顔は、夕焼けに紛れてよく見えなかった。でも、たぶんわたしの顔も同じ色をしてたんじゃないかと思う。
だから、というわけではないけど。
何となく、その夜は誘いのメッセージを1つも受けなかった。
強いて言うなら、冬の夜空がどことなく綺麗に見えて、人肌なんていらないくらい温かいような気がしたから。
江崎くんは軽い調子で話しながら、自分の机に向かって歩き始める。真ん中あたりの、どっちかというと後ろの方の席。「あー、やっぱ入ってたよ、危ない危ない」と小さく呟きながらカサカサと音を立てながら何かを取り出している。
あーあ、たまにはちゃんと整理した方がいいんじゃないかな、机の中。
そう言いながら、窓を閉める。
「んっとね、もうちょっとで塾の時間だからそれまで時間潰してたの」
ふーん、と言いながら、江崎くんがわたしの隣まで歩いてくる。
え、なに? 思ってもみなかったことをされて、つい言葉に詰まる。江崎くんは、そんなわたしのことはお構いなしに更に近付いてきて、じっと顔を覗き込んでくる。
「んー……」
「えっ、な、なに?」
「三好さ、何か最近ぐったりしてるよな」
「あー、うん」
もう否定するのも面倒くさくて、頷いていた。
もちろん、他のみんなの前では頑張っているつもりだ。ゆいちゃんとかちーちゃんとか、みんなの前で暗い顔してたら心配されるし、たぶん不愉快な気持ちにさせてしまう。人の関係なんて、わからない。ちょっとしたことで変わってしまう。ちょっとしないことが知られたら、壊れてしまう。
今が温かければ、壊れた後の日常は凍えてしまいそうなほど寒くなる。
涼しい今だったら、壊れたり変わったりした後はきっと炎みたいに熱い。
どうなったって、生きていくのが難しくなる。
わたしは、それで居場所を変えるしかなくなったんだから。きっと、そうなった人にしかわからないことなんだろうけど。
だから、いつもだったら「疲れてそう」なんて言われたってきっぱり否定してる。
否定しないといけない。
いつも通りを守らないと。
だけど、今はもう関係ない。
放課後だし、ひとりだったし。
喋ってる相手は、江崎くんだけだから。
「たぶんだけど。わたしがいなくなっても、誰も困んないよね」
そう口に出してから躊躇ったけど、たぶん遅い。
「……なに言ってんだ、三好?」
そう問いかけてきた江崎くんの声が、ちょっとだけいつもより低くなる。
怒ってるのと、ほんとによくわかんないというのと、その両方が混ざったような顔と声。ううん、たぶんどちらかというと怒ってる。
「三好さ、時々そういう空気出すよな」
「え?」
「何つーか、何て言ったらいいかわかんねぇけど」
「わかんないなら言わないでよ」
そういう安っぽい気持ちの言葉が、1番傷付くんだよ? 中途半端な言葉で人を騙す男性が山ほどいるって、知ってしまっているから。そういうのをいちいち思い出してしまうから。
そんなことはさすがに言えないし、言いたくないけど。
「でもさ、三好」
「なに」
「困る困らないとかじゃなくて、普通に俺が寂しいよ、三好いなくなったら」
「え」
まぁ、他のやつもそうなんじゃねぇかな――そう言って窓の外に向けられた江崎くんの顔は、夕焼けに紛れてよく見えなかった。でも、たぶんわたしの顔も同じ色をしてたんじゃないかと思う。
だから、というわけではないけど。
何となく、その夜は誘いのメッセージを1つも受けなかった。
強いて言うなら、冬の夜空がどことなく綺麗に見えて、人肌なんていらないくらい温かいような気がしたから。
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