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エピローグ
2・一点の…
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「ねぇお父さん。いまクラスでこういうの人気なんだ……!」
そう言って朱莉が見せてきたのは、何だったろうか。俺は、何度目になるか数えることすら億劫になった発作に苦しみながら、「へぇ、そうなのか! 朱莉もほしいのか?」と答える。
「うん!」
あぁ、いい笑顔だ。
この笑顔を見ると、俺はこの子と出会うためにずっと生きてきたんだろうな、と実感する。改めて、この子が愛おしいと思う。朱莉がいてくれると思うだけで、外でいくら苦労しても耐えられる。
この子には、どうか幸せになってほしい。
何をおいても、それを願わずにはいられない。
そう思うたびに、発作が起こる。
浮かんでくる、彼女の顔は、20年くらい経つのにずっと変わらない。
幼かった彼女の純粋で明るくて、みんなが癒されて惹かれるような笑顔ではなくて、灰色の薄暗い部屋で見た、別の顔。たぶんちゃんと向かい合えた、最後の顔。
淫らで、必死で、悲しげな顔。
高校2年生の冬。
見つかった彼女の遺体は、たぶんクラスの誰も見せてはもらえてなかった。最後に彼女を見た父親の取り乱した証言によって、一応は自殺だということで彼女の件は片づけられた。
ただ、一応洗われた人間関係によって、色々なことがわかった。
高校に入る少し前くらいから不特定多数の男と会っていて、もちろんそれは、ただ会うだけではなくて。
いつも明るい態度をとっていて、それでいて優等生の立ち位置にいた生徒のスキャンダラスな秘密に、学校中が沸いた。実際よりも穢らわしい、聞くに堪えない噂話まで流れた。
打ち消したかったけれど。
それでも、彼女に欲望をぶつけてしまっていた俺に、それを否定する資格なんてなかった。
当時付き合っていた智景とか、親しかった都築が必死に噂を打ち消そうとしていた。それでも、そんな抵抗はむしろ余計に噂を煽って。
そんな忌まわしい記憶が、時を選ばずに蘇る。
娘と一緒にテレビを見ているときも、妻と2人で過ごしているときも、何も彼女に結びつかない――ただの日常の隙間にふっ、と、彼女が入り込んでくる。
まるで、逃がさないとでもいうように。
何かに苦しんでいた様子の彼女を救おうともせずに逃げた俺を許さないとでもいうように。
わかってる、これは、ただの執着だ。
俺自身の後悔と、彼女への執着心。
今でも、明るい人生の中にいると思える今でさえも、俺の心の一点にずっと消えずに残っている彼女の名前を、俺は――――
彼女の名前を、俺は――
「三好っ、何してんだよ!!!」
……あれ?
江崎くんの声が聞こえる。
次の瞬間、冷たく冷え切った身体が、もっと冷たい水から引っ張り上げられて。
うぅ、寒い。そう思うのに、目にいっぱい、ううん、もう張り詰めているのも維持できずにぼろぼろ流れる涙もそのままにわたしを見つめている江崎くんを見ていると、あぁ、もう、いやだ。
何でこんなに生きていたいって思っちゃうんだろう。
そんなの、思っちゃいけないのに。
だけど、どうしても我慢ができない。
「ねぇ、わたしはさ、ここにいてもいいのかな?」
「前に言ったろ、お前がいなくなったら寂しいって! 俺だけじゃないぞ、智景とか都築とか、きっとみんな誰もが、お前にいてほしいって思ってる……っ、いなくなれなんて、思うわけないだろ……!」
たぶん、世界で1番尊い涙声だなぁ。
ねぇ、神様。わたしはあなたに復讐したい。
不幸ばっかりだった今までなんて否定して、幸せになりたい。そんな欲に正直に生きたい。そう思ってしまったの。たった今この瞬間にわたしの心に灯った、一点の光を頼りに。
見上げた夜空には、ただ星が燃えている。
わたしはその中に道を見つけてみせるから。
そう言って朱莉が見せてきたのは、何だったろうか。俺は、何度目になるか数えることすら億劫になった発作に苦しみながら、「へぇ、そうなのか! 朱莉もほしいのか?」と答える。
「うん!」
あぁ、いい笑顔だ。
この笑顔を見ると、俺はこの子と出会うためにずっと生きてきたんだろうな、と実感する。改めて、この子が愛おしいと思う。朱莉がいてくれると思うだけで、外でいくら苦労しても耐えられる。
この子には、どうか幸せになってほしい。
何をおいても、それを願わずにはいられない。
そう思うたびに、発作が起こる。
浮かんでくる、彼女の顔は、20年くらい経つのにずっと変わらない。
幼かった彼女の純粋で明るくて、みんなが癒されて惹かれるような笑顔ではなくて、灰色の薄暗い部屋で見た、別の顔。たぶんちゃんと向かい合えた、最後の顔。
淫らで、必死で、悲しげな顔。
高校2年生の冬。
見つかった彼女の遺体は、たぶんクラスの誰も見せてはもらえてなかった。最後に彼女を見た父親の取り乱した証言によって、一応は自殺だということで彼女の件は片づけられた。
ただ、一応洗われた人間関係によって、色々なことがわかった。
高校に入る少し前くらいから不特定多数の男と会っていて、もちろんそれは、ただ会うだけではなくて。
いつも明るい態度をとっていて、それでいて優等生の立ち位置にいた生徒のスキャンダラスな秘密に、学校中が沸いた。実際よりも穢らわしい、聞くに堪えない噂話まで流れた。
打ち消したかったけれど。
それでも、彼女に欲望をぶつけてしまっていた俺に、それを否定する資格なんてなかった。
当時付き合っていた智景とか、親しかった都築が必死に噂を打ち消そうとしていた。それでも、そんな抵抗はむしろ余計に噂を煽って。
そんな忌まわしい記憶が、時を選ばずに蘇る。
娘と一緒にテレビを見ているときも、妻と2人で過ごしているときも、何も彼女に結びつかない――ただの日常の隙間にふっ、と、彼女が入り込んでくる。
まるで、逃がさないとでもいうように。
何かに苦しんでいた様子の彼女を救おうともせずに逃げた俺を許さないとでもいうように。
わかってる、これは、ただの執着だ。
俺自身の後悔と、彼女への執着心。
今でも、明るい人生の中にいると思える今でさえも、俺の心の一点にずっと消えずに残っている彼女の名前を、俺は――――
彼女の名前を、俺は――
「三好っ、何してんだよ!!!」
……あれ?
江崎くんの声が聞こえる。
次の瞬間、冷たく冷え切った身体が、もっと冷たい水から引っ張り上げられて。
うぅ、寒い。そう思うのに、目にいっぱい、ううん、もう張り詰めているのも維持できずにぼろぼろ流れる涙もそのままにわたしを見つめている江崎くんを見ていると、あぁ、もう、いやだ。
何でこんなに生きていたいって思っちゃうんだろう。
そんなの、思っちゃいけないのに。
だけど、どうしても我慢ができない。
「ねぇ、わたしはさ、ここにいてもいいのかな?」
「前に言ったろ、お前がいなくなったら寂しいって! 俺だけじゃないぞ、智景とか都築とか、きっとみんな誰もが、お前にいてほしいって思ってる……っ、いなくなれなんて、思うわけないだろ……!」
たぶん、世界で1番尊い涙声だなぁ。
ねぇ、神様。わたしはあなたに復讐したい。
不幸ばっかりだった今までなんて否定して、幸せになりたい。そんな欲に正直に生きたい。そう思ってしまったの。たった今この瞬間にわたしの心に灯った、一点の光を頼りに。
見上げた夜空には、ただ星が燃えている。
わたしはその中に道を見つけてみせるから。
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