黄昏に舞う戦乙女

Terran

文字の大きさ
12 / 51
【天を見上げる戦乙女】

第012話

しおりを挟む



 夜の樹林で、青い残光が赤い妖光を斬り裂く。
 時折メキメキと音を立てて魔物の登ろうとした細い樹木が悲鳴を上げる。
 それが蜘蛛の魔物の位置を報せる警報になり、夜闇の中でもセレン達の包囲から突破する事が適わなかった。
 どうやら魔物の纏う法力はこの辺りの樹木にとっては腐敗毒になるらしく、いくら登ろうと脚を掛けても脆くなって支えきれなくなるようだ。

「アハド、そっち行った!」
「分かった! けど俺の法力じゃ大して通じないみたいだ。ゲイル、手を貸してくれ!」
「お、おう! けど魔物って言ってもピンキリだわな。硬えし、俺の得物じゃ森で振り回すのも厳しいわ~!」

 セレンの攻撃で傷付いた魔物の逃げ道を塞ぐアハドと、魔物退治の経験のあるハルバードを持った傭兵ゲイルは協力して魔物の脚を狙って武器を叩き込む。
 弾かれこそしなかったが二人の纏う法力はセレンと比べると弱々しく、一度や二度当てた程度では有効打にならない。

「よーしよし、二人とも頑張れ! おお、さすがは傭兵長だぜ! そこだ、やっちまえ! …ああ~、惜しいっ!」
「…うるせえ」

 セレンは足止めされた魔物の腹目掛けて背後から強襲するも、糸による反撃で回避させられ後ろ脚へと狙いを変えた。
 見張りに立たせていた何も考えて無さそうな男はその様子に一喜一憂しながら手に汗握り、熱の入った観戦に興じている。
 観るのは良いが、楽しそうなのが腹立たしい。

「え、これどうやって接近すんの? こっち来られてもたぶん足止めムリじゃん。ナイフでどうにかなる相手じゃねえって!」
「注意だけ引けばいい! 目ん玉狙って投げるとかやれんだろ!」

 ナイフ使いの斥候男は慌てふためくばかりで完全に浮足立っている。
 セレンはようやく二本目の脚を半ばまで深く傷付けて使い物にならなくしていた。
 しかし時折飛んでくるのはあまり有効ではない矢だけで、この男のナイフが投げられる事は無かった。

「えっと、目ん玉って八つあるけど、どれ狙うの?」
「適当でいいだろ!」
「だ、だから、その適当が分かんないから聞いてんの!」
「(クッソ、無能かよぉ…!)」

 ナイフ使いは魔物の威容に竦んでいるのか、とにかく細かい所まで指示を求めて自分で考える事を放棄している。

「目はこっちで狙う…。でもこの矢じゃ上手く法力が乗らないから刺さらない…」
「注意を散らせればそれでいい!」
「了解…」

 セレンは向きを変えた蜘蛛の正面に立たされて回避を優先せざるを得ない。
 そこへ反対側にいるアハドとゲイルの二人がセレンに負わされた傷の部分を狙って攻撃を加えていく。
 セレンはなるべく魔物の真正面に立たないように立ち回り、呼吸を整えて全身に青い燐光を漲らせる。

「何とかして隙を作れ!」

 パリンッ!
 弓使いが矢を放ち蜘蛛の視界を塞いだ。
 どうやら矢に魔物自身の血を入れた小瓶を括り付けていたらしい。

「そういうのを待ってたッ!」

 セレンは一拍置いて大きく踏み込み、突然の視覚異常に暴れる蜘蛛の脚を潜り抜けて、持ち上げられた頭部の下から渾身の槍を突き上げた。
 青い雷光の如き一撃!

『ビギヤアアアァァァ!!』

 喉を半壊させた魔物は濁った断末魔を上げてのたうち回る。

「がっ、クッソ…またかよ…っ!」

 デタラメな動きに態勢を崩されたセレンは蜘蛛の魔物から溢れ出す血液と赤いモヤを全身に浴びてドロドロにされ、吐き気と倦怠感に苛まれた。

「傭兵長ッ!」
「寄るな! 全身を法力で覆ってねえと魔物の法力にやられる…!」

 アハドが近寄るのを手で制して、法力を途切れさせないように歯を食いしばる。
 気を失いそうになるのをグッと堪えて、何とか魔物から身体を引き剥がして転がり出す。

「うっ、こっちも少しクラッと来たな…。確かに離れた方が良さそうだ」
「え、オレは全然平気だけど?」
「いやお前観てただけだろ…」

 二度目だが、トドメを刺した瞬間に吹き出す魔物の法力のモヤを避けきれずに浴びてしまった。

「すげえ、傭兵長すげえよあんた!」
「はぁ…はぁ…、おぅえっ! …これ、辺境の戦士はどうやって対処してんだ…」

 フラつきながら痙攣する魔物から離れ、荒くなった息のまま意識を保つ為に頭を働かせる。

「ああね。俺も詳しくはないんだけど、あっちじゃ魔物退治は法士が揃わないとやらないみたいだし、やっぱり『法撃』なんじゃないの?」
「あー、そりゃそうかあ…」

 言われてみれば確かに、法力で身を護る騎士を盾にして『法撃』で仕留めるのが一番なのかも知れないと容易に想像出来た。

「傭兵長、水は要るか?」
「ちょうだい…」

 アハドから差し出された水筒を引ったくるようにして飲む。
 ようやく息も整ってきて、落ち着いて考えられるようになってきた。

「約束通り、脚は貰う…」
「あーご勝手に。レニが騎士サマを連れてくる前に、アンタ達も採れそうなの持っていけば…?」

 それを聞いて傭兵達は赤いモヤの晴れた魔物の死骸に群がる。
 このまま置いておいても後で来た正規兵達に回収されてしまうだろう。
 魔物の素材を断りもなしに持っていけば文句を言われるかも知れないが、仕留めたセレン達には貰う権利があると言い返すつもりだった。

「え、これ頭とか持ってって良いの?」
「やめといた方がいいな。そんなデカイの持ってたら目を付けられて没収される」
「おいゲイル。金になる部位とか知らねえ?」
「だから、こんな大物は初めてなんだって。この牙ならナイフにできるんじゃねえの」
「ヒャア! 魔物の素材で作ったナイフとか、クールすぎんだろ!」

 ああでもないこうでもないと、素材の剥ぎ取りに夢中になる男連中を観ながら、セレンは一人深く溜息をついていた。

「(あ~…素材とかどうでもいいから、めっちゃお風呂入りたい…)」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...