黄昏に舞う戦乙女

Terran

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【天を見上げる戦乙女】

第023話

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 ヴィンスは前線の指揮で手が離せないので名前付《ネームド》の情報は、友軍の窮地を救い前線の兵達の士気を大いに盛り返した傭兵長セレンに感謝とともに快く譲ってくれた。
 この情報はあくまでも未確認情報だったが、どうやら本陣から東側の包囲網を突破した一部隊が領軍の本陣目掛けて進軍しているという。

 もし名前付《ネームド》がその部隊に居るのだとしたら、持ち場を離れられないヴィンスにはお手上げである。
 ヴィンスは引き続き敵本陣への攻撃を続け、情報が誤りで名前付《ネームド》が本陣にまだ残っている可能性に懸けると言い、自由に動き回れるセレンに真偽の確認を任せるのであった。

「ベテルギウス、止まって」

 渓谷でヴィンスと別れてから先、崖を迂回して東へと向かい続けたセレンはほとんど誰とも遭遇する事なく目標のポイントへと近付いて行った。
 途中、小隊規模の一団が通ったと思われる痕跡を見付けてからはそれを追い掛けるように進路を取った。
 理由は簡単。明らかに重い装備をしていたであろう誰かの南へ進路を取る足跡を複数見付けたからだ。

「ちっ、待ち伏せか…」

 こちらの接近に気付いた者達からの視線を感じ、セレンは警戒を強める。

「もう分かってんだから、出てきたら」

 この待ち伏せには気配や殺気を抑える高い技術がある。
 けれど、それで人間は騙せても森の動物に警戒されていては、消去法でそこに何か居ると教えているようなものだった。

「女、か。…そのまま立ち去るなら良し」
「その体躯とヒゲにその武装。まさかドワーフとか言わないわよね…?」

 現れたのはずんぐりむっくりな体型に大量の髭をした赤い顔の中年男性。
 筋肉質で胴回りの太い所といい、身長の低さといいドワーフとしか思えない。

「如何にも、その末裔だ。女、去らぬのなら何用でここへ参られた」

 手に持っているのは細やかな彫金細工の施されている碧み掛かった戦斧、着込んでいるのは頑丈そうな鎖帷子と艶消しされた鱗鎧。
 どれもこれも一介の傭兵が仕立てられるような品ではない。

「アタシは傭兵。ここは戦場。なら答えは一つしかないでしょ」
「戦いを望むか。たった一人で、この数を見て尚ッ!」

 ドワーフの男は凄めば逃げ帰ると思っていたのか、堂々と傭兵であると宣言したセレンの態度に腹を立てたように怒鳴る。

「あァ? 独り占め出来てラッキーとしか思ってないんだけど」
「吾らはノルデンバウムの戦士。そこらの軟弱な雑兵共と同じと侮るな!」

 侮っているのは明らかにドワーフの方だったが、女というだけで鼻で笑われてきたセレンは男共のそうした態度には慣れている。

「(ノルデンバウム。確か北の【世界樹】の跡地にある国よね。戦士は全員が法力使いだったっけ。それが12人ね。あー、もしかしてコイツら全員大銀貨3枚だったりする? だったら戦いは避けるべきかな…)」

 そして冷静に相手を値踏みしてリスクを天秤にかける。
 ひとまず、この中に目標が居るかも知れないのでカマをかけてみることにした。

「ベテルギウス、ちょっと下がってて。ところでさ、この辺に名前付《ネームド》が居るって聞いたんだけど…」

 乗っていた戦馬を年の為に下がらせる。
 セレンが名前付《ネームド》という単語を出した途端に、周囲で様子を窺っていた全員から隠されていた殺気が発せられた。
 これは、何かを護ろうとする信念ある者の殺意だ。

「…その殺気、どうやら当たりみたいね」
「女、いや女戦士よ。ここから先は神聖なる決闘の地。何人たりとも、通すわけには行かぬ。傭兵の求める戦場なら他にも有ろう。最後の忠告だ、引き返せ」

 心の中でヴィンスに感謝した。
 申し訳ないが、どうやら名前付《ネームド》はしっかりと包囲を抜けてここまで来ていたらしい。
 それが知れたら十分であった。

「あっそ、じゃあお言葉に甘えて」

 そう言って踵を返して戦馬の下へと戻る事にした。
 わざわざこの先に目標が居ると教えてくれたのだ。
 ならば迂回してその先へ向かえばそれでいい。

「…待て」
「何よ、言われた通り引き返してんのに文句あんの?」

 この先で目標の名前付《ネームド》と誰が戦ってるのかを考えていると、突然ドワーフの戦士に呼び止められた。

「お前からは嘘吐きの臭いがする…」

 その言葉を聞いて、この先の決闘の事など頭の中から吹っ飛んだセレンは聞こえないくらいの音で呼吸を整える。

「初対面の女性に対して、その言い方は無いんじゃない? 死ね!」

 一瞬で全身に法力を漲らせて倒れ込むように後ろへ身体を捻って青く輝く投槍を投擲!

「本性を現したな! 好かろう、ならば斬るッ!」

 ガイィン、と戦斧に阻まれた投槍は大きくたわんで威力が全て受け止められた事実を示した。

「ちっ、いい装備使ってんな!」
「当然よ、血は薄れようともドワーフの知恵と技術は死んでおらん!」

 咄嗟に全身を法力の青い光が包んだドワーフの戦士は獰猛な笑みを浮かべて投槍を明後日の方向へ弾き飛ばした。
 あの武具は見た目だけでなく、中身の伴った業物らしい。

「固太りな所もか!」
「応とも、鍛えた鋼と筋肉は嘘を吐いたりせんのでな!」

 セレンはすぐさま自分の槍を背中から引き抜き、視線は固定したままドワーフの顔、脇、手首に素早く連続突きを打ち込む。
 青い光の三段突き!

「ちっ、これも防げるのかよ!」
「蒼紋鋼の槍か。速さは十分、だが軽いッ!」

 三段突きは青い火花を散らして兜、肩当て、戦斧の柄に防がれた。
 それでも反撃の隙を与えない為に更に首、腕、足への連続した突きを繰り出す。
 火花を大袈裟に散らす猛攻!

「(あ~、これでも成果報酬は一緒なんだろうなあ…。割に合わないでしょ)」

 全て防がれたのを確認して大きく飛び退き、そのまま遁走する。
 一瞬、呆気にとられて反応の遅れたドワーフの戦士は、気を取り直すとドッシリとした守りの態勢から追撃の前傾姿勢へとシフトした。

「何処へ行く、戦いは終わっておらぬぞ!」
「アタシはもっと金になる獲物を追ってんの。こんな金にならない所でまともにやって消耗してられるかッ!」

 素早さで勝っているなら足を使って逃げれば良い。
 本気で走ればあの重武装と短躯では追ってこれる筈が無いのだ。

「回り込め、ここで逃がせばどんな手を使って抜けようとするか分からんぞ!」
「あ~もう、これだから戦い慣れた奴は…!」

 単純な直線なら走っただけ差を付けられるが、ここは舗装された道ではなく砂と石の転がる岩場。
 如何に足が速かろうとも統率の取れた人数で回り込まれれば誘導されて、いずれは詰まされるだろう。

「(ドワーフの戦士。お伽噺に聞いてはいたけど、想像以上に手強い…。一人一人の力量がヴィンスと同等かそれ以上だし、筋力はもっとある。この隊長に至っては名前付《ネームド》と言われてもおかしくない…!)」

 何とか岩場を抜けて林の中へと退避する。
 木々の中であればセレンは簡単には捕まらない自信があった。

「逃げられはせん、大人しく観念するがいい!」

 ここへ来る時に通ってきた場所だ。僅かながら土地勘がある。
 後方を振り返りながら12人全員の位置取りを確認する。
 あの体格でも法力で全身を強化しているからか、思ったより距離は広がっていないようだ。

「…だが女一人を全員で嬲るのは望む所ではない。ここで戦士らしく名乗りを上げるというのであれば、吾が戦士として一対一の決闘を挑むと約束しよう!」

 向こうも人数差で詰ませられる自信があるのだろう。
 声には焦りが無い。
 つまり純粋に強者の立場から提案をしているのだ。

「(あー、こんなの12人も相手した後で敵将と戦うのはどう考えてもキツいし、意地を張る所じゃないわね)」
「返答や如何に?」

 粘り続ければ詰ませられないように立ち回れるかも知れないが、それでは目標の名前付《ネームド》を諦めなければならない。

「いいわ。アタシは【“地上の戦乙女”セレンディート】。今は領軍のヴィンセント中隊で傭兵長をやってる。これでいい?」

 セレンは森林の中で立ち止まり、クルリと後ろを振り返って渋々ながら決闘を受け入れる事にした。
 決闘の流儀や作法は適当に合わせておく。

「好かろう。吾は北の大陸ノルデンバウムの誇り高きドワーフの末裔にして、此度の戦では百人隊長の栄誉を賜りし【“猛き鋼の戦士”エズバーン】である!」
「なんだよ名前付《ネームド》じゃねえかよ!」

 このドワーフの戦士、エズバーンには二つ名があった。
 “猛き鋼の戦士”とは、納得の硬さである。

「いいや、吾など未だ大勇士《ネームド》の称号に届かぬ大戦士の一人よ。しかし、よもやお前がこの中央大陸の名前付《ネームド》とはな…」

 どうやら向こうの大陸では、【名前付(ネームド)】は大勇士、その手前が大戦士というらしい。
 という事は、大勇士《ネームド》ではなくてもそれに準じる大戦士は他にも居る可能性が高いだろう。
 それどころか、他の11人にしても追ってくる際の身体能力から言ってもエズバーンに近い実力が感じられた。

「(こんなのが他にも来てんのか…。誰だよ、北の軍より質で勝ってるから数は関係ねえとか言った間抜けは! 質でも負けてんじゃねえかっ!)」

 何となくモヤモヤっと、兜を着けた面長の中年男風の何者かが思い浮かんだので、想像の中でシバき倒した。

「では始めようか、戦士セレンディート!」
「一対十二にしなかったこと、後で撤回したりしないでしょうね?」

 釈然としない気持ちになりつつ、セレンはエズバーンに確認を取る。
 後で勝ってからリンチを受けたのでは堪ったものではない。

「戦士セレンディートが勝った暁には吾の隊は道を阻まぬと、祖霊に誓おう」
「「「誓おう」」」

 エズバーンの誓いに唱和した周囲の戦士達は、一斉に手にした武器を高く掲げてから地面に石突きを打ち込み、ドドッと地を重く響かせる。

「じゃあ心置きなく」
「いざ参る!」



◇◆◇




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