22 / 51
【天を見上げる戦乙女】
第022話
しおりを挟むー〈ヴィンセント中隊〉ー
敵本陣に辿り着くまでにはぐれ部隊や兵士達を吸収して行って二個中隊規模まで膨らんだヴィンセント中隊は、包囲作戦の為に隊を二つに分けて西と南から同時に侵攻していた。
連日早朝から日の傾きかけた現在まで、攻撃しては下がりを繰り返して包囲を狭めようとするも、敵は数の利を活かして入れ代わり立ち代わり定期的に前衛を疲労の少ない者に交代してくる為、徐々に劣勢に立たされてきていた。
「押せ! 包囲を崩すな!」
「ここを通すなー!」
「渓谷の道を柵で全て塞げ!」
「矢を放てー!」
「盾を構えろ!」
「ええい、下がるな! 前進だ前進ー!」
「槍を持て!」
こうして敵軍が人数で一気に押し寄せないように耐えているのが精一杯。
数の差は時間が経つほど大きな影響になる。こちらの負担が減らなければいずれは押し返されて包囲は破られるだろう。
「中隊長殿、我が軍の本隊は押しているようですぞ!」
「そうでなくては困る。兵の数はどうだ」
中隊は既にギリギリだが、領軍の本隊が押しているのであれば耐えてさえいれば戦局は有利に運ぶ。
「死者は確認できただけでも30を超え、それ以上に多数の負傷者が出ており前線は維持するのがやっとです!」
部隊長の一人が厳しい現状の報告をした。
分かりきっていた報告ではあるが、改めて告げられると具体的な数字の重みを感じさせられる。
「何をやっている! 傭兵達はどうした、今こそ華々しく活躍する機会であろう!」
「それが、遊撃に回すと言ったきり前線では確認出来ておりません」
ヴィンスは自分の裁量でセレンに傭兵の運用は一任させていたが、こうして苦境に立たされるとあの時一部でもこちらに人数を回す様に言っていれば良かったのではないかと後悔しそうになった。
「そんな命令は出しておらん!」
「構わん。遊撃と言っていたのだろう」
「はい。渓谷の周囲の森や丘でそれらしい目撃情報はあります」
だが初陣であるヴィンスと副隊長を始めとした配下の実戦経験の浅い隊長より、百戦錬磨の傭兵達には自由にやらせる方が上手くやれるのではないかと判断したのはヴィンス自身である。
「敵の後続の軍が大挙して押し寄せているというのに何を悠長なッ! ピクニックでは無いのだぞ!」
「それで、我が隊への側面や背面からの奇襲はあったか?」
「いえ、今の所そういった報告は受けていません」
もし戦いが始まる前に信じた通り、傭兵達が機能しているのだとしたら、中隊が側面や背面からの攻撃を受けていないのは彼等の働きによる物である。
「ならば傭兵達は遊撃の仕事をしているのだろう。側面や背面の守りを減らして前面へ回せ」
「はっ、直ちに!」
これで少しは前線の負担が軽減されると信じるしかない。
6:2:2の配置から、8:1:1の配置にすれば負傷して離脱した兵数の埋め合わせになるだろう。
「副隊長、一方のみの戦力集中なら後どれくらい保ちそうだ?」
「はい、それでしたら…。北の軍より我が軍は質で勝ってますから数など見た目ほど関係ありませぬ。日没までは何とか保たせて見せましょう!」
「ではその様に頼む」
「了解でありますぞ!」
そう言って副隊長は意気揚々と前線の指揮を執りに向かって行った。
彼には色々と問題が有るのも、あまり同僚からの受けが良くないのも知っているが、本当の意味での挫折や酷い目に合ったことの無い楽天的な性格には、精神的にとても助けられている。
「これではこの戦争中に敵将の顔を拝む事は出来なさそうだな…」
「は~いヴィンス。まだまだ元気そうね」
一人になったと思って疲れ瞼を閉じた瞬間。
この場に似つかわしくないくらいハキハキした若い女性の声が聴こえた。
「セレンか。今まで何をしていた」
「もちろんザコ狩りだけど。こっちは大変そうね」
何処からどうやって入って来たのか、いつの間にやら傍に寄ってきて顔色を確認してくる。
その余りにもいつも通りな態度と、自信に満ち溢れた不敵な笑みで煽るように値踏みしてくる。
ドキリと心臓が跳ねた。
鼓動の原因は何も色っぽい理由ではない。
この強者の態度を崩さない女性から、自分という人間の査定額を引き下げられたのではないかという不安が頭をよぎったからだ。
「何しろ数が多い。これでは敵将どころではないな」
「場所の当たりは付けてたりするの?」
正直に答えると二人の共通する標的についての情報を求められた。
セレンのブレない意志を感じて、ヴィンスは気持ちを立て直し、少しでも目標達成の確率を上げる為に彼女を利用しようと考えた。
「不確定な情報だが、いくつか有る。聞きたいのなら現状打破の為に手伝って貰おうか」
「はいはい。矢があるなら有りったけちょうだい」
ヴィンスはセレンを伴って前線へと向かい、後方との間を忙しく走り回る兵を呼び止める。
「おい、水と矢を持ってきてやれ」
「あと記録係も連れてきて~」
言われた通りに手配すると、セレンは担いでいた弓を引いて確かめてから受け取った矢を近くの高台へと運び入れさせた。
「どうするつもりだ?」
「そりゃもちろん」
矢を一本、風を見る為に斜めに放ち…。
「こうすんのよ!」
青い燐光を纏った弓と矢を構えて、次々と敵の渦中目掛けて放っていった。
「あはっ、何これ~。殺り放題じゃん!」
「凄い…」「何だあの矢は…!」「傭兵長って槍兵だったんじゃ…」「なんて良い笑顔なんだ…」「人の命を何だと思って…」「たぶんお金だろ…」
弓は解る。法力を纏わせれば初速が増して飛距離が伸びるし威力も上がる。
だが矢はどうだ。矢尻の切れ味が鋭くなるだろう。風の影響を受け難くなるのかも知れない。
「全く、出鱈目な力だな…」
しかし、何度も繰り返しその場で引く弓と比べて、矢の一本一本に法力を込めていたらあっという間に力尽きてしまうだろう。
これはとても燃費の悪い戦法である。採算度外視の散財攻撃に他ならない。
「ちゃんと記録付けといてよね。後で成果報酬請求すんだから」
「了解です!」
「ところでセレン。お前は弓兵だったのか?」
出鱈目以外の何物にも見えないその攻撃は、何と一本も外す事なく敵兵の頭を貫いているのだ。
これには記録係も仰天している。
ヴィンスも驚きを隠せず半笑いだ。
「…元猟師なだけよ。ほら、ボサッとしてないで矢のお替わりちょうだい」
「あ、どうぞ!」
「フッ、相変わらず面白い女だな…」
矢を追加させれば追加した分以上に敵兵を仕留めてしまうのだから、どんどん減っていく矢が勿体ないだなんて誰も考えない。
しまいには弓兵が何も言わずにセレンの足元に自分の矢筒を置いて行った。
「あァァーー何これぇ~…。とにかく撃てば全部お金になるのって、超~気持ちいイィィィッ!!」
流石にその発言には、その場の全員が引き気味に苦笑するしかなかった。
◇◆◇
3
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
盾の間違った使い方
KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。
まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。
マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。
しかし、当たった次の瞬間。
気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。
周囲は白骨死体だらけ。
慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。
仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。
ここは――
多分、ボス部屋。
しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。
与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる
【異世界ショッピング】。
一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。
魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、
水一滴すら買えない。
ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。
そんな中、盾だけが違った。
傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。
両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。
盾で殴り
盾で守り
腹が減れば・・・盾で焼く。
フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。
ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
【AIの使用について】
本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。
主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。
ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
水定ゆう
ファンタジー
村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる